祝詞(のりと)
~承前
『構わず攻撃し続けろ!』
無線の中でエディがそう叫んだ。
それを聞いたチームの面々は手持ち武器を使い尽くす勢いで攻撃している。
戦場で武装を使い果たすほど恐ろしいものは無いのだが仕方が無い。
仮にも三軍元帥がそう命じているのだから、実行するのみだ。
だが。
――――良いの?
少しだけ恐怖を感じたバード。
不安の虫と言うのはどれ程強気でも何処かに潜んでいる。
人の心が持つ不安や恐怖。そして猜疑心や警戒心。
そう言ったものは何かの拍子に表舞台へと飛び出して来る。
常識的な思考では全く説明の付かない支離滅裂な行動はその為だ。
この攻撃がもしそう言ったものの発露だとしたら……
――――エディも迷っている?
その思考はある意味では当たり前の視点なのだろう。
状況的には常識では判断の付かない事象の真っ直中なのだから。
しかもそのエディの口から歴史の改編中という言葉が飛び出ている。
エディは幾度も転生を繰り返しつつ、過去の改変に挑んでいるというのだ。
ならば毎回毎回手探りの部分があっても仕方が無い。
ただ、一瞬の間にそう思索した時、ふと別の視点にも気が付いた。
――――あぁ、そうか……
これが何らかのシミュレーターなのは間違い無い。
そうで無ければ機体に装備されてないはずの武器を使える訳がない。
つまり、これは現実であって現実では無い。
何処かに居る自分の本体がそう錯覚しているだけ。
そうで無ければあり得ないし、現実だというなら遠隔操作しているだけだ。
少なくともあんなモンスターがシリウスの地上に居るはずも無いし。
そして、チームの面々も口には出さないだけでそれは理解しているのだろう。
生物の範疇に入れていいのかどうかすら微妙な存在と戦ってるのだから。
失った手足をあんな速度で再生できるような生物など存在し得ない。
細胞分裂の速度をどれ程加速したって出来やしないだろう。
――――と、言う事は……
バードは内心でニヤリと笑った。
同じタイミングで弾んだ声がラジオに聞こえた。
「さて、面白くなってきた!」
ライアンが唐突にそんな言葉を漏らしたのだ。
バードが視線をやると、ライアンは迷わずレールガンをパージしていた。
超重装備だったこの機体に付いている様々な武装の中で最強のものだ。
弾を撃ち尽くしたなら無駄な重りに過ぎない。
軽すぎる機体は問題だが、重すぎたって良い事は無い。
つまりは、飛び込んでいって大暴れするぞと言わんばかり。
「そうだな。無駄な重量は減らしておく方が良い」
ふと見ればビルやジャクソンも電磁兵器をパージした。
あれだけ膨らんでいた右腕廻りがスリムになっていた。
「けど、銃弾の方はまだ余裕があるから良いですが、これだけ装備を使うと心配ですね。戦闘中の弾切れは悪夢ですぜ」
ボソリとこぼしたヴァシリも右腕の武装を解放している。
現場で叩き上げられた元下士官としては、武装の心許なさが不安なのだろう。
こうなると残りは左腕に装備されたチェーンガンのみ。
あのモンスターには豆鉄砲レベルなのかも知れない。
――――あれ、どうすんの?
もう一度そらを見上げたバードは少し不安になった。
相変わらずモンスターは身体を再生しているが、その姿がだいぶ歪だ。
「まぁ、その心配はないだろ。あれを見れば何が起きてるのかだいたい解る」
空を見上げたダニーは医者らしい見地で切り出した。
「急速な再生で遺伝情報エラーを起こしてるんだろうな。要するに細胞の癌化だと思われる。ほら、下肢部に腕が生えてたりするだろ? あれは脚じゃ無く腕の遺伝情報で細胞分裂してるんだろうな。そもそも生物の細胞があんな速度で分裂するなどあり得ないから、それこそ魔法でも使って時間を加速させてるんだろうさ」
時間を加速させる……
その言葉が不思議なほどにストンと飲み込めた。
どんな化け物でも時間の軛からは逃れられないのだろう。
そして、時間は空間から作用を受ける概念でしか無い。
「あのブラックホールっぽい何かの影響かも知れないな。俺達の居るところの時間が減速している可能性が高い」
ドリーはそう分析して見せた。
ただ、それを聞いたバードはふと疑問に思う。
――――時間が減速してるなら、なんでアイツは避けないの?
