第98話 ジャンボに乗るふたり
響香は、買ったばかりのガイドブックのツルツルの表紙を開き、ぱらぱらと指先でページを送った。
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
第98話 ジャンボに乗るふたり
お菓子の〈白い恋人〉を手にした響香に、伸子がふと聞いた。
「はじめてじゃないんでしょ、海外」
「うん……でも、三十年ぶり。」
そう言って、響香は少し照れたように笑った。
窓側の32A――また、こないだと同じ席番に響香は座っていた。
伸子が窓の外を見やすいようにと、背もたれに体を押しつける。
伸子は、千歳空港の景色を目に焼きつけるように、じっと見つめていた。
――きっと、忘れないように。
伸子がそう願っているのが、響香にもわかった。
空港の作業員たちが、等間隔にならび、飛行機に向かって手を振っている。
ジャンボ機が、ゆっくりと後ろへ下がり、空港の建物と切り離される。
そして、滑走路を走り出す。
「ニュージーランドじゃなかったっけ?」
「クライストチャーチ大聖堂。行こうって話してたのにね。」
手にしていたのは、かつてのニュージーランドのガイドブック……
そう思った、その次の瞬間。
めくったはずのないページには、2025年・ドバイと印刷されていた。
「あら、昨日、のぶとKinoyaキノヤで“食道楽”に変更したんじゃない?」
ガイドブックには、しっかりこう書かれていた。
Kinoyaキノヤ
The Greens地区にある、ラーメンと居酒屋料理を提供するお店。
ラーメンの他にも串焼きや一品料理が充実しており、地元の人々や観光客に人気。
Nobuのぶ
世界的に有名な日本料理店。
創設者はシェフ・松久信幸(Nobuyuki "Nobu" Matsuhisa)。
ペルーの要素を融合させた「Nobuスタイル」で知られる。
ドバイ店はアトランティス・ザ・パームの22階にあり、絶景を楽しみながら味わえる。
「ほんとだ、“のぶ”と“Kinoya”。私たちの“世界融合”のお店だねって、笑ったんだった。」
さっき夢で出てきた少女が、
レシピの余白に書いたひらがなとアルファベット。
「き」「か」「よ」
――「よ」の字だけが、逆さまだった。
「K」「Y」「O」「A」
ずっと、ぎこちなく、息をしていたようだ。
いつも揺れていた二枚目の謎のメモ。
その余白の文字は、ガイドブックの上で、
きっちりとした活字になっていた。
ふと気づくと、飛行機は街に向かって降下し始めた。
そして、ハッチが開く。
――と思った、その瞬間。
体がふっと軽くなり、
響香は目を覚ました。
そこは自宅のパソコンの前だった。
ゆめのづづきは、こうだった。
次話 最終話 第99話 青いガーベラ鉄道 へ
◇◆◇ あとがき ◇◆◇
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
どこかで、それぞれの「台所」から、小さなせかいを動かしています。
日々の中にある記憶や香り、音のひとしずくを、どこかで感じていただけたなら幸いです。
つづきは――
次話予告:『最終話「第99話 青いガーベラ鉄道』
◇◇◇
お会いできたみなさまへ、心より感謝をこめて。
―― 朧月 澪




