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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第8話 オペレーション・シューティングスター
82/358

小手調べ

 ――――金星周回軌道上 高度100キロ

      金星標準時間 3月29日 1500





 金星大気圏のギリギリ辺り。Bチームのシェルはグリフォンエンジンを使って飛んでいた。見事な逆V字編隊を組んで遮光幕の上を舐めるように観察する各機は、どこかにシリウス側の開けた通路用の穴があるはずと言う偵察命令を受けていて、その穴をひたすら探しているのだった。


「……しかし、威力偵察に使われるとは思ってもみなかったな」


 いきなり無線の中にライアンのボヤキが流れた。

 呆れるような声で呟いたそれに、皆が思わず失笑する。


「先に慣れておけって事だろ。地球に近いが金星は金星だ」


 ビルの言葉に再び漏れる失笑。つまり、『ここでもこき使うぞ』と言うエディの意思表示だとバードも思うのだった。


「だけど、ここだと墜落して遮光幕に引っかかったらいろいろ面倒なんでしょ?」


 そんなバードの言葉にドリーが解説を始める。


「遮光幕は厚さがコンマ3ミリしか無い。とにかく丈夫な繊維だが、穴が空けば一気にその穴が広がるだろうから、とにかく傷つけない事が大事だ。穴が空いたらそこから広がって、後で面倒なことになる。恐らくだが、幕を張り替えてこいって参謀本部経由で国連の所轄本部からお小言が来るだろうな」


 ドリーの言葉が終わる前に、あちこちから『ウヘェ……』と鈍い声が漏れる。鉄火場仕事専門のBチームにお針子さんをやらせようというのか?と恨み節の一つも漏れるというモノだが……


「ん? アレなんだ?」


 ジャクソンの上ずった声が無線に流れ、その視界を全員が共有した瞬間だった。

 金星の空にごま粒のような点がいくつか見え、それがグングンと大きくなり始めるのだった。


「チェシャーキャット! シリウスの戦闘機だ!」


 ドリーの声が響くと同時にミサイルが発射されたのが見えた。


「全機散開! 自分の身は自分で守れ! 奴らを逃がすな!」


 テッド隊長の言葉が響き、全機が散開してシリウスの戦闘機を包囲するように展開し始めた。向こうも早いがBチームのシェルは輪を掛けて早い。あっという間にミサイルを交わしてすれ違い、バードは振り返り様に30ミリチェーンガンをお見舞いした。シリウス側の最後尾にいた一機が黒い煙を噴き出し、やがて爆散した。だが……


「あ! やっちゃった!」


 破片か何かが金星の重力に引っ張られ、遮光幕を貫通して落下していった。最初は小さな穴だったが、強いテンションで張られた幕故か、小さな穴がみるみるうちに引き裂かれていき、縦横10キロ四方になる正方形に近い一つの区画がバリッと裂けた形になった。


「バーディー! 花嫁修行にゃお針子さんがピッタリだぜ!」


 ヒャッハッハと声を上げてジャクソンが笑った。そして、同時にアチコチから機関砲の弾丸が飛び交い始めた。Bチームのシェル12機に対し、シリウスの戦闘機は30機以上が存在し、その多くが編隊を組んだ状態での連動波状攻撃を行ってきた。


「さて、とりあえず全部叩き落とせ。話はそれからだ」


 テッド隊長のGOサインが出たのでBチーム各機は一斉に反撃を開始する。チェシャーキャットの最大速度は大気圏外でも秒速12キロ程度。Bチームが装備している高機動型のシェルはその3倍の速度だ。

 およそ空中戦というモノは、彼我速度差が1.5倍を超えると一方的な戦闘になりがちだ。まだレシプロ戦闘機が地球の大空を優雅に飛び回りながら空中戦をやった時代とて、速度差が50キロあると話にならなかったと言うくらいだ。


「ジャクソン! そっちへ行ったぞ」

「オーケー!」


 ダニーに追い込まれた数機の編隊がジャクソンの射程圏内へと迷い込んだ。その哀れな子羊たち……いや、子猫たちは正確無比なジャクソンの射撃によって、全て一撃で破壊されている。僅か12機しか居なかったはずのBチームシェルだが、僅か15分少々の戦闘で30機ほど飛行していたシリウス側の戦闘機を全滅させていた。最初の1機を含め4機ほど撃墜したバードは、余りに一方的な戦果に驚いていた。


