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第二話 崩壊する日常

挿絵(By みてみん)


2022年6月16日(木)

AM 07:15

東京都世田谷区玉川田園調布

永崎邸2階洋室

side 永崎裕哉(ながさきゆうや)



 ……、……。

 目覚まし時計の鳴らすけたたましい高音で俺は微睡(まどろ)みから引きずり出された。

 まだ少し眠い。いや、すごく眠い。二度寝をすべきだろうか。いや、二度寝以前に俺はまだ起きていない。

 ならば、もう一度意識を遠く彼方へ……。


「……って訳にもいかないよな。さすがに3日連続で遅刻するわけにもいかないし」


 俺はベッドから飛び降り、顔を手で軽く叩いて意識を覚醒させる。

 よしよし、やっと目が覚めてきた。

 部屋の扉を開けて、階段を一段飛ばしで1階に向かう。

 リビングに行ってみたが、誰も居ない。どうやら今日は早めに出ていったらしく、テーブルにベーコンエッグとフランクフルト、バタートーストが並べられていた。

 朝食の隣には母さんの筆跡で『今日は早めに出ていきます』と書かれたメモ帳が添えられている。

 俺は椅子に座り、テレビのリモコンの適当なチャンネルを押した。朝食を食べながらテレビに目を向ける。

 どうやら引き当てたのはニュース番組のようで、画面の右上には『自衛隊防衛出動、不明生物と交戦中』などという物騒なテロップが……。


「って、はぁ!?」


 自衛隊が防衛出動? なんで?

 いや、それ以前に動物相手なら精々治安出動のはずじゃ……。

 いやいや、そんなことはどうでもいい。

 こういうことなら隣の奴の方が余程詳しい筈だ。

 俺は朝食を放り出して、パジャマ姿のまま家を飛び出した。

 数秒で隣の家の玄関まで到着した。

 それと同時、眼前のインターフォンをこれでもかというほど連打する。



『はい……って、どうしたのアンタ。何でパジャマなんかで外出てるのよ』


「そんなことはどうでもいい! 中に入れろ!」


『そんな焦らなくてもいいでしょ? ……ロック、解除したわよ。近所迷惑だから早く入ってきなさい』



 俺はその返事と同時に玄関の門を開き、ドアへと駆け込んだ。


「全く、いつもは遅刻ばっかのクセに、突然押しかけてきて、どうしたのよ」


「自衛隊が防衛出動したって聞いて、お前ならもっと詳しいこと知ってるかな、って思って」


 俺の眼前にいる幼馴染、秋津瑠衣(あきつるい)は半ばあきれたような顔をしながら言った。


「まあ、確かに普通の人より知ってることは確かだろうけど、あんな剣幕で押しかけてこなくてもいいでしょ? それに、ホントなら父さんが私に教えるのもいけない情報も少し知ってるし……まあ、概要ぐらいなら説明してあげるけどね。部屋に来て。ただし、口外は無用だからね。父さんに迷惑がかかるから」


