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第十話 平穏たる港町

通算PVが5000を、ユニークアクセスが1000を突破しました。ありがとうございます。

2022年7月8日(金)

PM 3:40

愛媛県宇和島市文京町

宇和島市立南中学校・1階・3年1組教室

side 岩瀬梨夏(いわせりか)


 暑い、暑すぎる。

 こんな暑い日に扇風機も無い教室の中で勉強をして、何の意味があるんだ。

 ……分かってるよ。高校受験のためだってのは分かってるよ。

 それでも、私は呟かなければ気が済まなかった。


「あー、だるい」


 私の声に反応して隣の席の奴が小声で話しかけてきた。


「みんな思うとることを声に出したらあかんで」


 ただの独り言に反応するなと思いながら私は隣に座っている関西弁の女、夏目優華(なつめゆうか)に言った。


「って言っても、だるいもんはだるいんだから仕方ないでしょ」


「周り見てみ。誰もこんなとこで勉強したいなんて思ってないねんって」


 確かにこの教室にいる生徒たちはみんな疲れ切った顔で教科書をめくっているし、教卓にいる担当教師に至っては明らかに船を漕いでいる。

 まあそれも仕方がない。こんな田舎の町にそもそも特進クラスの存在意義など皆無なのだから。

 先生たちは松山や本州の私立に進学させたいらしいが、肝心の生徒はほぼ全員がこの中学校の隣にある高校への進学を希望している。

 実際、漁師ばかりのこの町で私立に行けるほど経済力のある人間はそういないし、行くに値するメリットも少ない。

 特進クラス設立の話が出たとき、誰もが思っただろう。『都会でやれ』と。

 しかし結局特進クラスは設立され、半ば強制的に成績がそれなりにいい生徒が放り込まれた。

 恐らくクラスメートの中でこのカリキュラムが役に立つと答える人間はほぼ皆無だろう。


「そりゃあ分かってるけどさ、それなら独り言の一つぐらい別にいいじゃん」


 そもそも学校に居残らせて問題集をやらせる意味はあるのだろうか。

 説明もなく、ただ静かで暑い教室の中で黙々と問題集に取り組むことに意味など無いと断言できる。

 この日差しの中、密閉された教室内で勉強するなど、どこかの精神鍛錬にしか見えないし、近いうちに熱中症の患者が出るだろう。


「独り言でも言ったらあかん。みんなのやる気が更に下がるやんか」


「どうせみんなやる気なんて無いんだからいいでしょ」


「そりゃそうやけど、誰かが『だるい』って言うたらみんなだるくなるやろ?」


「……もうどうでもいいわ。話してたら疲れるだけだし」


 そう言って私は机へ突っ伏した。




 体力が少し回復した所で問題集に再度向かって、今日のノルマを達成した頃には正面の時計が4時30分を指していた。

 先生が目を擦りながら立ち上がり、補習の終了を宣言した。



 すでに部活は引退しているため学校ですることは何もない。

 私は鞄を手に取り、優華と一緒に帰ることにした。



 海を臨む道路を歩きながら、私は一瞬考えてしまった。

 この海の向こうで、今も人が死んでいるんだな、と。

 実際に見ているのは西側だからその方向と言うわけでは無いけど、結局海は一つで繋がっている訳だし、今現在日本でもの凄い数の人間が死んでいることは間違いないのだ。

 でも、長閑(のどか)なこの町にいると、ニュースを見ていても作り話にしか見えない。


 ……こんなことを考えても意味がない。

 私がこんな事を考えていても何の力になるわけでも無い。

 そう一人物思いに耽って居たとき、これまでずっと黙っていた優華がため息混じりに話し始めた。


「にしても今年はホンマに暑いなあ。大阪におった時もこんな暑い日は無かったで」


 そういえば優華は大阪出身だったっけ。その前は東京にいたとか言ってたけど、この染まり方を見ると本当の話とは思えない。


「多分海に反射してるからだと思うわよ。日光の照射量は大阪より多いと思うし」


 優華と話す時は何故か伊予弁が抜けて標準語になってしまう。

 別の場所からの転居者に対する忌避感でもあるのか?


