表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第20話 オペレーション・トゥムレイダー
346/358

新たなる旅立ち

~承前




 ――――空気がだいぶ抜けたな


 ダニーがラジオの中にそう呟いた時、バードはハッと気が付いた。

 名も知らぬ降下艇は既に高度10万フィート近くだ。


 この高度になると地上を球体と認識出来る様になる。

 そして、空を見上げれば青では無く黒いのだ。


『……ひょっとして、このまま大気圏外か?』


 訝しがる様なライアンの言葉が聞こえ、バードはそれを確信した。

 戦闘を終えたBチームは真っ直ぐに宇宙へと向かっていた。


 その理由は、ひとつしか考えられなかった……


『どっちに行くんだろう?』


 バードの言葉には探るような重い思いが込められていた。

 作戦ファイルに記録されない戦闘を経験した。

 そもそも、海兵隊としての行動では無いのだ。


 新型装備の実験という名目なのだろうが……


『艦砲射撃までしちまったからなぁ』


 少し呆れるような声音でジャクソンがそう漏らす。

 眩いばかりな光の柱が降り注いだシリウスの地上は大変な事になっていた。


 旧先史文明の遺跡は完全に消えて無くなり、巨大なクレーターのみがある。

 森を含め広範囲に焼き払った結果、この先色々影響が出そうだ。


『まぁ、何処かのお偉いさんのケツを拭きにいくんだろうさ』


 呆れるようにペイトンがそう呟いた。

 相変わらず厭世的な物言いだが、何となく変化したとバードは思った。


 そう。一番簡単な表現は()()()()が落ちた。

 昔から言う様に、何かこう得体の知れないモノの毒が抜けたのだ。


 相変わらず、口は悪いのだが。


『現場系の定めだ。しかたねぇ』


 ペイトンのボヤキにドリーがそう言葉を返した。

 その一言で艇内全員が『あぁ』と腹の底で唸った。



 ――――出来レースだ……



 そう。全ては予定されていた事なのだろう。

 出発前にある程度は教えられていたのだろう。


 そして同時にバードは悟った。


 もう手遅れで見取るのでは無いのだ……と。

 今自分達が向かっている先は、シリウスを周回する玉座なのだ……と。


『とりあえず、多少のお小言は覚悟しといてくれ』


 ジャクソンが切り出した言葉に全員の表情が曇る。

 全身を装甲化した特殊装備でヘッドユニットまで増加装甲付き。

 だが、その顔だけは見える仕様になっている。


 こんな形になった理由をバードは何となく理解した。

 顔の表情が自由に動くのは、ちゃんと意味があったのかと感心もした。


 チームを預かるリーダーの言葉に一喜一憂している。

 表情の変化でその内心が見えるのだ。


『まさか俺もこうなるとは思ってなかったし、正直予想外だ』


 ドリーがぽつりと呟き、そのまま窓の外を見た。

 視界の彼方には戦闘指揮艦ジョンポールジョーンズが居た。


 既にカーマンラインに近いので、大気の揺らぎが無い分くっきり見える。

 その側面には螺旋を描いて落ちる木漏れ日のマークが描かれている。


 それは、エディが相続していたマーキュリー家の紋章だった。


『既にエディは亡くなったと聞いている。あの地下に潜る前にな。送ってくれたのはハミルトン准将だ。きっとテッド大佐は後始末どころじゃ無いだろうな』


 悲痛な思いをかみ殺す様にそう言ったドリーは僅かに頭を振った。

 ここまでの軍役生活で共に過ごしたテッドの内心を誰よりも解っているはずだ。


 そんな大佐があの艦内でどうしているのか。


 バードはそこに思いを馳せた。

 思い出を噛みしめながら、色々と事務手続きに奔走している筈だ。


 よりにもよって、旧先史文明の遺跡を焼き払ってしまったのだから……



 ――――着艦体制に入ります



 機内アナウンスが聞こえてきた。

 デッキは既に0気圧なので無線がそう聞こえたと処理されたのだろう。


 手近な取っ手を握って衝撃に備えたバードはチラリと窓の外を見た。

 何処の飛行隊かは解らないが、シェルの訓練真っ最中だった。


『あれじゃ隙だらけだ』


 ぼそりとバードが呟くと、彼女の見ていた小さな窓にロックが顔をねじ込んだ。

 頬と頬がぶつかる程の距離で、当たる感覚は装甲の当たる硬い衝撃だ。


 それがまるで前歯をぶつける激しいキスのようで、バードは少し笑った。


『新人訓練中だな。ここなら安全なんだろうな』


 ロックの一言にバードはハッとした。

 エディが居るエリアならば安全。その核心に気が付いた。


 ここにはあのパイドパイパーが揃っているのだろう。

 言うなればエディの完全なエリートガードだ。


 最後の最後で命を預けているのは旧シリウス人民軍の最精鋭と言う事になる。



 ――――………………あッ!



