第三章 少年曹候補生学校 第二十話 入隊試験
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2022年7月22日(金)
AM 8:30
愛媛県松山市文京町
愛媛大学法文学部講義棟
side 岩瀬梨夏
朝6時半に宇和島を出て、私たちは愛媛の県庁所在地である松山市まで来ていた。
そんな早い時間に何をしに来たか、というと、軍の採用試験のためだ。
数日前に行われた説明会のせいで多少の不安はあったものの、一度和樹の前で『入る』と言ってしまった以上、意地でも逃げ出すわけにはいかなかった。
……まあ、個人的に最も気にかかっているのはそんなことではなく、
「ホント、何でついて来ちゃったのよ……」
待合席の隣で眠りこけている関西弁女のことなのだが。
和樹との電話の直後にコイツへ連絡したのが間違いだったのだろう。
一応報告ぐらいはしておくべきだろう、などと考えて電話したのだが、まさか『私も行く』などと言い出すとは思わなかった。
普通に考えて予想できる筈もない。
優華の行動に脈絡など全くないことは私が一番知っている。
なのに、何故あの時の私は優華に連絡しようなどと思ったのだろうか。
優華は私たちと一緒に説明会に行き、何の躊躇をする事もなく志願票を提出した。
そして現在。試験会場が開くのを待っている私たちの隣で彼女はぐーすかと眠り込んでいる、というわけだ。
試験開始は午前9時ちょうどだから、もうそろそろ会場が開いてもおかしくない時間帯だ。
今日の試験は午前に学科試験、昼食後に実技試験、身体検査と面接、という形になっている。
そして総合成績によって不合格、国防軍少年兵養成課程、少年准士官・下士官養成課程に振り分けられる。
勿論、私たちの目標は少年准士官・下士官養成課程の合格だ。
ただの少年兵なら使い捨ての駒にされて犬死にするだけだが、多少は『使える』准士官や下士官なら捨て駒にされることはまず無いと考えたのだ。
『……間もなく、日本国防軍少年志願兵選抜試験を開始します。受験者の方は、これから指定する部屋にそれぞれ向かって下さい。受験番号071番から07125番までの方は……』
試験場所の指定が次々に行われていく。
受験番号の07という部分は愛媛県を指しているらしい。
私の受験番号は07356番で、和樹はその一つ違い、優華は四つ違いだ。
私たちの番号が呼ばれる。どうやら会場は2階の端にある講義室らしい。
「ほら、起きなさい。行くわよ」
私は優華の体を揺すって起こそうとする。
「うーん、ちょっと待ってえな……まだ眠いねんって」
「駄目、早くしないと置いてくわよ」
「……そんな殺生な事言わんといてえな……」
優華はぶつぶつと文句を言いながらもソファから立ち上がる。
「和樹も、行くわよ」
「分かってるよ」
私たちは階段を上り、試験会場に入った。
そこは古典的な階段式の講義室で、カンニング防止の為か、一つ一つの席に衝立のようなものが置かれている。
教壇には試験官が立ち、問題用紙か何かの確認を行っている。
私は受験票を片手に自分の席を探す。
席を見つけると私はそこに座り、衝立のすぐ近くに受験票を置き、鞄から筆記用具を取り出した。
和樹は私の右隣で、優華は左に四つずれた席だった。
しばらくして室内がほぼ満席になると、前にいた試験官が立ち上がり、受験票を確認し始めた。
その後、試験についての説明が始まった。
学科試験は国語、数学、英語、小論文の順に行われ、前者3つは50分、小論文は30分で各試験の間に10分間の休憩を挟む。12時30分から1時まで食事休憩。
それからは愛媛大を出てすぐ隣にある高校で実技試験と身体検査を行い、午後4時から順次面接を行った後に各自解散というスケジュールだ。
少しの間試験に関する注意などが行われ、問題用紙が配られた後試験開始の指示が出た。
……、……
午前中のスケジュールが終了した。
12歳から18歳までが対象ということもあってか、難易度はかなりばらけていて、一次方程式の問題が出た直後に三角関数が入ったりと問題用紙はかなり混沌とした様相を示していた。
私も国語以外は5割を超える気が全くしない。
というよりこの学科試験は年齢が低くなるにつれてほぼ確実に点数が下がる悪魔の試験だ。
これでは年齢が高い人しか受からないのでは無いか?