「なんか呆気なく終わっちゃったよ? ほんとにこんなので良いの?」


 訝しがるバードの言葉が無線に流れ、そしてその直後にテッド隊長の声が響いた。


「全員のレベルが一つ上がったって事だ。こっちも戦闘機だったらかなり酷い戦闘になっていただろうな。速度差があった関係で一方的勝利だが、まぁ、こんなもんだろう」


 乾いた笑いが無線の中に流れ、シミュレーター上での訓練が無駄ではない事を皆が実感していた。暇さえあればシェルのトレーニングをしていたのだから、これ位上達しててくれないとやった甲斐が無いというものだ。


「さて、とりあえず穴が空いたんで幕の下へ行ってみるか」

「え? ボス、良いんですか?」

「そんなに長居はしないさ」


 珍しく狼狽するジャクソンに驚きつつも、バードは皆と同じくフレームの隙間を縫って幕の下へと降りた。気が付けばシェルの操縦も随分と上手くなったと、変なところで自画自賛をしてしまう……


「さて、ここを飛ぶ以上は地上のシリウスからばっちり見えている。大歓迎される危険があるから注意しろ。それと……」


 なにかを言い掛けたテッドの言葉に被さるように、ジャクソンの金切り声が響いた。そして、同時にジャクソンが見ている世界がBチーム全員に共有された。目に入る地上全ての所から、一斉にミサイルの精密誘導用レーザーが照射されたのだった。


「地上全域から精密レーザー誘導反応!」


 テッド隊長の指示が出る前に全員が散開した。僚機との間隔は軽く500メートル以上ある。バードの視界に浮かぶモーターカノンのチャンバー部表示が、徹甲弾を示す赤から対空瑠弾を示す緑に変わった。近接作動信管(マジックヒューズ)で炸裂する対空戦闘弾がモーターカノンに装填され、シェルの戦闘支援コンピューターは対空戦闘モードを提案したのだった。


 ――――なるほど そう言う事ね


 バードは射撃管制アプリの設定画面を呼び出して、危険度判定モードではなく距離優先モードに切り替え、一定の距離以下になったら自動迎撃を選択した。そして熱工学迷彩チャフの散布をロックオン撹乱モードからレーザー照準の拡散撹乱を行う照準妨害モードに変更した。

 こっちに出来る機械的な迎撃手段を全部とった後、グッと奥歯を噛んで地上を睨み付けたバード。ここから間違いなく酷いタコ踊りを行う事になると、そう覚悟を決めた。


「言うまでも無いが全員死ぬなよ!」


 何処か嬉しそうなテッド隊長の声が無線に響き、バードは一瞬だけ憮然とした表情を浮かべた。隊長は間違いなく『全部承知』でこれをやったはずだ。つまり、エディをはじめとする上層部のお偉方は、Bチーム全員に地獄を見せるべくこのミッションを命じたと確信した。そして、窮地やピンチや地獄のような状況を踏み越えた時にだけ、レベルが上昇するというのを実践する事になる。遮光幕の外側で戦闘機とやり合うなどと言うのは、要するに出会い頭のご挨拶程度でしかない……


「来やがったぞ! 踊るぜ!」


 一番最初にペイトンのイカレた声が響き、直後にスミスの笑い声が響いた。フハハハハハ!と豪快に笑いながら、次々と打ち上げられてくるミサイルを迎撃し続けている。その向こうを飛ぶリーナーもまた制圧射撃を始めていて、空中では次々と真っ赤な火球が生まれては消えていった。


 ――――来た!


 脳内に警報音が鳴り響く。嫌でも意識をモニターへと引き寄せられたバードだが、視野の狭いモニター表示モードに腹を立て、自分の視界内に機外状況をオーバーレイする全周表示モードに切り替えた。自分ひとりが金星の高々度を飛んでいる錯覚に陥りながらも、オーバーレイさせた視野の中にシェルの計器が浮いている状況を、何故か『面白い』とすら思う余裕があった。

 視界に浮かぶ機動限界線から逸脱しないように進路を確保しつつ、地上から打ち上げられてくる高高度向け地対空ミサイルを次々と迎撃するバードのシェル。それを何処か他人事の様に眺めていたバードだが、ふと辺りを見回すとチームの僚機はそれぞれに射撃位置が有利になるポジションを探して、細かく位置修正を繰り返しながら場所を変えていた。

 一瞬その意味をバードは理解しかねた。しかし、その直後にその意味を嫌というほど理解する。迎撃し爆発したミサイルの火球を隠れ蓑にして大幅に接近していたミサイルが至近距離へ迫っていたのだった。


 ――――うそっ!


