第十六話 少年志願兵
通算PVが8500を、ユニークアクセスが1500を突破しました。
いつも読んで下さっている方々、誠にありがとうございます。
2022年7月18日(月)
AM 11:00
東京都新宿区市ヶ谷本村町
市ヶ谷グランドシティホテル7階
『日本国防軍』少年志願兵制度説明会会場
side 永崎裕哉
正直なところ、説明会が始まるまで、俺はとんでもなく退屈だった。
しばらく暇つぶしの相手にするはずだった瑠衣は隣の少女……朝日とか言ったか?……と話し始めるし、俺の左隣にはとてつもなくうるさい男連れが二人。
恐らく友人関係なのだろうが、あんまり大きな声で話すのはやめてくれ。
退屈な上に興味もない話を大音量で強制的に聞かされることによって、俺は完全な鬱状態に陥っていた。
妙に人が多いせいか冷房の効果も大して無く、暑い。
広報官が姿を現したとき、既に俺は持ってきたスポーツドリンクの500mlボトルを空にしていた。
説明会が始まるのを察したのか、会場内は急速に静まりかえっていった。
そして、広報官がマイクを持って挨拶を行った。
「えー、本日は暑い中お集まり頂き、誠にありがとうございます。私は日本国防陸軍東部方面軍の広報官の橋本謙也と申します。今日1日、よろしくお願い致します。……さて、今回は少年志願兵制度の説明会ということでお集まり頂きましたが、既に志願することを決めておられる方、説明会の情報によって志願するか決められる方など、色々おられると思います。ですが、最初にこれだけは言わせて頂きます。……何かを守りたいという強い思いがある方以外、我々は絶対に採用しません。募集定員は5000名となっておりますが、もしもその『強い思い』を持っている方が少ない場合はこちらから定員割れを起こさせますし、『強い思い』を持っている方が定員よりも多ければ5000名を超えて採用することもあります。最初のほうから少し厳しい言葉になりますが、『強い思い』の無い方は無駄であり、邪魔です」
その言葉に周囲がざわめく。
広報官ははっきりと『無駄で邪魔』だと言った。
さすがに開始早々そのような事を言われるとは思っていなかったのだろう。
付き添いで来ていただろう保護者勢からは非難の声も飛ぶが、広報官はそれを無視して話を進める。
「別に、その『強い思い』は国を守ろうという思いで無くても構いません。家族、友人、恋人、故郷、何であっても結構です。……これはあくまでも、金銭だけが目的の方や、『何となくかっこよさそうだから』などという理由で志願される方が出ないようにするための予防線です。この説明会に来て下さっている殆どの方は、何らかの思いがあるだろうことを私は確信していますので。さて、ここからが本題です。強い思いさえあれば採用する、と先ほど私は言いました。しかし、あくまでもその時点では採用するだけです。入隊後、恐らくあなた方は地獄を見ることになるでしょう。それで、その思いが本物かどうかを確かめさせて頂きます。男女や年齢差による区別を行うつもりもありません。それは、用意された2つのコースどちらでも同じ事です。どちらも平等に地獄です。そして、この話を聞いて尚、入りたいと思う方を我々は探しています。……それと、地獄だとは言いましたが、洗脳や非人道的な拷問などを行う事は絶対にありませんので、それだけは安心して下さっても結構です」
今回は、ざわめきすらも起こらなかった。
全員が一様に呆然としている。
説明会などというものは基本的に入ることによるメリットなどの美辞麗句で塗り固め、受験者を増やし、分母を大きくすることが目的の筈だ。
なのに、広報官は平然と『入れば地獄』と言い、『その覚悟が無い奴は志願する資格すらない』に非常に近い事を告げたのである。
分母を大きくして能力を持った人間を探し出すのではなく、要望に合った能力を持った人間だけを分母にし、その中から更に良い人材を見つけるという方式だ。
しかし、その方式は最悪分母が小さすぎて数が全くそろわないという事態になる事も考えられる。
俺の疑念を完全に無視して話は進行する。
「もしも、それに耐えきれる自信が無く、それでも軍に入りたいと仰るならば、第2回目の募集をお待ち下さい。そう言った形で地獄を見ることになるのは1回目の志願者のみの予定ですので。ただし、2回目以降の募集によって入隊した場合、昇進のスピードは遅くなることをご承知願います。では、試験の日程の説明を……」
それからも延々と説明は続き、昼食を挟んで午後3時頃、説明会は終了した。
これからは志願書の受付時間になるらしい。
「ねえ裕哉、どうする?」
突然瑠衣がそんなことを聞いてきた。
「どうする、って何を?」
