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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第7話 オペレーション・シルバービュレット
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美しき生命

 静まりかえった部屋の中。

 何処からか不思議な音が聞こえバードは目を覚ました。


 それは金属音の様な。それでいて、生身の発する音のような。

 不思議な温もりと、そして、冷淡さを感じさせるものだった。


 声なき声。

 耳には聞こえない声。

 だけど、誰かが何かを叫んでいる。

 

 そんな音だった。


「……ふぅ」


 溜息をついたバードは窓の外に広がる宇宙を見た。

 月面の何処かにあるカメラが捕らえた、夜の側の月が見ている世界だ。

 瞬く星が大きく広がっていて、その向こうには銀河が見える。

 

 この星々の瞬きと同じ数だけ命が瞬いている。

 バードは、ふとそんな事を思う。

 命とは闇に瞬く光その物だと、何らかの文章で読んだのを思い出す。


 ――――その命をこの手で奪い取っている……


 言葉に出来ない苦しみがバードの心のどこかで痛みを発している。

 僅かに目を伏せ、肩口まで被っていた薄掛けに埋もれたバード。

 閉じた瞼の裏側に、ふと、あのレプリの胎児が浮かび上がった。

 傷を受け、それでも泣き出した姿が思い出される。


「どうすれば良かったんだろう……」


 まだ結論が出ない事だった。

 受けた命令は至極単純で簡単だった。

 これから害悪になりそうな要因を全て排除しろ。それだけだ。

 そして、それは自分の経験に照らし合わせれば嫌と言うほど納得がいく。

 

 月面基地の人口密集地で爆弾テロ寸前だったレプリを始末した事は、いままで一度や二度じゃ無い位の数で経験している。


 弱き者の為に。

 無辜の市民の為に。

 そう考えれば良いのだが……


 不意に起き上がったバードはあり合わせの上着を引っかけ部屋を出た。

 何処へ行くでも無く、基地の中を散歩する。

 思えばこの日は鷹司以外の人間と話しもしなかった。


 基地の時刻は深夜二時を回っていた。

 もう今さら飲みに行くのも面倒だった。

 なんとなく引力に引かれるように歩いて行ったバードがたどり着いたのは、アームストロング宇宙港の展望デッキだった。

 

 この時間は基本的に人が入れない状態だが、セキュリティチェックの全てを通過出来るバードなら入ることが出来る。

 エントランスから展望フロアに入って上を見上げれば、文字通り満点の星空だ。

 大気の揺らぎが殆ど無い月面だけに、遠くの星までハッキリと見える。


 そして、ここだけは液晶表示や投写では無く、肉眼で見る事の出来る場所だ。

 分厚い耐衝撃ガラスに囲われた展望デッキ。そこには空を見上げる構造になったベンチが幾つも並んでいた。


 そしてバードは気が付いた。

 暗闇の中に先客が居る事に。


 ――――え? だれ?