 必死になって身体をひねり、バードは射界を広くとった。モーターカノンだけでなく、固定武装のチェーンガンまで使って迎撃を試みる。シェルのメインコンピューターが自立制御している射撃管制に指示を割り込ませ、接近しつつあるミサイルの撃墜を最優先に設定した。


 ――――あとは祈るだけね……


 胸中で不安げに呟きつつ、視野を広く取って次々と爆発する火球の陰に注意を向ける。僚機が微妙に場所を移す理由を嫌というほど理解しつつ、自分自身のシェルも細かく機動制御を始める。

 最接近していたミサイルが迎撃され、その爆発で生み出された火球を回り込み、対地方向への影が一番少ないポジションを取ったバード。努めて冷静になって迎撃し続けた。ふと、自分自身がシェルの一部になった様な気がしてニヤリと笑う。

 だが、モーターカノンの機関部が加熱をはじめ、砲身が真っ赤に焼け始める頃になって、地上からのミサイル攻撃が収まった。射撃カウンターには迎撃ミサイル数が266と表示されていた……


「さて、全員無事だな」


 満足そうな声が無線に流れた。最初の試練を終えましたと言わんばかりのテッド隊長は、大きく円を描いて一番最初に侵入した幕の破れ目を目指していた。


ボス(隊長) やっぱここが」


 なにかを確かめるようにジョンソンが確認する。そんな言葉にバードだけでなく、同行していた全員が何かを理解した。


「ん? 何の話だ? 今日は単に遊覧飛行だ。他意はないさ。他意はな」


 なんとなく余所余所しい言葉が無線に流れ、バードは我慢ならず失笑した。ミサイルの迎撃余波で遮光幕はズタズタだったし、それに、地上側の迎撃拠点は場所が全部把握できたのだ。これにより、艦砲射撃を行って地上を焼き払う必要性はだいぶ薄くなる。地表への総力射撃はドライアイスを大量に昇華させてしまうだろう。つまり、できる限り行いたくない手段だ。

 つまり、テッド隊長は全部承知で艦砲射撃の邪魔をした。それも、おそらく海兵隊が降下するであろう地域に対してだ。地上の防衛側にしてみれば地対空兵器の場所を全部教えたことになるのだから、慌てて場所を移動するしかない。何日も前から金星の周りを戦列艦が周回し続けているので、金星の地上側もどんな戦力が来てるのか判っているはずだ。

 ついでに言えば。全力迎撃してしまったなら弾薬の補給もままならないはずのシリウスサイドにしてみれば、正直、スルーしておけばよかったと後悔するだろう。頼みの綱であった中国などシリウスシンパの地球上国家はもう存在しない。


 ――――隊長もなかなかどうしてタヌキ親父(策士)じゃん……


 高級将校と呼ばれる者たちの深謀遠慮とはこういう事なのかと舌を巻いた。そして、自分もいずれこうならねばならないのだと気が付いて身悶えた。ここまでに成れるとは到底思えないからだ。


「さて、じゃあ次の仕事だ。やることは多いぞ。音を上げるなよ」


 隙間から宇宙へと飛び出たBチームシェルの目の前にはハンフリーがやってきていた。シェルハンガーには入らず露天デッキへと着艦したシェルの周りへ、命綱を付けた補給要員がワラワラと集まってくる。


「さて、ここからが面倒だぞ。モーターカノンを置いていく。主兵装を変更し艦艇向け戦闘仕様だ。金星から脱出しようとしているシリウス艦艇を強襲する。現在宇宙軍の航空隊が攻撃中だ。ここに介入しトドメを刺す……」


 淡々と説明を受けながら、バードは補給要員からカロリー補給用のエナジードリンクを受け取る。遠慮なく太陽風に晒される露天甲板だが、シェルの装甲になった陰でヘルメットを取りドリンクを飲み込んだ。

 アンプルの口を切るとその内容物は大幅な急減圧を受け、リキッドが口内へ吹き出して来る。それを口内へ溜めておいてヘルメットを被りなおし、圧を取ってから飲み込むだけ。真空中で素肌を晒すなどというのは『生物』には出来ない芸当のはず。そんな事を遠慮なく出来るのだから、サイボーグというのは恐ろしいものだと自嘲する。


「全員支度できたか?」


 ドリーの声が無線に響き、リキッドを飲み込みつつバードはOKを反した。続いてバードの中に金星周回軌道上に居るシリウス艦隊の様子が浮かび上がる。ハンフリーから見てちょうど金星の裏側辺りに居るようだった。Bチームのシェルならそれほど時間は掛からない。周回軌道上ですれ違うように向かって行けば、一時間も掛からないはずだ。


