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外伝・・アルゼンチン「鷲の精神を継ぐもの」

 アルゼンチンは早くから転生ドイツ人の餌食と成りました。

 「アルゼンチン」と聞けば、読者のみなさんは何を思い浮かべるだろうか?「サッカーの強国」、「南北が広い国」、「フォークランド紛争」、「南米屈指の農業国」とお思いの方々が多いでしょう。


 だが、この世界の住人から見た「アルゼンチン」の印象は「南米のドイツ」、「ドイツ領アルゼンチン」、「ドイツの遺志を継ぐもの」と「独逸、ドイツ、DOITU」と「アルゼンチン=ドイツ」と言う図式が存在する世界で有った。


 さて、この世界で上記の図式が出来た背景を述べなくてはならないだろう。まず時は「1879年9月21日」にドイツ帝国では有る法律が可決されました。


 「軽犯罪を犯した者は「アルゼンチンとメキシコ送りにする計」まあ正確に言えばこの名前では無いのだが」を当時の「ドイツ皇帝」が国民に対して発表をしました。


 さて、この法律は「ベルサイユ条約」で禁止されるまでに多くのドイツ人は「アルゼンチン」と「メキシコ」に移住及び追放されました。


 さて、結果として「メキシコとアルゼンチン」は第二公用語を「独逸語」が存在をする位に「独逸人」が溢れかえりました。


 アルゼンチンでは「国民の3人に1人が「ドイツ系」」となりまして、メキシコでは「5人に1人」が「ドイツ系」となっていました。


 それ程この世界での「アルゼンチン」における「ドイツ系アルゼンチン人」の影響は非常に高かったので有ります。


 さて、第一次世界大戦時の「アルゼンチン」は「中立宣言」をしていまして隣国の「ブラジル」は「ドイツ帝国」に参戦をしました。


 さて、「アルゼンチン」が「ドイツ帝国」側に立って参戦をしなかったのは「独、アル秘密条約」を事前に結んでいたからである。


 この「独アル秘密条約」は「どちらかが戦争に参加しても片方が中立をすれば、もし片方が負けても「ゲルマン人の精神」は守れる」といった内容が「独アル秘密条約」に書かれていました。


 さて、時は流れて「1936年11月26日」に隣国ブラジルで有る条約が締結しました。


 「「有色人種」と「在ブラ独逸人」及び「ドイツ系ブラジル人」の排斥法」が可決をしました。


 さて、この世界での「ブラジル」は事実より早くて多くの「日系移民」や「ドイツ系移民」がブラジルの大地で根を張り「定住」をしました。


 そして、多くの「日系人」や「独逸人」が多くなったおかげで「ポルトガル系ブラジル人」が彼らに対して「リンチ事件」を多く発生をしました。


 そして、ブラジル政府は翌年の「1937年5月18日」に「公共の場での「ドイツ文化」と「日本文化」の書物や映画の販売を禁止する法案が通りました。」


 さて、何故「ブラジル政府」が上記の文化を否定をしたがるのかは「本国のポルトガルが第一次世界大戦時に「占領」をされた事の募り」と多くの「ポルトガル系ブラジル人」が失業率が高かった事も相まって上記の法案が通りました。


 さて、第二次世界大戦の最初の方はアルゼンチンは「中立宣言」を取っていましたが、ブラジルがアルゼンチンに「宣戦布告」をしました。


 さてどうして「ブラジル」が「アルゼンチン」に宣戦布告をしたのだろうか、大きな理由は二つありまして


 1つ目は「上記のドイツ系が多く居る国が憎いから」と二つ目が実はアメリカが戦前に「ドイツ系の多い国」の隣国に「軍事支援」を行っていました。


 結果「ブラジル」や「チリ」に「対アルゼンチンの軍事支援」をアメリカ主導で行われていました。


 こうして、「第二次世界大戦」の「南米戦線」が「1940年11月21日」にブラジル共和国の「アルゼンチン進攻」を持って「ブラアル戦争」が開始しました。


 さて、ブラジルの軍人たちは「直ぐにとはいかないが1年あれば降伏をするだろう」と楽観視をしていました。


 だが、世の中はそんなに甘くは無いのである結果終戦まで「アルゼンチン」は降伏をしない所か逆に「ブラジル」が領土を削り取られると言う失態を「ブラジル陸軍」はしてしまいました。


 さて、「ブラジル海軍は陸軍と違ってヘマをしないだろう」と海軍の連中は陸軍に対して「嘲笑う」事をしました。


 だが、「ブラジル海軍」は「アルゼンチン海軍」に大惨敗をしてしまいました。何故「アルゼンチン海軍」はこうも強かったのかは


 アルゼンチン海軍は「日本の帝国海軍」と極秘裏で「アルゼンチン海軍の将校」を「大日本帝国海軍」の訓練をワザワザ「大日本帝国」は「若きアルゼンチン人」学ばせていました。


 だからこそ「アルゼンチン海軍」は強かったのである、そうして「アルゼンチン」は


 「ブラジル(以下ガイアナ、べネゼイラを傘下にしている)+チリ+自由イギリス+アメリカ連合国+ペルー(第二次欧州戦争の際に中立政策を取っていたが軍事クーデターで連合国化)+自由フランス(以下南米連合国)」の6カ国に対して「アルゼンチン+コロンビア+ボリビア+ウルグアイ以下(南米枢軸軍)」で戦わないと行けない状態で事を書かなければ成らない。


 結果として「南米枢軸軍」は「アルゼンチン」が「イギリスのフォークランド諸島と南極の領土」とチリから「マガジャネス・イ・デ・ラ・アンタルティカ・チレーナ州と南極の領土」を分捕り


 ボリビアはチリから「アリカ・イ・パリナコータ州」と「 タラパカ州 」を接収をする事が叶い嘗ての「太平洋戦争」で「失われた海に面する土地」を要約取り戻す事が出来ました。


 そして、コロンビアは「大コロンビア」の作る許可を「枢軸国」に求めて他の2カ国は許可を承認をしました。


 さて、南米諸国でも「中立宣言」をした国々が「大コロンビア」の中に居ましたので「コロンビア政府」は「コロンビア共同体」と言う


 「地域連合」の盟主として「コロンビア」は今日も「南米の3強(アルゼンチン、ボリビア、コロンビア)」として他の南米諸国の「指導者」として今日も導いて居ます。

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