 咄嗟にハッチ内の拳銃を確かめたバード。

 視野に赤外表示モードをオーバーレイさせ、気配を消して接近していく。

 ペイトンほどでは無いが、バードもこの数ヶ月で随分と上手くなった。

 細心の注意を払って接近していくと、不意に暗闇の中から声がした。

 聞き覚えのある声だった。


「こんな時間にパトロールかい? バーディー」


 いきなり名前を呼ばれ驚いたバード。

 暗闇からヌッと姿を現したのはエディだった。


「いえ、パトロールでは無いのですが」

「まぁ眠れない夜の一つや二つはあるモンだ」

「あの、エディはなにを?」

「わたしか?」

「はい」


 エディはふと宇宙(そら)を見上げ指を指した。

 その指の先には蒼く一際眩く輝く星があた。


「シリウスを見ていたんだ」

「シリウス?」

「そう。我々が目標とする星だ」


 見上げたままエディは言葉を絶った。

 その姿が寂しい空気を纏っていることにバードは少なからぬショックを受けた。


「あの……」

「何を悩んでいるんだい? バーディー」


 エディの優しい声がバードの耳に解けて流れたこんできた。

 まるで父親が心配するような声だった。


「……私は、なぜこんなところにいるのでしょう」

「これはまた難しい事を訊いてきたね」

「この手でレプリの胎児を殺し、そして今回は自分自身が死ぬ直前まで行き、おまけに今回も高価な機材を破壊してしまい、チームメイトの足を引っ張る事ばかりです。自分がこんな所にいて良いんでしょうか。役に立ってるんでしょうか。そもそもですけど、何で私が兵士になってるんでしょうか。こんなに苦しい思いをして」

「……バーディー。君の価値を一番軽んじ、そして、理解していないのは君自身のようだね。なんて事だろう。実に嘆かわしい」

「すいません」


 バードは俯くしかなかった。

 だが、その顔をエディの手が持ち上げ、そして宇宙を見せた。


「バーディー、いいかい? かつて宇宙は神様の領域だった。遠い遠い昔の高い山や広い海がそうだったように、宇宙も段々と人が進出して、今じゃ生活の場だ」


 バードは僅かに首肯する。


「そんな場ともなれば、誰といわずに主導権争いごとを始めるもんだ。誰だって主導的立場に居座りたいと願う。その方が儲かるからね」


 エディの笑みが何処か自嘲じみたものになっているとバードは気が付く。なんとなくだが、エディはそれ自体を鼻で笑いたいんだろうかと。ふと、そんな事を思ったのだが。


「中国の古い教えでね、渾沌と言うものがあるんだ」


 エディはいきなり日本語で切り出した。

 その日本語が全くもってネイティブレベルなのでバードは腰を抜かさんばかりに驚く。


「こんとん……ですか?」

「そう。ただ、良く見ると字が違うんだ」


 エディは空中に指先を走らせた。その軌跡が描き出す文字はバードの視界に線画となって描き出される。こんな部分もサイボーグが便利だと思う時のひとつだが。


「混沌ではない。渾沌だ。北の地の王と南の地の王が中央の王、渾沌の地でで会合を開くと言う話しなんだがね」


 バードの目が真剣だとエディがほくそえむ。

 言葉に一層力が入り、懇切丁寧な身振り手振りが添えられた。


「渾沌は姿や形を持たないあやふやな存在だった。だが、その渾沌の地は豊かで恵まれた地だった。北と南の王を手厚くもてなした渾沌に対し、南北の王は何か酬いようとしたんだよ。そしてね、どちらが言い出したかは知らないが、こう言ったんだそうだ」


 エディは声色を切り替えた。


「人の顔には7つの穴がある。目と鼻と耳に二つずつ。そして口。合計七つ。そしたらもう一人の王が言ったそうだ。渾沌にはそれが無いから、開けて進ぜるのはどうだろうか?と。そしてふたりの王は意気投合し、会合のたびに渾沌へ一つずつ孔を開けていった」


 バードは指を折って数えている姿をエディはほほえましく見ていた。

 まるで妹と話す兄のような姿だ。そして、幼い妹と話をする年増な兄だ。


「だが、七つ目の孔を開けた時、渾沌は死んでしまったそうだ」

「……荘子の渾沌の話ですね」

「そう。良く学んでいるね」

「私の父が話をしてくれました。形の無いものへ無理に形をつけると、それは意味を成さなくなってしまうと……」

「そうだ。その通りだ。だが、実はもう一つ意味があるのを知っているかい?」


 バードは僅かに首を振った。

 そんな姿にエディは表情を崩す。


「中原と言って…… 要するに中国の平原部、要するにミッドランド(中央平原地帯)を巡っていくつもの国が争った時代、豊かだった中央はだんだんと荒れていったんだそうだよ。幾多の戦乱を経て誰かの持ち物になる都度に荒れていく。だから荘子は語ったらしいね。誰のものでもない渾沌の地。幾多の民族が入り混じった渾沌混交の地を誰かが独占しようとすると、その地は死んでしまう……とね」


