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第九話 浜松市防衛戦

今回は挿絵として勢力図を入れていますがあくまでも目安ですので正確性には欠けています。


2022年7月8日(金)

AM 10:00

静岡県浜松市浜北区

県立浜北西高等学校

陸上自衛隊陸上総隊・水陸機動団・第1水陸機動連隊・第1中隊

side 第1小隊長・中川正登(なかがわまさと)二等陸尉



 中隊本部からの連絡があったのは学校のグラウンドに重機関銃と対戦車ロケット砲を敷設し終わったちょうどその時だった。


『中隊本部より各小隊。現在敵は国道362号線を時速7kmで南下している。我が部隊との接触はおよそ20分後。旅団規模(4000体以上)と推定されている。敵が来るまでに体制をしっかりと整えておけ。敵が来たら確実に地獄だぞ』


「第1小隊了解、警戒態勢をとりつつ待機する」


 本来俺たち水陸機動団は敵軍に占領された島嶼部の奪還の先鋒、つまり強襲上陸用の部隊だった。しかし、戦況の悪化に伴い分類上特殊部隊にあたる俺たちさえも正面戦力として投入せざるをえなくなったのだ。

 特殊作戦群(SFGp)も山梨の防衛線に配備されているらしいし、第1空挺団は空挺降下を行って戦果を挙げられると思われる地域が無いためただの精鋭普通科部隊と化している。しかし、こんな化け物との戦闘に練度なんて関係無い。あまりに数が多すぎて適当に撃てば当たるんだから、そもそも狙いを付ける必要すらほとんどないのだ。


 それに、俺は指定された防衛目標に対する不満も持っていた。

 防衛目標に指定された浜松市南部には既に自衛官以外の人間はいないし、海自の物を除けば大きな船は殆どが大阪や東京に避難している。国民を守る為に命を張るのは理解出来るが、戦略的意義を失ったこの街を命をかけて守ることに何の意味があるのだ?


 元々この浜松市は防戦に向いていない。開けた平地であり、大軍を少数で迎え撃つには非常に不利な地形だ。また、一昨日浜松のすぐ東にある磐田市が陥落したため実質的に半包囲された形で推定三倍以上の敵と戦わなければならないのだ。


挿絵(By みてみん)


 そこまで無茶な戦いを行うのだからエアカバーはしっかりと付けてくれるだろうと思っていれば西部防衛線や北東部防衛線に対戦車ヘリは全て出払っていて、付けられたのは観測ヘリ1個飛行隊のみ。

 確かに敵の動きは分かり易くなったが、攻撃力が絶対的に足りていない。

 装甲車と対戦車ロケット、小口径迫撃砲と重機関銃だけでどうしろと言うんだ?

 あの敵との交戦初日、唯一敵を完全に撃退した第10師団だって、戦車大隊と特科部隊の支援があったからこそ勝利出来たんだろう。


 しかし浜松の防衛部隊は俺たち水機団と構成員が2800名の第14旅団、それも肝心の特科部隊と戦車中隊は多治見に出張中という有様。

 二つ合わせて実質2800名、後方支援要員を除けば実質2000名弱程度の部隊が北・東合わせて9000体の敵に勝てる筈がない。

 海自の護衛艦が支援砲撃を行うと言うが、あいつらが持っているのは榴弾では無く徹甲弾だ。徹甲弾は直撃しなければ殆ど被害を受けない上、海上からの射撃ならば命中率は極端に下がる。

 せいぜい一時的な足止めくらいにしかならないだろう。


 長野や山梨、岐阜に相手の戦力を集中させたくないのは分かるが、それで自衛隊の戦力が分散させられては本末転倒だ。国土をどこの誰とも知らない化け物に渡したくないのは確かだ。しかし、戦略的撤退という言葉もある。浜松市を守ることは既に戦略的にも戦術的にも重要ではなくなっているはずだ。


