第十話
二時間くらい待っていただろうか。
すでに暇をもてあましたイクサとヒヨは眠り始めている。私の横に座っているイクサは机に突っ伏して。ヒヨは私の頭の上だ。
コンコン。と丁寧なノックの音が聞こえた
「失礼する」
入ってきたのはジェイクさんと、威厳のあるオーラを発する青年だ。青年のほうは黒く厚いローブを着ているが、それでも背筋がはっきり伸びていることが分かる。この分だとスタイルもよさそうだ。
おまけに顔も良くて、もし来ているのがローブじゃなくてもっと違う服装だったら、町を歩く女性が十中八九目を向けるレベル。
「ジェイク、紹介状を持ってきたのはこの者らか?」
「は。その通りです」
「ふむ、ご苦労だった。下がってよい」
「は」
うわー、ジェイクさんがなんかきっちりしてる。
私のイメージでは気のいいおっさんだったからちょっと意外・・・・・・じゃなくてこの人はいったい誰?
私がジーっと見ているのに気付いたのか、青年は私のほうを向き直り話し出した。
「まず、自己紹介をしておこうか。私はこの王国の副騎士団長及び宮廷魔術師長補佐を兼ねているレグルスという」
「ご丁寧にありがとうございます。私は八代、こっちの寝ている子はイクサといいます。ほら、イクサ、起きなよ」
私が頬をぺちぺちとすると、イクサは眠そうに目をこすりながらゆっくりと上半身を起こした。
「ふぇ・・・・・・?」
ぱふ。
一瞬起きたと思うと、イクサは今度は私の肩に寄りかかるようにして眠り始めた。
「あー、この子、寝ぼけてるみたいです」
「大丈夫だ。長旅で疲れているのだろう。寝かしておいてあげなさい」
君たちが来る連絡は受けているよ。とレグリスさんはやさしく微笑む。なんて気遣いの出来るイケメンだろう。肩書きも立派だし、モテるんだろうな。なんせ『長』と名のつくものを二つも兼任しているくらいだ。
「前日のうちに連絡は受け取っている。先ほど兵士から報告を受けたが、大森林とはまた辺鄙なところに住んでいるではないか」
話を聞く限り、ロヴィアさんの知り合いというのはこの人のことのようだ。人のしがらみが嫌で大森林に引きこもったロヴィアさんが信頼して連絡をする人だ。性格はやっぱりいいみたい。
「そんなに変なところですかね?」
「ああ、人の手のはいっていない広大な大自然。おまけにBクラス以上の魔獣がごろごろいる森だ。危険なところだよ」
う~ん。危険なところといわれてもあんまり実感がわかないなぁ・・・・・・。何不自由なく生活していた場所だから余計にその感覚が分からない。
「言っておくが、Bランクというのは騎士団での討伐が必要なレベルだぞ。一般人はランクであらわすならばFランク、一般的な騎士でもせいぜいDがいいところだ」
「とりあえず、辺鄙なところってのは理解しました」
私の回答に、はぁ・・・・・・。とレグルスさんはため息をこぼす。
まあでも、そんなところだったら人と関わりたくなかったロヴィアさんが住むのも頷ける話だ。
「姉上の子供と弟子だから異常なのは分かっていたが、ここまでとは・・・・・・」
ん?
「大森林に住んでいるのであれば、私でも会いにはいけそうに無い・・・・・・か。連絡も姉上からのほぼ一方通行だから、こちらからは場所が特定できないか」
んん?
「ちょっと待ってください。レグルスさんってロヴィアさんの弟なんですか?」
「ん? ああ。私は姉上と二つ違いの姉弟だ。姉上が十七のときに家を出てからずっとそれっきりでな。先日姉上の使い魔から連絡があった。近いうちに君たちが王都の学園に行くことになるから面倒を見てやってくれとね」
「王都のことはぜんぜん分からないので助かります。ぜひ、よろしくお願いします」
いやぁ、驚いたなぁ。ロヴィアさんってまだ二十五歳だから、この人は二十三歳でしょ? そんなに若いのに副騎士団長で、おまけに魔術にも精通しているなんて。
ロヴィアさんの弟だけあってすごく優秀だ。
「でもまあ、面倒を見てやってくれなんて言われても、学園は全寮制だからあと私に出来ることは君たちの入学をこの目で見届けるところまでだから、たいしたことはやってないよ」
謙遜するレグルスさん。
「まあ、そういうわけだから私としても気楽に接してくれると助かるよ。あと、姉上と私の関係はイクサにも話してかまわないよ。姉上からは伝えるのを止められているけど、その子も自分の親のことは少しくらい知っていたほうがいいだろう?」
「・・・・・・それは、レグルスさんがイクサに直接言ってあげてください。イクサは極度の人見知りだから、母親以外にも自分と血のつながった人がいるということで少しは改善されるかもしれません。どうせならレグルスさんはそのきっかけになってあげてください」
「ふむ、知らない人間がいきなり『私は君の身内だよ』などと言うのは怪しいと思ったのだが、そちらのほうがいいのか」
「私が先に聞いているから大丈夫です。それに、ロヴィアさんが手紙を渡す人ですから、ある程度信用していますよ」
私がそう言うと、レグルスさんはちょっと驚いたような顔をして。
「ヤシロは賢い子だな。姉上の手紙では『森で拾った子供を弟子にした』としか書かれていなかったが、ほかにも何かありそうだ」
「ロヴィアさんの手紙に書いてあったことは真実ですよ」
森で拾われたのは事実だしね。嘘は言っていない。
「秘密の一つや二つ、あるだろう」
「メイドですから」
「それは、君がメイドである前に姉上の弟子だろう?」
「どちらかというと、拾われたときからメイドですよ」
今となってはメイド服は私のアイデンティティだ。生前出来なかった掃除でも料理でも何でもござれ、私に出来ないことはない。
鍛冶でも錬金でも何でも出来る。
私の中のメイドのイメージとぴったりだ。
「そうか、それではこれ以上聞くのはやめにしよう。長旅で疲れているだろう? 明日学園の入学式だからゆっくりするといい」
「本当、当初の予定通りに王都についてよかったですよ」
「今日は私の家で過ごすといい。見知らぬ宿よりは気楽だろう?」
「助かりますよ。あいにく現金はほとんど持っていないので、今のままでは宿に止まれなくて・・・・・・」
「お金くらい私が準備しよう。学園に行くとなれば小遣いも必要だろう」
「それでしたら魔物の素材とかを換金できる場所教えていただけませんか?」
私がそう言うとレグルスさんは何か考え込むような顔をして。
「それは大森林の魔物か?」
「はい、そうですよ」
「だったら国で買い取ろう。強力な魔物の素材はいつも不足していてな」
「・・・・・・冒険者ギルドとかってこの国はありますか?」
「・・・・・・相場と同じ価格で買い取ろう」
「よろしくお願いしますね」
わりと適当に言ったけれど、この国には冒険者ギルドがあるみたい。システムが私の知っているものとおんなじかどうか不安だけれど、いつか冒険者になってみるのも悪くないかもしれない。
そのあとはイクサが目覚めて泣き出して、落ち着いた後びくびくしながらレグルスさんと自己紹介をしたり、ロヴィアさんの弟だということに驚いたり、レグルスさんに素材を買い取ってもらったりした。
余談だけど、レグルスさんの実家は国会議事堂みたいな屋敷だった。