第八話 無期限休校
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2022年7月7日(木)
AM 8:30
日本国東京都世田谷区田園調布
東京都立第八高等学校
3階・1年2組教室
side 永崎裕哉
自衛隊の防衛出動からちょうど3週間が経過したこの日、担任が衝撃的な発表を行った。
「今日をもって関東圏に存在する全ての教育機関は無期限の休校となる。理由は皆も想像がついていると思うが、陸自の東部防衛線が突破された事により、東京も既に安全とは言えなくなっているからだ。休校となった学校は西側から順次自衛隊が接収して防衛拠点へと改装するらしい。また、明日より東京都民・埼玉・神奈川両県民の東北地方への部分疎開が開始される。今のところ東京二十三区は疎開地域に指定されてはいないが、情報は常に確認しておくこと」
無期限休校。疎開。
少し前までは考える事さえも無かった言葉だった。
クラスメートの顔色も一様に悪い。
「外出禁止令や避難勧告こそ出ていないが、現在が非常事態であることを考えて行動するように。端的に言えば、理由無く外出はするな、と言うことだ。……ホームルームを終了する。今日は通常授業だからな」
担任はそう言い残して教室から去り、室内には重苦しい沈黙が立ちこめた。
いつもと同じ授業。
しかし空気は重く、休憩時間になっても話し声を聞くことはなかった。
やはり皆、緊急事態だと思いつつもどこかで楽観視していたのだろう。
しかし、無期限休校や疎開と言った目に見える状況が出現したために動揺しているのだ。
それは俺も同じだった。
瑠衣の親父さんと慶一さんが死んだという事は分かっていても、どうやって殺されたのか、どんな感情を抱いて死んだのかなど分からない。
そして、ニュースはほぼ一日中報道特番だが、内容が余りに非現実的で、実際にそれを目で見て、感じた人にしか理解できないのだ。
結局の所、実際にあの生物に出会っていない人間はこの状況を映画か何かのようにしか感じられないのだろう。
そして、その映画と現実がリンクしてしまったために、動揺している。
俺の場合は実際にそれで死んだ人を知っているからこうやってなんとか理解出来た。
しかし、これまで何の影響も受けてこなかった人たちにしてみればテレビで延々と放送される報道特番は『フィクション』であって『現実』では無い。
数日前から国会議事堂や首相官邸を包囲している市民団体の構成員は恐らくこの状況を現実であると理解出来ていないのだ。
俺はマスコミのインタビューを受ける中部地方からの避難民たちが口を閉ざす理由が何となく想像できた。
あまりにもおぞましくて、言葉に出来ないのだろう。言葉にしようとすれば、見た光景がフラッシュバックし、パニックに陥る。いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)に罹っているのだろう。
……結局の所、今日の授業は何も頭に入ってこなかった。
色々なことを考えてしまって、授業に集中できないのだ。
気づいた頃にはいつの間にか授業は終わり、終礼の時間になっていた。
今日から部活動は中止で、16時完全下校らしい。
俺は瑠衣と一緒に帰ろうと思い、姿を探す。
いた。今日は日直のようで、ホワイトボードを雑巾で拭っていた。
掃除が終わった頃を見計らって俺は瑠衣に声をかける。
「一緒に帰るか?」
瑠衣は後ろから掛けられた声にびっくりしたようで、一瞬背中がビクリと動いた。
「……裕哉か。後ろから突然声かけないでよね」
あれから三週間が経ち、瑠衣は完全に元の調子に戻っていた。
しかし、心に深い傷を負っている事は間違いなく、朝の話でまた落ち込んでいないか気になっていたのだ。
だが、休み時間は全体的に雰囲気が暗すぎ、静寂の中で人に話しかける気にはなれなかった。
「ごめんごめん。そんなにびっくりするとは思わなくてさ」
「……別にいいけど。ちょっと待って、荷物取ってくるから」
瑠衣は教室の後ろに向かうと、机に置かれた学生鞄を手に取り、こちらへ戻って来た。
「じゃあ、帰りましょう」
俺と瑠衣はしばらく見ることの無いであろう教室を後にした。
家の前で瑠衣と別れた俺は玄関をくぐり、まずテレビをつけた。
もしかすると新たな動きが出ているかもしれないと考えたからだ。
そして、目に入ってきたテロップはある種衝撃的なものだった。
『日本国憲法破棄案、与党強行可決』
何故?
俺が最初に考えついた言葉はそれだった。
すでに自衛隊は防衛出動を発動しているし、元々国相手の戦争ではないから自衛隊運用の問題となっている憲法九条は関係ないはずだ。
それなのに何故憲法を破棄したんだ?
俺はリポーターの声に耳をすませる。
『……また、与党は同時に改訂日本国憲法草案と徴兵制度施行に関する特措法を国会に提出、野党内で大きな波紋が広がっています。さらに、改訂憲法草案には自衛隊の国防軍化についての文言も含まれており、野党は猛烈に反発、『民意無き政治であり民主主義とは到底認められない』として内閣不信任案を国会に提出する意向です。また、本局記者が独自に入手した情報によりますと18歳以下の少年志願兵制も与党内でおおむね合意に至っているとのことです。現在国会議事堂前にはこの一連の法案に反対する多数の市民が集結し、内閣の即時退陣を求めています』
そういうことか。
確かに今の憲法では徴兵制など施行できる筈が無い。
しかし、徴兵制を施行すると言うことは既に自衛隊はかなりの消耗を強いられているのだろう。
もしかして疎開の話も既に日本が追い詰められている事の裏付けなのではないか?
だが、この法案はまずい。
恐らく殆どの国民が反対するだろう。
何故なら、自らの身にも強烈なしわ寄せが来るのだから。
特に、徴兵対象になりそうな二十代、三十代からの支持は絶望的なはずだ。
ここまでぶっ飛んだ法案ならば与党内からも離反者が出る可能性は高い。
もしもこんな状況下で内閣不信任案が可決された場合、政治の空白のせいで日本は滅亡してしまうだろう。
何故こんなタイミングで最悪のリスクを持つ法案を提出したんだ?
俺はそんなことを考えながら報道特番を見続けていた。
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