第二十三話 守るべき場所
2022年7月28日(木)
PM 12:20
大阪府泉佐野市
JR関空快速・京橋行4両目車内
side 岩瀬梨夏
優華によれば信太山駅までは電車でだいたい一時間くらいだという。
すでに大阪でも九州や中国・四国地方への疎開が始まっているらしく、電車内に人はまばらだった。
愛媛にも大量の建設機材が納入されているし、もうそろそろ大阪の街は西へと移転するのだろう。
電車の窓から外を眺めるだけで分かる都会の匂い。
いつか、この街も灰燼と化してしまうのだろうか?
違う。
私たちは、この街を、この国を守る為にここまで来たんだ。
国連軍も救援に来た。
大阪の街が炎に包まれて燃え落ちる事は無い筈だ。
本当に何を考えているんだろう、私は。
少し前まではこんなこと考えた事もなかった。
毎日、ただあちこちを走り回ったり泳いだりしているだけ。
中身が無いと言われればそれまでだが、最低でも楽しくて、何の悩みもない時間を送っていた。
それは、あの化け物によってぶち壊された。
私は、私たちは、元の平和な日本に戻すために大阪に来たのだ。
それは今日知り合ったばかりの秋津さんや永崎さん、朝日さんも同じだろう。
優華だけは理由が判然としないが、面接で合格した以上、何らかの思いはあったはずだ。
大阪の中でも田舎に分類されるらしい、私にとっては十分都会に見える泉南地区の景色を眺めながら私はそんなことを考えていた。
「岩瀬さん?」
そこで、秋津さんから声がかけられた。
「はい? どうしたんですか?」
「ぼーっとしてるように見えたから、どうしたのかな、って」
「あ、すいません。迷惑かけちゃったみたいで」
「別に大丈夫よ。ちょっと気になっただけだし」
秋津さんは昔、私の憧れだった。
何故昔かというと、既に私は剣道を止めているからである。
今日初めて会って、人柄がいいということは分かったからまた憧れの人になりそうではあるが、とりあえず今のところは違う。
私が剣道を止めた理由は簡単なことだ。
ただ単に、防具を着ることができなくなったのだ。
中一の夏、私は剣道の鍛錬の最中に熱中症に罹ってしまったのである。
救急車で運ばれて、数日間意識が吹っ飛んでいて、目が覚めて一度は剣道部に復帰した。
しかし、防具を着けると熱中症になった時の記憶がフラッシュバックして、とてもではないが試合や鍛錬が出来るような状態では無かった。
室外の炎天下では全く問題は無いが、あの時と状況が似ている密閉された教室内などでは体が異常にだるくなってしまうのだ。
結果的に病院で軽度のPTSD(心的外傷後ストレス障害)であると診断され、しばらく剣道はしないほうがいいと忠告され、私は剣を置いた。
しかし、動いていないとイライラする性分なので即座に陸上部に入部したという訳である。
……これ以上色々考えるのも面倒だ。
会話に戻ろう。
「優華、次ってどの駅で降りるんだっけ?」
私と同じく誰とも喋っていなくて手持ちぶさたらしい優華に話しかける。
「次は和泉府中って駅で降りて、阪和線に乗り換えるんや。府中から信太山までは一駅やったと思う」
と言うことは乗り換えは一回か。
しばらく寝ていても問題ないだろう。
「そうなの? ちょっとだけ寝ていい? 今頃になって疲れが出てきた」
優華はそれに頷き、秋津さんと朝日さんが「おやすみ」と声を掛けてくれた。
私は座席に深く腰を落とし、目を瞑った。
起きた頃、電車は和泉府中駅の一つ前まで来ていた。
みんなは既に降りる準備をしている。
私も頭上にある金網からボストンバッグを下ろし、下車の準備に取りかかる。
全員が駅で降りると、優華が一つ提案をした。
「さっき地図で見たら駐屯地、こっちから行っても大して距離変わらへんねん。ここから行った方が安くつくし、どうする?」
「関空でご飯食べるの忘れたし、ここで何か食べていった方が良いかもしれないわね。信太山からバスが出るとは聞いてるけど、2時かららしいし、ちょっと来るのが早すぎたからねえ」
秋津さんが優華の案に賛成する。
「まあ、交通費はあとで支給されるとはいっても税金だし、節約するのは賛成。距離が変わらないんなら尚更だ」
永崎さんも賛成らしい。
結局この駅で降りて昼食を取ってから駐屯地に向かうと言う事で一致し、私たちは改札を通った。
誤字脱字や文法的におかしな表現の指摘、評価感想お待ちしております。