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*14 決裂のような転落

 年明けに都内の大学――生前の僕の母校である大学への受験があるため、年末に願書を提出しなくてはならない。

 願書を出すにあたって、卒業見込み証明だとか必要書類を放課後の職員室で受け取り、教室に戻ろうとしたら、職員室の前に永和が待っていた。べつに待っていてくれとか、一緒に帰る約束とかしていなかったけれど、当たり前の友達のようにそうしてくれたのが嬉しく、僕は思わず頬が緩んでしまう。

 いつもなら、僕がそうすれば永和も懐っこい笑みを返してくれるのに、今日はなんだか怒ったような泣き出しそうな顔をしている。


「永和? 帰らないの?」


 僕が数歩進んでも、ついてくる気配がないので振り返ってそう問うても、永和は口を真一文字に結んでうつむき加減にしていた。その顔はさっきよりも心なしか傷ついているようにも見えて、僕はもう一度、「永和?」と、呼びかけてみた。

 永和は、やっぱり傷ついている顔をしていて、もの言いたげに僕を見ている。


「……なんで、言ってくれなかったんだよ」

「何を?」

「翠、俺と同じとこ受けて、一緒に行くんじゃなかったのか?」


 僕が抱えている書類の入った封筒を指し、永和が恨みがましそうに呟きつつ顔をあげ、今度はついていた嘘を突きつけられた衝撃で言葉が出ず、僕がうつむく。隠していたはずのことがバレてしまっていたのだ。

 一歩、永和がこちらに歩み寄ってくる。向けられる視線が怖くて、僕は目を合わせられないままだ。


「……ごめん、永和。これは、その……」

「いつから決めてた? 理由があって違うとこにするならさ、なんで言ってくれなかったんだよ」

「えっと、あの……」


 じわりじわり、ゆっくりと永和が僕の方に近づき、僕は後ずさりつつ壁際に追いつけられていく形になっている。永和の方が僕より上背があることもあって、圧迫感を余計に覚えてしまう。嘘で永和を傷つける形になってしまったことに今更気づいたけれど、もう遅い。言い訳ができないほどの気迫を永和から感じる。


「俺ら、親友じゃなかったのか? だから一緒のとこ行こうって……」


追いつめられていると感じると、一層弁明する余裕がなくなってく。いつものような懐っこさを感じない、見開かれた永和の目に見据えられると、言いたい言葉も、言わなきゃいけない言葉も、つかえたように出てこなくなる。

 ――怖い。

 真剣な永和の眼差しに見据えられて、僕は初めて思った。好きな人なのに、折角二度目の人生で仲良く友達になれたと思っていたのに、いま僕は、彼に対して大きな罪を犯した罪人のような存在に、嫌われかねない存在になろうとしている。

 ここにきて、どうしてこんなことに……今更に、自分があまりに意気地がなく、大人の言いなりになるままであったことを悔やんでみたけれど、そうしたところで突き付けられている現実は変わらない。何より、僕は永和を傷つけてしまったのだから。

 僕と永和の未来を変えたいのが僕のそもそもの願いで、そのためにここにやって来た。それは、永和を失う悲しみを味わうことがないように、彼と関わることがない人生にやり直したいと願った僕の愚かさから出たものだった。

 それなのに、時をさかのぼる前の記憶よりも永和と親密になれたことで一層失うことが怖くなって、願いを取り消した。それですべてが丸く収まると思っていたから。

 だけど、世の中も人生もそんな思い通りになるわけがないようだ。ずっとモブ人生を歩んできた僕なんかに、そんな望み通りになる人生が待っていることはないのだ。


(だからって、まさか嫌われてしまう展開になることは、望んでもいないのに――)


 悲しさと後悔でぐしゃぐしゃな気持ちが、視界を潤ませて揺らしていく。どうやったら、こんなことにならなかったんだろう。神様であるウトは、これを見越していたから、滅多なことで願いは取り消せない、自分でどうにかしろ、と言ったんだろうか。何度も取り消すことで、自分の人生を思い通りにしようとしてしまうから。

 答えのない問いかけばかりが頭の中に渦巻き、言葉が出てこない。


「なんで何も言わないの、翠。それとも、俺らが親友だと思ってたの、俺だけ?」

「そんなこと……!」

「じゃあなんで、違うとこ……東京の大学受けるって言わなかったんだよ」

「なんで、それを知って……」


 永和の口から飛び出した言葉に、僕は思わず顔をあげる。視界に飛び込んできた永和の顔は、泣き出しそうな顔で微笑んでいた。傷ついていることは明らかなのに、いつもの懐っこい笑みで覆い隠して平静を装うとしている。健気にも思える永和の振る舞いに、胸が音を立てて痛む。ああ、僕は本当に彼を深く傷つけてしまったんだ。取り返しのないことをしてしまった。今更何の言い訳もできない。


「鶴賀だよ。あいつ、自分の受け持ちの生徒が東京の大学受けるのが自慢らしくてさ、デカい声で職員室で話してるの、聞いちゃったんだ、この前」


 それまで永和の真剣な態度に言葉が出なかったけれど、それでもなんとか理由を話そうとしたのに、今度は怒りで言葉が出てきそうになかった。

 生徒の将来がかかっているとも言える、重大で慎重に扱わなくてはに行けない個人情報のはずなのに、あの教師は自分の功績としか捉えられず、その上他の教師達に吹聴して回ると言う、あまりに許しがたい行為。

