4.聖女制度監査局の監査補佐官(1)
「おはようございます、カルミナお嬢様」
「!!」
和やかな使用人の声に、カルミナはベッドから飛び起きた。
窓から差し込む朝日を部屋に取り入れている使用人を押し除けて、カルミナは窓から空を見上げる。
そこには焦げ広がる空も、魔物が這い出る暗闇も存在してはいなかった。
雪景色の広がる、冬の青空だ。
「…………今日は何月何日だったかしら」
「はい! 本日はカルミナお嬢様の17歳のお誕生日……1月3日でございます!」
「……」
そうか、私はユアンのあの一太刀で死んで……また17歳の誕生日に戻ってきたのか。
それにしても……。
カルミナは使用人の顔をじっと見る。
見慣れたヴァーミリオン家の使用人は、今までカルミナに見せたことがないような笑顔を浮かべ、首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「……今日は随分機嫌が良さそうね」
「えっ、そうでしょうか……? えへへ、大好きなカルミナお嬢様がお生まれになったとてもおめでたい日だから、喜びが溢れてしまっているのかもしれません!」
「はあ……? あなた、そんなこと言うキャラじゃないでしょう」
……前回の生ではフィンフィールと彼女を取り巻く5人の男たちの好感度が高かったけど、今回の生では使用人の好感度まで高いらしい。
気味が悪いし、これはまたそこらじゅうに死亡フラグが転がっているということなのでは……?
カルミナは笑顔の使用人に着替えを手伝われながら、改めて自分の気持ちを引き締めなおした。
◇
カルミナの17歳の誕生日。
冬のホリデーが終わり、新学期が始まる日だ。
「(フィンフィール…………)」
そしてそれは、カルミナが廊下の角で編入生であるフィンフィールとぶつかって《《初めて》》出会う日でもある。
カルミナはヴァーミリオン家の執事に見送られ、馬車から降りて校舎に歩いていく。
今までずっと自分の死亡フラグと密接に関わっていた彼女との出会いを、こんなにも緊張して……ドキドキしながら迎えることはなかった。
「(たとえあなたが私のことを覚えていなくても、私はあなたの言葉を覚えてる)」
紅の髪を靡かせ、ホリデー明けで賑わう生徒たちの間を抜けて、何度もフィンフィールとぶつかってきた廊下の角へ。
「…………えっ?」
カルミナは思わず立ち止まる。
今まで何度も何度もフィンフィールと出会ってきたその廊下に、彼女の姿はなかったのだ。
「……………………」
振り返ってみても、辺りを見回してみても、少し待ってみても……その場にフィンフィールは現れなかった。
「(……この場にフィンフィールが現れないことは本当に初めてだ)」
カルミナはその場に立ち尽くして僅かに俯く。
……私は何を期待してたんだろう。
出会えたところで、彼女に前世の記憶があるわけはないのに。
「(今までと違う運命を辿っているのに、何かが焦げついたような臭いはしない……一体どういうこと……?)」
結局、フィンフィールは前回の生のようにカルミナのクラスに編入してくることもなかった。
その日の夜。
カルミナの17歳の誕生日を祝うパーティーでも小さな違和感や異変は続いていた。
「カルミナ、誕生日おめでとう」
「…………エヴァン。今年も来てくれたのね」
幼馴染みのエヴァンは綺麗な顔に優しい笑みを浮かべる。
「当然だろう。他でもない、大切な君の誕生日なんだから」
「……!」
カルミナはわずかに目を見開いた。
幼少期以降、家の名誉のために私の誕生日パーティーに参加していたはずのエヴァンが、"ヴァーミリオン侯爵家"ではなく"私"をみている…………?
エヴァンはにこやかに言葉を続けた。
「本当は妹たちも今日のパーティーで君の誕生日を祝いたかったようなんだ。今日は泣く泣く留守番をしているから、今度会いに来てやってくれないか? 一流のお茶とお菓子で君をもてなすよ」
「……どうしてこの私がわざわざそんなことを」
「俺の家族はみんな君のことが大好きなんだ、カルミナ」
………………怖い、怖すぎる。
前回の生でもエヴァンのカルミナへの好感度はこれまでよりも高かったように感じたが、今回はさらにその上をいくだけでなく、グランツ男爵家の面々までもがカルミナを好意的に思っているらしい。
まるでカルミナとエヴァンの間に家柄による確執なんてなかったかのような接し方だ。
今のエヴァンにはどんなひどい暴言を吐いてもにこやかに許してくれそうな雰囲気すらある。
エヴァンはそんな穏やかなキャラでもないでしょうに。
「か、考えておくわ……」
カルミナは引き攣った笑顔でそう答えるのが精一杯だった。