……と。
そんな無益な思索を進めていた時、エディの声が聞こえた。
空に向かって何かを叫んでいたようだが、銃声砲声に掻き消されていたのだ。
――――ラジオ使えば良いのに……
エディが何を思ってそれをしているのかは解らない。
だが、何かしらの意味があるのだろう事はすぐに解った。
エディの近くにはあのコボルドの王が居る。
あの存在はエディの転生前と言う事に成るのだろう。
要するに、エディはエディに説明しながら戦闘を指揮している形だ。
きっとそこには、自分達には知って欲しくない情報や経験が紛れている。
或いは、本来なら墓の中まで持っていく様なやばい話が隠れている。
下手をすれば査問審査会が開催されかねない不名誉な行為かも知れない。
――――どう見たって……
――――まともな規範意識なんか無さそうだしね
イヌと思しき姿をした獣人達を見れば、人間は誰でも間違い無く思うだろう。
根拠は無いが、文明的には劣っているだろうし、権利意識など希薄な筈。
最大限良く言えば、全ては自己責任の世界。
言い換えれば、人の命や権利など支配者の胸先三寸の世界。
そんな状況にあって、エディはエディたらんとしている可能性もある。
ただ、そんな無体なことを考えている時、上空に変化があった。
上空に浮かんでいた白くぼんやりとした存在がフワッと広がったのだ。
「え? あれ? なにこれ」
いきなり素っ頓狂な声でアナスタシアが呟いた。
通信担当の彼女は電子戦でも活躍する存在だ。
そんな彼女が右側頭部を手で押さえているのだ。
「どうしたアナ。誰かにこっそり愛でも囁かれたか?」
いつもの調子でジャクソンが軽口を叩くが、帰って来た言葉は深刻だった。
「全バンドに通信障害発生! いや、障害じゃなくてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ――
ラジオの中に聞こえるのはアナスタシアの『え』が繰り返される。
デジタル暗号化通信に侵入して暗号を突破し通信を遮断する。
口で言えば簡単に聞こえるかも知れないが、実際には相当高度なことだ。
アナは通信環境を遮断して暗号化をリセットし再変換を試みた。
だが、すぐにその暗号すら突破されてしまう。
普段は冷静沈着で、ややもすればAIじみた振る舞いすらするアナスタシアだ。
そのただならぬ様子にチームの空気が変わった。
「ラジオが全バンドで使用不能! 正体不明の電子戦を仕掛けられてます!」
アナスタシアがヘルメットを開けて肉声で叫んだ。
サイボーグの発声器官は単なるスピーカーなので肉声というのもおかしい。
だが、ラジオでは無く音声を発したと言う意味では肉声なのだろう。
「ライアン! ペイトン! どうなってる!」
テッド大佐はすぐに顔を出して声を発した。
その音を聞いたのか、ライアンとペイトンはすぐに何かを始めた。
一瞬だけ視線が交差したようだが、言葉は交わしていなかった。
「クラッキングの形跡は無いが、全バンドで侵入を試みている形跡はあるな」
「あぁ。と言うかこれ、なんだろうな? ハッキングというか……」
ペイトンとライアンがそんな事を言ってるなか、ドリーが空を指差した。
明らかに警戒を呼び掛けるような動きだった。
「あれ、なんだ?」
チームの眼が空に注がれた時、バードも顔を露出させて言った。
「先から浮いてるんだけど、正体が分からない」
そう。
アナスタシアが異変を感じる直前、あの白い点がフワッと広がったのだ。
「と言うか、これなんだ? アジアの経文か何かか??」
先ほどから聞こえ始めた中性的な印象の不思議な声には独特の抑揚がある。
アジア系宗教特有の連続した経文はアブラハム系宗教にはないものだ。
割とインテリなヴィクティスの言葉にロックが渋い声音で応えた。
「祝詞だ」
その言葉にテッド大佐がオウム返しな問いを発した。
「のりと? それはなんだ?」
ロックはヘルメットを開け、空を見上げた。
空に見える不思議な白い雲状の何かを捉え、一つ息を吐いた。
「今聞こえているのは、神への願いを奏上する為のものです。魔を払い、神の加護を得ようと神職にある者が願いを届ける為の……呪文ですよ」
ロックは背中のマウントに銃を預け、愛用の太刀を取って抜き放った。
丁字乱れも鮮やかな刀身に耳を付けて音を聞いているのだ。
「大祓のことばって言うんですが、俺の家では中臣の祓と呼んでました」
剣術一家がなんで祝詞を知ってるのか、バードは理解出来なかった。
しかし、何となくだがその意味する所や言いたい事を察した。
剣道。或いは剣術といったものの根幹は人を殺す技術だ。
その中で宗教的視点に於ける禁忌を犯すことに成るのは言うまでも無い。
人の命を取る以上、そこには絶対的存在への謝罪があって然るべき。
一瞬の間に命のやり取りをするのだから、罪の穢れは運気を落とす。
そう。畢竟、最後は運なのだ。死ぬも生きるも紙一重の世界ゆえに。
だからこそ、己の罪の赦しを請うのだろう……
「どういう意味だ?」
テッド大佐は少し喰い気味に続きを求めた。
シリウスの地上でカウボーイをしていた男なのだ。
クリスチャンかどうかすら怪しいレベルで宗教には疎いのだろう。
「誰かがいま上げてる呪文は、まぁ要するに悪魔を倒して封印して欲しいと神様にお願いする為のものです。何処かにいる神を呼び出して――
ロックが滔々と説明し始めた時、空一面が真っ白に光った。
何が起きたのかは分からないが、視界情報が入力オーバーになったのだ。
真正面からサーチライトの光を浴びたような錯覚。
バードの視界にはガタガタのブロックノイズが浮いていた。
「全員目をつぶれ! 視神経がやられる! 脳を焼かれるぞ!」
ダニーはそう叫んで視線を地面へと落とした。
気が付けば石積みの城が地上に落下していた。
衝撃らしい衝撃は感じなかったが、今はすぐそこに森の木々が見える。
――――え?
