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第一章 平穏の崩壊 第一話 第3中隊の悲劇

2022年6月16日(木)

AM 06:30

長野県飯田市

秋葉街道南部・尾ノ島八幡神社付近

陸上自衛隊東部方面隊第12旅団第13普通科連隊第3中隊

side 第2小隊長・秋津慶一(あきつよしかず)三等陸尉



 戦況は最悪だった。

 そもそも実戦経験のない自衛隊がこのような未知の生物と戦う事自体が間違いだったのだ。

 悲鳴を上げながら敵に食い散らかされる同僚や部下、そして銃弾が通らない敵。

 航空支援もまともに受けられず、俺たちは人員を消耗しながら後退を繰り返すしかなかった。

 持ってきた小銃や手榴弾はほとんど使い物にならず、狙撃銃や車載機関銃でしか撃破不能な生物など聞いたことがない。

 中隊本部からは特科部隊の砲撃が始まるまで防戦せよ、などと言われているが、このままでは1時間も持つはずがない。

 この状態で強行偵察に出たのもまずかった。

 俺たちの中隊は敵の中で孤立してしまったのだ。既に敵は山を伝って俺たちの後ろに出ている。あの敵相手に歩兵戦力で突破するのは困難を極めるだろう。

 俺たちは入間からのヘリ部隊の到着を待つしか生きる道は残されていないのだ。


「小隊長!」


 突然後ろから声を掛けられる。


「どうした」


「中隊本部から緊急の無線です。『我、現在敵部隊と交戦、防戦中。残存小隊は中隊本部の防衛にあたれ』です!」


「……なんだって? 中隊本部が攻撃を受けているだと?」


「はい。現在中隊本部警備の二個小隊が250を超える敵と交戦中、防壁もこのままでは数分と持たずに崩壊すると」


 なんだと?

