八拾四 底無沼のおろち
「ところで、秋祭りのことだが……」
寅さんが、ヤンマーに相談を持ち掛けようとしたら、
「我が社は、仁愛の精神で日本の国にも貢献してます」
キンケツがまた同じようなことを繰り返す。
「仁愛は、民を慈しむことにも通じます。だからうちの会社は、昔から慈民党とも関係が良好なんれすよ。将来私の義父となる慈民党の中野十一は――」
「中野十一って、あの中野十一なのか?」
「そうですよ。あの中野十一れす。僕の将来のお義父さんれーす」
こいつめ、本当に引っぱたいてやろうか……。
「中野十一っていえば、この辺で見かけたよな」
寅さんが言う。
「うん、見た、見た。秘書とボディガードらしきらしき人間と一緒に、この辺を歩いていた」
とヤンマー。
「それは間違いないのか?」
おれは、つい勢い込んで聞いた。
「ああ、間違いないとも」
ヤンマーは、おれの様子に少したじろぎながら答えた。
「黒塗りの高級車に運転手を待たせていたし、あのド迫力だ。見間違ったりするもんか」
寅さんも言った。
「たしかにあれは、中野十一だった。しかし、こんな所に何の用があったんだろうな」
「恐らく、土地の買い占めでもやろうってんじゃないれすか」
キンケツがいい加減なことを言う。
「こんな何もない田舎の土地をか?」
「だからこそれすよ。工場をドカンと誘致する。そのために、道路をドカンと一本通す。そうすると、周りに商店ができる。今なら、地価だって二束三文だ。こりゃあ、ドカンと儲かりますよ。
この寂れた寒村が、計画的に整備された賑やかな街に生まれ変わるんだ。皆さんも土地が売れて、にわか成金だ。もう、こせこせ野菜なんか作らなくて済む」
さっきの輸出での儲け話とは正反対みたいなことを、しゃあしゃあと言ってのける。
「この野郎……」
寅さんは拳を握り締めて、歯をぎりぎりと噛んでいる。
「欽之助の友達じゃあなかったら、本当に殴っているところだ」
握ればゲンコ、開けばビンタ。寅さん、遠慮しなくていいから……。
すると、俳句同好会の輪から、またどっと哄笑が起きる。
「何て句だ」
と つる坊が叫ぶ。
キョンシーは、両手を前にだらんとさせて、ぴょんぴょん跳ねる。
時折、羽織の紐をぐるぐる回す。唾を飛ばしながら、夢中で喋る。
美登里さんは余り呑まないが、清さんと米さんは、二人で酒盛り状態である。
「ああ、清さんったら、あんなに呑んで……」
思わず独り言ちたら、ヤンマーが言った。
「欽之助、知らなかったのか? 清さん、よくうちの婆ちゃんと一緒に呑んでるんだぜ」
「ええっ? 米さんと?」
そうだったのか。時々、夜居なくなると思ったら……。
「ああ、そうさ。清さんって、御飯とか、つまみは全然食べないけどな。酒飲みの典型だ。幾らでも呑める。ウワバミと言ってもいいぐらいだ」
ウワバミって……? 安珍清姫でもあるまいに。
すると、その清さんが、急に居住まいを正して言った。
「それでは皆様、宴もたけなわではございますが、私はこの辺でお暇させていただきます」