 瑠衣は身を翻して階段を上っていった。

 俺も靴を脱いで家に上がり、階段を上る。突き当たりにある瑠衣の部屋に入り、扉を閉めた。


「別に閉めなくていいわよ? エアコンつけてるわけでもないし」


「いや、何となく」


「……まあいいわ。アンタ、どのくらいまで分かってるの?」


「いや、自衛隊が防衛出動して不明生物と戦ってる、って事だけだけど」


瑠衣は落胆したような声で言った。


「って、アンタ、テレビのテロップみて私の家に直行したクチでしょ? アナウンサーの話は全く聞いて無かった、と」


「おお、大正解だ。よく分かったな」


「戦っている相手を『不明生物』って言ったからね。もう既に戦っている相手が何なのかは分かっているし」


「何なんだ?」


 瑠衣はすこし深刻そうな顔で、答えた。


「異星生物。端的に言えば宇宙人よ。少し前に、静岡に隕石が落ちる、って話があったでしょ?」


「あ、ああ。そんなこともあったな。ゴールデンウィークの頃だっけ? 結局静岡には30センチ四方の隕石が何個か落下して、大半は太平洋に落ちたんだったっけ?」


 瑠衣の口から出た『宇宙人』の言葉に多少動揺しながら俺は言った。


「世間一般ではそういうことになってたわね。そして一部が落ちた寸又峡付近は放射能などによる汚染の危険性がある、として自衛隊によって封鎖された。けど、真実は違う。隕石は一欠片たりとも太平洋になんて落ちていない。全長36メートル、全高27メートル、全幅34メートルの巨大な物体は、完全な状態で静岡の寸又峡に落ちたのよ」


「ちょっと待て。それはおかしいだろ。そんな大きさの隕石が衝突すれば、山が吹き飛ぶぞ。そんなことになったらたとえ封鎖されていても気象衛星か何かで見つかるだろ」


 さすがの俺もそんな分かりきった嘘には騙されないぞ。


「そう。普通なら巨大なクレーターが出来て大規模な地震も起きるはず。でも、ゴールデンウィークからこの方、大きな地震なんて一回も起きていない。日本政府は、寸又峡に隕石が落ちた事実そのものを隠したかったのよ。何故なら、隕石は衝突直前で急減速、寸又峡に軟着陸したんだから」


 一体どういうことだ? 普通の隕石が減速なんてするわけがない。ってことは、その隕石は……宇宙船、なのか?


「東大や京大の研究者が隕石を調査してみると、その隕石は地球には存在しない鉱物で出来たものであることが分かった。さらに調査と研究が進み、隕石が、人工物であることが判明したのよ。勿論、地球上に存在しない鉱物である以上、地球人が製造できる訳がない。しかし、間違いなくその隕石には高度な接合技術によって結合された痕跡があった。日本政府は、これを国家最重要機密として隕石にコードネーム『ロスアラモス』を付け、電磁波障害を理由に付近の航空機の航行さえも禁止した。コードネームの意味は、日本にとって最大級の傷である核兵器を生み出した実験施設の位置から転じて、『日本に(わざわい)をもたらすもの』という意味で付けられた、らしいわ。人工物であることが判明した以上、危険なものである可能性も高くなった。そのため警備の自衛隊を3倍に増やしてたんだけど……どうやら日本政府が一つ下手だったようだわ。連絡があったのは今日の深夜。長野県南部の都市、飯田市の辺境部からだった。『大勢の大男が家を壊して人を殴り殺している』って。直後にその人との通信は切れた。恐らく、そいつらに殺されたんでしょう。現在は政府が国民保護のための緊急措置として自衛隊に防衛出動を発令、東部方面隊、中部方面隊の各部隊は現在長野や静岡に向かってる。長野県駐在の第12旅団は既に戦闘を開始してるらしいけど、詳しい戦況については報道規制がかけられていて分からない。とりあえず機密に触れない限りで言えるのはこれだけ。これ以上言ったら父さんが処罰されちゃうからね」


「……、……」


 俺は聞かされた話を信じることが出来なかった。

 当たり前だ。宇宙人が地球を侵略する、なんてのは映画のシナリオでしかありえない。

 いや、あり得ないとは言えないが、少なくとも今の俺に信じられる事では無かった。

 しかし、陸自第1師団長の娘が、そんな嘘を吐くか? いや、それ以前に、目の前の幼馴染が、一度でも俺に嘘を吐いたことがあったか?

