EP 5
ポポロ村の怪奇野菜と、コンビニ調味料の胃袋侵略
ポポロ・コーポでの生活が始まって数日。
俺、力武義正と見習い女神のリリスは、ポポロ村の市場と農業区画の視察へと赴いていた。
目的はただ一つ。リリスがルチアナから押し付けられた神話級不良債権の第一回目、月末の引き落とし額である「68,000円」を確実に稼ぎ出すための市場調査である。
「ふぇぇ……義正さん、もう歩き疲れたから帰りましょうよぉ。私、早くキャンピングカーのクーラーに当たって、ゴッドチューブが見たいですぅ」
「甘ったれるな。てめぇの借金を返すためのリサーチだろうが。それに、ビジネスの基本は現場百回だ。競合である『タローソン』がどんな現地食材を仕入れているのか、この目で確かめねぇと戦略が立てられねぇ」
文句を垂れるピンクジャージの駄女神を引きずりながら、俺は村の農地へと足を踏み入れた。
広大な畑では、現地の農民たちがせっせと農作業に勤しんでいる。異世界の農業事情がどのようなものか、商社マンとしての知的好奇心が僅かに刺激された。
――だが、その淡い期待は、開始三分で木端微塵に粉砕されることになった。
「そぉい!」
農家のオヤジが掛け声と共に、土の中から見事なオレンジ色の人参を引っこ抜いた。
しかし、その人参にはなぜか立派な二本足が生えており、地面に下ろされた瞬間、シャカシャカシャカッ! と信じられない俊足で走り出したのだ。
「あっ、こら待て! 今日の夕飯のおかず!」
「ギシャアアアア!」
「……おい、なんだあれは」
「あー、あれは『人参マンドラ』ですねぇ。引っこ抜くと時速60キロで走って逃げるんですぅ」
俺の問いに、リリスが鼻をほじりながら答える。見れば、畑のあちこちで農民と人参による命懸けの鬼ごっこが繰り広げられていた。
百歩譲って、ファンタジー世界特有の動く植物だとしよう。だが、狂気はそれだけでは終わらなかった。
少し歩いた先にある玉ねぎ畑。そこでは、丸々と太った玉ねぎたちが土から半分顔を出しているのだが、なぜかその全てが、小さな雑誌のようなものを器用に葉っぱでめくって熟読していた。
しかも、どいつもこいつも薄ら笑いを浮かべ、どこか卑猥なオーラを放っている。
「……あれは?」
「『たまんネギ』ですぅ。土の中で熟成する間、ずっとエロ本を読んでるんですよぉ。熟読すればするほど、甘みが増すらしいですぅ」
「食欲が失せる設定だな」
さらに別の区画では、主婦らしき女性がまな板の上に巨大なキャベツを乗せ、包丁を振り下ろそうとしていた。
すると、キャベツの表面に人面のような皺が浮かび上がり、ベラベラと喋り始めたのだ。
『ま、待ってくれ! 切らないでくれ! 助けてくれたら、隣の鍛冶屋の親父が裏の家の奥さんと不倫してる三面記事ネタを教えるから!』
「うるさいわね! あんた先週も同じ三面記事ネタで命乞いしたじゃないの! えいっ!」
『ギャアアア! それは隣の畑のタカシだぁぁ!』
ザクッ、と真っ二つにされる『ネタキャベツ』。
俺は深く、重いため息を吐き出し、眉間を強く揉んだ。
「なるほど。タローソンで売られているパサパサのサンドイッチや粗悪な弁当は、こういうイカれた怪奇野菜で作られてるってわけか」
「そうなんですよぉ。だから美味しくないし、食べると三日はお腹を下すんですぅ」
完全に理解した。
100年前の知識で作られた現地の『タローソン』は、緩衝地帯という立地ゆえに輸送費が法外に乗せられているだけでなく、そもそも原材料となる現地食材の品質が、致命的なまでに狂っているのだ。
こんな市場なら、わざわざ高度なマーケティング戦略など練る必要もない。
「リリス。広場に戻るぞ。月末の引き落とし分なんて、今日一日で稼ぎ切ってやる」
俺たちは村の中心にある広場に戻ると、ユニークスキル『コンビニ』を起動した。
空間が歪み、土の地面の上に、見慣れた現代日本の商品陳列棚の一部がポンッと召喚される。
