大地の答え
「どうだった? 桐谷先生の診察?」
顔をこちらに近付け、迫る梶田の両肩を押し、無理やり引き離すと、彼はびっくりした顔で大地を見つめた。そしてへらっと口元を歪ませ、爽やかな笑顔になる。
「何だよ。元気でたみたいじゃん。三島選手」
「うるせえ」
「桐谷効果、やっぱあったみてえだな」
「……」
2人が他愛ない会話をしているのは、大学の桜の木の下である。
今は春の季節は過ぎ、深緑の葉が木々を覆っている。葉が擦れ合う静かな音をただ黙って聞いていた。
その表情は憑き物が落ちたかのように落ち着いており、穏やかである。
天を覆う木々を顔を上げて微笑みながら見つめている大地の顔を見て、梶田も柔らかい微笑みを浮かべた。
心地いい沈黙を破ったのは、大地の方からだった。
「やっぱお前の言うこと聞いといてよかったわ。……口で言えないレベルの荒療治だったけど、喜和子先生のおかげで、就活鬱から脱却出来たような気がするわ」
「良かったじゃん。やっぱ梶田様の言う通りだったろ?」
満面の笑顔で梶田は大地の背をばしっと叩いた。
「いてっ」
「へへっ」
2人で笑い合い、笑いが収まると梶田はすっと真顔になった。
「……なぁ三島。お前、しばらく就活休んでいいと思うんだ」
「えっ?」唐突な提案に瞠目する。
「焦ることないよ。卒業してから決まった先輩だっていっぱいいるしさ。それに、内定出たからゴールって訳じゃねえし。内定出て、働いて、その先のことを皆忘れてる。内定っていう目先のメダルだけに捕らわれて、働くってことがどういうことかわかってないんだ」
「梶田……」
薄氷の真顔から、ぱっと明るい笑顔になって大地を見る。
「だからさ。しばらくオレと2人で旅行でもしようぜ」
「お前……」
「どこかいい? お前寒いとこと熱いとこどっちが好きだっけ? 北海道は広くてチーズ・牛乳、ラーメン、スープカレーがマジで美味い。ジンギスカンも食いてえな。
あー沖縄も捨てがたいね。サーターアンダギーのノスタルジックな甘さは癖になる。紫芋、ソーキそば、パイナップル……やべっ、想像しただけで涎垂れてきた」
じゅるり、とわざとらしく涎をすするポーズをする梶田の横で、大地は黙って聞いていた。
やがて俯くと、ぐっと唇を噛んで震え始める。
その様子に気付いた梶田は「えっ」と声を漏らし、大地に身を寄せると心配そうに顔を覗き込んだ。
「おい、三島。大丈夫か? どこか具合でも悪くなったか。それともまた就活のこと考えちまったのか」
震える大地の顔は、前髪が覆いかぶさっていて見えない。美容院に行っていない期間が普段より長かったので、いつもの髪型と変化していた。
「おい……」
もう一度深く覗き込もうとして、大地の頬に一筋の涙が流れていることに、梶田は気づいた。
「三島……」
梶田が声をかけると、大地はゆっくりと梶田の方に顔を向けた。
眸は泣いているが、口元には微笑みが浮かんでいる。
「梶田。ありがとな。内定はもらえなかったけど、オレは一生の親友を大学で得ることが出来た」
「三島……」
普段の大地からは考えられない素直な言葉に一瞬ぽかんとなる梶田であったが、「だろ? やっぱこの大学選んだお前は天才だぜ」と笑顔で大地の肩に腕を回した。