「よし、じゃぁ出撃だ。やる事が多いもんでサクサク片付けようぜ!」


 前向きなドリーの声に煽られつつ、バードはシェルを電磁カタパルトの加速点へと載せた。ハンフリーの露天甲板に装備された強力なリニアモーター式の電磁カタパルトにより、バードのシェルは秒速30キロ程度まで一気に加速され宇宙へ放り出される事になる。


「さて、じゃぁ行くぞ」


 テッド隊長の言葉が流れ、各機が一斉にハンフリーを離れて行く。強烈な加速度を感じて飲み込んだはずのカロリーリキッドがこみ上げてくる錯覚にバードは苦しむのだが、なんとなくそんな生理的反応ですらも楽しいと感じる自分がおかしい。


「おぃバーディー なに笑ってんだよ」

「え? いや、いま飲んだリキッド吐きそうな錯覚があったのよ」

「俺たちにそんなのあるわけネーだろ!」


 ライアンと軽口を交わしつつ、朗らかに笑うバード。そんな彼女の言葉に、仲間たちは火星や地球でのトラウマが薄くなっていると感じている。バード自身が努めてそう振る舞っている部分もあるが、やはり仲間たちにしてみればバードは『女の子』なのだ。それも、まだまだ年端の行かない、若い子だ。余りに酷いモノを見れば容易く傷つくし、心を傷めるはずなのだ。


「そのうちそんな機能の付いたサイボーグが出来るだろ」


 ダニーもそんな相槌を打った。


「笑ったり怒ったりするのは出来るけど泣いたりは出来ないもんね」


 バードはつい本音を漏らした。涙を流すというのも感情の重要な吐露のはずだからだ。だが……


「女に泣かれると面倒だから、その機能はいらねぇなぁ」


 ボソッと呟いたライアンの言葉に仲間が一斉に冷やかした。


「あれ? ライアンは泣いてくれる女が居るのか?」

「やれやれ。大きく出やがったな」

「あんまり期待しねー方が良いぜ。後から色々高いもんに付く」

「そうだ。女の涙は半分演技だ」

「泣いてくれる女がいると、男は死ぬ気で戦う羽目になるからな」


 一斉に流れた声を冷静に聞いていたバード。最初にジョンソンが皮肉を言い、その直後にドリーが笑った。そして、ジャクソンが妻帯者らしい事を言い、ビルがキツイ一言を漏らす。最後になってスミスがボソリと無線に零し、一瞬静かになった。

 色々と面倒な身の上を抱えた面子ばかりのBチームだ。女がらみで泣くに泣けない経験をしたり、或いは、涙も涸れ果てるまで泣いた男たちばかりといっても良い筈だ。目の前で妹を殺されているライアンの一言も重いだろうが、妻も子も失っているジャクソンやスミスの言葉はもっと重い。そして最後にリーナーの一言が出る。いつもの様に本音を言う紳士だった。


「とりあえずロックの耳に入らないように気を使おうぜ」


 一瞬の静寂が無線に流れ、その音の無い隙間のような時間を永遠の様にバードは感じた。ロックが何を言うだろうか?興味津々と言った方が良い。何て答えるのか、じっと待つつもりになったバード。だが、無線の中に流れたのは全員の大爆笑だった。その笑い声の中に、間違いなくテッド隊長の声も混じっていた。


「……全部聞こえてんよ!」


 ちょっと不機嫌っぽい声だったが、バードの視界に現れたロックの顔は恥かしそうに笑っていた。ロックの目がジッとバードのほうを向いているのは、シェルのコックピットの中でカメラ目線になっている証拠だ。


『ロック カメラ目線キモい』

『え? マジ?』


 ロックのコックピットにあるモニターにはバードが映っているはず。それを見ずにジッと機内カメラのレンズを見つめたロックは、バードがモニターで見ていると踏んでそれをやったと言う事だ。そんな部分で頭の回転が良いロックをバードは頼もしそうに眺めつつスケルチ(内緒話)で会話する。


『カメラじゃなくてモニターに集中してないとどっかに引っ掛けるよ』

『……だな』

『ドジ踏むシーンなんて見たくないんだから』

『だけど、ドジ踏んだら助けてくれ』

『それは……勿論だけど』


 ちょっと言葉に詰まったバード。僅かに鼻だけで笑ったロックは一方的に回線を切った。間違いなくテッド隊長は聞いているはずだが、バードもロックも気にしていなかった。


「さぁ気持ちを切り替えよう。接敵まであと20分だ」


 ドリーが全員に注意を促し皆がパッと切り替わる。この辺りの切替の早さはBチームの美点だ。そして、素晴らしい仲間たちだとバードは再確認する。


「手順としては簡単だ。防御弾幕をすり抜け接近し、一番弱そうな外壁に穴を開ける。艦内気密が抜ければ中身は一網打尽ってことだ。くれぐれも金星周回軌道にデプリを増やさないように注意しよう。後で俺たちが困る」