「とりあえず暑いわ。はよ帰ってクーラー入れよ」


「さっきは私を注意してたくせに、今頃になって何だれてんのよ」


「そういう梨夏は随分元気になっとるやないか。さっきは死にかけのカラスみたいやったくせに」


 そんなこと言われても、死にかけのカラスがそもそも想像出来ないんだけど……だいたいこっちにはあんまりいないし。


「そりゃあんな密閉された場所に居れば気分も悪くなるわよ。それに今は風があるから涼しいし」


 私が言うと、優華は変な物を見たような顔で言った。


「はあ? これが涼しい? そりゃ確かにあの教室よりはマシやけど、そんな言うほど変わらんやん。こんなカンカン照りやったらさ……」


 明らかに疲れ切った様子で優華は言う。

 心なしか顔色も悪い気がするし、足が少し震えているような気もする。

 もしかして、日射病にでもかかったか?


「優華、ちょっと付いてきて」


「ちょ、梨夏、何やねん」


 私は優華の手を取ると、近くの日陰にあるベンチに優華を半ば無理矢理に寝かせた。


「あんた多分日射病よ。しばらくここで休んでなさい。ちょっと飲み物でも買ってくるから」


 そう言って私はこの近くにある駄菓子屋に向かって走り出した。


「あ、ちょっと待ちや。梨夏!」


 後ろから優華が私を呼ぶが、気にしない。

 どうせあの状態じゃあまともに追いかける事なんて出来ない筈だ。

 ちなみに駄菓子屋を選んだわけは、近くに自動販売機がないから。

 駄菓子屋でこの時期ならラムネやコーラ位なら置いてある筈だ。

 本当は日射病患者に炭酸は止めた方がいいらしいが、タイムラグ的に考えてそっちのほうがいいと判断したのだ。それにもしかするとスポーツドリンクも売っているかもしれない。


 駄菓子屋に着く直前、後ろから突然声が掛けられた。


「お姉ちゃん? そんなに慌ててどうしよったん?」


 振り返ると、そこにいたのは一人の少女だった。

 名前は水城佳奈(みずしろ かな)

 私の幼馴染であり、又従姉妹でもある。

 たしか私より二歳下で、今年中学校に入学したところの筈だ。


「ちょっと友達が日射病で倒れちゃったけん、そんで飲み物と体冷やす物を買いに来たんよ」


「私、今スポーツドリンク持ってるけえ、それ使う? 私はちょっと爺ちゃん呼んでくるけん。その友達って、今どこにおるん?」


 そういえばあそこの家は町医者だったっけ。ちょうど良かった。診療所に連れて行って貰ったほうが安全だ。


「公民館の近く。椿が植えてあるとこ」


 それで位置は伝わったらしく佳奈は頷いて、私にかなり大きい水筒を渡した後診療所の方向へ走り去っていった。

 私は渡された水筒を持って優華のいるベンチへの道を戻り始めた。




「梨夏ぁ……」


 私がベンチに戻って来た時、優華は明らかに憔悴した様子だった。

 ここで待機して誰かを呼んだ方が良かったかな?

 そう思いつつ、私は優華に水筒を渡した。


「それ、スポーツドリンクだから、飲んで水分補給しなさい」


 優華は息も絶え絶えに頷き、水筒に口を付けた。



 それから水城のお爺さんが来るまで10分とかからなかった。

 お爺さんは優華をワゴンに乗せ、私にも車に乗るように促した。


 結局の所優華のそれは日射病で、補習中に汗をかき、強い直射日光に当たり続けた為に脱水症状が出たらしい。

 お爺さんは優華にスイカを渡してそれを食べてすこし休んでいるように言った。

 私もお爺さんにスイカを貰い、優華の寝転がっているソファの横で食べ始めた。


 中部地方では戦争が激化しているって聞くけれど、来年もここで夏を迎えられるのだろうか?

 何故かまたしてもそんなことを考えてしまった。

 考えても無駄。

 今を生きれているならそれでいい。


 私は優華が眠りにつき、起きるまでずっと夕焼けに染まる診療所の窓辺で佇んでいた。

えーと念のために注意です。

今回の話で使われている伊予弁はあくまでも「なんちゃって伊予弁」です。正確性については保証できませんのでお願いします。

使用されている大阪弁については作者が関西圏在住のためそれなりに精度は保証出来ますが、地域によって差が激しいためやはり絶対とは言えません。

では。誤字脱字や文法的におかしな表現の指摘、評価感想お待ちしております。

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