第十四話 突き立てられた剣
2022年7月15日(金)
AM 9:15
愛媛県宇和島市文京町
宇和島市立南中学校
side 岩瀬梨夏
校内放送がそれを告げたのは1時限目が始まった直後だった。
曰く、『緊急事態発生のため至急帰宅せよ』
どうやら避難勧告などが出たわけでは無いらしく、市内の学校全てに帰宅命令が出されているらしい。
何故かは分からないが、今緊急事態が発生したと聞けばあの化け物関連であることは誰でも分かる。
私たちは指示に従い一斉に下校を開始した。
しかし、恐らく帰宅命令は既に手遅れだったのだろう。
橋の近くの交差点に差し掛かった時、ジェット機が通り過ぎるような音がした。
そして、その直後、激烈な震動と轟音が辺りを包み、私は衝撃で地面に叩きつけられた。
震動が収まったところで私は後ろを振り返った。
そこにあったもの。それは、黄土色の柱だった。
商店街の方角、多分行きつけのパン屋がある場所のすぐ近くだ。
私は顔が青ざめていくのを感じた。
その方角は、水城の診療所がある位置で、私と同じ時間帯に学校を出ていたなら、佳奈がちょうどそこを通っている筈だ。
つまり、あの柱に巻き込まれたかもしれないのだ。
さすがの私でも『緊急事態』の元凶があの柱であることは分かる。
あの震動から考えて、相当の速度で飛来したことは確実だろう。
どうする?
あれがあの化け物の兵器だとすれば、中から化け物が出てくる可能性もある。
逃げるべきではないか?
今逃げれば私だけは助かるかもしれない。
しかし、様子を見に行って、もし化け物がそこに居たとすれば、確実にコロサレル。
でも、ここで逃げれば妹を見殺しにしたも同然だ。
それに、まだあの中から化け物が現れるなどという確証はないのだ。
知り合いを見殺しにした卑怯者になってまで生き長らえたくは無い。
私は一度唾を飲み込み、柱が落ちた方角へと走り出した。
商店街は凄惨な状況だった。
店はあらかた衝撃波で蹂躙され崩壊し、アーケードの屋根は破片となって周囲に飛散していた。
あちこちでうめき声が聞こえ、地面は赤黒く染まっている。
十数人の人々が瓦礫を動かし、生存者の救助を始めていた。
救助活動を行っている人の中に見知った顔を見つけ、私は声を掛けた。
「和樹っ!」
知った顔というのは佳奈の兄であり、同じく私の又従兄弟である水城和樹だった。
和樹は私の声を聞いて振り返った。
その顔は何故か涙でぐしゃぐしゃだった。
「……梨夏、あの下に、佳奈が……っ!」
……まさか、和樹は目の前で佳奈が押しつぶされるのを見てしまったのか?
それなら泣いていることも理解出来る。
私は和樹を元気づけながらとりあえず佳奈を探すことにした。
「大丈夫、佳奈は生きてる。そんなに泣いてもどうにもならん。二人で掘り起こせば大丈夫やけん、な? 早くせんと本当に死ぬかもしれんけえ」
そう言って私は和樹が指さした商店街のアーケード入口の瓦礫を片付け始めた。
「……分かった。僕はこっちを探すけん、梨夏はそっちを頼むわ」
和樹は私が瓦礫を片付け始めたのを見て、言った。
佳奈が一緒に歩いていたであろう同級生と共に発見されたのはそれから1時間後の事だった。
どちらも傷だらけで酷い大けがだったが、幸いなことに命そのものに別状は無かった。
どうやら倒壊した本屋の本棚の隙間にいたかららしい。
しかし、佳奈は肋骨3本と右の大腿骨を折る全治4ヶ月の重傷で、とてもではないが嬉しいとは言えない。
そして、私はあの化け物に対して憎しみを抱いた。
私たちが何か悪いことをしたか?
勝手に宇宙から飛び込んできて、人々を虐殺して楽しいのか?
今回の『攻撃』で顔見知りは大量に死んだ。
友達も数人死んだし、遠縁の親戚も死んだ。
それは、今までに感じたことのない感覚だった。
柱の事を考えると頭の中が真っ赤になるのだ。
そして、ふと気がついた時には渾身の力で拳を握りしめ、血が滲んでいた。
これを憎しみと言わずして、何が憎しみだろうか。
夜、和樹から電話がかかってきた。
佳奈の容態は安定していて、肋骨の接合手術さえ済めばもう大丈夫だと言うことと、そして。
『軍に入る』
和樹は憔悴したような口調で、そう言った。
「はぁ? 軍って自衛隊?」
私は和樹が言っていることを全く理解出来なかった。
どう考えても和樹は軍に入れるほど根性のある人間ではないし、筋金入りの平和主義者だったはずだ。
何故こんなときに突然そんなことを口にするのだろう?
『うん。妹大怪我させられて、黙ってはおられんけんね』
「佳奈の側にいようという気は無いの?」
『……別に僕がいなくても佳奈はもう大丈夫やけえな。それに、うちの親戚もかなり死んでるけん、仇も取りたいしな』
しかし、どうにも納得がいかない。今和樹はただ復讐の念に駆られているだけなのではないか?
だが、それでも私はそれを止める気にはなれなかった。
私だってあの化け物を『コロシテヤリタイ』。
平穏をぶちこわしたあいつらを絶対に許さない。
むしろこっちだって自衛隊に行きたいぐらいだ。
そして、あいつらと戦って、この地球から追い出してやりたい。
ただの自己満足だ。
和樹も、私も、ただの自己満足だ。
そう思いながら、私は和樹にこう言っていた。
「私も入る」
しばらく応答が無かったことを考えると、相当に驚愕していたのだろう。
『どういうこと?』
間の抜けた質問だった。
その質問に私は答える。
「だから、私も軍に行く。和樹だけなら絶対持たんよ? 根性無しやけん、すぐビービー泣いて逃げ出して来るに決まってるわ」
多少イヤミが入ってしまったが、言った言葉は元に戻せないし、仕方がない。
『僕は根性無しじゃない!』
受話器から明らかに機嫌の悪い声が聞こえてきた。
どうやら怒らせてしまったらしい。
私は怒らせたことを詫びた後、言った。
「とりあえず、和樹が軍に入るなら私も入るって事。そんだけ」
それから二言三言和樹と話をして、電話を切った。
そして、自分が言ったことを思い出して脱力する。
言った以上は約束通りにしないといけないが、あの頑固な親をどうやって説得するべきだろうか……
私は憂鬱になりながらも、化け物への憎悪を募らせ続けていた。
宇和島飛翔体落下事件
民間人の死傷者数 死者35名、重傷者29名、軽傷者60名以上
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