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10話 蒼竜祭 (3)



 

 ソビエ山についての情報を得ようとして、王都へ観光へ行くと咄嗟に嘘をついてしまった俺は、一旦王都へ向かうルートを辿った後、進路を翻して本来の目的地であるソビエ山へ向かう道に乗った。


 リドの町がいくら田舎とはいえ、王都へ向かう道には結構な数の馬車とすれ違った。しかし、ソビエ山へ向かう道に進路を変えた途端にすれ違う人数が激減した。


 いや、正確に言うと少し違う。すれ違っているはすれ違っているのだが、殆どが家族ずれで沢山の荷物を載せれるだけ乗せたような避難民による馬車しかないのだ。おそらく、ソビエ山に集まった下竜の影響で周辺の村や町にも商人は寄り付かず、故郷を捨てて王都へ向かう人々が激増しているのだろう。


 

 そんな少し物寂しい気持ちを抱きつつも、馬車の旅自体は結構楽しかった。


 季節が春先という事もあって道端には色とりどりの花々が乱れ咲いている。日本(むこう)でみた人の手によって整理された花壇も綺麗で好きだったが、道端に咲いている花々は、自然の強さや趣を俺に教えてくれる。


 そんな花々に癒されつつ馬車を進めていくと、隣から可愛らしいお腹の音が聞こえる。ぱっと隣に視線を移すと、小さく唇を尖らせた女の子が小さな手でお腹をさすっている姿がある。


 食べ始めたら容赦なく食いまくるのに、こういう部分には恥じらいを持っているらしく、俺は少し笑ってしまう。不服そうな視線を向けてくるウォルの頭を撫でながら、馬車が通って出来たようなあぜ道を外れ、少し開けたところで手綱を緩めた。


 地図を見る限り、もう2時間くらい進めばデルタの村に辿り着くだろう。ここまで小休止を2度ほど挟んだだけで、長い休憩は取っていないので、そろそろ馬を休ませてあげたい。《索敵》スキルを使って周囲の安全も確保できているし、これ以上お腹を空かせたウォルを我慢させるのも可哀想だ。



「うん、ここで昼飯にするか! ウォル、手伝ってくれるか?」

「もちろんニャ!」


 ウォルは元気よく手を上げてそれに応える。本当に子供の様だな。あれ、そう言えば……。


「そういえば、ウォルって今何歳なんだ?」


 以前から少し気になっていた問題に着手する。しかし、その問いかけにウォルは微妙な表情を浮かべ、視線を右往左往させながら吹けない口笛を吹く。空気が霞んで乾いた音が彼女の口から奏でられるのを見続けると、ばっちりと視線が合う。すると、ウォルはまた微妙な表情を浮かべる。


「……レディーに年齢を聞くのは失礼だと思うニャ」


 そう呟いた。その表情からは「言いたくない」という一念が感じられる。普段ならスルーするような問題だが、この広大な大地を旅する解放感とウォルという少女とのかかわりによって得られた関係性への安心感からか、俺は普段は取らないような行動を起こす。


「じゃあ、《鑑定》を使おうかなぁ?」

「駄目ニャ! 《鑑定》禁止ニャ!!」


 そう言って彼女は俺の目を手で覆う。小さな掌が俺の視覚を奪うが、それよりも俺の鼻腔をくすぐる甘い香りに意識を奪われる。それが周囲に咲いている花の香りなのか、女の子特有の香りなのかは分からない。


 俺がそんな事に意識を取られていると、ウォルは小さな声で言葉をこぼす。


「……僕は今年で14になるニャ。でも、みんな僕を子ども扱いするニャ」

「え、14!? てことは、俺と二つしか変わらないのか……」


 俺は軽いショックを受ける。ショックと言っても、「悲しみ」から来るものではなく、「衝撃」という意味あいが強かった。正直に言うと、俺からすればそれくらいの認識だった。しかし、俺の視界を奪っている小さな掌がかすかに震えているのを感じる。俺にとっては些細な問題なのだが、当の本人はそうではないのだ。