 ここまで来てバードはとんでもない忘れ物に気が付いた。

 全く考慮していなかった事だが、冷静に考えたら気が付いたのだ。


『ところでオーグ関係者。どうなったんだろう?』


 そうだ。そもそもここへはオーグ関係者の最終処分で来た筈だ。

 城が浮き上がったとか地下遺跡がどうとかは関係無い。


 あのスライムとの遭遇は副産物に過ぎず、そもそもはテロリストの追跡だ。

 ボルサ・ノボレフが死ぬのは確認したが、もうひとり居るはず。


『そりゃあれだ。あの光で消え去ったさ』


 少し離れた所に居たライアンが明るい声でそう言った。

 艦砲射撃で焼き尽くされた。結果的にはそうなるのだろう。


 もしかしたら、エディはここまでの絵を描いていたのかも知れない。

 他でも無い『あの』エディが深謀遠慮を尽くしたのだ。


 事前に『あの地下には一発逆転のとんでもないモノがある』と吹き込んだかも。

 それこそ、ヘカトンケイルの最初の8人をそう丸め込んでおいた可能性だ。

 最後まで己の夢に殉じた連中は、ヘカトンケイル経由でエディの毒に当たった。


 あの地下へ強引に降りて、そしてそこでトンでも無い存在と遭遇した。



 ――――妄想が過ぎるかな……



 そこまで都合の良い話が続くはずは無い。

 ただ、考えれば考えるほど、その可能性に至るのだ。


『って言うか、大佐コンビ、今どこにいるんだ?』


 艇内の空気を変えるようにペイトンがそう言った。

 既にデッキは0気圧で変えるような空気も無い環境だ。


 しかし、つい先ほどまで間違い無くシリウスの地上にいたはず。

 地下での戦闘など1時間も経過していない……


『多分ですけど(ふね)じゃ無いですか?』


 控え目な声でアナスタシアがそう言い、全員の顔が彼女を見た。

 その時になって初めてバードは気が付いた。


 常に視界に浮いているはずの時計表示に添えられた小さな数字を……だ。


『あ…… うそ…… もう3日も経ってる……』


 視界に表示されている数値など普段は気にしないし、確認もしない。

 もはや壁の模様レベルで意識を向けることすら殆ど無い。


 それ故に気が付かなかったのだ。

 自分達が地下に潜ってからの経過時間など。


 だが……


『おいおい、今更気が付いてどーすんだよ』


 冷やかすようにペイトンが囃し立てる。

 同じ様にジャクソンが続いた。


『うちのブル娘は時計なんか気にしないんだよ』


 特に用が無ければそんな事など気にしない。

 何処か抜けてるとも言えるのだが、その辺りは性格なのだろう。


『うーん…… レプリハントしなくなったし…… 気にしてなかった』


 素直な言葉を吐いたバードに全員が笑った。

 チームの中に日常が戻ってきたな……と思った時、降下艇がガクンと揺れた。

 降下艇はジョンポールジョーンズのオープンデッキに着艦していた。


『さて、生身はエアチューブだろうが、俺たちはドライカプセルだな』


 ビルはそんな事を言いながら歪んだハッチを開けた。

 真空中の彼方にシリウスが青く光っているのが見えた。


『空気は貴重な資源だ。無駄にしない様に気を付けよう』


 ドリーの言葉を反芻しつつ、バードは命綱をフックしてから艇外に出た。

 真空中で機体各部を点検するのは地上戦をやった後の儀式の様なものだ。


 虫やら病原菌やウィルスと言ったモノを真空中で晒して退治滅菌する。

 そして、あらかじめ用意されていたブラシで脚部等の汚れを払う。


 宇宙空間では水と空気が何よりの貴重品。

 それ故にこんな部分では手抜かりの無い対応が要求された。


