1話 気弱な玲央と理想のレオ
新しく連載立ち上げました。
更新速度は遅いかもしれませんが、書きたいと思ったので筆をとります。
どうぞよろしくお願いします<(_ _)>
パラレルワールドを信じるか?
勿論、俺は信じない。
だって、今生きている現実以外に他の未来があったなんて信じられる訳がないだろう? もしそんなものがあるならば、今歩いているこの道にどんな意味があるというのだろうか。
けれど、パラレルワールドは確かに存在している。人の選択の数だけ、様々な未来がその人を待っている。そしてそれは、選択をした人物だけに訪れるものではなくて、沢山の人に影響を及ぼす。
そんな風に、世界は出来ている。
◇
俺、鴻ノ森玲央はごく普通の高校一年生だった。
運動も普通、学力も普通、そして顔も普通。凡人ランキングなるものがあれば上位入賞を果たすだろうと自負するほどの「凡人」だ。
低くも高くもない身長に、一重で比較的小さな瞳。ぼさぼさの髪を茶色に染めてはみたものの、根元の方から元の黒髪が侵食し始めている。……染めた後になって死ぬほど後悔した。
そんな凡人は今、眼前の光景に言葉を失って立ち尽くしている。
茶色、金色、白色……、はたまた青や紫まで。カラフルな髪色をした人物たちが、我が物顔で街を闊歩している。彼らはそれぞれ自分のペースで歩き、用事があれば足を止める。
何を普通なことを言っているのか。そう思われるかもしれない。
しかし、自称ではあるが凡人ランキング上位者である俺はそうは思わない。
それはなぜかって?
街は西洋風な建物が建ち並び、空にはドラゴンが飛行している。そして何より、小さな子供が水の玉を浮遊させて遊んでいるではないか。こんな場所が地球上にあるとは聞いたことがない。
そして、そこでようやく気持ちを切り替える。
そう、俺は自分がプレイしていた《 W・E 》というゲームの世界に迷い込んでしまったのだ!!
◇
時は少し遡る。
俺はいつものようにギリギリまで布団に包まり、母親の怒号によってようやく重い腰を上げてベッドから出てくる。用意された朝ごはんをかき込むように腹に詰め込み、時計を気にしながら鞄を手に取る。
いつもより数分遅いペースだが、早足で向かえば間に合う。
俺は高校への道のりを逆算しながら、1分単位でルートを選択する。毎朝のことだから慣れてしまったが、コレが俺の日常だ。
そう、コレが俺の日常だった。
ルート選択は完璧で、ここまで1つも信号に引っかかっていない。こんな事はホントに稀だ。
数分前はあれほど急いで歩いていたが、もうゆっくり進んでも間に合う。だからなのか俺は気を緩めていた。
スマホ画面に視線を落とす。そこには、俺の分身である「レオ」というアバターが映し出されている。自分の名前をそのまま使ったこのアバターには尋常じゃないほどの愛着を抱いている。
そこにあるのは、リアルの自分とは似ても似つかない「理想」の自分。
限界まで高めたステータス値、手に入れられる最高の武器を手にした凛々しい姿。そして、習得できるスキルと魔法を全て得た「最強」という称号。すべてが自分にはない、まさに理想の体現者だった。
周囲に動きを感じ取りつつ、俺は指で画面を操作する。日課である強化の時間だ。
俺はアイテム欄に溜め込んだ、昨日の成果を全てアバターに注ぎ込む。「体力強化の実」を100個、「魔力強化の実」を100個、そして「身軽さ」「筋力」「魔法効果」「武器適正」など、4つのステータス強化の実をそれぞれ100個ずつを自分のアバターに注ぎ込む。
既にステータス数値を示す六角形のレーダーチャートは限界値を振り切っていて、いくら強化の実を注ぎ込もうが上昇は見られない。
同じゲームをやっている同級生からは「どうして限界値まで到達しているのに未だ強化の実を注ぎ続けるのか」と奇異の目で見られているのだが、もはや趣味というか、日課になってしまっているのでこの行為に意味はなかった。
俺は何とも言えない達成感を抱きながら歩みを進める。すると、周りを歩いている人たちの足が止まるのを感じ取る。ぱっと前を見ると歩行者信号は赤を指し示している。
