20.エピローグ
「流石です、ロガスさま」
「すごいっす! 自分、感動したっす! さすが師匠っす!」
「ああ、何とか倒せたな」
ちなみに、俺がしようとしていることを察したレリナが、魔王が地面に埋まっていく直前に素早く跳躍、巨大剣を抜いていたので、メメイアの街のシンボルは無事だ。後でちゃんと元に戻すとしよう。
「えっと、その……」
アイフィーがおずおずと近付いてくる。
「なんだ、やけにしおらしいな。風邪でも引いたか?」
「はぁ!? あたしはいつもお淑やかだし! 淑女だし! ……って、そうじゃなくて……」
「なんだ? 腹でも減ったのか? あいにくここには食うものは何も無いぞ」
「師匠! 自分、干し肉持ってるっす!」
「そうじゃなくて! ああもう!」
髪を掻きむしったアイフィーは、「はぁ」と溜め息をつくと、観念したかのように、俺をじっと見つめて告げた。
「魔王を倒してくれて、ありがと……あんたのおかげで、パパの仇を討てたわ。それだけ! じゃあね!」
ふん、と顔を逸らしたアイフィーは、ズカズカと立ち去っていった。
ここから王都まで結構距離があるのだが、歩いていくのだろうか?
まぁ別に良いんだが。
俺は、「レリナ」と、改めて世界一有能な――有能過ぎる俺のメイドと向き合う。
「ここまでやっても自殺出来ないとはな。お前には負けたよ」
「あら、ロガスさまが素直に褒めて下さるなんて、珍しいですね。私に御褒美を下さっても良いんですよ?」
「そうだな。分かった。褒美に、一つだけ何でも願いを叶えてやる」
「本当ですか? 今度こそ嘘つきませんよね?」
「本当だ。俺を信じろ」
「じゃあ、結婚してください。なんて、そんなこと無理だとは分かって――」
「良いぞ」
「やっぱりそれは駄目ですよね、所詮私はただのメイド――え? 今なんて仰いました?」
「だから、良いぞって」
「! ……あり……がとう……ござい……ます……」
彼女が声を震わせるのを、初めて聞いた気がする。
見ると、その目には涙が浮かんでいる。
そんなに俺のことが好きなのか。そうか。
「こちらこそありがとう。お前のような最高の女と結婚出来て、俺は幸せ者だよ」
そう言いながら、俺は。
せいぜい、今の内に幸せを噛み締めておけ。
と、密かに口角を上げた。
※―※―※
なお、父は、結婚に反対しなかった。
「おおおお! とうとう我が息子が身を固める時が来たのだな! これでスイサジェド家も安泰だ! 儂は嬉しいぞおおおおおお! おおおおおん!」
むしろ、感涙に咽いでくれた。
レリナは、レリナ・フォン・セブキュレスという名前から分かるように、元貴族だ。
没落し、両親は親戚の家に身を寄せることになったが、「三人はちょっと」と言われ、行き場がなくなっていたレリナを、父が引き取ったらしい。
そのため、レリナは父に大きな恩義を感じており、その息子である俺に対しても、献身的に尽くしてくれていたとのことだった。
※―※―※
結婚直後。
初めての夜を迎えた時。
「あの、ロガスさま……今更ですが、本当に私で良かったんですか? 我が国には、いくらでも美しく聡明な貴族令嬢の方々がいらっしゃいますし、ロガスさまなら、どなたとでも御結婚出来たと思うのですが」
ベッドに腰掛けながら、レリナが訊ねる。
「当たり前だ。俺は、お前が良いんだ」
「! ありがとうございます……とても……とても嬉しいです……!」
頬を紅潮させ、微笑を浮かべるレリナ。
プロポーズしてからというもの、クールな印象の彼女が、ちょくちょく分かりやすい感情の変化を見せるようになっていた。
「えっと、その……もう一つお聞きしたいのですが……」
「何だ?」
「その……今のロガスさまは、以前のロガスさまとは違うことは分かっているのですが……何故、貴方が転生される前のロガスさまは、私だけは、その……他のメイドにしたような〝ああいうこと〟をしなかったのでしょうか?」
俺は俯き、思考する。
予想外の質問だったが、そんなの、簡単なことだ。
「知っての通り、俺には転生前のロガスに関する記憶が無い。だが、俺が推測するに――」
俺は、レリナを真っ直ぐに見据える。
「どれだけ性根が腐っていようが、〝世界一美しい宝石〟を眼前にして、傷付けたいと思うような男は、この世にはいないんじゃないか?」
「!」
レリナが目を見開く。
「またそんなことを仰って……」
「何がだ?」
「分かっていないんですね……はぁ……本当にズルいです、ロガスさまは……一度死んで反省してください」
「いやお前のせいで全然死ねないんだが?」
そんなやり取りをしつつ、二人の手は重なる。
そんな風にして、初めての夜は過ぎていった。
※―※―※
六年後。
「パパ! ここでなにやるの?」
「〝面白いこと〟だ」
「おもしろいこと? ティリナ、おもしろいことすきー!」
訓練場で満面の笑みを浮かべるのは、五歳になるティリナだ。
母譲りのサラサラの金髪と、俺譲りの茶色い瞳を持ち、レリナに似た美少女だ。
「そうかそうか。面白いことが好きか。それは良かった」
俺は、密かにほくそ笑んだ。
何故レリナと結婚したのか?