『与圧室管制。こちらバード中尉。準備できたのでハッチを開けて欲しい』


 その声に応えるように外殻部から電話ボックスサイズのカプセルが突き出た。

 ひと一人が収まると一杯のサイズだ。そこに収まって艦内と気圧を揃える。

 それで艦内へ入れる仕組みだ。


『バード中尉。お疲れさまでした。艦内へ入れます』


 与圧完了と同時にその声が聞こえ、バードはカプセルを出た。

 周囲が僅かにザワついたが、スッとバイザーを上げて素顔を露出させた。



 ――――あぁ、そうか……



 この重装備な姿を見るのは初めてなのかと気が付いた。

 地上戦で随分と汚れてしまったが、それでも見る者を威圧する姿だ


「ご苦労さん。済まないけどまずは高圧洗浄室へ行ってくれ。泥臭いしやたらとカビ臭い。まぁ俺はデータで見ているだけなんだがな」


 チームの面々が続々と艦内に入る中、ヴァルター大佐が現れてそう言った。

 確かにこのメンツならやむを得ないとも思ったが、そこでバードは気が付く。


 ヴァルター大佐は士官服姿だ。先に戻って装備を切り替えたのだろう。

 なにせ三日も経過しているのだから。


「了解です。その後は?」


 ドリーが行動を問うと大佐は一瞬だけ間を開けてから言った。


「将官室まで来てくれ。テッドも待っているからな」


 ……テッドも待っている


 その言葉には不思議な冷たさがあった。

 理由は解らないが、ヴァルター大佐とは違う何かがあるのだ。


「了解です。15分後に出頭します」


 ドリーが簡潔にそう言うとヴァルター大佐は僅かに笑って言った。

 柔らかなその雰囲気にBチームの緊張が緩んだ。


「急がなくても良い。もう3日経っているんだ。君らの経験した時間軸とは異なるようだからな」


 その一言を残し、ヴァルター大佐はスッと歩み去った。

 鷹揚としたその背中に敬礼を送ったバードはダハブに抱えられるダニーを見た。


「ダニーも修理しないとね」

「あぁ。けどその前にこのまま高圧洗浄して出頭しようと思う」


 何が起きるのかは解らないが、大切な儀式が待っている。

 そう直感したチームの面々は洗浄カプセルに入り高圧洗浄を受けた。


 サイボーグが単なる機械であると痛感する一瞬だが、慣れると楽でいい。

 そう思うと、このまま重装備姿でも良いな……とすら思うのだ。

 どう強弁した所で、自分は単なる機械なのだからと諦めの境地だ。


「さて、行くか」


 洗浄カプセルから出てきてそう呟いたロックには緊張感がある。

 その向こうに居るライアンもまた表情は硬い。



 ――――緊張する……



 口の中がカラカラに乾くなんて事は無いが、それでもやはり気は重い。

 エディの死で何が起きるのか。その先が見通せないからだ。


 ただ、チームが将官室まで移動した時、皆は息をのんだ。

 そこにいたメンツは余りに予想外だからだ。


「遅かったな。まぁ、時間の流れの問題だろう」


 まず最初に驚いたのは、通常の士官服姿になっているテッド大佐だ。

 その向こうにはヴァルター大佐とロニー大佐も居る。

 各チームを率いていた隊長が勢揃いしているのは、ある意味凄くレアだった。


 更に言えば、そこにはブルとアリョーシャのふたり。そしてハミルトン准将。

 その隣には宇宙軍海兵隊を預かるフレネル・マッケンジー上級大将が居た。

 遠く月面から出張って来たであろうが、久しぶりに見たな……とバードは思う。


「諸君。任務ご苦労だった。ダニーは災難だったな」


 開口第一声にそう切り出したフレディは笑みを浮かべて手招きした。


