第十一話 徴兵令
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2022年7月13日(水)
PM 2:30
東京都世田谷区田園調布
永崎邸
side 永崎裕哉
その速報が入ったのは一日の中で最も暑い時間帯、午後2時頃だった。
『与党、国民徴兵法及び少年志願兵法を強行可決。自衛隊国防軍化案も本日中に可決される見通し』
その直後、それまで新憲法草案について議論していた特番の画面が切り替わり、ニュース画面へと変更される。
『速報です。与党は国民徴兵法及び少年志願兵法を強行可決しました。現在は自衛隊国防軍化の採決が行われているとのことです。野党は採決を棄権し、再度内閣不信任案を提出する意向です。国民徴兵法では18歳以上45歳以下の男女の無作為抽出での徴募が規定されており、検査の上合格と認められた者は前線勤務となり検査で不合格となった場合は工場での勤務を定めています。但し、身体障害者や極度に虚弱体質の場合は徴兵免除の規定が定められています。少年志願兵法は18歳未満12歳以上の男女を志願制で軍に任用するシステムです。全日本人権擁護連盟はこれらについて「人間としての生きる権利を侵害する暴挙であり、現代では到底認められてはならない制度である」との声明を発表しています。また、野党や市民団体なども「人権侵害である」とし、少年志願兵法は国連憲章に抵触するのではないかと非難しています。現在判明している情報はそれだけです。また新たな情報が入りましたらすぐにお知らせ致します』
ニュース画面は終わり、元のスタジオの映像に変更される。
スタジオ内はテレビで見ても明らかに分かるほどに気味の悪い沈黙に包まれていた。
少しして映像が入っている事に気づいた司会者が話し始めた。
『……はい。と言うことで、ついに徴兵法が成立しました。皆さんの中には、勿論反対の方も賛成の方も両方がいらっしゃるでしょう。いえ、恐らく大多数が反対でしょう。しかし、私はこの法律に賛成です』
スタジオ内がざわめく。
ディレクターらしき人物の戸惑ったような声やスタッフの慌てたように何かを掴む音。
『今回は、日本やアジアなどとは関係なく、本当の意味で世界の危機なのだと私は思っています。それに、自らの国を守る事は当然のことでしょう。皆さん。皆さんが自らを産み、育んできた国に、少しでも恩義を感じているのならば、どうか過激な反対活動は慎んで下さい。自らの命は自分で守る。当然の事です。全ての責任を自衛隊になすりつけ、その上問題を起こしたらバッシングを行う。こんな事があってはならないのです。彼らは命を懸けて私たちを守ってくれているのです。今度は私たちがその恩返しをする時では……』
そこで突然映像が途切れ、青い背景に『しばらくお待ち下さい』のテロップだけが流される状態になった。
テレビ局がスタジオとの接続を切ったのだろう。
数分後、映像は元に戻り、女性アナウンサーが頭を下げながら言った。
『先ほど番組内で不適切な発言があったことをお詫び致します』
個人的にはあの司会者が不適切な発言をしたとは思えない。
たしかに言っていることは多少過激ではあったが、間違ったことを言っている訳ではないだろう。
何となくマスコミのスポンサーからの苦情を恐れただけのような気がしないでもない。
にしても、ついに徴兵制が敷かれたか。
一ヶ月前まで、日本が突然ここまで切羽詰まった状況になるなんて予想もしていなかった。
それに、少年志願兵法も少し気になる。
瑠衣がこの事を知ったとすれば、間違いなく志願するだろう。
俺は瑠衣に志願しては欲しくない。
しかし、あいつを止める権利は俺には無いし、止める自信もない。
瑠衣にとってあの宇宙人たちは自分から家族を奪った憎き仇でしかない。そいつらを殺すチャンスを得て、誰かに止められたとしたら止めるだろうか?