全ては、この瞬間のためだった。
ティリナは、五歳。
〝あの時〟の俺と同い年だ。
「ママもたのしみ?」
「ええ、そうね」
あどけない笑顔で見上げる娘の頭を、レリナが優しく撫でる。
「よく見ておけよ、二人とも」
俺は、腰に差した長剣を抜いた。
持ち主を刺せない聖剣ではなく、普通の長剣を。
そして、首元に長剣を当てる。
レリナは、ただ真っ直ぐに俺を見詰める。
その両手はティリナの肩を抱いており、回復魔法を発動しようとしてはいない。
〝斬首〟されたら、もう回復は出来ないと、間に合わないと諦めているのだろう。
ティリナは、ポカンと口を開けている。
どうだ、見ておけ!
これが、〝世界一美しい自殺〟だ!
愛する妻と娘の眼前での自殺!
愛する夫に目の前で自殺される妻と、大好きなパパに目の前で自殺される娘!
俺が目にするのは、泣き叫び、悲しむ彼女たち。
美しい! 実に美しいじゃないか!
「じゃあ、行くぞ!」
この日のために、六年間練習してきたのだ。
長剣をどのように動かせばいいか、どの角度で、どのように力を入れれば良いかも、熟知している。
一瞬だ。
ほんの一瞬で、俺の命は尽きる。
込み上げる興奮と愉悦に、思わず笑みを浮かべてしまう。
笑い出してしまいそうだ。
いかんいかん、集中しなくては。
ちゃんと、確実に自らの命を絶つために。
よし、やるぞ!
「レリナ、ティリナ。二人とも、愛している。俺と出会ってくれて、ありがとう。俺と一緒に過ごしてくれて、ありがとう。さようなら」
長剣を握る手に力を込める。
これで、〝世界一美しい自殺〟の出来上がりだ!
「パパ、なにしてるの? あぶないよ?」
「!」
〝世界一美しい自殺〟の出来上がりだ!
……あれ?
〝世界一美しい自殺〟の出来上がりだ!
……え?
「ほうちょうは、ひとにむけちゃだめだけど、じぶんにもむけちゃだめなんだよ?」
「!?」
どうしてだ!?
動かない……
身体が、動かない……!
あんなに練習したのに!
六年間、毎日練習したのに!
ミスなんてする訳ないし、する余地すらないのに!
レリナか!?
レリナなら、新たに魔法を覚えて、俺の動きを止めるとか、やりそうだ!
……いや、どう見ても、何もしてない。
何の魔法も発動していないし、しようともしていない。
これは一体――!?
「パパ、なんでないてるの?」
「!? ……は!? 俺は、泣いてなんか――」
「おなかいたいの? だいじょうぶ、パパ?」
トコトコと、ティリナが近付てくる。
く、来るな!
俺に近寄るな!
ティリナに当たらないようにと、俺が、手に持った長剣を天に掲げると。
「いたいのいたいの、とんでけ~!」
「!?」
ティリナが伸ばした手を、俺に腹に当てた。
何だ……何だ、これ……!?
なんで、俺は自殺出来ない!?
何故!?
「取り敢えず、危ないのでこれは没収です、ロガスさま」
「!」
いつの間にか距離を詰めていたレリナが、俺の手から長剣を奪い、俺が気付かない間に俺から奪っていた鞘に収納し、地面に置く。
「母さんと同じように、愛する子どもの前で、笑って自殺しようと思ったのに……なんで出来ないんだ!?」
「愛する子どもの前で、笑って自殺する? そんなこと、出来るわけないじゃないですか」
「そんなはずはない! 母さんは最期、俺の前で笑って逝ったんだ! 世界一美しい笑みを浮かべて! すごく幸せそうで! あの顔は、世界一美しかった!」
必死に抗弁する俺に対して、レリナはどこまでも静かに語り掛ける。
「お母さまは、本当に笑っていたんですか? 本当に幸せそうだったんですか?」
「ああ、そうだ。母さんは――」
……あれ?
いや、そんなはずはない!
……でも……
……え……?
……なんで?
「笑って……なかった……!?」
それどころか……
『……ごめんね……』
悲しそうに、泣いてた……!?
「なん……で……? 違う……そんなはずはない……!」
どうにか抗おうとする。
するが――
「パパ、いたいのとんでった?」
「!」
俺に抱き着いて笑みを浮かべる娘の頭を、無意識に撫でてしまう。
――無理だ。
この子の前で、そんなこと……出来ない……
……出来るわけがない……
「ようやく諦めて頂けたんですね。良かったです」
レリナが、安堵の表情を浮かべる。
「お前、これを狙って結婚したのか!?」
怒りが込み上げてくる。
「どうか、誤解なさらないで下さい。私がロガスさまのことを愛しているのは、神に誓って本当です。プロポーズされた時は、嬉し過ぎてどうにかなってしまいそうでした。ですが、それと同時に、『これでもう、ロガスさまが自殺することは無くなる』と、安堵したこともまた事実です。だって、恐らくロガスさまが成し遂げようとするであろう〝愛する子どもの眼前での自殺〟は、そんなことが出来る親なんて、普通はいないですから」
「!」
くそっ! くそくそくそっ! 全部レリナの思惑通りじゃないか!