「さて、いよいよ大団円となる。シリウスを巡って奔走した一人の男が紡いだ夢の結末だ。いつかすべてが公になるだろうが、今はまだ黙って見ていて欲しい」


 大柄なフレディに率いられ将官室の奥へと進んだBチームの面々。

 奥の部屋に入った瞬間、今度は腰を抜かさんばかりに驚いた。


 ヘカトンケイルが。あの始まりの8人が揃っているのだ。

 そしてその隣にはパイドパイパーの12名。そこにはリディア大佐も居た。


 シリウス側の重要人物が勢揃いしているのだ。



 ――――全てを繋ぐ重要な一本のもやい綱……か



 地球側とシリウス側の両陣営でエディに関わった者が揃っている。

 その間。幅の細いテーブルの上にそのエディが寝転がっていた。

 真っ白なクロスの敷かれたテーブルは荘厳な雰囲気だった。


「エディ……」


 バードがぼそりと呟いた時、ヘカトンケイルの一人が口を開いた。

 あの時、エディのクローン胚を託したガイアと名乗った女だ。


「強い子だったわね。本当に、強い子だった」


 スッとエディへと歩み寄って、その顔を両手で挟んだ。

 惚れた男に仕向ける惚れた女の手ではなかった。



 ――――母親の手だ……



 ガイアは慈母の笑みでエディを見ながら、その頬を両手で挟み笑みを浮かべた。

 父親は誰だろう?と不思議に思ったのだが、そこは触れないでおいた。


 何故なら、そのガイアが不意に顔を向けた先に驚いたからだ……



 ――――バーニー……



 そこに居たのはリンギングベル(鳴り響く鐘)のマークを持つバーニー。

 心の底から惚れていた男が死んだはずなのに、その姿は随分落ち着いていた。

 彼女もまた柔らかな表情でエディを見つめていた。


 生身の身体でシェルの限界機動を経験していた筈のバーニーだ。

 その肉体はとっくに限界を迎えていて、いつ死んでもおかしくなかったはず。


 何の根拠も無いが、彼女達もサイボーグ化するとバードは思っていたのだ。

 だが、目の前にいるバーニーは柔らかな肉の身体のまま。


 一瞬だけ何故?の疑問を持ったが、その理由はすぐに解った。

 彼女のその手は、驚く様なものを抱えていたからだ。



 ――――赤ちゃん……

 ――――そう言う事か……



 バーニーは次のエディを産んだのだ。

 ヘカトンケイルに託されたビギンズの胚を身籠ったのだろう。


「……エディ。随分ちっちゃくなっちゃった」


 ニコリと笑いながらロックを見たバード。

 その眼差しに込められたのは、女としての嫉妬や羨望だと自嘲した。

 機械の身体では子供を産み育てる事など出来やしないのだから。


 だが、それは男だって同じ事。

 愛する女を抱きしめて愛の雫を注ぐことも出来ない。

 複雑な感情がない交ぜとなって眼差しから溢れたのをロックは見てとっていた。


「また帰って来るんだろうな。エディは」


 ロックはそんな言葉を漏らしつつ、惚れた女の肩を抱き寄せた。

 ガサツで朴念仁な男の手に、室内に居た者たちの視線が集まっていた。


 何気なく漏らした一言だが、この場に居た全ての者たちが願った事だからだ。


「まぁ、そうだろうな」


 誰よりも近い所に陣取っていたテッド大佐がぽつりと漏らした。

 また修羅の庭へと帰って来る。修羅の人生を送るために。


 何の根拠もない事だが、全員がそれを悟った。

 シリウスは。この惑星はまだまだこれからなのだから……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