「……まぁ、何だ。若く見られてるってことだし、いいんじゃないか? うん。良い事じゃないか!」

「レオ様はそう思うニャ?」

「あぁ、俺はそう思うぞ! うん」


 俺は何とか言葉を紡ぎだす。こんな時に人生経験の差が出るのだろうな、と自分の至らなさを感じる。ただ、嘘ではない。彼女にとってどれだけ大きな問題であっても、はたから見たら大した問題ではない。俺にとって、彼女の容姿と性格は一致していて、そこに「14歳(俺と二つしか変わらない)」という事実が横たわったところで大して変わらないのだ。


 俺の言葉を聞いて、彼女は小さな掌を緩める。真っ暗な視界に眩いほどの光が届けられて目を細める。真っ白な視界に、ピンクや黄色、緑などで視界が徐々に彩られる。


 解放された視線は自然と後方を向く。すると、頬を赤らめて真横に唇を引き閉ざした少女がいる。バックの緑が彼女の紅潮した頬を強調し、見ているこっちが恥ずかしくなる。


 彼女は未だに俺の視線に気づいていない。ただ、その閉ざされて一本の線が惹かれた唇が堰を切ったダムの様に力を失う。そして、ただ小さく「良かった」っと呟いだ。


 俺はその唇に目を奪われる。すると、ふと視線が交わっていることに気が付く。彼女の視線は俺の顔をまじまじと見ている。そこで俺は自分の今の表情がどうなているのかという至極当然の疑問を抱きつつ、思考を加速させる。……まずは飯だ!


「――とりあえず、飯だ! ウォルは近くの森で薪を集めてくれ。その間に、俺は馬用に水やら飯を用意するから」

「了解ニャ! 沢山取ってくるニャ!」


 ウォルはびしっと敬礼をして森の方へ駆けていく。俺はその後ろ姿を眺めつつ、現実をかみしめる。


「……はぁ、子供だと思ってたのになぁ」


 俺の呟きは北へ向かう春風に乗ってどこかへ消えていく。そして残ったのは腹をすかせた馬の声。俺は込み上げてくる物寂しさを一旦胸にしまい込んで、飯はまだか、と主張する同行者の元へ向かうのだった。






 フライパンの上に置かれた肉がじゅうじゅうっといい音を立てながら、食欲を掻き立てる独特の香りを発すると、隣でその模様をまじまじと見ていたウォルの喉がゴクリと音を立てる。


「レオ様、料理が上手なのニャ」

「あぁ、よく手伝いさせられてたからなぁ。あの時は面倒だなって思ってたけど、こうして自分で飯を用意しないといけない状況になると、手伝いしててよかったなって感じるなぁ」


 うちの母さんは結構自由奔放な性格だったが、こと家事については妥協を許さなかった。そして、良く俺に家事の何たるかを教授し、「どうだ、偉いだろ」と言わんばかりのどや顔を炸裂させていた。


 正直うざいと思っていたけれど、離れた今だからこそ、そのありがたみに気が付くというものだ。


 フライパンの肉をひっくり返すと、ほんのり焦げ目のついた面が顔を出す。この肉は牛肉だからそこまで火を通さなくても良いのだが、この世界の牛と日本(むこう)の牛が同じとは限らない。しっかりと焼いておこうと心の中で呟くと、さっきまで楽しそうにフライパンを覗き込んでいたウォルが小さな声を漏らす。


「……レオ様が羨ましいニャ。僕は両親がいないから、そういう気持ち分からないニャ」


 ちらっと横目でウォルを見る。さっきとは違う、もの悲しそうな表情を浮かべているウォルを見て、今日は色んな顔を見ているなと見当違いな感想を抱く。


 俺は少し考えて、言葉を選ぶ。


「難しい事じゃないさ。別に血縁関係なんて気にしなくても、お前にとってそう思える存在を作っていけばいいんだから。いつかお前にも『父さん』『母さん』って呼べるような存在が出来るさ」

