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第67話 蛇には蛇を、毒男には恨みを!

 アザハル(ヤツ)が俺の側面に回った……剣は片手、空いた手で腰付近を押さえている──ザラクはその常人の域を超えた聴力を研ぎ澄ませ、相手の動きを視界で捉えたように把握していた。


 (ったく、臭っせえ毒を塗りたぐりやがってよお……つうかあの毒、刃から滲みだしてんのか?)


 ここから間合いを詰め、宣言通りにアザハルの三つ編みを斬り落とすためには、一にも二にも毒を何とかしなければならない。


 「やはり、貴様は口だけのようだな。このままいくら避けようとも、足が止まるのも時間の問題であろう。私の毒は気化してもなお、よ~く効くのだ」


 「き、気化だと……」


 アザハルの言うとおり、この場の空気が臭くなったのは、毒のついた剣を振りだしてからだ。ザラクはずっと目を閉じて攻撃を躱し続けていたが、薄目にちらりと周囲の状況を窺う。


 「ハッ……これはマズいな……」


 空気が淀み、黒煙に赤や紫が混じる異様さが漂っている。この部屋全体を毒々しい靄が支配していたのだ。ザラクは瞼を下ろし、握った剣の感触を確かめる。毒と訊いて意識しすぎたのか、指先の感覚がどことなくチリチリとしていた。


 (どうする……)


 彼の頭の中を木霊する焦燥の鐘。瞳自体は閉じてさえいれば、直接毒に晒されることはない……だが、鼻と口は別だ。覆っているのは、布切れ一枚のみで完全なる無防備だ。呼吸をしないわけにもいかないし、はたまた肌からも吸収されて蝕まれるとか──こうして考える間も、敵の攻撃が止むことはない。アザハルの連続して振るわれる刃を、彼は距離を離しながら躱し続ける。


 一太刀ごとに舞い散る毒液は、鼻孔を突き刺すほどの臭いまでをも解き放ち、心の底からいい迷惑だ。指先にあった微かな痺れも、着実に体の芯へと届こうとしている。ザラクは痺れの浸食に焦りながらも、決して考える事を止めなかった。思考を止めるは愚か者の選択、敗者の行く末だと肝に銘じてから。


 『あの男の隠された二つ名は毒眼竜──剣に自ら生み出した毒を塗って戦う。だからこそ、あの匂いでハッキリしたんだ……』


 その中で、彼はクラウスから訊いた言葉を思い出していた。あの話が本当なら、毒は刀剣自体が生み出しているわけではない。ザラクは途切れることのない毒の斬撃をずっと不思議に思っていた。刀身そのものが毒の魔石から作られているのではないかとか、あるいは、アザハル自体が毒属性で、魔法によって常に刃に纏わせているのではないかと──けれど、それは違うようだ。


 (塗ってるって言ってたし、やっぱだよな? それに魔物ならともかく、人の身で毒属性とか生きていられるわけがねえ……いや、待てよ……耐性があればいけるのか……って、そうじゃねえ! んなことより、どっから出してんだあの毒)


 ザラクは鈍った両足で懸命に床を蹴りだし、アザハルの執拗な追撃を凌ぐ。そして、刃を振り切った後の動きに耳を澄ませる。


 (──?! わかった! わかったぞ! なるほど……どおりで気づけねえわけだ)


 敵が片手を腰から離そうとしないのは、佩いた鞘に毒を仕込ませているからだ。そのうえ、毒を振り払った剣を鞘に戻すでもなく、そのまま左手で鞘を突き出すように振って毒液を刃に飛ばしている。


 さすがのザラクも、毒がしきりに飛び交っている状況では、鞘からの毒の動きまでには気づけなかった──だが、こうして集中して訊いていればわかる。刃から振り落とされる毒と、下から噴き上げれる毒の違いを。


 「そうか……だったら一か八か、やってみるしかねえな」


 ザラクは両手に持った短剣のうち一本を、相手に向かって投げつけた。アザハルは唇の端をニタリと吊り上げ「そんなものが当たるか」と体を反らしたが、続けざまにもう一本の短剣をザラクが放った。


 ジャギッ──次の瞬間、金属が削り合う音が響いた。アザハルは笑みを浮かべて大声で嘲笑う。


 「フハハハハハ! 見す見す命を投げ出すとは、実に愉快。ならば望みどおり死ね!」


 剣を自らの胸の前で水平に倒し、勢いよく左手で掴んだ鞘を振るう。内に仕込まれた猛毒を飛ばし、刃は死の色へと染め上げられるはずだった──がしかし、止めとばかりに振るったにもかかわらず、アザハルの剣が毒を一滴たりとて纏うことはなかった。


 「むっ、ど、どういう……っく!? これは何だ!」


 アザハルは腰元に視線を落としつつ吠えた。鞘の鯉口にザラクの短剣がすっぽり綺麗に収まっている。男は慌てて必死に抜こうとしたが、固く噛み合っていて全く抜けなかった。ザラクはその動揺した様子で、口元をニヤリと緩ませた。


 「さあて、一本は回収っと。おい手前(てめえ)、その鞘に刺さった剣も俺のだからさっさと返せよ。抜けるんだったらな」


 彼の挑発にアザハルの眉間が険しくうねる。そのまま腰の鞘を床にバシンと叩きつけ、「貴様あー!」と、狂気じみた声を上げてザラクに斬りかかった──だがそこへ、


 「ぎしゃしゃあー!」


 バジコが彼らの間に割って入り、続けて巨体のバジリスクが宙から舞い降り地響きを立てた。


 「ギュラララー!」


 狂気の鳴動。ごつごつしいまでの岩石頭が、バジコに牙を剥き出し喰らいつく。ザラクとアザハルは揃って後ろへと跳び、互いの蛇に目を細めた。


 「ふんっ、所詮は失敗作と雑魚が一人。私のバジリスクに敵うものはない」


 「へっ、あんまコイツを舐めてっと、痛い目見るのはお前のほうだぞ」


 両者の対決は自らの剣戟から、蛇の牙へと交代(バトンタッチ)。されど、アザハルは手に持った剣を下ろすことはなく、その視線はバジリスクの体表を覆う紫煙めいた毒へと向けられていた。


 「私の毒剣を封じるは絶無。鞘などなくとも、無尽蔵の毒が我が前にはあるのだ」


 「ま、まさかっ?!」


 眼前で繰り広げられる蛇対蛇の激しい攻防。地下と呼ぶには広すぎる空間のお陰で、どうにか巻き添えを食わずには済んでいる。けどその一方で、アザハル(ヤツ)がバジリスクの体から毒を掬い取るだけの余白が生まれてしまっているのも、また事実だ。


 バジリスクの毒は、それこそまさに『死の毒』だ。こんな臭えだけの自家製毒とはわけが違う──ザラクは荒れ狂った蛇たちの間隙を縫って、アザハルの元へと俊足を飛ばした。


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