*12 願いを叶えた先に待っているであるものは
願いを叶えるかどうかは、結局自分でどうにかしろ、というのがウトの話で、そうしないと僕はウトと言う神様を利用した罰で黄泉の国とやらに送られてしまうらしい。
そもそも黄泉の国とはなんだろう? という疑問から、スマホで検索してみたんだけれど、色々な話が出てきて、要は地下にある死者の国、ということらしい。
「地獄とどう違うんだろう? なんにしても、この世界とは違う所に送られてしまうみたいだけど」
そうなったら、永和とは会えなくなってしまうんだろうか。そんな不安がちくちくと胸をつつく。
そもそも僕は、永和を失う悲しみを味わいたくないから、人生をやり直して永和と関わらないようにするはずだった。でもそれはいま、まったく逆とも言える状況だ。すべて、僕が良かれと思って問ってきた講堂で辿り着いた現状でもある。
夜、自室――七年前の実家にいた当時のままの――のベッドにもぐりこみ、暗い天井を見上げて今日の出来事を振り返る。授業をサボって、カラオケやゲーセンで遊んで、ファストフードを食べつつ笑い合って、掛け値なしに青春していると言えるひと時を過ごした。
今日はサボってしまったけれど、文化祭以降、永和は学校で結頻繁に話しかけてくるようになり、一緒に過ごす時間が増えている。傍から見ればきっと、友達のように……いや、場合によっては友達以上、所謂親友にも見えるかもしれない。
正直に言うと、好きな相手とそう見られていることは嬉しくはある。スクールカースト上位者とモブ、という、つり合わなそうな先入観を覆すような関係を気付けていることは、僕にとって誇らしくもあるから。
でも、親密になっていけばいく程、僕の人生に彼が、永和が欠かせなくなっているのがわかる。いまでは彼がいない景色を想像することもできないほどだ。
「どうしよう。永遠ともっと一緒にいたいって思い始めてる……。でも、僕らの未来――7年後にはきっと死んでしまうのに……それはもう、変わらないのかな……」
願いを叶えるのが自分の努力次第だとか言うなら、僕は永和と生きる未来を目指して努力してもいいのだろうか? それは、ウトにとって利用したことになってしまわないんだろうか? 暗がりに問いかけても、神社の時のように光は現れないし、白いカラスの影もない。
答えのない問いかけを繰り返していく内に、とろりとした眠気が足許から這い上がり、やがて僕を包んでいった。
二度目の人生でも、僕はどうやら都内の大学に進学を目指すことにした。願い事に矛盾を生じさせないためにも、少しでも永和と距離を置いた方がいいのではないかという考えと、永和は、確か隣県のサッカー強豪の大学の推薦を受けると言う話を先日訊いていたからだ。
こうやって、だんだん忙しいふりして距離を置いていけば……卒業までには疎遠になっているよね、お互いの受験もあるし。そう考えながら、特に永和に相談も報告もすることなく僕は進路希望を出していた。
「なあ、ちょっといまいい?」
ある日の昼休み、今日は教室でそれぞれの場所で昼食をとっていたと思っていたのに、突然永和が僕の席までやってきてそう言った。机に手をつき、ずいっと迫って来るように告げてくる姿は、僕に拒否権を与えてはくれない。
咄嗟に断る理由も言えないまま、僕は永和に連れられていく。
ひと気のない渡り廊下の隅に辿り着くと、永和はいつもの懐っこい笑顔ではなく、どちらかと言うと不機嫌そうな顔をこちらに向けてきた。
何か僕、彼を怒らせてしまうことをしたんだろうか? 内心びくびくしながら、「何か用?」と、それでも平静を装いながら問うと、永和はふいっと顔を背けて唇を尖らせている。
「翠はさぁ、俺のこと、そのー……どう思ってるわけ?」
突然、僕がいま一番答えをどう出すか悩んで迷っていることを、ズバリと言われ、すぐに言葉を返せなかった。もはや永和は僕にとって、ただのクラスメイトであるとか、ましてやただのモブとカースト上位者であるとか、そんな単純な存在でなくなっている。しかもその理由が、彼に対する想いから来ているから、素直にいまここで打ち明けてしまっていいのかも躊躇ってしまう。
「友達、かな……」
「友達かぁ……まあ、そういう表現も一理あるよな」
友達だよ、と言うには、僕らはあまりに距離が近くなっている自覚がありはするので、永和の受け答えに後ろめたさでギクリと胸が音を立てる。
それでなくとも、僕は永和の秘密――ゲイであることを、知っている。その時点で、ごくありふれたクラスメイトでも友達でもないと言えるんじゃないのか、と永和は言いたいのかもしれない。少なくとも、いま彼が向ける、問うような眼差しがそんな色をしている気がしてならない。
――だけど、胸が痛むのは、僕が永和から向けられる感情から目を反らしているから? でも、永和からの感情って、そもそも何?
