第三十九話 実弾射撃訓練
更新遅くなって申し訳ありません。
2022年8月14日(月)
08:00
大阪府和泉市伯太町
日本国防軍少年曹候補生学校・体育館地下・射撃演習場
side 永崎裕哉〈一等陸士〉
体育館の奥にある大型エレベーターに乗り込み、扉が開くとそこは、巨大な空間だった。
緑色のラバーマットが全面に敷かれ、奥行きは60m前後あるだろうか。
手前には間仕切りがされた射撃ブースが大量に設置され、その奥には円形のターゲットが横たわっている。
右手側には鉄製の耐火金庫が置かれ、それが火器類の倉庫であろう事が見て取れた。
体育館の地下に射撃演習場があると聞いたときも面食らったが、実際に見てみるとその大きさにも驚愕した。
室内用の射撃演習場のため遠距離射撃や機関銃の射撃は出来ないらしいが、今日行われる予定の自動小銃や拳銃の射撃ならば十分にこなせるだろう。
そもそも俺たちはまだ実弾を発射したこともないのだ。
屋外の広大な演習場に赴いたところで恐らく標的の中心に命中させるどころか当てることさえ出来ないだろう。
そういう意味でもこの大きさはある意味手頃に思えた。
第1教育部の全員が集合した所で射撃教官の安原中尉がその場に座るように命じ、俺たちはそれに従った。
「今日君たちに扱ってもらうのはオートマチックとリボルバー二種類の拳銃と一種類の自動小銃だ。拳銃については特戦群やSATの用途廃止品が主となるが、自動小銃はロシア製5.45mmの新品だ。陸軍が調達したAK-47に混じっていたもので、実戦で効力を発揮しないため後方であるこちらに回ってきたというわけだ。……勿論だがどちらも乱暴に扱っていいものでは無い。もし暴発でもさせようものなら確実に懲戒の対象となるから心得ておくように」
「「「はいッ!」」」
候補生たちが一斉に返答する。
「……よし、分隊内で誰でもいいからペアを組んで武器庫に来い。君たちに今日使用する火器を貸与する。」
安原教官が手で俺たちに立ち上がるように指示し、耐火金庫へと歩き始めた。
俺たちは一度分隊で集合した後、適当にペアを組んで教官の後ろを付いていく。
ちなみに俺とペアを組むのは分隊最年少の美春だった。
「銃は二人ごとに三挺の貸与だ。私が射撃の許可を出したら交互に射撃するように。ただし、自動小銃については私が使っていいと言うまで使うな。演習場を蜂の巣にされるのは困るからな」
そう言いながら教官は俺にまず二挺の拳銃を手渡し、隣にいた美春に小銃を渡した。
実銃を触るのは今回が初めてでは無いものの、その重さには毎回の如く驚いている。
昔エアガンを持っていた反動だろうか?
「君たちは11番ブロックで待機してくれ。弾薬は後で私が持って行く。それまで銃は射場の机に置いておくこと」
「「了解」」
俺と美春は頷き、大きく『11』と書かれている仕切り板に向かう。
オートマチックの拳銃の銃身を見ると、『9mm拳銃』と刻印がされているのが目に入る。
これは陸自時代に採用されていたP220のライセンス生産版だろうか。
そんな事を考えながらそれを裏返すと案の定『LICENCE SIG-SAUER』の刻印が入っていた。
俺は左手に持っていたリボルバー拳銃に目を移し……
「……げ」
その拳銃の銃身には『PYTHON 357』の文字があった。
これはもしかすると有名な『コルト・パイソン』なのか?
確かあれはマグナム弾使用の拳銃だった筈だ。
反動的な意味で非常に危ないような気がする。
というよりなんでこんなものがここにあるんだろう。
予想では警察で採用されているニューナンブだったのだが、完全に斜め上だ。
自衛隊はリボルバーなんて採用しないだろうから恐らくは警察が購入したものなのだろう。
しかし、警察でマグナムを使う必要はまず無い。威力が大きすぎて犯人を殺害してしまう可能性が高い上に、射殺命令が出ていたら普通狙撃銃を使うだろう。
いや、この銃がここに搬入された経緯なんてどうでもいい。それよりも問題はマグナムの反動に腕が耐えられるか、ということだ。
俺はともかく美春は明らかに筋力は殆ど無いだろう。これまでの訓練を見る限りそれは間違い無い。
そもそも美春はまだ13歳だ。正直9mm拳銃の方もまともに撃てるか怪しい。
最悪、銃が手からすっぽ抜けるのではないか?