 その報告に俺は耳を疑わざるを得なかった。

 確かに現在確認されている敵の総数はおよそ3500。250ならば一割にも満たない数だ。

 しかし、中隊本部付近は敵の侵攻速度的には最も安全な地区にあるはずなのだ。そこが250もの敵に襲われている。

 放っておけば中隊本部は5分以内に制圧されてしまうだろう。

 そうなれば俺たちの死は確定する。航空部隊や特科部隊との交信が可能な長距離無線機は中隊本部にしかないのだ。


「分かった。急いで向かおう。全隊員、射撃中止! 中止後は速やかに乗車、中隊本部に急行せよ!」


俺の言葉に小隊員たちが反応する。


「「「了解!」」」


 小隊員は一斉に射撃を止め、10メートル程後ろで待機している高機動車に次々と乗り込んでいく。

 全員が乗車するのを確認した後、俺も席が余っている車両に乗り込んだ。俺が乗り込んだ事を確認した運転手は一気にアクセルを押し込んだらしい。

 急加速で前につんのめりそうになりながらも後ろを振り返る。

 敵はもう15メートル先まで近づいていた。少しでも乗車が遅れれば俺は死んでいただろう。

 敵の姿がどんどん遠ざかっていく中、俺は小銃の残弾倉を数えにかかった。


 あと3つ。

 思っていたよりは多くて安心したが、90発ちょっとで大丈夫なのだろうかという不安もある。

 敵は小銃で殺せはしないものの足止めくらいは出来る。

 出来る限り弾薬が多い方が心強い。


 装備の点検などをしている内に、中隊本部が置かれている中学校の近くまで来たようだ。


「全員、衝撃に気をつけて下さい! これから敵の部隊を強行突破します!」


 (にわか)に車体が振動し始めた。

 舗装道路から草地に出たのだ。どうやら学校の金網を突き破って入るつもりらしい。

 車は更に加速し、学校に群がる敵を弾き飛ばし、乗り上げた。屋根代わりに張られた(ほろ)がバタバタと(なび)き、直後、車体は金網に突っ込んだ。

 鉄と鉄が擦れるような音が響き、車は錆び付いた金網を突き破ってグラウンドに停止した。後続の車もこの車が破った金網の隙間から次々と校内に進入していく。

 校舎の入り口には土嚢が敷き詰められており、屋上や昇降口などから機関銃が応戦しているようだ。

 俺たちも急がなければ戦闘の巻き添えになってしまうだろう。

 俺は車を降り、号令をかけた。


「全隊員、降車! 降車後は各自の判断で校舎内に退避せよ!」


「「「了解!」」」


 隊員たちは俺の言葉と同時に降車を開始した。

 俺も早く校舎内に入らなければ。

 俺は機関銃の射線から迂回して昇降口に向かった。

 昇降口には2基の重機関銃が設置されており、5人の隊員が射撃を行っていた。


「秋津だ。中隊長は何処か!」


 隊員は一度俺を見て、挙手の敬礼を行いながら返答した。


「中隊長は校舎2階の視聴覚室です。突き当たりの階段を上って右に曲がった場所です」


「了解した。感謝する」


「いえ」


 俺は答礼を行い校舎に駆け込んだ。中隊長に状況を教えて貰わなければならない。



 階段を急いで上がり、右に曲がる。スライド式の扉の上部に取り付けられた『視聴覚室』と書かれた白いプレートが目に飛び込んできた。ここだ。

 俺は扉を二度ノックし、応答を待った。


「誰か」


「第2小隊長、秋津慶一三尉であります!」


「秋津君か。入れ」


「はっ」


 俺は扉を開いた。

 長机に無線機器などが大量に置かれているところを見ると、ここが簡易指揮所になっているようだ。


「中隊長殿、現在の戦況はどうなっているのですか?」


 部屋に入ると同時に俺は中隊長にそう聞いていた。

 中隊長は俺の質問に顔を(しか)める。


「思わしくない。第4小隊は少し前に通信を途絶した。ここで応戦しているのは第1、第3小隊と少し前に到着した第5小隊、そして君の第2小隊だが、第1、第3共に戦力の半数を喪失している。第5は……到着時点で既に全隊員が重傷で、とてもではないが戦闘に参加できる状態ではない。第6は今こちらに向かっているが、無事に到着できるか分からん。君の部隊の死傷者は?」


「はっ。死亡6名、重傷3名であります」


「そうか。後20分で救助のヘリ部隊が到着する。15分以内に空自の航空支援も開始されることになっている。だが、それまでここを確保できるか不明だ。第6が無傷ならばなんとかなるだろうが、半壊していれば恐らく無理だろう。だが、諦めるわけにもいかん。君の小隊は職員通用口の防衛にあたってくれ。重機(重機関銃)はもうないが、軽機(軽機関銃)なら少し余っている。使ってくれ。校舎内への撤退タイミングは君に任せるが、必ず無線で連絡を取ってから行う事。同時に全部隊の屋上移動を開始する。負傷者は先に屋上に移動させておくように」


「了解しました。では、失礼します」


 俺は敬礼をした後、部屋を出て階下に向かった。

 昇降口の中では小隊員が全員待っていた。


「隊長。我々はどこの守備を?」


「職員通用口だ。重傷者は先に屋上に運んでおけと中隊長から命令を受けた。槇田(まきた)鏑木(かぶらぎ)酒井(さかい)は負傷者の搬送をしてから来い」


「「「了解!」」」


 俺と他の隊員は職員通用口に直行する。

 防戦している隊員の顔ぶれを見る限り、どうやら第1小隊のようだ。


「第2小隊だ。援護する!」


「三尉! 援護感謝します。左方の防衛をお願いします。軽機が靴箱に立てかけてありますので、使って下さい」


「分かった。第2小隊は通用口の左方を防衛する。吉田、明智は軽機で火力支援を行え! 射撃を許可する!」


「「「了解」」」


 俺たちは通用口の左側に展開し、小銃での射撃を開始する。

 過疎地の学校だけあって通用口も狭い。

 だが、防衛には最適な場所だった。目の前にいる敵を攻撃しているだけでいいのだから。横から奇襲される心配が無いというのは精神的な安心感がある。


 数分間の射撃で俺の小銃の弾倉は尽き、何度か小隊員に借りながら射撃を継続した。

 しかし、ここで最悪の連絡が入ったのだ。


『中隊本部より職員通用口防衛部隊。昇降口が突破された! 至急屋上まで撤退せよ! 繰り返す。至急屋上まで撤退せよ!』



 その言葉に俺たちの思考は停止した。

 昇降口からこの学校唯一の階段までは10メートルも無い。

 全員が一斉に後ろを向いた。

 見ずにはいられなかったのだ。

 そして、見たことを後悔した。

 俺たちの……後ろには……

 2メートルを超える目の無い化け物が……大量にッ……!

 全員で撃った。

 全員でこのあり得ない状況を何とかしようと撃ちまくった。

 軽機関銃が唸り、自動小銃は止めどなく火を噴いた。

 だが、奴らは止められない。

 どれだけ撃っても、奴らは……止められない……ッ!


 次々に喰い千切られ鮮血を撒き散らす部下たち。


 そして、俺の肩にも生暖かい感触と共にビキビキと骨が砕かれる音が……聞こえてきた。

 意識が暗転していく。

 まだ死ねないのに。

 妹に、帰ってくるって、約束したのに……

 なのに、なんでだよ……


 ごめんな、瑠衣……約束、守れそうにないよ……。



南信濃和田地区の戦闘


交戦部隊 陸上自衛隊東部方面隊第12旅団第13普通科連隊第3中隊 VS 不明生物3500体


双方の死傷者

第3中隊 全189名中、死亡189名 全滅

不明生物 約3500体中、死亡20数体 被害軽微


陸上自衛隊の敗北


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