 納得いかない様子のバードは僅かに首をかしげる。一体、自分の苦しみと何の関係があるんだろう?とバードは思う。エディはそんなバードを置いていくように話を続けた。


「バーディー。君自身がある意味で渾沌なのかも知れないよ。戦闘中の激しく燃え盛る炎のような君も、事務仕事や仲間たちとの語らいや、そんな日常のシーンで見せる滑らかで透明な水のような君も、同じバードと言う人間の。いや、バードと言うキャラクターを、架空の存在を演じている君の正体は、実は渾沌なのかも知れないね。だからバーディー。それについて結論を急ぐ必要は無いんじゃないかな」


 エディの手が左右に広げられた。

 まるで大きな荷物を抱えるようにして見せたエディは、大きな球を抱えるかのように振舞う。


「総体としてそこに存在する者。それこそが君なんだ。そして、君もまた世の中と言う巨大な歯車のひとつ。様々な人間と触れ合い、そして絡み合い影響し合い生きている。世の中を回している。どうやらそれが君と言う存在だ。私がそうであった様に、きっと君もそう言う結論にたどり着くんだと思う。それこそがアイデンティティと言うモノの本質なんだよ」


 エディはひとしきり語ると、今度はジッとバードを見ていた。

 理解しているのかどうかを確かめて居る風な様子で……だ。


「なんだか、解ったような解らないような、そんな感じです」

「そうだろうね。むしろ、それで正解だと思うよ。きっと正解なんて無いのさ」


 ふと、ジャクソンに言われた言葉を思い出したバード。

 正解では無く最良の不正解を選ぶ……

 つまり、それこそが人生であり、生きると言う事の本質なのかも知れない。


 上手く思考がまとまらないバード。

 そんな姿を見ていたエディは静かに話を切りだした。


「Old king is Dead(古き王は死んだ)  Long Life king(新しい王万歳)!」


 エディの目をジッと見るバード。

 その眼差しに先にいる男は青い瞳を細めてバードを見た。


「シリウスに伝わるおとぎ話だよ」

「おとぎ話?」

「そう。寝付かない子を寝かしつける寝物語に出てくる伝説の王の話しだ」


 エディの手がバードの頭をポンポンと叩いた。

 まるで、眠れぬ子をあやすように。


「遠い遠い昔、世界を統べる王になったイヌの王様が居たんだ。その王は人間の男に育てられ、やがて王の座を受け継いだ。その王様の国はイヌの国だった。そこに居たヒトはイヌの奴隷だったんだ。イヌの王様はヒトを哀れに思ってね、助けようとした。開放しようとした。イヌもヒトも変わらず平等にしようと思ったんだ。でも、世界は変わらなかったんだ。ヒトが奴隷でいた方が都合の良いイヌが多かったんだよ。そして、イヌだけじゃ無くって他の種族もまたそうだった。だから。そのイヌの王様はね、世界を征服して世界の仕組みを変えてしまおうとしたんだ」


 再び暗闇の中へ消えていくエディ。バードは不安に駆られその後ろを歩いて行く。エディは気にすること無く言葉を続けていた。


「この手の中に全てがあった。何処を攻めるかとダイスを振れば、敵の目には不安が溢れた。世界のルールも仕組みも全てが意のままだった。街中の鐘が鳴り響き、騎兵隊は穂先を揃え讃美の歌を唄った。全ては王の為に。神よ我が王を護り給え。王こそは我が主、神と同じ。そして、主は敵を写す鏡。主は敵を貫く刃。主は敵から王を護る楯。そう、全てから祝福されて産まれて来た王は……勘違いしていたんだ。奇跡は起こらなかったんだよ。何も変わらなかったんだ」


 エディの言葉から力が抜けた。

 嘆くように。泣くように。

 肩を落として後悔するように。

 