「永崎さん、危ない!」
突然、右隣から警告が飛ぶ。
それに反応して顔を前に向けると、眼前にはどでかい数字がプリントされた木の板があった。
このままではぶつかる事に気付き、急いで足を止めようとしたが一歩間に合わず、俺の頭は勢いよく板に突っ込んだ。
「……いっ……た……」
前頭部をモロに強打した痛みで声にならない叫びを上げながら俺は頭を抱え込んだ。
両手に持った拳銃の冷たい感覚が頭部を包む。
「だ、大丈夫ですか……?」
さっき警告を発したのであろう美春が心配げな声色で俺に尋ねてくる。
「い、一応は」
心なしか後ろから笑い声が聞こえる気がする。
まあ、前方不注意で正面から仕切り板に激突したのだから笑われもするか。
俺は半分目を開いた状態でとりあえず机に拳銃を置いた。
頭痛が収まった頃、教官が俺たちのブロックにやってきた。
「前はしっかり見ておけよ」
早速さっきの行動を注意される。
「はい。すいませんでした」
「まあ、備品に損傷はなかったし、特に責める事は無いんだが、戦場でその注意力は致命的だぞ。これからはしっかりと周囲にも気を配ること。……君の場合は真正面だったがな」
教官、フォローするのかしないのかしっかり決めといて下さい。
「了解しました。これからは注意します」
「いいだろう。とりあえず、これが弾薬になる」
教官が差し出したのはOD色に塗られた取っ手付きの小さい箱だった。
「箱を開けてみろ」
教官の指示に従い、俺は箱の取っ手を上に引き上げると、金属が擦れる音と共に箱が開いた。
中には大小二種類の弾倉と透明ケースに収められた弾丸が二つずつ入っている。
「言わなくても分かるとは思うが、ケースに入った弾はリボルバー用の38口径弾、小さい方の弾倉はオートマチック用の9mm弾、大きい方は自動小銃用の5.45mm弾だ。リボルバーの装填方法は分かっているな?」
リボルバーの弾丸装填方法も一応は座学で習っているから出来るはずだ。
俺と美春は肯定の言葉と共に頷く。
「なら、拳銃に関しては自由に撃って貰って構わない。勿論、ターゲットに、ということだぞ。今火器を置いている机の右端にある赤いボタンを押せばターゲットが跳ね上がる。一人が先にオート、リボルバーを撃つか、交代して撃つかは自由だが、弾丸が無くなったら赤ボタンの左にある黒いボタンを押せばターゲットは待機状態に戻る。自動小銃の射撃は少し待ってくれ。あ、それと射撃中はあまり机に近づかないように」
教官はそう言って立ち去ろうとする。
俺は先程の疑問を聞いておこうと考え、教官に呼びかけた。
「あの、一つだけ質問したいのですが」
「何だ?」
教官が振り向きながら問う。
「リボルバーとして渡された拳銃がマグナム用のような気がするのですが、反動は大丈夫なのでしょうか?」
「……? ああ、パイソンの事か。使用する弾薬はマグナム弾ではなく普通の38口径弾だから特に問題は無い。それに、例えマグナム弾だったとしても余程妙な構え方をしない限り肩が外れたりすることはまずないだろう。まあ、片手で扱うのは止めた方がいいとは思うがな」
「了解しました」
俺の言葉と同時に教官は背を向け、別のブロックへと向かった。
「俺から撃っていいかな?」
「あ、はい。いいですよ。先に反動とかも見ておきたいですし」
俺が尋ねると、美春はそう言って即答した。
決して撃ちたく無いという訳ではないのだろうが、やはり初めての実銃射撃だし、色々と不安ではあるのだろう。
「分かった。じゃあ、ちょっと後ろに下がっておいて」
美春は頷き、数歩後ろに下がる。
俺は机に弾薬箱を置き、9mm拳銃を手にとって弾倉を入れた。
コッキングして弾丸を装填し、机に埋め込まれている赤いボタンを押した。
それと同時にブロックの奥に横たわっていたターゲットが跳ね上がる。
俺は拳銃の安全装置を解除し、ターゲットの中心に照準する。
指を引き金に掛け、ゆっくりと引き金を引く。
炸裂音と共に腕に衝撃が伝わり、銃が十数センチほど上に跳ねた。
ターゲットを見る。
中心点を示す赤い点から15cm程度右にずれた場所に小さな穴が穿たれていた。
ターゲットまでの距離は10m前後だったから、決して精度が良いとは言えないだろう。
しかし、初の射撃にしては上々、と言ったところか。
感想を思い浮かべていると他のブロックからも次々と拳銃の発射音が響き始めた。
それに気づいた俺は再び狙いを定めて引き金を引いた。
9発の射撃を終えてもなお、中心点には穴は穿たれていない。
反動で銃身がぶれ、なかなか中心に弾を運ぶことが出来ないのだ。
しかし、そんな状態の俺を尻目に隣のブロックでは歓声が沸き続けている。
ペアの片方が射撃しているため待機中の候補生たちが集まっているのだ。
候補生達が見ているのは入校生代表だった秋嶋夏希の射撃だった。
俺も自分の射撃を行っている最中にあいつのターゲットを見たが、あれはありえない。
既にオート、リボルバー合わせて10発以上撃っているのに、穴が一つしか無いのだ。
決して一発以外全て外しているなどと言う事ではない。
全ての弾が同一箇所に命中しているのである。
すなわち、ターゲットの中心に。
既に赤色の印は消滅し、秋嶋は淡々とターゲットの中心に穿たれた穴に弾丸を通し続けている。
異常としか言えない射撃センスだ。
隣の話を盗み聞きする限りでは秋嶋が実銃に触れるのはこれが初めてらしく、エアライフル競技をしていた訳でもないらしい。
弓道やアーチェリーをしていたとしても射撃とは根本的に違うだろう。
一体全体なぜここまで上手いのだろう?