いや、説明会で広報官が言っていたことが正しいとするならば学科試験の点数はあまり考慮されないはず。
あの口ぶりから察するに志望動機がしっかりしてさえいれば受かる筈だ。
私は昼食として学内で販売されていたサンドウィッチを頬張りながらそんなことを考えていた。
次は実技試験が行われる。
1時10分までに実施場所である松山北高校へ行き、ジャージか体操服に着替える事になっている。
そろそろ行った方が良いだろうか。
私はサンドウィッチを飲み込んだ後、牛乳を口の中に注ぎ込んで立ち上がった。
優華と和樹を促して建物の外に出る。
今日は雲一つ無い晴天。
夏の日差しが肌に突き刺さり、その熱さを伝えてくる。
普通の人なら日焼けに気を遣う場面なのだろうが、生憎毎日のごとく外を走り回っていた私はすでに真っ黒に焼けており、あまり関係のない事だった。
優華はこの前の反省からなのか日傘を差しているが、どうせこれから実技試験なのだし、あまり意味があることだとは思えなかった。
実技試験は長距離走(3000m)、短距離走(100m)、腹筋・腕立て伏せ、懸垂とオーソドックスな取りそろえになっている。
全ての項目に一応の合格基準は設けられているが、やはり説明通りだとするならば多少基準から下回った所で問題は無いはずだ。
まあ、かといって手を抜いてやる訳にもいかないのだが。
私たちは学校指定の体操服に着替えて試験が行われるグラウンドに出た。
集まっているのは学科で一緒だったメンバーのみだったので、他の部屋で試験を受けていた人たちは別の所で実技を行うのだろう。
……、……
実技試験が終了した。
今回は元陸上部の面目躍如といったところで、短距離は男女総合で5位、長距離は同じく男女総合で12位だった。
まあ、試験なので順位なんてものは全くもってどうでもいいのだが、『高校生も入れてこの順位ってかなり速くない?』などと思ってしまったのだから仕方ない。
懸垂なんてものは何回かしたことがある、レベルだった為に結果は『聞くな』としか言えない状況だったが、腹筋・腕立ての方はまだましだったから大丈夫……だと思いたい。
その後、高校の校舎内で身体検査が行われた。
身長、体重、健康状態、病気の既往歴、視力、聴力、虫歯の有無、肺活量などで、まあ一般的と呼べる内容だった。
最後に面接だ。
これは今日最も力を入れるべき場所であり、合格するか否かはこれにかかっていると言えるだろう。
高校の教室ほぼ全てが面接室となり、私は3階の1年3組の教室に割り当てられた。
残念なことに優華、和樹とは別々になってしまったため、暇つぶしをする相手もおらず、ただ面接の内容を考えて時間が過ぎるのを待つしか無かった。
そして4時45分を時計が指した頃、私の番になった。
ノックした後返事が来るのを待ち、横開きのドアをスライドさせる。
一礼して面接官が椅子に掛けるように指示した後に教室の中心部に置かれている椅子に座る。
名前や出身地、血液型などの本人確認の後、面接官が質問した。
「今回、国防軍少年志願兵制度を受験された理由は何ですか? 正直に答えて下さい。簡潔に答えなくても結構です。出来る限り正確にお願いします」
志願動機の説明。
待合の間に散々復習して反芻した内容だ。
「先日宇和島市に飛翔体が落下した事はご存知ですよね?」
面接官が頷く。
面接で面接官に質問を行うべきでは無いことは分かっているが、出来る限り話のテンポを掴んでおきたいと考えたのだ。
「私の友人がそれに巻き込まれて重傷を負いました。その時はただ悲しかっただけなのですが、その日の夜、友人の兄から電話がかかって来たんです。『軍に志願する』」という内容でした。その兄は私の幼馴染であり、いつも危なっかしい行動ばかりしていたので『私も軍に志願する』と言ったんです。結果的に軍に志願することになった要因はその幼馴染からの電話ですが、それより前から友人を酷い目に遭わせたあの生物に対する怒りを持っていたので、『志願する』という決意を固めたのはそのことに気づいてからです」
我ながら要領を全く得ない、意味不明な回答だ。
しかし、面接官はそれに頷き、次の質問に入った。
「……あなたの志望動機はよく分かりました。そこで一つ質問させて頂きます。国防軍に入隊した場合、そこに待っているのは過酷な日常です。現状、甘言で惑わせるほど我が軍に余裕はありませんので言わせて頂きますが、実質的に人権は無視されます。子供であろうが女であろうが徹底的に『しごかれ』ます。休息の時間など存在しません。そのような状況を受け入れる事が出来ますか? それでも軍に入りたいと言えますか?」
そんなことは説明会の後に散々考えたことだ。
答えなど最初から決まっている。
「はい」
即答したのに驚いたのか、面接官は少し目を細めながら私に訊いた。
「恐らく、現状だと少年志願兵も前線に出ることになるでしょう。つまり、いつ死ぬか分からない、と言うことです。あなたは、自らの戦死についてどう考えていますか?」
これはそれなりに慎重な回答が必要とされそうだ。
戦死を全面的に肯定すれば自殺志願者だと思われかねないし、かといって戦死を完全否定すれば現実を見ていない夢想家だと思われるだろう。
「……勿論、死ぬことは怖いです。しかし、兵士である以上不可避の死というものは存在するでしょう。その際に自分がどれだけ動揺するか、怯えるかなどということはまだ分かりません。ただ言えることは、死の直前にあっても出来る限り平静を失わず、死に急がないように考える、ということだけです」
面接官はしばらくの間押し黙り、ふと気がついたように言った。
「……はい。結構です。これにて採用試験は終了します。合否判定は2日後に国防軍のホームページにて掲示されます。また、合格者には同日に郵便で各種資料を送付しますので、インターネット環境が無い場合はその郵便の発送を以て発表とさせて頂きます。では、お疲れ様でした」
私は面接官に会釈した後教室を出た。
あの沈黙は一体何だったのだろう?
……どうでも良いことか。どうせ結果は2日後に発表される。
その時に分かるのだから今考える必要など無い。
私は優華や和樹の面接が終了するのを学校の昇降口でひたすら待ち続けていた。
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