 罪の許しを請うように……


 エディは遠く宇宙の彼方を見据えた。


「孤独な朝を迎えたイヌの王は思った。全てを手に入れた王に向けられた言葉は、どれも誠実さや正直さがカケラも無かったんだ。そして、王を憎む革命家達は願った。銀盤の上で王の首がもがき苦しむ姿をね」


 再びエディの手がバードの頭に添えられた。

 そのバードは震えながら話を聞いていた。


「その王が築いた城は……塩と砂の柱で出来た幻だった。王だから……と、そんな理由では世界を変えることは出来ないんだ。血を流し、汗を流し、涙を流し、人と人の間を飛び回って、少しずつ少しずつ、時間を掛けて変えていくしか無いんだ。そのイヌの王はね、塩と砂で出来た宮殿の奥で、かつては熱狂的に支持してくれた人民から裏切り者と罵られながらも、静かに最期の日を待っていたんだそうだよ。誰が王になどなりたがるものか……と、そう言いながらね」


 エディの腕が不意にバードを抱き締めた。

 暗闇の中、バードは表現出来ない罪の意識を覚えた。


「全てを手に入れることは、全てを失うことと等しいんだよ。だから、何もかも抱え込まなくて良い。バーディー。何時だったかも言ったが、君の責任感や全てを背負ってでもやり遂げようとする意識は本当に素晴らしい。現状のBチームでは、テッドの後継者は君以外考えられない位だ。だがな」


 抱き締められていたバードの身体を拘束していたエディの手がふと緩んだ。

 一歩下がったバードは驚いた眼差しでエディを見上げた。


「誰にだって救いがある。楽になれる方法が有るんだ。それを知りたいだろ? 簡単なことだよ。誰でも幸せに生きる方法の……ヒントだ。結局、正解なんて人の数だけあるんだから、それは自分で見つけるしか無い。ただね、ヒントを提案するくらいのアシストはできるさ」


 なにか藁にも縋るような眼差しでバードはエディを見た。その眼差しの強さにエディはバードの懊悩を垣間見た。

 まだ若く、そしてエディから見れば幼いバードだ。どれ程苦しんだのだろうか?と哀れみすら覚えるのだが。


「身体じゃ無くて心の力を抜いて、もっとシンプルに考えるんだ。いま抱え込んで悩んでいることは、10年20年経ったときにも、同じように重要な事かい? 世界を左右するようなことかい? そんなモノはありはしないのさ。苦しみも辛さも全てはいい加減な幻さ、安心して良い。そもそもこの世界は変わり続けるんだ。痛みも悲しみも絶対的見地から見れば全く同じモノで最初から幻なのさ」


 そんなエディの言葉をバードはそっと復唱した。絶対的見地の意味するところは何だろう?と考える。だが、その正解に思い至るほど経験を積んだわけじゃ無いバードはかえって混乱する。


「この世界は変わり続ける事で安定を手に入れているんだ。東洋思想ではこれを無常と言うそうだ。だからな。変わり続けるからこそ、苦しい事を楽しい事に変えることだって出来るはずだよ。こんな仕事なんだ。きっと汚れる事も有るだろうし、言葉に出来ない苦しみを背負い込む事だってあるだろう。だけどそれは、そもそもバードには無かったものなんだ。拾ったモノなんだ。だから抱え込んだモノを捨ててしまう事も出来るはずだ。そうじゃないか?」


 そんな言葉にバードはハッとした表情を浮かべた。驚くやら戸惑うやらで混乱を来しはじめている。だが、確かに言われてみればその通りだ。そもそも死にかけていた人間なんだから……


「実際、この世界なんていい加減なモノさ。イヌの王だって法と徳と正義を持って世界を変えようと思ったんだが、実際は変わらなかった。いま目の前にある事がどれ程正しくなくとも、多くの民衆にとってそれが楽しいことなら、それは存在が許される事なんだ。どれ程悪いことでもね。だからな、バーディー」