「自殺を封じた私が憎いですか、ロガスさま? 良いですよ、私を斬っても」
彼女の顔には、本気の覚悟があった。
「……出来ん。お前を、本当に愛してしまったからな」
「! ……またそんな調子の良いことを言って……そんなこと言われても、何も出ませんよ……?」
レリナの声が震える。
見ると、その目には涙が浮かんでいた。
と、その時。
《思い留まってくれて、本当に良かった……》
「!?」
思わず零れてしまったような声が、脳内に響く。
と同時に、ハッとする気配が、脳内で感じ取れた。
サポートシステムの〝イマ〟の声だ。
だが、その声は、それまでと違って――
「え? まさか……!?」
いや、有り得ない――こともないのか!?
俺みたいに、異世界転生していたってことか?
「……母さん……なのか?」
《………………》
沈黙は〝肯定〟と同義だった。
深い、深い溜め息が聞こえた後。
観念したかのように、〝イマ〟――母さんは、語り始めた。
《ごめんなさい……あの時、貴方の目の前で、私はあんなことを……貴方を深く傷つけ、悲しませて、絶望させてしまって、本当にごめんなさい……謝って済む問題じゃないのは分かってるわ。でも、私には、他に何も出来ないから……》
もう良いんだよ、母さん。こうやって声を聞けただけで、十分だから。
そう言おうとしたのだが、口から出た言葉は、違うものだった。
「なぁ、ティリナ。俺の母親――おばあちゃんの声、聞きたいか?」
「うん、ききたい! おばあちゃん、どこにいるの?」
「おばあちゃんはな、ちょっと特殊な状況で、身体が無いんだ。でも、声は聞こえるから」
「じゃあ、しゃべる! おばあちゃん、はじめまして! ティリナ、ごさいです!」
可愛らしいカーテシーもどきで自己紹介するティリナ。
「ほら、喋ってみて、母さん」
《でも、私の声は、貴方の脳内にしか響かないから……》
「良いから!」
《……分かったわ。そこまで言うなら……》
「コホン。えっと、はじめまして、ティリナちゃん。おばあちゃんですよ」
「あ! おばあちゃん! はじめまして!」
「! 通じたわ! なんで……!?」
俺は、固有スキル〝究極増幅〟で、母さんの声の〝聞こえる範囲〟と〝存在感〟と〝この世界への影響力〟を増幅することで、実現したのだった。
「本当は身体もあった方が良いんだけどな。人形とかでも良いから。あると大分違うし。でも、流石にそう上手くはいかないよな」
「そう言えば、アイフィーさまのフローズウォーレン公爵家では、魔力を注入することで自由に動かすことが出来る魔導具の人形の開発を行っていて、既に完成していると聞いたことがあります」
「おお! ピッタリだ! 俺の固有スキルで母さんの魔力を増幅させれば、いけそうだ! なぁ、ティリナ。おばあちゃんは身体を持ってないんだけど、人形の中に入れるみたいなんだ。人形の中に入れば、おばあちゃんはティリナの頭を撫でられると思うんだが、撫でて欲しいか?」
「うん、ティリナ、おばあちゃんにあたまなでてほしい!」
「! ティリナちゃん……」
「じゃあ、それで良いかな、母さん?」と問うと、「ええ……ありがとう……ありがとう……!」と、母さんは嗚咽を漏らした。
「それにしても、魔導具の人形の情報とか、よく知ってたな、レリナ」
「当然です。情報収集も、メイドの仕事の内ですから」
「本当、お前は優秀なメイドだよ。そして、俺には勿体ないくらいの奥さんだ。本当に……本当に……」
「……ロガスさま?」
レリナを抱き締める。
「俺は今まで、人生の全てを、世界一美しい自殺をするという、ただそれだけのために生きてきた。一体俺の人生は何だったんだって、正直思う……けど、異世界に転生して、こうしてお前に出会えて、愛する娘も出来て……こんな俺でも、またやり直せるかもしれないって、やり直しても良いのかもしれないって、思ったんだ」
レリナは、抱き締め返しながら、黙って耳を傾ける。
「今まで、俺の命を救い続けてくれてありがとう、レリナ……。俺の心も救ってくれて、本当にありがとう……」
声を震わせる俺に、彼女は優しく頷く。
「……今日は暑いですからね。そりゃ汗も掻きますよね」
「ああ……本当に暑い……。……だから、これは……全部、汗だ……」
頬を伝う雫は、止められなかった。
「あー! ママだけズルい! パパ! ティリナもギューして!」
「ああ、勿論だ」
「くすっ。じゃあ、三人でしましょうか」
「わーい! みんなでギューする!」
俺とレリナは屈んで、ティリナを優しく抱き締めた。
―完―
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