バードもまた視線を地面へと落とした。
脛の辺りにあるニーカバーの突起部が鏡面仕上げなので、今度はそこが眩しい。
――――キラキラ過ぎるのも問題ね
この機体を設計した者は、こんな事態など想定の範囲外だろう。
それこそ、こんな事になるとは思ってもみなかった筈だ。
何かが接近してきている。いや、何かなんて生易しいものじゃ無い。
巨大なプレッシャーを感じる凄まじい存在だ。
「これ、見ない方が良いと思う」
ボソリと呟いたバード。
そんなバードの肩に手を伸ばし、ロックは言った。
「あぁ、その通りだ。ここが何処かは解らないが、仮に別の次元の現実なのだとしたら、人間とは比較にならない高次元の存在が降りてくるんだろうさ」
時間まで含めれば四次元世界である現実の中に超越者がやって来る。
ものが立体として存在し、時間経過を加味した四次元空間と言うべき現実世界。
そこを越えて更に次元が増えるのだとしたら……
「人間の理解を超える存在って事ね」
ロックの言葉にバードがそう反応した。
人間の頭脳では5次元以上は理屈とでしか説明が付かないもの。
もっと言うなら3次元から4次元に増える時の1次元が時間である保証は無い。
人間には認知出来ない何か。
最もシンプルな表現をするなら、それはきっと単純な言葉になるのだろう。
この世界にあって最も高位に存在する概念上の存在だ。
「あのモンスターをどうにかしようって言うんだろうな」
ライアンは空が視界に入らないギリギリの辺りを眼で追った。
エディが今何をしてるのかが気になったのだ。
そして……
「これだよ。これで良いのだよ。我が積年の思いをやっと果たした。もう思い残すことは無いのだ。強いて言うならば、手塩に掛けて育てた者達を帰してやりたい」
エディはあのイヌの王を見ながらそう叫び、再び空を見上げた。
ライアンやロックも同じ様に空を見上げようとしたのだが……
「無理だぜブラザー」
「あぁ。ちょっと無理だ」
どうやっても人口眼球の奥にあるイメージセンサーがやられてしまう。
生身の眼だったなら一撃で失明レベルだ。
あまりの眩しさにロックもライアンも再び目を伏せた。
そんな様子を見ながら、バードはボソリと言った。
「眩しいけど熱は無いね」
そう。この凄まじい光の奔流には熱が無いのだ。
太陽の光を浴びれば熱を感じるというのに……だ。
「不思議だな」
ドリーも首を捻る不思議な現象。まるでLEDの発する光だ。
それだけでもじゅうぶん不思議なのだが……
「エディ……」
テッド大佐がそう呟いた時、エディは両手を広げて空を見ていた。
全身にキラキラと光る微粒子をまとい、眩く輝いていた。
その微粒子は空にいるモンスターがこぼれてきていた……
「大丈夫なのか?あれ」
少し不思議そうな声でそう言ったペイトン。
だが、そんな疑念をチームが共有した時、それは起きた。
「カリオン!」
その声の主は何処だ?とバードは辺りを見回した。
するとどうだ。あのイヌの王の廻りにもキラキラと光る微粒子があった。
その姿を見た人の女性が金切り声を上げたのだ。
「だめぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
悲鳴にも似た叫び声が響く。
そんな中、イヌの王の顔には『しまった!』と焦りの表情が浮いていた。
「こりゃヤベェぞ!」
絶対碌な事じゃ無い……と、ライアンが漏らす。
改めて言われなくとも、バードだって察しが付いた。
エディの努力が無駄になるかも知れない懸念だった……