 エディは右手の指を一本立てて、顔を斜にしてバードを見た。

 その一本だけ立てられたエディの指は、そっとバードの胸を指した。


「心の苦しみで気を病んで自分自身に恐れおののくとか、そんなモノはくだらないことだ。だって、人から見れば君がどんなに苦しんでも辛くても、それは幾らでも我慢出来ることだ。自分自身の苦しみじゃ無いからね。そうだろ? 人に理解されない以上、それにこだわったって時間の無駄なんだよ」


 ポカンと口を開けたバード。エディはたたみ掛けるように続ける。


「いま見えてるモノにこだわっちゃいけないし、聞こえるモノが絶対だと思って勝手にしがみついちゃいけない。君がいま見ているモノと私が見ているモノが同じだなんて、何処の誰が保証してくれるんだい? 色や形なんて人それぞれだろ? 絶対的見地から見れば、そこに存在すると言うだけで、何のあてにもなりはしないんだよ。残念な話しだけどね」


 ガッカリとしながらもバードはエディを見つめていた。なんとなく解るような解らないような、そんな話しだ。

 ただ、なんとなくだがバードは理解し始めた。いま苦しんでいるモノは、きっとエディや隊長達も一度は苦しんで通り過ぎた事なんだと、そう思い始めた。つまり、これもまた経験という名のステップであり、そしてキャリアを積み重ねる上で必要なことなんだと……

 それを知っているからこそエディは心配しているんだとバードは思う。


「きっと辛い仕事だ。酷い仕事だ。人倫に悖る、汚れ仕事だ。だけど、それをして心が揺らぐのは当たり前だし、むしろ揺らがない方が問題だろうさ。だけどな、それに揺らぎすぎたら君はダメになってしまう。心にこだわっちゃダメって事だ。全ては無常なんだ。つまり、生きていれば色々ある。辛いモノや酷いモノを見ないようにするのは、バーディーのポジションじゃ難しいだろう。でもね、そんなこんなで心を苦しめる様な事は、全部毎回その場に置いて行けば良い。それを命じたのは私なんだ。君の手を汚したのは私なんだ。だから、私を恨んで罵って、そして、その場に置いて行けば良い」


 エディの指がエディ自身の胸を指さした。

 私という言葉にグッと重きを置いて、そしてバードを見下ろすエディ。

 その眼差しはやはり優しかった。


「先の事。未来の事なんてのは誰にも見えないし理解も出来ないだろう。だからね、無理して見えない闇を照らそうとしなくていいんだよ。見えない事を笑い飛ばして余裕風を吹かして、そして愉しめれば一流さ。そしてミッションを終えて、生きて基地へ帰ってきたときに、生きてるって実感するんだろうね。そうじゃないか?」


 かつてジョンソンは『余裕風を吹かせろ』と言った。スミスは『物事に捕らわれすぎるな』と言った。ロックは『死を身近に感じるからこそ生を感じる』と言った。

 つまり、多くのチームメイトは理屈じゃ無くて肌感覚としてそれを理解しているのだとバードは気が付いた。ならば自分も自分なりに解釈するだけだ。自分の言葉になって自分自身の一部になる様に……


「正しく生きるってのはあり得ない。何が正しいのか?って定義論は人類の歴史の場面場面でコロコロ変わってしまうからね。だが、明るく生きるのは誰にだって出来るんじゃないか。みんな平等だ。君だけ苦しんで生きる必要なんて無い。日々の嬉しいことや楽しいこと。そんな場面場面の宝物を集めて愉しんで生きればいい。全く罪の意識が無くなったらロクな事にならないだろうさ。だけど、適度な罪の意識や自分に対する恐怖だって生きていくのに役立つモノだ。そうだろ?」


 エディの言いたい事を段々と理解し始めたバード。それは言葉にした瞬間に陳腐になってしまうようなモノだと思う。だげど、その概念のような思考の積層は、多分人類の歴史の中で連綿と受け継がれているモノなんだろうと容易に想像が付いた。