 ……いや、こんな事を考えていても仕方がないか。

 指揮官に守れと言われたから守る。それが俺たちの仕事だ。


 俺は小隊員たちに号令をかける。


「警戒態勢を取りつつ待機しろ。弾倉も詰めておけよ。支援火器担当は重機(重機関銃)の動作確認を行っておけ」


「「「了解」」」 


 隊員たちは今しがた設置したばかりの土嚢陣地に張り付き、支援火器担当は機関銃の点検を開始した。

 俺も小銃に弾倉を押し込み、小銃上部に取り付けられたダットサイトの電源を入れる。

 今回は米軍から供与された劣化ウラン製の小銃弾を使う事になっている。

 放射能汚染が多少気になるものの、現在のところ89式で敵を殺すためにはこの銃弾を使うしかないのだから仕方がない。


 再度中隊本部から連絡があったのはそれから10分後の事だった。


『中隊本部より各小隊。敵第一陣が新原下善西交差点に到達、間もなく第1、第2小隊防御地点に到達する。第1、第2小隊の火器使用を許可。また、射撃支援が必要な場合は第5小隊に要請せよ。最低でも30分は持ちこたえるように。ただし、後方を取られた場合速やかに撤退行動に移り、総合体育館へと退避、指示を待て』


「第1小隊、了解」


 しばらくの沈黙。

 そして、聞こえてくる奴らの足音。


 ……茂みから突然現れた目の無い巨人は金網を一瞬で葬り去り、グラウンドになだれ込んできた。


「全隊員火器使用許可! 奴らをこれ以上中に入れるな!」


 同時にM2重機関銃の12.7mm弾が発射される轟音が鳴り響いた。

 小銃担当も一斉に安全装置を解除し敵の躯へ弾を送り込む。

 俺も小銃の安全装置を解除し、敵の頭に弾を撃ち込む。


 重機関銃のお陰か敵は出てきたその瞬間に大量の弾丸を撃ち込まれて絶命していく。

 しかし、相手はあまりにも多すぎた。いつの間にか別の位置にある金網も破られ、徐々に火器の集中使用が不可能になり始める。


 「第1より第5。敵を迫撃砲で吹っ飛ばしてくれ! 敵が多すぎて重機もまともに運用できん!」


 俺は迫撃砲小隊である第5小隊に援護の砲撃を求めた。


『第5より第1。茂みの方かそれとも道路の方かどっちだ?』


「道路の方を頼む!」


『了解した。少し待て』


 数十秒後、第5小隊より連絡が入る。


『これより支援砲撃を開始する。第1小隊と敵の距離が近接しているため破片による被害を受ける可能性がある。至急防御態勢に移れ』


「了解。……全隊員防御態勢! 土嚢に隠れろ!」


 俺が号令を掛け、小隊員が全員土嚢に隠れた直後、辺りを猛烈な震動が包んだ。

 土嚢に破片が刺さる音も聞こえ、支援砲撃が行われた事が分かった。


「射撃再開!」


 震動が去った後、俺は隊員たちにそう命令した。

 そして顔を上げて、俺は絶望した。

 数が殆ど変わっていない。


 確かに大量の死骸が積み重なっているものの、奴らは足並みを乱すことなく、平然とこちらに向かってきていた。

 重機関銃が火を噴き、小銃の斉射が再開される。

 しかし、いくら殺しても際限なく湧き出てくる敵に、隊員たちは明らかに士気を減退させていた。

 いくら特殊部隊扱いだと言っても、所詮実戦は二度目なのだ。

 負ければ本当に殺される。そんな状況は初めてだ。それに元から満足な支援も受けられないことが重なり、隊員たちには苛立ちが募っているようだった。


 時計に目を落とす。

 戦闘開始からまだ15分も経っていない。

 本当に30分も持ちこたえられるのか……?

