第三十三話 オペレーション・スレッジハンマー Ⅰ
2022年8月6日(土)
05:10
愛知県春日井市・東名高速道路春日井IC付近
国連統合陸軍極東方面第1軍・第5歩兵師団第32歩兵連隊・第2中隊
side 第1小隊長・ジョン・ホールデン国連統合陸軍中尉
午前5時を回ってから数分後、東から昇ったのは太陽ではなく、悲鳴じみた轟音と酷い地響き、核が炸裂したかのような巨大な火球だった。
次々と南東や北からも轟音と共に震動と火球が襲いかかってくる。
それが収まってしばらくした頃、無線機が鳴動した。
『前線司令部より全部隊。作戦開始時刻に到達した。オペレーション・スレッジハンマーは発動された。全部隊、目標地点まで前進を開始せよ!』
その命令を聞き、俺は兵士たちに号令を下す。
「第1小隊員、総員乗車せよ!」
隊員たちは一斉に『了解』と声を上げると、隣に待機している車列にあるハンヴィーに乗車し始めた。
俺も1号車の助手席の扉を開き座席に腰を下ろす。
全員が乗車したことを確認し、後方の機銃手にM134の作動点検を行わせてから運転手へ発車を命令した。
前は日本陸軍の装甲車や歩兵戦闘車が走行していて状況を窺うことは出来ないため、側面に目を向ける。
たった数百メートル進んだだけだというのに多数の弾痕や肉塊、建造物の残骸を目にすることが出来た。俺にはその肉塊が人間のものなのかセルトアレイアのものなのかを識別する知識は無い。
しかし、ここで多数の人間が死んだ事は間違い無いはずだ。
看板が傾き、窓が粉々になっているスーパーマーケットや重装甲種によって引き倒されたのであろう電柱やブロック塀をしばらく眺めた後、俺は銃の点検をまだ行っていない事を思い出し、肩からスリングで掛けてある銃を手に取った。
今回俺たちが使う銃はベルギーFN社製、7.62mmNATO弾使用のSCAR-Hだ。
他に5.56mmNATO弾のSCAR-Lというタイプもあり、これまで俺たちはそちらの方を使っていたのだが、5.56mm弾が効かないためSCAR-Hが支給される事になったのだ。
そのため、7.62mm弾の銃を使うのは直前の訓練を除けば初めてだったりする。
訓練の時もその反動の大きさに驚嘆したが、ミッションブリーフィングでの説明を聞く限りではフルオートで適当に撃っていれば当たるらしいから別に問題はないのだろう。
状況に変化が起きたのは、小さなガソリンスタンドを過ぎた直後の事だった。
突然、前方から機関銃の発射音が聞こえたのだ。
その直後、ハンヴィーに据え付けられている車載無線から音声が流れた。
『国防陸軍第3機動歩兵連隊、交戦開始! 我が部隊の後方に在る統合陸軍部隊に関しては最大限の注意を願う!』
それは、前方にいる装甲車部隊の正式名称だった。
つまり既に俺たちは敵の防衛圏内に入っていると言う事で、そのことが意味するのは……
「中尉! 標準種がッ!」
運転手が右斜め前方に首を向けながら叫んだ。
その方向には標準種が50体前後、明らかな戦闘態勢でこちらに向かってくるのが見えた。
「機銃手! 射撃許可だ! 撃てッ!」
俺が声を上げるのとほぼ同時に車内にモーター音が鳴り響く。
そして、ミニガンが火を噴いた。
ジェットエンジンのような甲高い音と共に大量の7.62mm弾が吐き出される。
標準種は鮮血を撒き散らし、悶えながら次々と畑の中へと崩れ落ちていく。
後方のハンヴィーからも援護の射撃が加えられ、瞬く間に標準種の部隊は壊滅した。
この戦争が始まった当初、日本の自衛隊はこいつらに相当苦戦したらしいが、それは弾薬の備蓄量が少なく、5.56mm弾を使用する小銃しか存在しなかった事が大きな理由だ。
しっかりと準備さえしておけば標準種は決して脅威ではない。
重装甲種や小型高速種と連携された場合は非常に厄介だが、今回は単一種編成だったためにすぐに全滅させることが出来たのだ。
車列はその後も何度か戦闘の為に停止し、2つのトンネルをくぐり抜け、ついにそこへと到達した。
そこは、むき出しの土と、半壊したコンクリートの建物、燃え尽きた木や住宅が延々と続く場所だった。
燃料気化爆弾が爆発した場所だろう。
そして、奴らはそこにいた。
数百体を超える重装甲種。
さすがに標準種や小型高速種は燃え尽きたのだろうか?
車列は横列に展開し、日本軍の歩兵戦闘車が搭載する35mm砲が奴ら目がけて発射される。
「FGM-148を撃て!」
俺は車載無線を引っ掴んでジャベリンを搭載しているハンヴィーへと命令した。
右横のハンヴィーのターレットからボストンバッグ大の機械が顔を出し、重装甲種の居る場所に向けて発射した。
1体の重装甲種を吹き飛ばしたが、数が多すぎて焼け石に水だ。
「第32歩兵連隊より前線司令部、近接航空支援を要請する!」
航空支援がなければどうしようもないと判断し、車載無線の周波数を切り替えて司令部へと繋いだ。
『前線司令部より第32歩兵連隊。少し待て。間もなく支援機がそちらに到着する』
なるほど、無線の個体識別とGPSで要請者の現在位置が簡単に識別できるようになっている、という話は本当だったのか。
『これより航空支援を開始する』
前線司令部からの通信から数秒後、広域無線で連絡が入り、その直後。
重装甲種がいた場所が吹き飛び、F/A-18Eの2機編隊が上空を通り過ぎた。
土煙が収まった時、奴らはもう殆ど残っていなかった。
歩兵戦闘車が機銃で追い打ちをかけ、数分と待たずに重装甲種は戦闘能力を喪失した。
しかし、俺は何かがおかしいと感じていた。
相手の抵抗があまりにも弱すぎる。
……そうではない。奴らはもしかして、倒されに来ているのか?
重装甲種があのような密集隊形を取っているのはどう考えてもおかしい。
奴らは横一線に並んで標準種や小型高速種の盾になることが主目的のはずだ。
いくら標準種などが壊滅していたとしても、密集隊形を取る理由など存在しない。
……罠?
そんな思考が俺の脳裏を掠める。
そして、無線機の混信で、俺はそれを確信した。
『306航空隊より前線司令部! 1機やられた! あんなや……が……るなんて……聞い……無い!』
『前線司れ……り……06航……至きゅ……基地……帰還……よ!』
奴らは航空戦力を持っていないはずだ。
なのに、何故、航空部隊の戦闘機が撃ち落とされる?
それはきっと、奴らが航空戦力ないし、航空部隊に対抗可能な戦力を持っているからだ。
少し前、日本のどこだかに敵の『ミサイル』が落ちたという話を聞いたことがある。
それがもしも、航空戦力の試験運用などだったとしたら?
あの時点では時速数百キロメートル程度での飛行しかできず、航空部隊に対する反撃なども不可能だったらしいが、秘密裏に改良が進められ、今日表舞台に出てきた、ということは十分考えられる。
現在の反攻作戦は殆どが前提として人類側の圧倒的航空優勢が盛り込まれていると聞く。
それが覆されてしまったら、これからのプランがすべて消し飛んでしまう。
奴らに知能がない、というのは多分嘘だ。
知能がないのならば、そのような欺瞞工作など、するはずがない。
この作戦は、本当に成功させることが出来るのか……?
俺は疑問に思いながらも敵の姿を探し続けるのだった……
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