エディの目的
~承前
ロックの口を突いて出た一言。
それは、完全に無意識に出た言葉だった。
「支配者の余裕って奴だな」
エディのそっくりさんを引き連れ歩く大回廊は驚く程に豪華だ。
そんな状況にもかかわらず、ほぼ無意識に口を突いて出た言葉。
玉座へ向かうと言ったロックに対し、高級将校は完全な素の言葉で返してきた。
――――わかった。玉座へと向かおう。場所は解るか?
……と。
そして、一言『無論』と返したロックに対し鷹揚とした態度で返答した。
――――では、行こうか
最低限の言葉で全てを伝える。
僅かな所作だが、ロックはそこに『舐めるな』と言う意志を見て取った。
イニシアチブは渡さないぞ……と、行動で示したのだ。
配下の騎士を従え、傲岸な表情を浮かべるエディのそっくりさん。
それが何者であるかをロックは確信をもって認識していた。
あれは、もう一人のエディだ……と。
安っぽい物語にで出てくる転生者だとか生まれ変わりだとかと一緒だ。
そのメカニズムや仕組みは分からないが、少なくとも中身はエディだ。
魂の連続性なんてもんをふと考えてしまい、ハッとした。
『またエディに叱られるぜ』
無意識レベルでチーム無線のなかに言葉を流したロック。
その配慮を読み取ったのか『なんで?』とバードも無線に呟く。
ロックはヘルメットで包まれてる顔をバードに向け言った。
やはり無線のなかだが、そんな配慮もまた必要なことだと確信しつつ。
『余計なことはするな。余計なことは言うなってよ』
無線の中でダニーがプッと吹き出した。
ロックを先頭にアローフォーメーションを組んだ一行は玉座への階段を登った。
『背中見られてるね』
全方向に視野がある構造のヘルメットだ。
バードは後方視界をチラリと確認して、そう言った。
『王様……だな。間違い無く』
ダニーがそんな事を言うと、ダハブが意外なことを言った。
『ブルとかアリョーシャが時々言うじゃ無いですか。我が王って。もしかして、本当にこのコボルドはエディの前世とかじゃないですかね?』
思わず『コボルドって?』とバードが聞き返す。
コボルドと言えば欧州の古伝承に出てくる精霊鬼だ。
多くのファンタジー作品ではイヌの頭を持つ獣人として描かれている。
20世紀後半から人類文化の一角を占めるビデオゲームでそうなった説が強い。
イヌの頭を持った二足歩行の種族。
23世紀の現在では既にそんな認識が世界共通なのだが、それはまた別の話。
ダハブの言葉の問題はブルとアリョーシャだ。
『……そう言えばそうだな。って言うか隊長も良くそう言ってるしな』
ロックも我が王なる言葉を何度か聞いた覚えがあった。
ブルとアリョーシャのふたりは本当に忠臣なのだ。
『まぁ、玉座に行けば解るだろ』
ダニーは余り深刻に捉えていないようだった。
もっと言えば、深刻に捉える必要もなさそうだと考えているらしい。
そんなスタンスに少し疑念を持ったバード。
死体の転がる回廊の中で警戒しつつ思考を巡らせた。
その時だった。
――――貴様!
突然真っ黒なコボルドの剣士が激昂した。
先ほどロックが組み伏せた剣士だ。
何事か瞬時に理解出来なかったバードだが、その理由はすぐに解った。
玉座の間にある巨大な椅子へエディが腰掛けていたのだ。
いつぞや見たブリテン王から手渡された提督衣装を身に纏った姿だ。
『あぁ、アレが許せないのね』
Bチームの本体が一斉に銃を構えるのが見えた。
ほぼ無意識に射線を切らぬよう横へと飛び退いた。
コボルドの剣士は半分ほど抜いたところで動きを止めていた。
「よく堪えたな」
エディはいつもの慈悲深い笑みを浮かべてそう言った。
ただ、同時にその姿は傲岸不遜な支配者でもあるとバードは思った。
――――やばい……
理屈じゃなくそう直感したバードは無意識に銃のセーフティを抜いた。
ここで一気に乱戦になると覚悟を決めたのだ。
「いつの時代でも世界でも、やはりお前は忠臣なのだな」
エディは日本語ですぐ隣に居たヴァルターに声を掛けた。
ただ、ヴァルターは日本語を理解しないので『なんですか?』と英語で応える。
『そこに居る黒い剣士だよ。あの剣士もヴァルターと言うんだ。不敗のヴァルターと名乗るあのイヌの王の親衛隊長だ』
抜けた様な声で『え?』と聞き返したヴァルター。
エディは無線の中で言った。
『ロック。バードもだ。可能な限り同時通訳してくれ。ラジオの中に』
そんな会話が進行する中、コボルドの剣士がスッと立ち上がった。
――――へ、陛下……
驚いている。いや、驚くと言うより呆然としている。
何度も振り返り、自らの主とエディを見比べている。
エディはコボルドの剣士の主をイヌの王と呼んだ。
その王の周囲にいた兵士や銃兵も同じ様にエディと王を見比べていた。
そう。そこに居るイヌの王はエディと瓜二つだ。
ピンと立ったイヌ耳が頭にあるだけで、その姿もオーラもエディだった。
――――あっ!