……俺なら止められても絶対に行くだろう。復讐の感情は人間の感情の中でも特に強い物の一つだ。
俺が心配しているのは、瑠衣が志願して兵士になる事では無く、あいつが仇を見て自分を見失ってしまうことなのだ。
復讐に囚われ、正気を失った人間は世界に多数存在する。
俺は瑠衣にそんなふうになって欲しくは無い。
だが、どうすればいいんだ?
どうすればその事態を避けることが出来る?
……恐らく、その方法は今のところ一つしかない。
家族に最も近い人間がそばに付いていればいい。
つまり、俺だ。
決して自惚れている訳では無い。
実際に、生まれてからこれまで、寝るときと風呂と飯の時以外ずっと一緒だったんだ。
血は繋がっていなくても家族のようなものだ。
でも、もしかしたらあいつが『志願はしない』と言うかもしれない。
それは非常に少ない確率だが、少しくらいは期待してもいい。
俺は玄関に向かい、靴を履いて外に出た。
瑠衣の家のインターフォンを押す。
『はい、どちら……って裕哉か。何? どうかした?』
「いや、ちょっと話があってさ」
『分かった。……何の話かは大体予想できるけど、入ってきていいわよ』
玄関の扉から鍵の開く音がする。
俺は門をくぐり、家の中へと入った。
瑠衣に居間へと案内される。
ソファに腰掛け、瑠衣が尋ねてきた。
「で、何の話?」
「さっきのニュース、聞いてたか?」
俺が聞くと瑠衣はやっぱり、とでも言いたげな口調で答えた。
「見てたわよ。で、話っていうのは少年志願兵法のことでしょ?」
「……ああ。お前はどうするつもりなんだ?」
質問に対して瑠衣は即答する。
「勿論、志願するつもりよ」
予想通りだ。こいつが行かないなんて言うわけがない。
「……でも、ちょっと迷ってはいるかな。父さんや兄さんの事を一ヶ月近く引きずっている奴が、人が大量に死ぬ戦場でやっていけるのか、って。……裕哉は、どう思う? 私、志願してもいいと思う?」
こんな質問は予想外だった。まさかこいつが自分自身に不安を持つなんて、考えていなかったからだ。
だが、答えなければならない。
「……俺個人としては、行って欲しくないと思ってる。でも、俺にはそれを止める権利は無いから。あと、これだけは言っとく。絶対に一人で志願するな。するのなら、俺と一緒だ」
この言葉に瑠衣は衝撃を受けたような顔をした。
「え? どういうこと? あんた自衛隊は嫌いだったんじゃ……」
「おいおい、俺は自衛隊が嫌いだなんて一言も言ってないぞ。ただ、自衛官って職業は女が進んでなりたがるような職業でも、女に優しい職場でもないからな。……でも、こんなことになったんならしょうがない。俺が言えることは一つだけ。行きたいなら行け。ただし俺もついてくぞってことだ」
「……それって、なおさら志願しにくいんだけど。なんか巻き込んじゃったみたいでさ」
「大丈夫だ。俺は巻き込まれたんじゃなくて自分から巻き込まれに行ったんだからな。そういう風にして罪悪感を利用して志願を取りやめさせようなんて腹黒い真似はしない」
瑠衣は一度、呆れたようなため息を吐きながらこう言った。
「……はあ。志願するわよ。あんたにそんなこと言われたら、不安感なんてすっとんじゃったわ。まあ、募集の詳細はまだ出てないから、しばらくは待たないといけないけどね。裕哉のお父さんに許可も取り付けないといけないし」
よく考えたら、それを忘れていた。俺も瑠衣も、父さんに保護者権があるんだから、父さんが許可を出さないことにはどっちにしろ志願なんて出来ないのだ。
基本的に放任主義の父さんが反対する可能性は低いと思うが、問題は母さんだ。
あの人は俺に対しても瑠衣に対しても過保護だから、反対する可能性が非常に高い。
つまり、俺は母さんを説得し、納得させる理由を何とか作らなければいけないのだ。
俺の感情は一瞬で鬱状態へと切り替わった。
どうするべきなんだ?
俺は瑠衣に頬を叩かれるまで物思いに耽っていた。
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