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第二十八話 赦されざる罪業は此処に在らず

2022年7月28日(木)

PM 9:30

東京都千代田区永田町

首相官邸・5階石庭

side 内閣総理大臣主席秘書官・宮本尚弥(みやもとなおや)



 総理から呼ばれたのは日も完全に暮れた午後9時頃の事だった。

 目黒区の自宅から車を飛ばし、少し寂しくなった渋滞を通り抜けて官邸に着き、明かりの全く点いていないそこに入った。

 官邸内は昼間や緊急時こそ混雑しているものの、この時間になれば殆ど人が居ない。

 少し前までは秘書やら国務大臣やらはここで寝泊まりしていたのだが、現在は一部がすぐ前にあるビルで緊急時に備えているのみだ。


 暗闇の中ホワイエを進み、止まっているエスカレーターを一瞥して階段を上って指定された5階へと向かう。



 彼は、5階の廊下で石庭を見つめながら静かに佇んでいた。

 第98代内閣総理大臣・永澤和寿。

 私が、20年以上の長きにわたって仕えてきた国会議員であり、現在の日本国の最高権力者。


 彼の顔は日に日にやつれていき、今では死相すらも感じ取れるほどだ。

 それも、仕方あるまい。

 やっと、日本をあの民進党政権による『悪夢の10年間』から救いだし、これからと言うときに、異星の侵略者によって台無しにされてしまったのだ。

 人々が希望を持って毎日を生きていける国にするはずが、絶望のどん底へと沈んでしまったのだ。


「宮本くん。突然呼び出してすまなかったね」


 彼は私の姿に気づいたようで、そう声をかけてきた。


「いえ。長い付き合いです。総理が何を思って私をお呼びになったかなど、簡単に検討がつきます」


「……一本、どうだね?」


 彼は私に煙草の箱を差し出した。

 肺に悪影響を与えるとして世界的に規制される方向にあるが、彼は一日二本、私が知る限りでは毎日吸っていた。


「……頂きます」


 私は箱から一本を取りだし、私物のジッポーで火を付けた。


 彼も同じように煙草を取り出し、火を付ける。


「……すまないな。君だって家族を疎開させたいだろうに、官邸に縛り付けてしまって」


「大丈夫です。家族もここに残ることに賛成してくれましたし、東京ならしばらくは安全でしょう」


 私と彼は紫煙を(くゆ)らせながら話を始める。


「早いものだな。君とも既に23年の付き合いか。あの時君はどこにでも居るような院生だったのに、いつの間にか遠い所に連れてきてしまった」


「そう言う総理こそ、いつの間にか総理大臣としての風格が身についておられますよ」


「ふふ、確かに。君と会った時はただの保守活動家だったと言うのに、総理大臣とはな。あの頃が、懐かしいよ」


「ええ。あの時は、何でも自由に出来ました。法律さえ破らなければ、なんでも。ですが今は……」


「……責任という言葉と共に、自由な発言など出来ない。この政権が気に入らないマスコミは延々とスキャンダルのネタを嗅ぎ回っているし、下手な発言をすれば終わりだ。……そして、私は……最悪の決断を、行なってしまった……」


 間違い無く、中部地方への核攻撃を指しているのだろう。

 私も、あの時セルトアレイアに核への耐性がある可能性こそ考えていたが、放射線が栄養素になる、などと言うことは考えても居なかった。

 自ら、墓穴を掘ってしまったのだ。

 もしもこの事実が発覚すれば国民の支持率は急落し、内閣は崩壊……いや、総理は暗殺されてしまうかもしれない。

 故郷を失い、絶望を憎しみへと変えた国民の手によって。


「私も勿論嫌だった。せっかく、せっかく日本の文化遺産を守るために大量の予算を通過させ、木が減りつつあった中部の山々を緑化し、技術や経済だけでなく、文化や環境での先進国になろうと考えていたんだ。それなのに、自らそれをぶちこわし、先人の遺産を蹂躙し、国民の資産を消し去りッ! ……何故私がこのようなことをしなければいけない? 日本を誇りある国にするのが、神はそれほど嫌なのか? 日本は、何か悪い事をしたのか? 永久に罰を受け続けなければならないほどに悪い事をしたのかッ!?」


 彼は石庭と廊下を遮る窓ガラスを何度も叩きながら叫んだ。


「私は、私はただ、日本人が物的だけでなく、精神的にも豊かになれればいいと思っただけなんだ。……それが、それほどに凶悪な事なのだろうか? もう、私は誰にも死んで欲しくない。奴らに噛み砕かれ、踏み潰されるのはもう御免だッ!」


 彼は荒い息でそうまくし立てる。

 


「……総理。これは日本人への罰などではありません。地球全体の脅威なのです。あなたも知っているはずです。現在、日本には各国から救援のための軍が駆けつけています。あれほど仲が悪かった、中国や韓国、オーストラリアでさえ軍を出しているのです。もしもこれが日本人への罰ならば、彼らが来るはずががありません。セルトアレイアは、地球生命全体に対する、重大な脅威であり、天敵なのです。確かに、中部への核攻撃は決着を急ぎすぎたあまりの失敗です。しかし、それならば総理だけでなく、私や、閣僚、国防省など、作戦の立案に関わった全ての人間に非があります。総理、あまり、自分を責めないで下さい。あの時点ではあれが最善の策だったのです。誰が総理だったとしても、その策を選んでいたでしょう。ただ、あの時貴方が総理の席に座っていたというだけなのです。ですから……」


「……すまない。少し、気が動転していたようだ。私たちには守るべき国民がいる。文化がある。これ以上の被害を出してはならないのだ」


「そうです、総理。我々はまだ立ち止まってはならないのです」


「……ああ。宮本くん。私は核攻撃の真相を発表するよ」


 それは、既に予測していたことだ。

 彼なら必ずそう言うと考えていた。


「ええ。真実を包み隠さず話せば、国民もきっと、理解してくれるはずです。……総理の故郷も、長野なのですから」


「……うむ。本当にすまなかったね、大して意味もない会話に呼び出してしまって」


「総理。嫌なら断りますよ」


「そういえば、君はそういう性格だったな」


 彼はクスリと笑い、私を玄関まで連れて行った。



「気を付けて帰ってくれよ。事故に巻き込まれでもすれば、君の奥さんに締め上げられてしまうからね」


「ええ。ちゃんと気を付けて帰りますよ」


 私は私用車である黒塗りのクラウンの扉を開けて乗り込み、エンジンを始動させた……



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