第三十七話 AILS
2022年8月10日(水)
14:30
愛知県名古屋市中村区・JR名古屋駅
国連統合陸軍・日本国防陸軍合同前線司令部・通信司令室
side 国連統合陸軍極東方面第1軍司令・ハリー・エドワーズ統合陸軍中将
「その通信の相手が敵だと断定するに至った根拠は何だ?」
私は早歩きで通信室に向かいながら通信士官に尋ねる。
「はい。『敵』の声は通信室にいた全ての兵が理解することが出来ました」
「どういうことだ?」
「つまり、『敵』の声は通信室にいたそれぞれの母国語として理解することが出来たのです。アメリカ人、イギリス人なら英語、ドイツ人ならばドイツ語、日本人ならば日本語、中国人ならば中国語……と」
確かに、現在地球に存在する翻訳機で多言語同時翻訳は不可能だ。
そもそも多言語同時翻訳が可能だったにせよ、同時に再生などすれば恐らく誰も聞き取ることは出来ないだろう。
だから地球人ではないだろう、と言う訳か。
「……ふむ。映像はあるのか?」
「いえ、司令無線への強制介入でしたので映像は存在しません。現在はこちら側から回線の切り替えを要求し、暗号化機能付きの秘匿無線へと切り替えています」
確かに、今このような話が兵士達に伝われば大変な事になるのは疑いようが無い。
しかし、敵だというのにこちらの要求を素直に呑むとは一体どういうことなのだろう?
そもそも、司令無線は独立回線で本来介入が不可能なはずだ。
なのに介入が出来た、ということは相当な電子戦能力を持っていると見ていいだろう。
やろうと思えば全世界の主要マスメディアをハッキングして情報を流す事も出来ると推測できる。
なのに、なぜわざわざ秘匿しようとするのだ?
こちらが混乱に陥れば相手にとってこれ以上の好機は存在しないはずだ。
「……そうか。とりあえず、私が通信を行おう。それと、ロンドンに連絡を入れておけ。無線の発信源を突き止めなければならない」
「了解しました」
私は通信司令室の扉をくぐる。
通信機器の熱気が伝わり、思わず顔を顰めた。
「……エドワーズ司令。こちらに。先方には少しの間待つように言ってあります」
通信司令室総括である大佐が私に手招きした。
二つのヘッドセットと無線機、録音機器などが置かれたテーブルに案内された。
「……一応、ミスター・ワシザキも呼んでくれ。日本政府に後から難癖を付けられるのも困る」
「了解」
大佐は一人の通信士官にそのことを命じ、士官は通信室から出て行った。
数分後、ワシザキが通信室に入って来る。
「エドワーズ中将、私も同席してくれとのお話でしたが」
「ええ。統合軍だけで対処出来る問題でも無いかと思いましたから。こちらの席にどうぞ」
ワシザキは私の言葉に頷き、ヘッドセットが置かれている机の手前にある椅子に座った。
私も隣の席に座り、ヘッドセットを頭に着けた。
「あー、こちらは国連統合軍の代表者だ」
異星人に英語が通じるものか疑問に思いながら呼びかけた。
それを見た総括の大佐が録音機器のスイッチを入れ、部屋を出て行った。
『……こちらは、ヴェスキナ共和連邦……貴君らが言うところのセルトアレイアの代表者だ』
流暢な英語で返答が来て一瞬戸惑い、机に置かれていた紙にワシザキへの質問を書く。
それにはすぐに返答があり、『間違い無くこちらには日本語に聞こえる』という内容だった。
「……こちらから質問してもいいか?」
『いいだろう』
「お前達の望みは何だ?」
『……実験だ』
「実験? 何の実験だ?」
一呼吸置いて、敵の代表者は言った。
『……「アイルス」の実験だ』
代表者の声がアイルスと言うその一瞬だけ変わった。
もしかすると、他の言葉に変わってしまうことを考慮して翻訳装置を外したのかもしれない。
「アイルス? アイルスとは何だ?」
『貴君らがセルトアレイアと呼ぶあの生物のことだ』
「つまり、お前はあの『セルトアレイア』と生物学的に関連は無い、ということか?」
『そうだ。アイルスは我々にとって端末に過ぎない。こちら側の言語で「自己進展的惑星攻略型生物兵器」の意味を持つ。アイルスとはその略語だ。貴君らが一般的に用いているアルファベット文字で表記するならば、「AILS」といったところか』
「ならば、お前達は何なのだ?」
『貴君らにとっての異星人だ。起源は地球でいうところの爬虫類に当たるが、知能を持っている以上、貴君らと大差はあるまい』
「何のために『AILS』の実験を行う?」
兵器と言った以上、戦争以外にはあり得ないはずだ。
『敵国との戦争の為だ』
「何故、実験の対象を地球にした?」
『ただ単に、手を付けていない知的生命のいる惑星だったからだ。選定基準となる、「宇宙への進出」を果たしている惑星だった、それだけだ』
……それは、それはつまり、こいつらの気まぐれで、この地球は攻められたと言う訳か?
