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弐百五拾弐 ターミネーターの正体

 ある夜遅く、パチンコで大負けした挙句に、ぐでんぐでんに酔っぱらって帰宅した。帰るや否や、大型テレビの前に敷かれていた虎の皮の敷物を、こいつめ、こいつめと言いながら、何度も踏みつける。


 それからカウチソファにひっくり返ると、妻に向かって叫んだ。

「おーい、ラーメンだ。ラーメン作ってくれ」


 早苗さんは眉をひそめながらやってくると、ソファの間の小さなテーブルに水の入ったコップをカタンと置いた。

「あんた、いい加減にしなさいよ。これでも飲んで、今夜は大人しく寝なさい」


「いや、俺はラーメンが食べたいんだ。酒を呑んだ後のラーメン、こいつがうまいんだよ。いや、そんな手の込んだものはいらねえ。インスタントラーメンがあるだろ。それでいいや。ちょちょっと作ってくれ」


 ところが、そう言ったまま、グーグー寝込んでしまった。



 誰かが自分を呼ぶ声で目を覚ますと、早苗さんがそばで正座をしていた。凄い形相で睨んでいる。


 小さなテーブルの上には、すっかり冷めてしまったラーメン。ただのインスタントではない。もやしやチャーシューやネギやゴマや紅ショウガなどが載っかっている。


「あなた私に作れと言って作らせておいて、いざ作ったらそれを食べないと言うんですか?」


「ん……?」

 あなたなんて呼ばれるのは何年ぶりだろう。これは何かあるな。


 そう思って、寝ぼけ(まなこ)をこじ開けるようにして見ていたら、相手はすくっと立ち上がった。そのまま黙って居間を出ていく。早苗さんはそれっきり帰らなかったという。




「うーん」

 とおれは考え込んだ。


「なっ、夢と同じだろう?」


「うーん」


「何だよ、さっきから唸ってばかりじゃないか。お前に話して損したよ」


「奥さん、帰ってきますよ」

 とおれは言った。


「何だって? 何を藪から棒に」


「竜之さんが夢で見たという若い女ですが――」


「おお」


「あれは夢ではなくて、本当は妖怪の仕業(しわざ)だったかも」


「妖怪? 馬鹿野郎、そんなものがいるわけないじゃないか。まさかお前、まだ酔ってるんじゃないだろうな」


「すると竜之さんは、おれがみんなの前で話したわらわんわらわの一件は信じていないんですか?」


「いや、それは信じている。この地域の百年来の厄介ごとをお前が見事に解決したんだからな」


「解決したのはおれではありませんよ。一人で勝手に解決すべくして解決したんです。おれはたまたまそこに居合わせただけに過ぎません」

 謙遜ではなく、おれは本気でそう言った。


「まあいいだろう。それで欽之助、いったい何が言いたいんだ。俺が夢で見た若い女が、妖怪だって?」


 おれは大きく頷くと、

「いいですか、竜之さん」

 と(かさ)にかかって言った。


「そもそも妖怪というのは、人間が居ない所には現れません。なぜなら人間が好きだから」

 湯浴み乙女(バスガール)の言葉をおれは繰り返していた


「そ、そんなものなのか?」


「そんなものなのです。だから、奴らは人間の真似をしたり、化けたりしたがります。でも、そこはしょせんあやかし。完全に化けたつもりでも、尻尾が出てたりするわけです」


「お? おう……」


「竜之さんが夢で見たと思っている若い女は、奥さんに化けたつもりだったのかもしれません」


「な、何だって? あんな化けものが早苗なもんか」


「こっちは化けたつもりなんですよ。短距離走の選手みたいに追いかけてきたんでしょう?」


「お? おう……」


「それから青洟が二本伸びてきて、竜之さんを捕まえようとした……。あっ、ひょっとして竜之さん、いつの間にか奥さんから心が離れていたんじゃないですか?」


「何?」

 向こうはぎょろりと目を剝くと、リーゼントの頭に鉢巻きをぎりりと絞め直した。

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