 ……あったな。

 でも、こういう重大な事で嘘を吐いたことは俺の知る限り一度も無い。

 恐らく、真実だ。それに、マスコミも『不明生物と自衛隊が交戦中』と言っているのは間違いない。

 事実に多少の齟齬(そご)があったとしても、こいつの言っていることは(おおむ)ね正しいはずだ。


「そういえば、この家、人の気配がしないけど……もしかして?」


「ええ。父さんは3時間ほど前に出て行ったわ。待機命令は4時頃に発令されたからね。今は多分……伊那市よ。飯田市の北にある都市。もしかしたらもう戦ってるのかもしれないけど、兄さんがいる第12旅団が戦ってる間は出番無いと思うわ。あんまり重装備の師団ではないしね」


「そうか、慶一さんって去年幹候学校卒業したんだったな」


 俺が言うと、瑠衣は誇らしげに胸を張った。


「そ。今、兄さんは普通科連隊の小隊長よ。三等陸尉なのよ。そして、私もいつかは……」


 しまった。瑠衣にこの話題は禁句だったのを忘れていた。完全に妄想の世界に旅してやがる。


「無理無理、お前に防大なんて絶対無理だよ」


 瑠衣はむっと唇をすぼめる。女のくせしてなんでここまで自衛隊に幻想を持っているのか個人的には理解できないんだが、まあ夢は人の勝手だし、無理して止めるつもりはない。だが、お前の妄想に俺も巻き込むのはやめてくれ。いや、こいつの家に来たのは俺だけどさ。


「なんだと? ならアンタは防大行けんの?」


「俺はそもそも自衛隊に入る気がねえよ。行くとしたら『普通の』国立大だ」


 俺はあえて『普通の』を強調してやった。この話に長々と付き合えば面倒くさい事になるのは目に見えている。さっさと話を終了しなければ。


「むぅ……防大は確かに普通の大学じゃないけど、そんなに強調しないでいいでしょ?」


「お前も、先祖代々陸軍軍人だからって、陸自に幻想を持つのは止めろよ。女だから結局それなりに小綺麗な後方勤務なんだろうけど、男なら泥まみれの汗まみれだぞ? お前が想像してるようなカッコイイ軍隊なんて漫画とかアニメだけの話なんだよ」


「む。それって、『女はどうせ汚い所には行けねえんだよ』っていう見下し? 男のプライドって奴なの? 私を何だと思ってるのよ。泥まみれの汗まみれ、大歓迎よ。後方でも汚い所は汚いし、今は女が戦闘職種に配属されることだってどんどん増えてる。それくらいの情報は知ってるわよ」


 だからそれこそ幻想だと言っているのに……正直口ではそう言っているけどこいつも現場を実際に見た事なんてほとんどないはずだ。全く見たことがない俺が言うのも何だけど、やっぱりこいつの想像は妄想の域を出ていないと思う。

 しかし、もうこれ以上話に付き合っている暇はない。このままではベーコンエッグが食えなくなってしまうのだ。


「そうかい、まあ、頑張りたまえ。俺は家に帰る。お前も学校に遅刻するんじゃないぞ」


 俺はそう言い残して扉を開き、階段を駆け下りた。


「あ、まだ話は終わってないわよ、待ちなさい!」


 階段の上から瑠衣の声が聞こえるが、俺は華麗に無視して悠々と玄関を出て、我が家へと帰還した。

 瑠衣には悪いことをしたとは思っている。突然押しかけた上に話が面倒くさくなったら家に帰ったんだからな。しかし、私はあそこでのんびりしている場合ではなかったのだよ、許せ。

 俺は完全に冷め切ったベーコンエッグとトーストを突っつきながらテレビに目を向けた。


『……現在、長野県及び静岡県の全域と岐阜県南部には避難指示が発令されており……』


 まあ、こんなことになったのだから避難指示は当然だろう。


『……まだ避難が済んでおられない方は速やかに最寄りの広域避難場所へと向かって下さい。広域避難場所が付近に無い場合は交番や警察署などに向かって下さい。広域避難場所では住民の皆さんを避難させるために陸自のヘリ部隊や輸送部隊が待機しています。交番や警察署からは広域避難場所への輸送活動を行っております。えー……最新情報です。現在陸上自衛隊は飯田市市街部での戦闘を開始、特科部隊の砲撃により異星生物に激甚な被害を与えているとのことです。これについてコメンテーターの西田さんに……』


