第二十九話 欧州方面軍総司令部
2022年7月28日(木)
PM 7:30(UTC)
ドイツ連邦共和国・ノルトライン=ヴェストファーレン州・ケルン市
国連統合軍欧州方面総司令部・3階小会議室
side 国連統合軍欧州方面軍総司令・ウィリアム・モルダー元帥
結局の所、日本が陥落すれば世界は5年以内に滅亡するらしい。
現在は日本の山に囲まれて封鎖されているせいでセルトアレイアは繁殖スピードが落ちているとか。
少し前に国連異星生物研究機構が出したレポートによるとセルトアレイアは重装甲種で1200m、小型高速種で800mの海底を時速6km以上で走行することが可能だという。今奴らが海を渡っていないのは、本能的に気圧の低い地域の制圧を優先するからであって、日本本土が完全に陥落した場合朝鮮半島、カムチャッカ半島、フィリピン諸島などを含む太平洋の島々に上陸すると予測されている。
そして、もしもユーラシア大陸に上陸した場合、セルトアレイアは3ヶ月でその勢力を2億~6億体に拡大するなどという報告も出ている。
現在の国連統合軍総兵数は550万人前後。
大陸に上陸されれば、守る事はほぼ不可能だ。
しかし、少ないながらも現状セルトアレイアに侵攻される可能性が皆無な場所も存在する。水深4000メートル以上の海に浮かぶハワイ諸島、マリアナ諸島、ミクロネシア諸島などの太平洋の島々と南極大陸がその数少ない例だ。
オーストラリアなどはマレー半島伝いで上陸することが可能なため、必ずしも安全であるとは言えない。
それに、いくらハワイが安全であろうと、地球人類全てが住める大きさでは無い。
南極大陸のような極寒の地で人間が長い間生き延びられるとも思えない。
ただ一つ幸運だったことは、日本陥落後の敵侵攻ルートが数カ所に絞られる事だ。
朝鮮半島縦断ルート及びカムチャッカ半島縦断ルート、樺太縦断ルート、台湾ルートの4種。
恐らくは全て複合することになるだろうが、防衛線を敷く意味ではルートが限られるのは非常に有り難い。
そして、日本陥落時の最優先防衛地域はカムチャッカ半島ルートだ。
カムチャッカが陥落すれば、ベーリング海峡からアメリカ大陸に敵が流れてしまう。
今回の戦争ではアメリカとヨーロッパが兵器製造の大半を担うことになっており、アメリカの喪失はすなわち敗北の確定である。
現在日本の防衛線は非常に際どいところにあり、長くは持たないそうだ。
そして、極東方面軍はその状況を打開する作戦を立案したという。
今日の会議はその為に開かれたのだ。
恐らく極東方面軍は欧州方面や中央アジア方面、北米方面などからも戦力をかき集めるつもりだろう。
近いうちに戦力提供の打診が来る事は間違い無かった。
「……極東方面軍は現在、敵の戦線を平野部から山間部に押し戻す作戦の実行を決定しています。その作戦、『オペレーション・スレッジハンマー』に必要とされる兵力は8個機械化歩兵師団、3個機甲師団、2個砲兵師団、1個工兵師団、2個戦闘航空団、1個空母打撃群とされており、作戦時間はおよそ5日と見積もられています」
「それだけなら極東方面軍だけで十分可能ではないか?」
旧中国人民解放軍とロシア極東軍を擁する極東方面軍は42個機甲師団、87個歩兵師団を持つ一大組織だ。旧アメリカ第7艦隊や太平洋方面軍なども傘下にしており、規模だけでいうなら北米方面軍や欧州方面軍を大きく引き離している。
部隊の練度はともかく頭数だけは多いはずなのだが……
「いえ、日本の90式及び10式戦車は度重なる戦闘で稼働率が極端に低下しており、殆どが一度整備工場で本格的な整備を行わなければならない状態のため、歩兵部隊はともかく機甲部隊の数が揃わないそうです。中国には戦車輸送が可能な輸送機が少ないため輸送艦や強襲揚陸艦を使うしか無いのですが、その準備にかなり手間取っているようです。現在は日本政府が海外疎開船を復路で輸送艦として使用する意向を表明していますが、フェリーや客船では戦車の輸送は行えませんので……」
そういえば、現在日本に駐留している統合軍は大半が航空部隊と歩兵部隊だという話を聞いた。
輸送艦を使う手間を減らそうとしてヘリや航空機での移送を優先したために、車両輸送が疎かになってしまったのだろう。
「……作戦決行日は?」
「8月6日、日本時間で午前5時です」
「現在シンガポールにいる強襲揚陸艦や輸送艦に1個旅団戦闘団だから、少々足りないか……輸送機で空輸するにしても時間との勝負になりそうだな」
「まだ輸送機の増産は進んでいませんからね……歩兵部隊ならかなりを輸送できるのですが、極東方面軍に十分な数がいるようですし」
「とりあえず、向こうから打診があるまで待つしかないか……とりあえず第4輸送艦隊には可及的速やかに日本に向かい、神戸港に入港するように伝えておけ。現状こちらが出来ることはそれくらいだ」
「了解です」
規模が大きすぎて意思疎通すらまともに出来ていないこの状態で、人類は奴らに勝てるのだろうか?
そんな疑問を胸に、私は参謀や情報士官の報告を聞き続けるのだった……
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