第二話
お読みいただきありがとうございます。
「うわー・・・・・・・・・・・・」
見渡す限りの緑に、私はただ呆然と立ち尽くした。
胸の中にあるのは、言葉に出来ない感動。ずっと病院のベッドの中で過ごしてきた私にとって、写真や絵の中でしか見たことの無い光景、想像することしか許されなかった光景は衝撃的過ぎた。
大自然。
その一言に尽きる。
天使っぽい女性が言っていたように世界を超えた影響でもし私の命が残り一週間しかなかったとしても、この光景を見ることが出来ただけでもう満足だ。
・・・・・・・・・・・・そうだ! 私の体は今どうなってるんだろ?
恐る恐る自分の体を見る。
腕も足もちゃんとついてる。おまけに病院のベッドで寝ていたときよりかなり体調がいい。この様子だと、良いほうに影響が出たみたいだ。
もしかしたら発作とかが残っているかもしれないからまだ油断は出来ないけれど、とりあえずは大丈夫そうだ。
・・・・・・けど、手も足もやけにちっちゃくない?
まったいらな胸。ぽっこりとでたおなかに小柄な体躯、白く透き通るような肌。
そしてなぜか来ているドレス。
まごうことなき幼女です。
・・・・・・・・・・・・私、若返ってる?
いやいや、よく見てみたら髪の色とか違うし完全に別人でしょこれ。
以上を踏まえて、これからのことを考える。
長い入院生活ゆえの、家事能力ゼロ。サバイバル能力は論外。学校にも行っていないから知識も教養もほとんど無いし、この世界で私の常識が役に立つのかどうかすら怪しい。
おまけに身体は非力な幼女、大森林の中一人置き去りにされている。
・・・・・・これもう駄目じゃないかな。
いや、きっと大丈夫。一日も歩けば、町が見つかるはずだ。たとえ見渡す限りの大森林でも見つかる。
前向きに考えていこう。
現実逃避も兼ねつつ、意気揚々と歩き出そうと私は振り返った。
そして、出会う。
それを目にしたとき、私の頭の中にはある日森の中で出会っちゃう曲が流れ出していた。すなわち、熊がいた。
・・・・・・わぁ、本物の迫力はすごいなぁ。今にも泣き喚きたい衝動に駆られておまけにおしっこもらしそうだよ。
私はこんなところまで大自然を堪能したいわけじゃないんだ。景色だけ見られればそれで良かったんだ。
捕食者と、被食者。
気付けば私は恐怖に駆られて走り出していた。
逃げなきゃ、死ぬ。何かの本では熊とであったときの対処法が書かれていたけど、死んだフリと同じく走り出すのも駄目らしい。なんでも熊を刺激するとか。
けど、今の私はそんなことを考えている余裕が無かった。
けれど走っているうちにすぐ息切れがし、鼓動も早くなってくる。
「うわっ!」
足がもつれて、転んだ。
あわてて後ろを振り返る。
そのときになって始めて私は熊が追いかけてきていないことに気付いた。
ほぉっと安堵の息を吐く。
「痛っ・・・・・」
安堵の息を吐いたと同時に、右の足首に鈍い痛みが襲ってきた。どうやら転んだときに捻ったらしい。折れてはなさそうだけれど、歩けそうに無い。目からは涙がぽろぽろ零れだしている。
病気でこれ以上の痛みを何度も経験しているはずなのに、痛覚が敏感になっているのか、精神が子供に戻ってしまっているのか。涙が止まらない。
これでは本当に一週間すら生き延びることは出来なさそうだ。
「誰かー、助けてくださーい・・・・・・」
私は期待を込めず、消え入りそうな声で助けを求めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
土のにおいが鼻腔をくすぐる。
あの後、雨が降ってきたため私は痛みの残る足を引きずりながら近くにある大木の根元まで這っていった。
これからのこと、不安で胸がいっぱいになる。
こっちの世界に来くるときも、大自然をこの目にしたときも、もう死んでもいいと思っていた。一度死んだのだから、未練なんて無いと思っていた。前世で病院の別途に寝ていたときもいつ死んじゃうのかななんて考えていたこともあったけれど、それは漠然とした未来への不安であって今のようにお先真っ暗な状況での不安ではない。
今のほうがよっぽど不安だ。
楽観的に考えて生きることが私の前世でのポリシーだったのに、健康な身体を手に入れて恵まれたとたんにこれだ。
私はわがままなんだろうなぁ。
「はぁ・・・・・・」
つぶやいて、空を見上げる。
分厚い雲に覆われた空は鈍い色をしていて、今の私の心境を表しているみたい。
だめだなぁ・・・・・・私。
三角座りをして、ひざの中に頭をうずめる。泣き疲れた。
ぐぅ~。
おなかすいたな。食べ物・・・・・・ないや。
近くに何か無いか、辺りをくるくると見回す。
――――――――がさり。
何かが私の近くで動いた。
熊のことも会って一瞬身構えてしまったけれど、それほど大きな音でもなかったので恐る恐る音のしたほうを向いた。
「ぴっ!」
そこには、ひよことしか表現できない鳥がいた。しかも私がちょっと手を伸ばせば届きそうな距離だ。
巣から落ちたのか、それとも親とはぐれたか。どちらにしろ、私のすることは変わらない。
「ご飯・・・・・・」
「ぴぃっ!?」
私のしようとしたことを察したのか、驚愕の声を上げるひよこ。
そんなひよこを鷲掴みして、そこで気づいた。私にはこの鳥をさばく技術も、焼くための火も、生のままこのひよこを食べる勇気もない。
結局、食べることは諦めて解放してやる。
「ぴぃ?」
解放されて不思議そうな声で鳴くひよこ。
「おなかすいたよぉ・・・・・・」
危険は無いと判断したのかひよこは逃げようともせずに私の隣に座っている。時々身体をゆすって上機嫌そうにぴぃぴぃ歌うように鳴いている。
気付けば、雨は止み、日差しが雲の隙間から差し込んでいた。