拾九 爺ちゃんからの手紙
それにしても何故わざわざ顎鬚の中なんかに――。
恐る恐る手に取ってみると、差出人が落目雲吉とある。爺ちゃんからだった。
驚いて開いてみると、こんな書き出しで始まっていた。
「欽之助、達者で暮らしておるか? わしも元気でやっておるので、安心してくれ」
いや、死んだ人間から、元気でやっておると言われてもなあ……。
続いてこうある。
「お前が、わしの大切にしていた宝を今でも持っていてくれて、感謝している。
実は、わしもあれから生まれ変わるつもりで、しばらく幽明の境を彷徨っておったんじゃ。
しかし、例の老子の軸があるじゃろう。
三つのお宝のうちで、わしはあれを一番気に入っておったんじゃが、恐らくその執着心が故のことじゃろう。とうとう極楽にいけないまま、画の中に閉じ込められてしまった。
ところが来てみると、これがなかなかいい所。これなら、わざわざ生まれ変わってまで濁世にまみれることもあるまいと思ってな、それ以来ずっとここにおる。
というわけで、わしは今、毎日牛の背に揺られながら、無為自然の境地で大いに楽しんでおるんじゃよ」
おいおい、それで終わりなのか? おれの苦境を見かねて助け船を出そうとしてくれたんじゃなかったのか?
おれが呆れてものも言えずにいると、コイブミがまた口を開いた。
「うーん、こりゃあモンジ老さんですなあ。モンジ老さんにやられちまいましたね。ほら、モンジ老さん」
改めて爺ちゃんの文を見返してみると、最後の「楽しんでおるんじゃよ」のあとに、「ところで」と書かれていたのが、かろうじて読み取れる。
おのれモンジ老め、ただではおかぬ。それにバスガールもだ。おれの了解もなく、なぜこんなことまでさせるんだ。
するとコイブミがくすっと笑った。
「物の怪がする悪さなんて、人間がすることに比べたら可愛いもんです。実に他愛もない。その癖、人間は物の怪を怖がる。でも本当に怖いのは人間です。いや怖いですねえ、人間は。
それに人間は醜い。実に醜い。その醜い人間が、芸術だの文学だの、何か奇麗なものを生み出そうと悪あがきするんですから、不思議と言えば不思議ですなあ。あなたどう思います? どう思いますか?」
おれは、それには取り合わないで言った。
「あなたは霊界通信使とおっしゃいました。ということは、死んだ人間からの文を言付かるだけなんですか? 物の怪からのメッセージはいただけないものでしょうか」
「万物にはみな霊が宿っています」
コイブミは急に厳粛な面持ちをして答えた。
これまでとはがらりと調子が変わっている。
「木にも草にも、ただの石ころにも霊が宿っております。そうそう、人形にもね。人間にしか霊が宿っていないなんて、人間の思い上がりです。だから、私を媒介して物の怪と交信することは可能ですよ」
「だったら、一つ頼みがあります。モンジ老さんのおかげで、僕が乱れ髪と名付けた化け物が出なくなりました。それはそれで良かったのですが、どうも気になるんです。彼女は何か僕に伝えたいことがあったんじゃないかと。それが何なのか知らせてくれるよう、乱れ髪に伝えてはいただけないでしょうか」