「さぁて、異世界の胃袋を、現代文明の暴力で侵略してやろうじゃねぇか」
俺が棚から取り出したのは、完璧な密閉容器に入った『本物のマヨネーズ(特大サイズ)』と、山積みの『シーフード味のカップ麺』だ。
ちょうど広場には、昼時を迎えて腹を空かせた村人たちや、自警団の連中が集まってきていた。
「おい、そこのお前ら。タローソンの不味い飯に飽き飽きしてるんじゃないか? ちょっとこれを試食してみろ」
俺は、先ほど農家のおっさんがようやく捕獲して持ってきた『人参マンドラ』(まだピクピクと動いている)を買い取ると、柳生無双流の鮮やかな手刀で一瞬にして細切りにした。
その上に、黄金色に輝く本物のマヨネーズをたっぷりと絞り出す。酸味と卵の豊かな香りが、広場にフワリと漂った。
「な、なんだいそのドロドロした黄色い液体は……」
「毒じゃないのか?」
警戒する村人たちの中で、真っ先に飛びついてきたのは、やはり食い意地の張ったリーザだった。
「ふおおお! 義正様の新しいご飯ですわね! いただきますわああ!」
リーザがマヨネーズまみれの人参マンドラを口に放り込む。その瞬間、彼女の瞳孔がカッと見開かれた。
「んんんんっ!? な、なんですかこの濃厚でコクのあるソースは! 卵の甘みとお酢の酸味が絶妙に絡み合って、ただのイカれた人参が、高級フレンチのサラダに化けましたわあああ!」
その尋常ではないリアクションに、村人たちも恐る恐るマヨネーズのかかった野菜を口にし始めた。
「……っ!? う、うめぇええ!」
「なんだこれ! エロ本読んでるたまんネギのクセが完全に消えて、無限に食えるぞ!」
「このマヨネーズってやつ、全部くれ! 金貨を出す!」
「待て待て、焦るな。こっちの『カップ麺』もおすすめだ。お湯を注いで三分待つだけで、極上の海鮮スープが味わえるぞ」
俺が次々とカップ麺にお湯を注いでいくと、ジャンクで暴力的なまでの旨味の香りが広場全体を包み込んだ。
「ズルズルッ……ハフッ! スープが! 麺が! 旨味の塊だぁぁ!」
「こんな美味いものが、たった銀貨数枚で買えるだと!?」
結果は、言うまでもなく大盛況だった。
原価ゼロのコンビニ調味料とインスタント食品は、現地の粗悪な食文化をたった数時間で完全に蹂躙した。
用意した商品は飛ぶように売れ、俺の手元にはズッシリと重い金貨と銀貨の袋が積み上がっていく。
「ふぇぇ……すごい、すごいですぅ義正さん! あっという間にお金が山積みに!」
リリスが目を輝かせて硬貨の山に抱きついている。
「商売ってのは、圧倒的な品質差がある場所に、適切な価格で商品を流し込むだけで成立するんだ。物流コストも原価もゼロなら、売上はすべて粗利になる。まさに錬金術だ」
俺は集まった売上金をサッと計算した。
月末の引き落とし額である68,000円(銀貨68枚分)など、すでに余裕でクリアしている。それどころか、今後の仕入れやインフラ拡張に向けた十分な内部留保すら確保できた。
やはり、このユニークスキル『コンビニ』と、俺の商社マンとしての知見の相性は最強だ。
夕暮れ時。
熱狂が去り、満足げに帰っていく村人たちの背中を見送りながら、俺は皺だらけのスーツのポケットから愛用の『セブンスター』を一本取り出した。
シュボッ。
ブックマッチで火を点け、深く紫煙を吸い込む。
怪奇野菜が走り回る狂気の村だが、市場としてのポテンシャルは極めて高い。
異世界の胃袋を掴んだ今、俺たちを邪魔できる奴はもう誰もいない。
「……悪くないビジネスだ」
吐き出した煙が、ポポロ村の夕焼け空へとゆっくり溶けていく。
元・五大商社エースによる容赦のない異世界黒字化計画は、着実にその盤石な基盤を築きつつあった。
読んでいただきありがとうございます。
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