第三十話 初の授業は凄惨に極むる
今回は微妙ではありますがグロテスク表現があります、苦手な方はご注意下さい。
2022年7月29日(金)
08:30
大阪府和泉市伯太町
日本国防陸軍少年曹候補生学校・体育館
side 永崎裕哉〈一等陸士〉
入隊式はとても質素なものだった。
来賓は一人もおらず、保護者も来ていない。
居るのは入隊者と教官などの関係者のみだ。
「入隊宣誓!」
入校生代表は大声でそれを言った後、体育館の前方に用意された壇に上がる。
代表は入隊試験の学科・実技・面接の成績トップから選ばれ、今回は俺と同じか少し上の女が代表になっていた。正直、実技で男を上回ることは難しいし、学科で年上を抜かすことも難しい。それなのに高校1年か2年の女が代表に選ばれたのは不思議だった。
そして、代表が宣誓文を読み始める。
他の候補生も後で教官の前で朗読しなければならないが、今は代表者一人だけだった。
「私は、我が国の平和と独立を守る国防軍の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身を以て責務の完遂につとめ、もって国民の負託に応えることを誓います。平成34年7月29日。少年曹候補生学校第1期入校生代表、一等陸士・秋嶋夏希」
この宣誓文は旧自衛隊の入隊宣誓の文言を『自衛隊』から『国防軍』に変更しただけらしい。
そのため、現在の状況にあった宣誓文を新たに作成している途中だとか。
その後も式は滞りなく進み、9時頃に終了した。
入隊式が終了した後、クラス編成の発表があり、俺たち……第1分隊は第1教育部(簡単に言えば1組)に配属されることとなった。
一つの教育部は4個分隊32人で構成され、第1教育部から第11教育部まで存在する。
そして端数が存在するため、第11教育部のみ5個分隊40人となっている。
教育棟4階にある教室へと向かい、第1教育部担当教官となった興田少佐にまずは分隊同士で自己紹介をするようにと指示された。
よく考えれば、殆どの分隊は今が初顔合わせになるのだ。
分隊についての説明は説明会の時にあったが、分隊メンバーの顔合わせの時間はなかった。
つまり、朝食の時間などに会おうとしても、そもそも顔が分からないのだ。
その点、昨日の夕食時までに顔合わせを済ませている俺たちはある意味気楽だった。
他の分隊が自己紹介をしている間、俺たちはただ雑談をしているだけでいいのだから。
自己紹介があらかた終わった頃、興田教官が教本の箱を持って来て全員に着席を命令し、出席を取った後、最前列の生徒に『後ろに回せ』と指示した。
俺にも教本が渡される。
『陸軍戦闘教本』、『近代戦史論』、『現代戦術考察』、など、回されてくる教本は一般の書店や学校で見ることの無いタイトルばかりだった。
一応数学や物理の教本もあったが、中身を見てみると大陸間弾道弾の軌道やら榴弾砲の射撃角度、測距用の計算式など軍事目的と一目で分かるのものばかりだ。
「よし、ではとりあえず国防軍の軍人として最低限知っておくべき事を説明する」
全員に教本が行き渡ったことを確認した興田教官は話し始めた。
「お前達がここにいるのは奴ら……セルトアレイアの脅威を世界から取り除くというただ一点からだ。そのため、ここで学ぶことも奴らとの対抗手段などが中心に据えられる。曹候補生である以上、部隊指揮についての講義も行うことになるが、当面はお前達を一線で戦えるレベルまで押し上げる事に重点を置くことになるだろう。……とりあえず、奴らについては見せた方が早いか」
教官はつり下げ式のスクリーンを降ろし、天井に固定されているプロジェクターの電源を入れ、室内の電気を消してからカーテンを閉めた。
そしてホワイトボードの右隣の壁に据え付けられた内線電話機で何処かに連絡を行うと、スクリーンに映像が映し出された。
スピーカーにはスイッチが入れられていないようで、音はない。
しかし、眼前で繰り広げられているのは音が無いことを感じさせないほどに凄惨で、残酷な状況だった。
次々と敵に組み敷かれ倒れていく自衛隊員。
そしてその直後に飛び散る血液や肉片、脳漿。
二足歩行を行う目の無い化け物は、『喰っていた』。
人間の身体を、まるで紙切れのように引き千切り、噛み砕き、咀嚼し、嚥下していたのだ。
自衛隊員は止めどなく小銃の射撃を行うが、その化け物には効かない。
恐らくは戦争開始から2週間以内に撮られた映像なのだろう。
その映像は、画質が悪い上に音もない。
しかし、これまでに俺が見てきたどのグロテスクホラー映画よりも残虐で、絶望的な光景だった。
「これが最初に確認されたセルトアレイア、現在は一般種や標準種と呼ばれている奴の、最古の映像だ。撮影者は陸上自衛隊第12旅団第12偵察隊の前田勤三等陸曹。撮影場所は長野県伊那市。この映像は映画などではない。今現在、何処かで実際に起こっている光景なんだ。こいつらに、人間が喰われているんだ。本来、この映像には音声がある。しかし音声を入れると少々残虐に過ぎるし、全員に吐かれでもしたら後の処理が大変だからな。……気持ち悪くなった奴はすぐトイレに行ってこい。映像を見るのは初めてだろうし、嫌悪感を催すのは当然の事だ」
教官の言葉と同時に、数人の候補生が頭を下げて教室を出て行った。
トイレに行った候補生が戻ってくると、教官は再度内線でどこかに連絡し、少し後に映像が切り替わった。
次はどうやら海沿いの橋のようで、一瞬海岸線を窺うことが出来た。
橋の向こう側にいるのは黄色の亀のような生物と、灰色の虎らしき動物の大群だった。
浜松防衛戦あたりの映像だろうか?
虎たちはこちらに向かって走り出し、橋を渡ろうとする。
その瞬間、画面が真っ白に染まった。
映像が回復すると、いつの間にか橋は消滅していた。
恐らくは橋を爆破したのだろう。
しかし、その後ろに控えていた虎たちは川に飛び込み、渡河を行おうとする。
それに対して自衛隊員たちは小銃や機関銃などで応戦し始めた。
だが虎は相当に重いようで、完全に川に沈み込んでしまっているため効果を与えることが出来ず、射撃は停止した。
もう一度亀が映ったところで、映像は突如途切れてしまった。
「電池切れでこれ以後の映像は存在しないが、亀に見える奴が重装甲種、虎に見える奴が小型高速種だ。撮影者は第14旅団第14偵察隊の松田利明二等陸曹。撮影場所は浜松市の天竜川付近だ。この偵察隊は直後に行われた北方への偵察命令により、この2種による被害を受けなかった。しかし、同じ場所で防戦を行なった第50普通科連隊は戦力の60%を喪失し全滅判定、これが第14旅団撤退の原因となった」
その後もしばらく講義は続き、休憩を何度か挟んで現在の戦況などについての説明も行われた。
そして12:30になった時点で一旦解散し昼食時間となり、13:00にはグラウンドに作業服で待機しているように指示された。
相変わらず太陽はかんかん照りで、こんな時間に実技科目を行えば地獄と化すのは間違い無かった。
俺は昼食時に出来る限り水分を取っておこうと考え、教室を出るのだった。
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