「入隊のこと。さすがに私もあそこまでとは思ってなかったし、嫌なら止めてもいいのよ」
はあ、まったくもってこいつの行動は意味不明だ。
俺は自分から行くって言った訳だし、今となってもその心は変わっていない。
「お前は、志願するんだろ?」
瑠衣はその質問に即答した。
「勿論。あんな説明で怖じ気づく訳ないでしょ?」
まあ、何となくかなり誇張されているような面はあったからな。
それに、それが真実だったとしてもこいつなら確実に志願するだろうsな。
「なら俺も行く。お前が嫌だって言うなら俺だって止めただろうけどな」
「……そ。まあ、そう言うような気はしてたけどね。……美春はどうするの?」
瑠衣は隣にいる少女に話しかける。いつの間に呼び捨てになったのだろう……
昼食の時に少し話をしたが、それほど気が強そうには見えないし、もしかすると志願を取りやめるかもしれないな、と思いながら俺は少女の返答を待った。
「も、勿論志願します。私の体格なら元々辛い目に遭うだろう事は解ってましたし、それがちょっと想像以上だっただけで取りやめるなんて出来ませんよ」
と言うか、説明された訓練日程を考えた奴は絶対に極度の嗜虐主義者だ。
普通の人間なら子供にあんな訓練をさせようなどとは思わない。
あれを説明された時点で想像よりも大したことは無い、などと思った奴はほぼ皆無だろう。
どちらかと言うとそう思った奴はただの変態かよっぽど自分の体力に自信のある人間かのどちらかしかいない筈だ。
「……まあ、とりあえず志願書を提出しに行きますか」
俺はそう言いながらグラグラで不安定なパイプ椅子から腰を浮かせた。
「分かったわ」
「はい」
瑠衣と少女……朝日さんが席を立つ。
志願書の提出期限は一応明日の午後5時まで、ということになっているが、明日わざわざ出かけるのも面倒だし、せっかく全ての項目を埋めてある志願書を持ってきているのだから、出さない理由は無い。
志願書の受付ブースは会場の左端前方部にあり、3人ほどの受付係がいるようだ。
しかし、人はあまり並んではいない。
殆どの人が全ての項目を書き終えた志願書を持ってきていて流れが速いのも理由の一つかもしれないが、そのまま帰る人の数が相当多いのが大本の理由だろう。
その殆どがあの説明で志願する気を挫かれた人たちだと思われる。
俺たちは大して並ぶことも無く、早々に志願書を提出してホテルを出た。
試験日は7月22日、つまり4日後。
非常に近い。明らかに早すぎる。
それだけ日本が追い詰められていることの証左なのかもしれないが、合格発表7月24日と言うのも常軌を逸しているとしか言えない。大量のバイトを雇うつもりなのか、職員を過労死させるつもりなのかは分からないが、明らかにむちゃくちゃなスケジュールであることだけは分かる。
そして入営日が7月28日。
合格発表から入営まで4日というのは何かの間違いかとでも言いたくなるが、本当だ。
つまるところ、もしも合格した場合、俺たちの自由な時間は既に10日しか残されていないことになるのだ。
ホテルを出た直後、瑠衣に話しかけられた。
「これから美春と二人で百貨店でも行こうかと思ってるんだけど、裕哉も行く?」
「いや、俺は別に買うもん無いし、男がついてたら朝日さんに悪い気もするし、遠慮しとくよ」
俺の言葉に朝日さんが反応する。
「いえ、別に私はいいですよ。男の人が居た方が安心な気もしますし」
そして、瑠衣があることを提案してきた。
「荷物持ちしてくれるんだったらアイス奢ってあげるわよ。ハーケンタッツのアイスクリーム、食べたくない?」
瑠衣が出したのは高級アイスクリームメーカーの名前だった。
俺があそこのアイスクリームが大好きだって事を知っているからか、卑怯な手を使ってきやがった。
断るに断れないではないか。
「……分かったよ。どうせ家に帰ってもすることないしな。ただし、カップ二個だ」
瑠衣は一瞬逡巡したような様子で、その後諦めたようにため息を吐きながら言った。
「……はいはい。二個奢るわよ。その代わり荷物持ちはよろしくね」
結果として、瑠衣は食料品を買いまくり、俺は十数キロ近い荷物を持たされる羽目になった。
何故に5kgの米など買おうとするんだ。滅多に使いもしないくせに。って言うか試験に受かれば10日後にはいなくなるだろうが。
ちなみに朝日さんは基本的にウインドウショッピングに専念し、渡されたのは非常に軽いTシャツ2枚だけだった。
瑠衣の甘言に惑わされてはならないことを悟った一日だった(既にもう何回も同じような目にあっているのだが)。
俺は瑠衣に奢って貰ったアイスクリームをついばみながらテレビを見続けていた。
誤字脱字や文法的におかしな表現の指摘、評価感想お待ちしております。