第十五話 第1師団の想い
2022年7月18日(月)
AM 10:30
東京都新宿区市ヶ谷本村町
市ヶ谷グランドシティホテル7階
『日本国防軍』少年志願兵制度説明会会場
side 秋津瑠衣
私と裕哉は朝から新宿・市ヶ谷のホテルへと赴いていた。
ホテルに行く訳は、今日そこで例の志願兵制度の説明会が行われるからだ。
数日間かけて説得し、何とか裕哉のお父さんとお母さんの許可を取り付け、志願書の保護者欄にサインして貰い、今日ここに来たと言うわけだ。
今回の説明会は志願書の第一次募集受付も兼ねているため、その前にサインして貰えたのは本当に僥倖であるとしか言えない。
ホテルの7階にその会場はある。
私たちは説明会に来たことを告げ、入場の手続きを済ませた。
会場はかなり広かった。
ここは立食パーティなどでも使われるらしく、600人程度を収容できるらしいから、パイプ椅子が整然と並べられている今は1000人近くを収容できるようにも見える。
私と裕哉は大型スクリーンから少し離れた場所にある椅子に隣り合わせで腰掛けた。
そして、予想していたよりも来場者は多い。
殆どが保護者連れだからかもしれないが、既に200人以上が椅子に座っているようだ。
若干男が多い印象ではあるが、決して女が極端に少ない訳ではない。
インターネットで見た情報によると初回の募集定員は5000人らしいから、もしかするとかなりの高倍率になるかもしれない。
そうやって会場内を見渡していると、突然横から声を掛けられた。
「あの、隣……座ってもいいですか?」
私は声がした方向を振り向く。
そこに居たのは、私よりも2、3歳程年下であろう少女だった。
近くに保護者らしき姿は見当たらないし、誰かの付き添いで来たようにも見えない。
もしかして、この娘も志願者なのだろうか?
「あ、いいわよ」
疑問に思いながらも私はそう言った。
「ありがとうございます」
少女はそう言って頭を下げた後、私の隣の席に座る。
私はいつの間にか少女にこう尋ねていた。
「あなたも志願者なの?」
少女は私からの質問に驚いたようで少しの間硬直し、気恥ずかしそうに頬を掻きながら頷いた。
「……はい。やっぱり、おかしいですよね。子供がこんな所に来ているなんて」
どうやら私の質問は少女には『小さな子供がなんでこんな所にいるんだ?』と言うニュアンスに聞こえてしまったらしい。
私はその誤解を解きつつ、少しだけ話を振ってみる事にした。
「いえ、そういう訳じゃないのよ。この説明会に来ているということは何らかの決意をしているのだろうしね」
「……つまり、貴方も何かを決意しているということですか?」
「ええ」
「それは、何ですか? もしかしたら失礼な質問かもしれませんけど、良かったら教えて下さい」
少女がそう質問してくる。
まだ説明会の開始時刻までは間があるし、ここで志願者との関係を深めておいて損は無いはずだ。
そう考え、私は質問に答えることにした。完全に無視されている裕哉が恨めしげな視線をこちらに送ってきているような気もするが、気にしない。
「お父さんが守りたかった国を守りたい。うちのお父さん、自衛官だったんだけど、あの化け物が現れた日に死んじゃってね。せめて父さんの志だけは継がないとって、そう思ったの」
私がそれを話したとき、少女の目の色が変わったような気がした。
そして、私にこう言った。
「わ、私のパパ……お父さんも自衛官だったんです。でも、『あの日』に司令部が壊滅したとかで死んじゃったらしくて……」
少女の言葉を聞いて、私の思考は一瞬停止した。
彼女が言う『あの日』とは恐らく化け物が現れた日のことだろう。
そして、その日に司令部要員が壊滅した師団・旅団は第1師団のみ。
もしかすると連隊司令部や中隊本部の事を言いたいのかもしれないが、第1師団である可能性も高い。
「ちょっと待って。貴方のお父さんが所属していた部隊の名前は分かる?」
私はそれを確かめようと少女に尋ねた。
「え? えっと……確か、第1師団のば、幕僚長? だったと思います」
予感は的中した。
彼女の父親は私の父さんの、部下だ。
「……そう。多分私、貴方のお父さんの名前、答えられるわ」
本当に彼女の父親が第1師団の幕僚長ならば、私も何度か会ったことがある。
「朝日俊英、でしょう?」
少女の目が驚愕に見開かれ、呆然としたような声を出した。
「な、なんでパパの名前を……?」
「私の父さん、あなたのお父さんがいた師団の師団長だったから。……ごめんね、私の父さんのせいで、辛い目にあわせちゃって」
そして、私は謝っていた、
何故なら、少女の父親が死んだのは私の父さんの責任だからだ。
勿論、直接的に殺したのはあの化け物だ。しかし、あのとき父さんに第1師団の指揮権があった以上、その部下の死の責任は、父さんにある。
その父さんはもう既に彼女に謝れる状態では無い。
ならば、せめて娘の私が詫びなければならない。
そう思ったからだ。
「……どうして謝るんですか? あなたのお父さんがパパが居た師団の指揮をしていたことは解りました。でも、どうして謝るんですか?」
「それは、私の父さんがあなたのお父さんの命を握っていたから……」
「違います。パパはただ自分の使命に殉じただけです。あなたのお父さんは自分の任務を遂行しただけ。あなたのお父さんがパパに直接手を下したのなら、謝るのも理解出来ます。でも、自衛隊の人の説明を聞く限り、あれは不幸な事故だったんです。決してあなたのお父さんに非があったわけではありません。今あなたが言っていることは、日本を守ろうと思って死んだあなたのお父さんに対する冒涜に近いと思います。……ごめんなさい。すこし言い過ぎました。でも、あなたが謝る必要はないと思います。憎むべきはあの宇宙人であって、人ではありませんから」
少女のサイドテールの髪が怒りを表すように上下に揺れる。
すこし考えすぎたらしい。
彼女の言うとおり、今人同士で責任を押しつけあっても何の利もない。
むやみに謝ればいいというものでも無かったのだ。
こんな少女に諭されるとは、自分もまだまだ精神的には成熟していないらしい。
「怒らせちゃってごめんね。……確かにそうだったよ。私は父さんのしてきた事を何も知らない。こんな事を考えるよりも、父さんの志をどうやって引き継ぐべきかを考えればよかった」
私が言うと、少女は微笑みながら答えた。
「そうです。過ぎたことをあまり悔やんでも仕方ありません。考えるべきは先のことです。……そういえば、あなたの名前を教えてもらえませんか? もしかしたら訓練の時一緒になるかもしれませんし」
「……私の名前は秋津瑠衣よ。貴方は?」
「朝日美春、です。よろしくお願いしますね、秋津さん」
その直後、説明会開始のアナウンスが入った。
私たちは少し暑い室内で『国防陸軍』の広報官が行う説明を聞き続けていた。
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