第三十五話 オペレーション・スレッジハンマー Ⅲ
2022年8月6日(土)
11:30
愛知県岡崎市上空5200ft(約1600m)
Su-49ドラゴンホーン(NATOコード)・コクピット内
side 国連統合空軍極東方面第2航空軍第428戦闘航空団第602飛行隊長・『イディナローク1』・ヴァレリー・グラゾフスキー国連統合空軍少佐
俺たちに緊急出撃命令が発令されたのはつい30分程前のことだった。
数時間前から味方戦闘機が大量に撃墜されているという報告は聞いていたが、まさか制空戦闘機部隊の俺たちが本当に出撃させられるとは思っていなかった。
確かに『スレッジハンマー』は大規模な作戦だが、航空部隊だけに関していえば非常に簡単な作戦だったはずなのだ。
ただ地上部隊の要請に従って爆弾を投下したり、機銃掃射を行うだけでよかったはずなのだから。
しかし、その予想は裏切られた。
敵が、コウモリのような航空兵器を繰り出し、戦闘爆撃機が撃墜されたからだ。
説明を聞く限り、奴らは決して速くはない。
最高速度が時速800km~1000kmであり、音速も突破できていない。
実際、アフターバーナーさえ焚けば現代の戦闘機で奴らから逃げ切れないものなど存在しない。
しかし、いくら超音速戦闘機とはいえ、いつも超音速で飛行している訳では無い。
F-22など超音速巡航能力を持つ少数の戦闘機を除いて、巡航速度は音速を下回る。
しかも奴らは電磁波吸収能力を持っているためレーダーによる捕捉は不可能に近い。
後ろや下から来ると、発見することさえ難しいのだ。
奴らの戦法は実に単純かつ明快なものだった。
カミカゼ。
つまり、奴らは戦闘機に対して自らの身体をぶつけてくるのだ。
奴のくちばしは相当に硬いらしく、戦闘機の翼を貫き、あるいはパイロットを串刺しにするほどだという。
それでなくてもぶつかられて電装系がぶっ壊れたり、エンジンが破損すれば墜落は免れない。
奴らは、『射程距離が長く、ステルス性のあるミサイル』以外の何物でもない。
少し前に日本西部に堕ちた円錐とは違い、機動性があるためステルスのせいで誘導機能が使えないミサイルでの撃破は困難を極める。
そのせいで現代の戦闘機が殆ど行わない機銃でのドッグファイトを強いられたのだ。
そして、現在。
「くそッ! ラグナ! 後ろにへばりついているクソ野郎を吹っ飛ばしてくれ!」
俺はコウモリ野郎から逃げ続けていた。
相手の方が失速速度が遅い。
つまり、旋回半径が狭いということだ。
俺の機体は数分前に一度別のコウモリにぶつかられ、エンジンが一発ぶっ壊れていた。
もう一発の方も電装系のトラブルでアフターバーナーが使用不能になってしまったため、超音速巡航はおろか、最高速度が800km程度まで低下、奴らに簡単に追いつかれる程になってしまったのだ。
『了解です! 少しの間だけ航路を維持して下さい!』
「分かった!」
俺は操縦桿を握りしめながらラグナがコウモリを撃ち落としてくれるのを待つ。
後ろから機銃の発射音が聞こえ、コウモリが町中に落下していくのが見えた。
『もう大丈夫です! 急いで基地に戻りましょう』
俺は操縦桿を左に倒し、大阪へと進路を向けた。
つい数日前に第2滑走路が軍用化された関西国際空港に向かうためだ。
まだ設備もしっかりしていないが、この状態では帰る以外の選択肢など存在できるはずが無い。
俺はよろよろの機体を必死で制御しながら基地への帰投を試みるのだった……
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