第二十一話 自由の終わり
2022年7月27日(水)
AM 9:50
千葉県浦安市舞浜
東京ファンタジックワールド前
side 朝日美春
今日は瑠衣さんや永崎さんと一緒に遊園地に行く約束をしていた。
瑠衣さんの『自由で居られるのはこれが最後だから』という言葉が発端だ。
きっと、私に気を遣ってくれたんだと思う。
説明会の後、瑠衣さんとは幾度となく会って来たけど、一度たりとも晴れやかな気分で居られたことは無かったから。
決して会うのが嫌だった、とかそう言う理由じゃない。
毎日思い出してしまうだけだ。
パパが死んでしまった日のことを。
瑠衣さんといることが原因ではなく、何気ないふとした動作がパパと被ってしまうととてつもなく悲しい気持ちになってしまうのだ。
紅茶を入れて貰う時、コーヒーにミルクを注ぐ時や、パパが使っていた歯ブラシやマグカップを見たときなどもそうだ。
いつどこで思い出すか分からない。
あの日以降、私は『何も考えない』と言うことが出来なくなった。
昔は一人でボーッとしているのが大好きだったが、今そんなことをしようものならたちまち目の前が涙で滲んでしまう。
多分、瑠衣さんは何となくその事を分かっていて、今日は私に無心でただ楽しんで欲しいのだろう。
もしかすると、まだ罪悪感から抜け出せていないのかもしれない。
瑠衣さんには何度も『気にしないで』と言ってきたけど、今でも突然謝ってきたりするし。
……そんなことを考えるためにここに来た訳じゃない。
せっかくの瑠衣さんの好意を無駄にするわけにはいかないのだ。
待ち合わせの場所で、私は一人そんなことを考えていた。
私は墨田区の在住だから、世田谷の二人より少し早く着いてしまったのだ。
どうせならもう少し遅くに家を出れば良かった。
そうすればこんなことを考える事も無かった筈なのに。
瑠衣さんたちが来たのはそれから5分後のことだった。
「待たせちゃった? ごめんね」
瑠衣さんが申し訳なさそうな顔で私に謝る。
「いいえ、大丈夫ですよ。私も今来たところですから」
「そう。よかった。じゃあ、行きましょ」
瑠衣さんはチケット売り場を指さして言った。
それに私は頷き、瑠衣さん、永崎さんと一緒に売り場へと向かった。
チケット売り場の係員に瑠衣さんが言った。
「高校生二人と中学生一人、お願いします」
係員は「13000円です」と答える。
私は財布から取り出した4000円分のお札を瑠衣さんに渡し、永崎さんも私と同じように4500円を手渡した。
瑠衣さんはそのお金をトレーに置き、自分の分の金額も添えた。
係員から渡されたチケットを瑠衣さんは私たちに配り、ゲートに向かうことになった。
ゲートの柱に書かれていたのは、『8月4日より臨時閉園』という言葉だった。
本来夏がかき入れ時の遊園地だが、この戦争のせいで若い人は大方徴兵され、中年や熟年の人も失業などでとてもでは無いが遊園地に遊びに行ける余裕も、お金も無いのだ。
そのため、ここはしばらく閉園するつもりなのだろう。
ゲートをくぐった先にあるのは巨大な土産物コーナーだ。
私たちはそれを完全に無視して通り抜け、『中央広場』と呼ばれる場所にたどり着いた。
「最初にどこ行きたい?」
「俺はどこでも良いよ。朝日さんは?」
瑠衣さんの質問に永崎さんが答え、私にそう尋ねて来た。
「えーと、最初はジェットコースターとかどうですか?」
観覧車はどう考えても早すぎるし、3D系のアトラクションは昼食時が一番空いている筈だ。
それに、遊園地の定番と言えばジェットコースターなのだから、最初に行くべきだと思った。
「んー、じゃあ、『ドラゴンライド』でいい?」
この遊園地にはメインとなるジェットコースターが二つ存在する。
一つが『ドラゴンライド』。
よくあるつり下げ式のジェットコースターで、レールの総延長は日本一らしい。
もう一つが『アクアブレイク』
水の上をボート型のコースターで滑るタイプのものだ。
相当濡れるので合羽かポンチョは必須になっている。
朝早々に濡れたくは無い。
そう考えて私は返事をした。
「はい」
「裕哉もそれでいい?」
「ああ」
私たちは遊園地の中心にある白雪姫城を通り抜けて『ドラゴンライド』のあるエリアへと向かった……
今日は、ただひたすらに楽しかった。
ポンチョの下から水が入って足がずぶ濡れになるなんてアクシデントもあったけれど、最近で一番笑えた一日だった。
瑠衣さんや裕哉さんとも確実に仲良くなれたと思う。
夕焼けに染まる空を上っていく観覧車の中で、私たちは全員沈黙していた。
今日はあちこち動き回って疲れた、と言うこともあるのだろうが、最大の理由は、自由で居られる最後の一日がもうすぐ終わるという妙な感慨にあるのだろう。
正確には入隊式は明後日なので明日も自由と言えば自由なのだが、明日の朝には私たちは飛行機で大阪に向かうことになっている。
なぜ大阪に向かうかというと、私たちが入る『日本国防軍少年曹候補生学校』は大阪南部にある旧信太山駐屯地に存在するからだ。
そこに学校が置かれた理由は、関東や東北は現在敵の侵攻を受けつつあり、いつどこで何が発生するか分からないから、らしい。
明日のこの時間は既に大阪の駐屯地に到着しているはずだ。
もう、しばらくの間この東京の景色を見ることは無いのだ。
私たちは観覧車が地面に到着するまでの間、ずっと沈みゆく太陽を見続けていた……
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