 ドリーの説明を聞いてバードは装備していた兵装の意味を理解した。いまシェルの手が握っているのは、レールガン系の弾体加速兵器や火薬発射式の実体弾頭兵器ではなく、大出力の荷電粒子系ビーム兵器だった。


 ――――怖い……


 ふとそんな事を思うバードだが、シェルの速度は変わっていない。そして、背筋にゾクリと悪寒が走った瞬間、脳内にデプリ警報が鳴り響いた。視界の中に接近しつつある戦闘中に爆砕したデプリの群れが表示され、その下には相対速度が表示されている。


「デプリの群れには突っ込むなよ! シェルの外殻装甲も場合によっては貫通するからな。上手く潜り抜け敵艦に接近し攻撃する。航行不能になったら、あとは太陽に吸い込まれるだけだ。面倒は考えるな。行くぞ!」


 テッド隊長の声が無線に流れ、最大速力で宇宙を飛翔しているバードは、コックピットにあるグリップを握りなおした。神経接続ハーネスで一体化しているシェルなのだからグリップには何の制御機能も無い。ただ単純に、身体を支える為の支点でしかないのだった。

 接近してきたデプリの群れは不規則な動きをしていて、その機動を読みきるには経験と感が重要だ。そんな中を全速力で通過したバードは最初に機体の損傷をチェックし、機能欠損が無い事を確かめてから荷電粒子砲の加速器電源を投入した。

 シェル本体のリアクターから電気をグンと吸い取られ、一瞬電圧降下が発生するもすぐに安定した。そんな部分を見ながら、バードはこの兵器が本当に考え抜かれて作られているのだと実感する。


「お! 見えた!」


 ライアンの言葉が無線に流れると同時に、コックピットのモニターには濃い紫色のシリウス艦艇が表示され始めた。相対距離が表示され遠近感を失いがちになる宇宙空間での接敵補助をありがたく感じる。


「まもなく防御弾幕圏内!」


 ガンナーであるスミスの視界には3Dでシリウス艦艇の持つ対空防御用火器の射程が示されていた。まさに地獄の一丁目へ突入しようとしているその最中、ビルがボソリと呟いた。


「なんで戦闘機が居ないんだ? こっち(宇宙軍)あっち(シリウス)も両方居ないってどういう事なんだろうな?」


 言われてみればシリウス艦艇の周囲には全く戦闘機が居ない。シリウス側のチェシャーキャットや宇宙軍のバンディッドが居ないのだった。


「なんか猛烈に嫌な予感がする……」

「バードがそれを言うと洒落にならねぇな」


 おびえた声でそう漏らしたバードの言葉に、溜息混じりのジャクソンが相槌を入れた。そして、言葉にしないまでも皆が一斉に気を入れなおしていた。


「え?」


 素っ頓狂な声を上げてリーナーが驚いた。シリウス艦艇の船腹付近。大きく張り出したバルジのような部分から猛然と炎が噴き出し始めた。艦内の酸素が供給されている部分では炎になり、その先では単に素粒子状物質が抜け出ていて、艦内の空気と共にストリームを形成していた。

 艦艇のクルーならば気密服を着ているだろうから与圧が抜けてもすぐに問題にはならないだろう。問題は艦内に居る非戦闘員などのクルーだ。艦内与圧が抜けていけば、残った空気を集めて生存を図らねばならない。それが出来ないときは……


「……マジかよ」


 ロックの声が聞こえたバードはモニターを喰い入るように見ていた。続々と抜けていく空気のストリームに乗って、与圧服を着ていない乗組員が宇宙へと吸い出されていた。

 与圧環境下から急減圧を受ける真空中へと放り出された者達は、手足をバタバタとさせ、真っ赤な顔で息を止めていた。だが、これは本来最悪の手である。深海作業を行う者なら誰でも経験する急激な大気圧変化に適応する訓練と一緒で、少しずつ空気を吐き出しながら与圧の減少に身体を順応させねばならない。

 だが、咄嗟にそんな事が出来る者はなかなか居ないのも事実。体内圧に負けた肉体は弱い部分が裂けて血液や体液の放出を始める。目や耳や鼻腔部などから続々と血を噴き出す者たち。赤や白の液体が宇宙を漂っていた。

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