 確かに、僕が永和に隠していたことは、親友という面では褒められたことではないかもしれない。でも、その隠しておきたい事柄を、そんな形で暴露されるなんて思ってもいなかった。

 僕は、鶴賀に怒りをぶつけたい衝動にかられそうになっていたけれど、そうしてしまうのは自分が永和に嘘をついていたことを正当化する、つまり、僕が永和に隠し事していたことを許容しろと言うことになってしまう。それでは、僕と鶴賀が同じ穴の(むじな)ということになりかねない。あんな、生徒を欲望のはけ口の対象としてしか見ていないようなケダモノと、同レベルになりたくない。

 だからせめて、志望校を約束と違う所にしてしまったところを、永和に謝ろう。それだけしかいまの僕にはできないけれど、それが何よりの誠意の示し方ではないだろうか。

 どうにかそこまで考えをまとめ上げ、意を決し口を開きかけた時、永和が拳を僕に差し出してきた。

 差し出されるまま僕も手を差し出すと、そこにぽとりと一つのお守り――僕が、永和の推薦入試の際にあげたもの――があった。


「永和、これ……」

「もうこれ、返すな。俺にはもう必要ないから」


 永和は笑っている……ように見えて、その胸の内は全く別の表情をしているんじゃないだろうか。瞬時にそれだけは察せられ、僕は受け取ったお守りを握りしめながら「永和!」と、背を向けようとする彼の名を呼んだ。

 呼び止めたところで、何を言えばいい。何を言ったって、僕は彼を傷つけた親友でもないモブなのに。


「あの、ごめ……」

「……じゃあな」


 そう言って、永和は完全に僕に背を向けてしまった。その背中はいままで見たこともないほどこちらを遮断している、拒絶しているとも取れるような、大きな厚い隔たりを感じる気配をまとっている完璧な後ろ姿だった。


(――ああ、もう終わった……僕と永和の関係は、繋がりは、いまこの瞬間、途切れてしまったんだ)


 もし、人と人の繋がりが目に見える糸のようなものだったなら、僕と永和のそれはこの瞬間ふっつりと切れてしまっただろう。ぶらぶらと僕が永和の方に伸ばしかけたもう片方の手の先には、先の途切れた糸が頼りなく揺れている気さえしたほどだ。

 手のひらの中のお守りが鉛のように重たく冷たい。手にしているだけで悲しみに飲まれてしまいそうだ。

 見えない糸を、僕はすがるように見つめていたけれど、永和は一切振り返ることはなかった。



 その日を境に、僕と永和がつるむようなことはなくなり、以前のような――記憶の中のような――スクールカースト上位者とモブと言う関係に戻っていた。僕から永和に話しかけることは勿論、永和から僕に話しかけてくることもなくなり、僕は昼休みには教室の隅出ぎ取り菓子パンをかじりつつ参考書を読む日々だ。


「いいよなぁ、推薦でもう入試終わってるやつは」


 教室の真ん中で、スクールカースト上位者の陽キャたちが、その中でもさらに勝ち組とも言える、入試を終えて進路先が決まっている永和を囲んでいる。その中で永和は、まんざらでもない顔でうなずきつつ、「まあ、その分課題とかあるけどねー」と苦笑しているが嬉しそうなことに変わりはない。

 得意のサッカーで進路先を勝ち取った永和は、みんなの羨望の眼差しを一心に受けていて、もはや僕の手になんて届かない存在になっている。女子からも男子からももてはやされ、クラスどころか学年の中心人物で話題の人だ。


(本当に、僕、この人に親友なのに、なんて言われたの? 好きをこじらせて妄想していたんじゃなくて?)


 夏休み明けからの数か月間は、時をさかのぼったことで見ていた幻だったんだろうか。そう思えるほどに、あの日を境とした自分を取り巻く状況の違いに、戸惑いを覚えていないと言えば嘘になる。

 あの日々は、なんだったんだろう? 交わした言葉も、触れて感じた永和の体温も……全部、嘘だったのかな……そんな気さえしてくる。


「陰キャくん、やっと身の程知ったって感じじゃない?」

「それ、マジ言えてる。永和の隣にいられるようなキャラじゃねーだろって感じだよね、あいつ」

「そんな目で永和見ても、お前のもんじゃねーぞ、ってねー」


 無意識のうちに、僕は永和や彼を取巻く光景を羨むような目で見ていたのだろうか。背後から聞こえよがしに笑う声がして、ハッと我に返ってうつむく。くすくすと笑う声までしてくるようで居た堪れなくなり、僕は昼食の菓子パンと参考書を手に教室をひとり飛び出した。

 飛び出した教室はどんどん遠くなっていくはずなのに、笑い声がいつまでも耳について離れない。心なしか、永和がこちらを見ていた気がしたけれど、ただ僕の願望でしかないのかもしれないから、振り向けなかった。

 廊下を進み、ひと気のない場所を探して歩きまわりながらどんどん涙があふれてくる。

 ただ好きでいたかった。たとえ好かれることはなくても、せめて嫌われない存在でいたかった。

 でも、もうそれすら叶わない――そう、思い知らされた僕は、かつて永和と並んで昼食をとっていた屋上の隅で一人声を殺して泣いた。




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