不意にそんな考えが過ぎり、思わず永和から目を反らす。なんだか僕がいま迷っている胸中やその奥の本音まで見透かされていそうで、怖かった。
「だって、そうじゃないの? 昨日だって僕ら遊びに行ったじゃん」
「そーだけどさ、そういうのだけじゃなくって、こう……あるだろ、俺らだけの間にある物って」
「僕らの間だけにある物?」
永和の聞き慣れない言い回しに思わず顔をあげると、永和はなにか切ない気持ちを堪えるような泣き出しそうな顔をして僕を見ていた。一見すると笑っているようにも見えるその表情は、迷ってばかりで定まらない僕の心をつかむように触れてきた。
痛い。直感で思ったそれに、僕は顔を歪めそうになる。だって、僕も同じことを思っていたから。
――でもそれって、二人にとっていいことなんだろうか?
「俺らはさ、親友以上に親友だろ? それなのに、翠は俺に進路先も教えてくれないわけ?」
「それは……」
それは、永和と離れた方が僕にとっていいから……と、胸の中で呟きかけ、言えなかった。心をつかんできた永和の表情が与えてくる傷みが、やはりどうしようもなく痛く、そして同じくらい愛しいと思えたからだ。
「なあ、翠。俺ら、進路先一緒のとこにしようよ。俺は翠と一緒がいい」
痛みと愛しさすら覚えるその笑顔に、僕ははっきりとその時悟った。誰にも気に止められないようなモブの僕を、ここまで気にかけて笑いかけてくれる彼のこの姿や、向けてくる想いを、ないものにしたくない、と。そうしてしまうことは、この先あの夜の瞬間まで生きていくだろう僕自身を別のものに変えてしまう気がしたからだ。
だから僕は、もう未来を変えようと抗わないことに、つまり、ウトへの願いを完全に放棄して、自分で足掻くことを決めた。すごく不安だけれど、それしかもうない。
永和をこの瞬間好きでたまらなかったこの頃の僕の気持ちこそが、嘘偽りない僕の本当の想いであり、生涯持ち続けるきらめきのような宝物だからだ。
――僕は、やっぱり永和が好きだ。それだけは、何度人生をやり直すことになっても、変わることはない。たとえ、神様を利用した罰を受けることになるかもしれなくても。
はっきりと刻むように自覚した気持ちの痛みに、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえる。
「うん、そうしようかな、永和」
もう記憶の中にある人生とは違う選択であることは明らかだけれど、構わなかった。何故なら僕は、今度こそ永和と後悔のない人生を――たとえそれがすぐ終わりを迎えることがわかっていても――歩もうと決めたからだ。
僕の答えに永和は嬉しそうに笑い、いつものように、僕と肩を組んでくる。
「よっしゃ! これで俺らずっと一緒だな!」
一緒に、あとどれくらいいられるだろう。年数にしたら、きっと両手で足りてしまうほどかもしれない。僕も永和も、残されている人生の時間自体少ないだろうけれど、それでも、僕はできるだけ永和と一緒にいたい。
許されるだけ一緒にいるということは、絶対に永和のことを忘れることができなくなるということでもある。永和が死んで、僕もその後に死ぬことになっているとしても……最初の人生と違って、一緒に過ごせた記憶があるなら、それはそれで愛しく輝かしいものとも言える気がする。
モブの僕の人生でも、そういう綺羅星のカケラのような思い出があってもいいんじゃないだろうか。どうせ、残りも少ないのだから。
きつく、苦しささえ覚える永和の腕の締め付けに、僕は声を出して笑いながら、嬉しさと切なさで泣きそうになっていた。