 リモコンを手に取り、適当なチャンネルのボタンを押した。


『現在の死傷者数は……』


『飯田市の被害は甚大を極めており……』


『政府は当該隕石の破壊を……』


『この件についてアメリカ政府は……』


 ローカル局以外は全てこの事件の特番だった。

 既に死傷者数は3000人を超えているようだ。

 遺体の確認が出来ていない人間や行方不明者なども合わせれば更に増えるだろう。

 最低でも、朝食中に見ていたいニュースでは無かったので、俺はテレビを消した。


 食べ終わると既に7時50分を過ぎていた。

 このままではまた遅刻してしまう。

 勿論3日連続で遅刻などしようものなら確実に先生に締め上げられる。

 ホームルームの開始は8時30分だからそれまでに到着しなければならない。

 まあ、少し急いで準備すれば何とかなる時間だ。

 しかし、不測の事態も考慮しなければならない。急いでいるときこそ、忘れ物をしやすいものなのだから。

 俺はハンガーから制服を抜き、着替え始めた。



 着替えと持ち物の準備は完了した。

 現在時刻は7時54分。

 この時間帯ならばまず遅刻はしないだろう。

 俺は鞄を持って外に出て、鍵を掛けた。


 

 結論から言うと、今日は遅刻をせずに済んだ。

 先生に怒鳴られることもなかったし、守衛の人に呆れられることも無かった。

 とても平和に(少なくとも俺の近くでは)時間は流れていった。


 事件は、3時限目、化学の実験中に起こった。

 担任が突然、実験室に押しかけてきて、開口一番、


「秋津、秋津はいるか!」


 と叫んだのだ。

 担任の顔は蒼白で、それがいい知らせなどでは無いことは明らかだった。


「はい。先生、どうされたんですか?」


 瑠衣は半ば訝しげに、担任に尋ねた。


「すぐに職員室に来い! 早く!」


 担任は切迫した声で叫ぶと、瑠衣の腕を掴んで強引に理科室から連れ出したのだ。


 クラスメートや化学教師は呆然とその姿を見送り、しばらく室内は静寂に包まれていた。



 瑠衣が帰ってきたのは昼休みの後、5時限目開始の直前だった。瑠衣は誰がどう見ても分かるほどに憔悴していて、普通の状態じゃないと思った俺は声をかけた。


「おい、何があったんだよ。大丈夫か?」


 瑠衣は疲れ切ったような声で俺に応えた。


「ゴメン、何でもないの。ちょっと、頭痛くなっちゃってさ。でも、大したことは無いから大丈夫だよ、あはは」


 大丈夫には見えなかった。そんなに虚ろな目で言われても、大丈夫に見えるはずがない。相当無理をしているのは丸わかりだ。

 そして、俺は、聞いてはならないことを、聞いてしまった。


「おい。もしかして、慶一さんになんかあったの……」


 俺が聞こうとすると、瑠衣は一言「来るな!」と絶叫して教室を飛び出してしまったのだ。

 聞くべきでは無かった。

 そう思ったとしても、今このときは聞いてはならなかったのだ。

 クラスメートは普段滅多に怒らない瑠衣の絶叫を聞いて呆気にとられていた。

 本当なら放置すべきなのだろう。

 事実はどうなのか知らないが、瑠衣の家族に何か不幸な事が起こったのは間違いない。

 普段は冷静で話をするのが大好きな瑠衣をあそこまで豹変させるほどの何かが起こったのだろう。

 しかし、本能が告げていた。

 ここで放置すれば、とんでもないことになる、と。

 放置して好転するような問題ではないと。

 だから、俺は。


 

 予鈴が鳴り出した教室を、飛び出した。


誤字脱字や文法上の間違いなどのご指摘お願いいたします。

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