俺のようにちまちまゆっくりと照準している訳でも無く、射撃スピードも速めだ。
どうすればあんな事が出来るようになるのだろう?
俺は黒いボタンを押してから後ろを振り向き、隣が騒いでいる中健気に待ち続けていた美春に9mm拳銃を手渡した。
「まず9mmを撃った方がいいと思う。最初思ってたより反動は少なかったし、美春でも十分撃てるよ」
問題のパイソンも使用する弾薬がマグナムでない以上9mm拳銃と殆ど同じ反動だろう。
美春は拳銃を両手で受け取り、机へと向かった。
俺の使っていた弾倉を抜き取り、新しいものを装填する。
そして左手で銃身の上部を握ってコッキング。
赤いボタンを押すと新しいターゲットが跳ね上がり、美春はそれを照準する。
射撃音と同時に美春の腕が思い切り右斜め上に逸れる。
どう考えても弾丸はターゲットに当たっていないだろう。
直後、俺は自分の目を疑った。
明らかな暴投であり、遙か斜めに飛び去った筈の美春の弾丸は、間違い無くターゲットの中心から数センチずれた場所に命中していた。
あの射撃はもしもターゲットに当たったとしても右の端を掠めるのが精一杯の弾道の筈だった。
しかし、現実に弾丸はターゲットの中心付近に命中している。
掠めたのはターゲットそのものではなくターゲットの赤丸だ。
美春はその後も射撃を続ける。
反動は全く殺せていない。
右に逸れ上に跳ね上がりとやりたい放題だ。
しかし、弾倉に入っていた9発全てが赤丸の直近に着弾していた。
射撃を終了した美春は拳銃を机に置くと苦笑いしながら俺の元へと歩いてくる。
「なかなか、真ん中には当たりませんね」
いや、あれだけ銃に振り回されててこんな精度の射撃するなんてことは普通出来ないから。
候補生達の注目は隣の秋嶋だが、射撃精度という面だけを見れば美春も殆ど変わらないだろう。
「あのさ、どうやって狙ってるの?」
普通に赤丸を中心にして照準すれば確実に遙か彼方に飛んでいってしまう筈だ。
「……ごめんなさい。なんとなくですっ」
何故謝るのかは理解出来なかったが、なんとなく?
「え? なんとなく?」
いつの間にか俺は疑問を声に出してしまっていた。
「あ、は、はい。照門と照星で照準したら絶対反動で当たらないなと思って、もし反動が起きたらどっちにぶれるのかを考えて撃ちました」
訳が分からない。
ということは美春はそれぞれの反動で自分の腕がどうぶれるのかを予測出来たということなのか?
「……あ、でも結局は感覚なので、ちょっと正確には説明出来ません……」
本人もよく理解出来ていない事をわざわざ突っ込んで聞くのはまずいか。
俺はそう思って質問を引っ込めた。
「まあいいよ。美春に射撃のセンスがあることは確かだしな」
「い、いえ……」
美春はすこし困ったような様子で首を振った。
それから俺たちはリボルバーを射撃し、俺はやっとのことで赤丸に弾を撃ち込むことが出来た。
候補生全員の拳銃射撃が終わった所で安原教官が声を上げた。
「よし、では次は自動小銃の射撃に……」
しかし、その言葉は強制的に中断させられる事になる。
突然、演習場のスピーカーがけたたましい音を上げたのだ。
それは明らかに警報の音であり、緊急事態が起こった事を示していた。
スピーカーから警報と共に人の声が聞こえてきた。
校長の声だ。
『非常事態発生。繰り返す、非常事態発生。本日08:30セルトアレイアの三重県四日市市上陸を確認。現時刻を以て本校は一時機能を停止、信太山駐屯地へと改組される。また、同時に第二級警戒配備を発令する。全候補生及び職員は出動準備体勢にて待機せよ。繰り返す……』
その命令に安原教官の顔が凍り付く。
そして、数瞬の時を置いて教官は厳しい口調で言い放った。
「生徒は急いで居住棟に戻って戦闘服に着替えろ。その後は指示あるまで待機。いいな?」
俺たちは突然の命令に動揺しつつも返答した。
「「「了解ッ!」」」
にしても、敵が四日市に上陸?
一体どういう事なんだ?
あいつらは海を渡らないんじゃなかったのか?
疑問を脳内で反芻しながら俺は駆け足でエレベーターに乗り込んだ。
誤字脱字や文法的におかしな表現の指摘、評価感想お待ちしております。