こいつらの気まぐれで、数十万の人間が殺されたということか?
私は通信の相手に対する怒りを必死に取り繕いながら尋ねる。
「……これは、一体いつまで続くのだ?」
『我々が地球の知的生命を根絶するか、貴君らがAILSの母艦である「ナディナ・クルーシカ」を破壊し、AILSを全滅させるまでだ』
またしても頭に血が上るのを感じ、少し厳しい口調で質問した。
「AILSの母艦ということは、お前は今地球にはいない、ということか?」
『ああ、そうだ。現在地球の……日本にある母艦は我々がAILSの指揮を行うための施設でしかない。我々自体は木星の公転軌道に艦隊を展開している』
「それでは、我々がその艦隊を核で焼き尽くす、というのはどうだ? それも私たちの勝利になるのではないか?」
『残念ながら、それは不可能だ。たとえ我々の艦隊の撃滅に成功したとしても、AILSが消えて無くなるわけではないし、活動を停止する訳でも無い。それどころか、我々が制御していた頃よりも危険な状態になってしまうだろう』
「どういうことだ?」
『我々はAILSたちにいくつかのの制約を与えている。一つ目の島を占領するまで別の島に手を出してはいけないという制約、移動は出来る限り「気圧の変化を抑える」ようにするという制約だ。貴君らはAILSと戦っていて気づかなかったか? 山を越えて攻めてくることは滅多に無い、ということを。我々がAILSの統制をしなくなった場合、獲物がいる最短の距離でAILSは進攻することになるだろう。つまり、海を越えたり、山を越えることが出来るようになり、貴君らは全世界で戦わなければならなくなる。それでも、我々を撃滅するか?』
こいつらを核で殲滅すれば人類に勝ち目はほぼ無くなる、ということか。
なんということだ。
「……一つだけ確認だ。もしも、我々がAILSの殲滅に成功すれば、お前達は地球に手を出すことは無い、ということか?」
『ああ、そうだ』
「……分かった。最後の質問だ。お前の出身国と役職名、名前を言え」
とりあえず、名前くらいは聞いておくべきだ。
意味がないとは言え、政府などと交渉する際に武器になるかもしれない。
『いいだろう。……私は、ヴェスキナ共和連邦軍セルト領域調査研究艦隊司令、ソル=マ=テリムだ』
セルト領域?
それが意味することは分からない。
しかし、セルトアレイア……AILSたちがどこかと交信する際によく使っている『セルトアレイア』とはもしかするとこのことなのだろうか。
『では、諸君らの健闘を期待している。私と交信したいのならば、同じ周波数に繋げばいい。まあ、必ず応答するとは限らないがな』
そして、無線が切れる音がした。
……最後、相手……ソル=マ=テリムは笑っていたような気がする。
そう、必死に無駄な戦いに明け暮れている人間をあざ笑うかのように。
何が『諸君らの健闘を期待している』だ。
くそッ!
余裕綽々の声で言われたら、胸糞が悪いことこの上ないんだッ!
私は数十年ぶりの絶大な怒りによる吐き気に耐えながら、国連統合軍総司令部へと電話を掛けるのだった。
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