 いや、そんなことを考えてはいけない。

 今は戦闘に集中しなければ。


 しかし、そこで突然無線機が鳴動した。


『連隊本部より麾下(きか)全隊。我が隊の臨時上級部隊となっている第14旅団が死傷者多数のため撤退を命じた。どうやら天竜川にて敵の未確認種による攻撃を受けたらしく、50連隊の損耗率が全滅判定となったため撤退を決意したらしい。未確認種は時速60km以上で移動する小型高速種と、12.7mm弾で貫通不能な重装甲種の二種類だ。幸い重装甲種は動きが鈍いため現状で接敵することは無いと考えられるが、小型高速種には十分な注意を払え。5.56mm通常弾でも殺傷可能だが、動きが非常に速い。高機動車が破壊され、全隊員を乗せるだけの車両が足りない場合は放棄してある自動車を使用せよ。防衛拠点付近の自動車は万一を考えて一部の高レベルセキュリティの高級車以外全てドアロックが解除してあるはずだ。目標地点は国道一号線浜名バイパス付近の表浜公園とする。現在その沖合に海自輸送艦が待機している。表浜に到着した部隊からLCAC(エアクッション式揚陸艇)に搭乗せよ。車両輸送は時間的余裕がなく中止になったため、車両は公園付近にて放棄せよ。また、LCACの待機時間は最長で午前11時10分までとなっている。それまでに到達出来なかった部隊は陸路で脱出せよ。以上、通信終わり』


 未確認種だと? 時速60km?


 いや、それよりも問題は距離だ。

 この高校から天竜川まではおよそ2km。高速種が本当に時速60kmならばここに数分以内に到達することになる。


 急がなければならない。ここから高機動車、軽装甲機動車までは50m。幸い一つも破壊されていないためすぐに乗車して退避できる。


「全隊員射撃中止! 至急乗車して南下せよ! 目標は浜名湖方面! 正確な位置については後で車載無線にて通知する!」


 隊員たちは射撃を中止し後方に駐車してある高機動車や軽装甲機動車に走り寄っていく。

 俺もそれに続きつつ、無線で第2小隊を呼び出した。


「第1より第2。そちらの撤退状況はどうか」


『第2より第1、現在乗車中、まもなく撤退を開始する』


 どうやらどちらの小隊もこの学校からは脱出できそうだ。

 俺は軽装甲機動車の助手席に乗り込み、車載無線で他の車両に連絡を行った。


「隊形は軽装甲機動車を先頭及び最後方に置き、高機動車がその間に入るようにしろ。危険だと判断した場合幌内部からの射撃も許可する。目標地点は浜名湖南部の表浜公園だ。以上。これより撤退行動を開始する」


 まず俺の乗車する軽装甲機動車が発車し、東の金網へと向かう。

 時速70kmまで加速したところで金網に激突、これを破壊して道路へと出た。

 後ろには高機動車2台と軽装甲機動車が続く。



 何度か交差点を曲がったところで、ねずみ色の虎のような生物を発見した。

 おそらくあれが小型高速種なのだろう。

 俺は後部座席のターレットに立っている隊員に命令する。


「あれだ。撃て」


 それで隊員は状況を理解したらしく、特殊部隊用の改装を受け、取り付けられたM2重機関銃を発射した。

 後方の軽装甲機動車からも未確認種発見、現在応戦中の無線連絡が入り、どうやら高速種はすでにかなり浸透していると判断した。



 それからも何度かの戦闘を繰り返したが、一回の奇襲攻撃を除き目立った被害は出なかった。

 市街地で路地を避けたからなのかもしれないが、それほど脅威であるとは思えない。

 だが、車輌無しでの戦闘だったならば大きな脅威となっただろう。時速60kmで走れる人間など存在しないのだから。


 10時40分頃に俺たちは目標地点の表浜公園に到着し、車輌を放棄した後海上自衛隊のLCACに乗船した。

 今回は何とか生き延びられたが、次はどうなることか。

 俺はため息を吐きつつ停泊中の輸送艦に乗り込むのだった……。



浜松市防衛戦

交戦部隊 陸上自衛隊第14旅団(中部方面隊)及び水陸機動団(陸上総隊直轄) VS 敵対的地球外生命体(仮称)


双方の死傷者

陸上自衛隊 2967名中689名死亡、750名以上重軽傷 被害大規模

敵対的地球外生命体 約9000体中320体以上死亡(推定最大900体) 被害小規模


陸上自衛隊の敗北


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