「……そうかニャ?」


 ウォルの声は未だ暗い。彼女にとって、そう思えるほど親しい人物がいなかったのだろう。側面の赤みが消えて、フライパンから肉を取り上げる。すると、さっきまで鼓膜を震わせていた美味しそうな音が消え、申し訳なく吹く春風と、それに揺れる草木の音だけが残る。


 俺はウォルに笑顔を向ける。


「あぁ、何なら俺を『父さん』って呼ぶか?」

「んー、レオ様はどっちかと言うと『お兄さん』って感じニャ」

「ははっ、そうだな!」


 俺は笑う。確かに、彼女が言うように俺とウォルの間にはたった2つしか年の差はない。何となく保護者のような感覚でいたが、彼女には彼女の人生があって、彼女だけの世界があるのだろう。


「ほらっ、飯出来たぞ! といっても肉焼いて、野菜盛り付けただけで殆ど出来上がってたもんだけどな!」


 俺は肉を乗っけた皿を運び、荒い木材の簡易テーブルに乗せる。ちぎったレタスに小さなトマトを脇に、俺が主役だと主張する肉、そしてそれの傍らにそっと寄り添うパン。実に男らしい、簡単なメニューだ。


 しかし、ウォルは嬉しそうに微笑んでそれを頬張る。これが上手いだとか、これは苦手だとか他愛のない会話を楽しみつつ、俺たちは皿を片付けていった。







 日が傾き、少し暗い赤色がデルタの村を包み込んでいた。俺は疲れた体をベッドに投げ出す。


 デルタの村に到着したのがついさっきで、幸先よく宿屋を確保して少し早めの晩御飯を食べたのがほんの数分前だ。リドの町を出てから、まだ半日と少ししか経っていないが、肉体的というよりも精神的に疲れた一日だった。


 今日一日で遭遇したモンスターは虫系や猪系の低級モンスターだけだったため、サクッと倒して行った。しいて言うなら半日座りっぱなしでお尻が痛いくらいで肉体的疲労はそこまで感じていない。ただ、ウォルの知らない一面を色々と知ったことによる心的疲労が蓄積されていた。


「ふぅ、今回は2部屋取れてよかった」


 俺はそう呟く。今回は部屋が空いていたということもあって二部屋借りた。ウォルは同室でいいと言っていたが、俺は断固としてそれを是としない。昨日寝れなかった分、今日はしっかりと寝たい。


「それにしても、ここはまだ大丈夫そうだな。もしかしたら滅茶苦茶活気が悪いのかなって思ってたけど」


 行きすがらすれ違った人々を見て、デルタの村も悲惨なことになっているのではないかと嫌な想像をしていたのだが、その予想はいい意味で裏切られた。ここはソビエ山から馬車で約一週間の距離にある。下竜はドラゴンの中では低級の存在ではある物の、空を飛べるため移動できる距離はかなり広いのではないかと思われる。しかし、この村の人たちはさして不安には思っていないようで、ソビエ山の話を聞いても大した情報は持っていなかった。


 ただ、この調子がずっと続くとは思えない。まだ食料の余裕はあるが、どこで急に食料が得られなくなるかわかったもんじゃないのだ。


「ちょっと早いかもしれないが、この村で食料を買いこんでおこうかな。次の、えーっと、ミツルギ村か。そこでも食料を買えるか分からないしな」


 俺は地図を見つめる。次のミツルギ村までは大して距離は離れていない。リドの町からここまでの距離の約2/3程度だ。


 明日は午前中は買い物をして、午後から村を出よう。俺は頭の中でそういう予定を立てて、床に就いた。そして、昨晩の葛藤からか疲れ果てた精神と体は、底なし沼に沈んでいくかのように俺を夢の世界に連れていくのだった。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


あれ? 軽い展開で進めるつもりが、ちょっとシリアス気味に流れていっている気が……。


……などと、思っている今日この頃。相変わらず、寒い!

ちゃんと温かくして寝てくださいね。じゃないと、風邪ひきますからっ!


鼻水が止まらない花咲き荘より(笑)

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