「いいかい? 勘違いしちゃダメだよバーディー。非情な人間になれって言ってるんじゃない。ただね、慈悲の心と言うのは罪を許すことだけじゃ無いんだ。次の生を。その次の生を待って、そして少しでも良い生を受ける為に、全ての魂は生まれ変わりを繰り返すんだよ。それが理解出来たなら、どこに居たって世界は天国だ。そして、何処に生まれてもどんな世界を生きても、基本となる正しい生き方と言うモノは何も変わらない絶対不変の真理だ。ただ解釈や受け止め方が変わる。つまり、そんな心の余裕を持てば誰でも釈迦やキリストやマホメットになれる」


 少し明るさの戻ったバードの表情に、エディは手応えを感じる。ふさぎ込む系の落ち込み方をする人間になら、何かを語り続けることで少しでも心が軽くしてやった方が良い。結局の所、人は人と人の間でしか生きられないのだから。


「今は解らないかも知れない。それに、真の意味なんて本当は無いかも知れない。要するに細かい事はどうだっていいんだよ。ただね、バーディー。君がいま生きていくのに苦しんでいるモノが小さくなったら、それだけで上等で上出来だろ? 世の中なんて嘘とデタラメで出来ている酷いモノなんだ。そう認めてしまえば苦しみは無くなる、そういうモノなんだ」


 バードはふと、醒めた様子で任務をこなすBチームの面々を思い出した。達観したように厭世的な空気を纏っているジョンソンやペイトンだけじゃ無く、自分の行動原則を大事にするスミスやジャクソンと言った面々だ。そんな仲間達をもう一度思い浮かべたバードはふと気が付いた。結局の所、自分は流されているだけだったのだと。自らに信念があれば何でも出来る。


「つまり、絶対的見地って言うのは自分のスタンスって言う事ですか?」


 バードの思考が段々と安定し始めた。エディはそう確信した。つまり、絶対的見地とは自分の見地だと言う事だ。


「そうだ。それが絶対的見地だ。つまりそれこそがオリエンタル(東洋思想)で言う所の悟りというモノだ。相対的見地から見ているから苦しむんだ。気が付いてしまえば。それを認めてしまえば。簡単な理屈だろ? そう思えば、全てのことに責任を持つことだって出来るさ」


 バードは花の様に笑って頷いた。頭の良い娘だとエディも微笑む。大事な事に気が付いて、それを理解する勇気を持っている。きっと、それを出来る様になることを大人になるというのだろう。


「君はエンダーだ。全てを終らせる者の一人だ。人に見えない君の涙が聖杯を満たす時、全ての争いは神の御手に委ねられるだろう。だから泣くと良い。笑うと良い。それこそが生命だ。VIVA (素晴らしき)LA VITA(生命)だ」


 もう一度バードの頭をポンポンと叩いたエディは靴音を残して闇の中へ消えていった。暗闇の中からエディの声が漏れてくる。


「全ての者がやがて報われ、全ての者がいつか救われる」


 不意に足音が消えた。

 エディが立ち止まったとバードは思った。


 そして僅かな衣擦れの音。エディが振り返った。漆黒の闇だが、バードはそう確信した。


「自らを犠牲にしてまで私を育ててくれた…… 育ての親はそう教えてくれたんだよ。だからきっと。バーディー。君にもその時が来る。全ての者がやがて報われ、全ての者がいつか救われる。その中に、きっと。バード。君も入っているはずだ」


 ――――全ての者がやがて報われ

 ――――全ての者がいつか救われる


 エディの言葉を反芻していたバード。気が付けばエディは居なくなっていた。ふと、見上げた宇宙の彼方。

 シリウスの青い光りが美しく輝いていた。



 第7話 オペレーション:シルバービュレット ―了―



 第8話 オペレーション:シューティングスター へ続く

 第8話は11月3日より公開いたします

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