俺は当然の様に足を止める。歩きスマホは危ないと何度も口酸っぱく言い聞かされてはいるが、実際に事故に遭うまではその危険性を知ることは難しい。そう実際に事故に遭うまでは。
皆が当然の様に足を止めるなか、1人の女子高生は信号が変わったことに気が付かずに歩みを進めていた。その光景が、俺の視覚に飛び込んでくる。
普段なら絶対に動けないだろう。しかし、スマホ画面に映る俺の「理想」をさっきまで見続けていたからだろうか、俺は無意識に彼女の手を取る。
その女子生徒は驚いたような表情を浮かべていた。彼女の目が俺を捉えていた。世界の速度は著しく低下し、俺は俯瞰的に自分を見つめていた。
信号の色は赤。しかし、車道の信号機は未だ青色の光が灯っている。そして、朝の通勤で急いでいるのか、歩行者の有無を確認せずに歩行者信号の色だけを見て左折する車の姿がある。
その車は勢いよく曲がる。そして、操縦者が人の姿をとらえた時には全てが遅い。
車道を転がる高校生と大きく凹んだボンネット。それは、車自身が人を撥ねた悲痛を表現しているようだった。
霞む視界には目の前の光景に恐怖する女の子の姿があった。ほんの数秒前、自分の手を引いて車道に飛び出てしまった人。そんな人物を見下ろして、自分の姿を重ねたのだろう。
耳を劈く女性の悲鳴。救急車を呼ぶように指示する男の怒号。そして、駆け寄ってきて自分を介抱する人の体温。聴覚は次第に弱まっていくのに、人の体温だけはやけに温かい。
「――返ってきて! お願いだからっ!!」
最後にそんな言葉だけが俺の聴覚に残る。それは必死な叫びであり、最後に感じた人の温もりだった。
俺は自らの五感は手放していく。真っ暗な視界には何も映らず、冷めきった鼓膜は振動しない。血の味も匂いも一切無いし、最後に感じた温もりさえも感じない。
俺は「死」を意識する。そして、最後に自らの理想に想いをはせる。
「……ほんと、理想と現実は違うってか」
俺の理想の体現者なら、車に撥ねられたくらいで死んだりしない。それどころか、その車をその手で止めてしまうだろう。いや、女の子の手を引いて車道に引っ張られてしまうような貧弱な体幹を有していないか……。
俺はつくづく実感する。もう感じないはずなのに、現実の自分の弱さを肌で感じている。
もし、生まれ変われるなら。そうだな……、「レオ」に生まれ変わりたいな……。
最後に、そんな非現実的な願いを胸に俺は意識を手放した。そして、天に召されて――。
「――っは!」
俺は目を開ける。眩いほどの光が俺の視覚を通して脳に到達する。そして、強烈な匂いが俺の鼻腔を刺激した。
「――臭っ?! なんだコレぇー!!」
俺は手で鼻を押さえながら周囲を確認する。すると、大きな目と俺の目が交わる。茶色の毛並みは素晴らしいが、顔はよく馬鹿にされるあの動物に。
「馬? ってここ馬小屋じゃんか!」
大量の藁と馬の糞によって独特な香りを放つこの場所は、以前祖母の家で嗅いだことがある、あの独特で強烈な匂いを発していた。
状況を把握しようと左右を見ていると、いつもとは違うある物が視覚に入り込む。
「――ん? 金色。……ん!? この服って!」
よく見たことがあるデザインの服を自分が来ている事に気が付く。しかし、それは俺の理想の体現者のそれではなく、初心者装備のそれだった。
俺は立ち上がって馬小屋の水桶を手に取る。そして、その水の反射を用いて自らの顔を確認した。
金色の髪に、凛々しい顔つき。程よい筋肉が付いた体といい、そこには自らの理想の体現者のそれがある。違うのは最高装備とされていた衣装でない事だけだ。
「……はははっ、まさかな」
俺はそう呟きながら指を下に振り下ろす。何となく、そうすべきだと本能が感じ取っていた。すると……。
ピコンッ
ゲームの効果音のような音を発しながら、視界に見慣れたメニュー画面が登場する。
俺は乾いた笑顔を固まらせる。
そう、ここは俺がプレイしていた《 W・E 》の中なのだ!!
ライトな作品を目指したい。そういう気持ちで執筆しました。
少しずつですが投稿していきますので、これからもどうぞよろしくお願いします<(_ _)>