この時、バードの脳内で全てが繋がった。
数多くの横線が付いてはいるが、それでも縦に一本の太い線が出来たのだ。
エディがビギンズである理由。
シリウス最初の人類として特別視される理由。
多くの者達がエディを我が王と崇める理由。
そこに居るコボルドの王はエディなのだ。
いや、エディの中味がコボルドの王だ。
どんな仕組みか理由かは解らない。
しかし、間違いなく同じ魂の存在だ。
「やっと会えたな。楽しみにしていたよ」
玉座から立ち上がったエディは、衣装の裾を整えてから数歩進み出た。
その周囲に居たBチーム全員が極限の緊張状態にあった。
同時進行でコボルドの王が『そなたは……誰なのだ』と問うていた。
『エディ!』
無線の中でテッド大佐が叫んだ。
何をするのかは察せないが、何かトンでもない事態が起きる予感だ。
『心配するな。あれは遠い昔の私自身だ』
エディはラジオの中にそんな言葉を流しつつ、スッと小脇の剣を抜いた。
いつもエディの傍らにあった鋭剣。恐ろしく豪華な仕立てのサーベルだ。
「案外察しが悪いな。まぁ、それも止むをえまい。その時代、その世界、それぞれに常識や物の尺度は異なる。その中で思考を巡らせるのならば、仕方が無い事だ。これを見ればわかるかね?」
鋭剣を抜いたエディは剣技の型を披露し始めた。
かつてロックを鍛える為に何度か見せた、動きの基礎となるものだ。
ただ、その剣術を見たロックは『異質の極致』と言った。
剣技剣術の美しさや完成度では無く、純粋に敵を殺す為に進化した技術体系だ。
幾多の戦闘を経験し、その過程で極限の最適化を繰り返した殺人技術。
バードは思う。いや、思うのではなく確信した。
そこに居るコボルドの王から幾星霜の月日が流れ転生したのがエディだ……と。
「私は君自身だよ。まぁ、異なる世界、異なる時間から来たのだがね。まずはこれを返そう。いや、それは違うな。返すのではなく渡すのだ。私は君なのだからね」
しばらく型を披露していたエディは鋭剣を鞘に収めた。
そして、全員が呆気にとられる中、スタスタとコボルドの王に近付いた。
「何となく察しが付いたんじゃ無いか? 我々の、いや、私の魂はここに縛られ続けるのだよ。幾世代にも亘り、異なる文明や異なる王朝や、或いは異なる生物だったとしてもだ。今の私はエイダンと名乗っている。エイダン・マーキュリー。これでも三軍統合元帥だぞ? いつの世もそうなる運命のようだ」
ハハハと軽快に笑いつつ、エディは剣の柄をコボルドの王に向けた。
その柄に手を伸ばし掛け、コボルドの王は逡巡する様を見せた。
いや、警戒しない方がおかしいだろう。
いきなり現れた存在が自分自身だなんて言われて納得する方がおかしい。
「警戒するなエディ。斬ったりしないよ。ただね、数万年の後まで続く呪いを解きに来たのだ」
エディの発した言葉にBチーム全員が唖然とした。
いや、正確にはロックが同時通訳で流す言葉に……だ。
エディがコボルドの王をエディと呼んだ。
たったそれだけの事だが、Bチーム全員の認識がアップデートされた。
――――エディがふたり居る……
……と。
そしてそれはBチームだけでは無かった。
――――余の……真名を……言えるか?
エディと呼ばれた王は僅かに震える声でそう言った。
疑わざるを得ないのだろう。現実を前に心が震えているのだ。
ただ、一族一門を率いる責任者である以上、それでも確かめねばならない。
ソレが事実かどうか……だ。
「おいおい、何を言ってるんだ。たった今だぞ? 名乗ったばかりじゃ無いか」
エディは子気味良くチャキッと音を立て、ねじる方向へ剣を振った。
それを見ていたコボルドの王へ側近らしき存在が何事かを耳打ちした。
瞬時に事態を把握し、冷静に分析し、対処法を模索する。
その全ての面において抜かりの無い存在なのだろう。
事実、コボルドの王は平静さを取り戻していた。
――――……そうか。そうだな。その通りだ
『いま何て言ったか聞き取れたか?』
唐突にロックが日本語で呼びかけて来た。
それをする相手がバードなのは言うまでもない。
チームの中で日本語で会話するのはロックとバードだけ。
バードは公開内緒話をする相手でもあるのだが。
『いや、全然聞き取れなかった。微小音声分析通しても無理』
半ば無意識のうちにブレードランナーの装備で観察していたバード。
口の形が人間とは違うので読唇アプリも役には立たない。
『そうか…… けど、あの王様っぽいやつ、なんか落ち着いたな』
『そりゃ目の前に自分そっくりのエディが居れば驚くよ』
『だな』
ふたりの気の置けない会話がひと段落した時、コボルドの王はニヤリと笑った。
そして、側近中の側近と思しき者へ振り返って言った。
――――どうやら余の客人のようだ
――――歓待は出来ぬが、せめて茶の一杯の振る舞いたいところだな
短い言葉だが、王の王たる部分を取り戻した。
ロックはそう理解した。もちろんバードもだ。
チームの誰かが『面倒は回避できたな』と呟く。
恐らくはジャクソンだとバードが思った時、エディはやおらに口を開いた。
ただただ驚愕するしかない話が飛び出すのだった。
「私はここから幾世代にも亘って転生を繰り返し、何度もここへ戻ってきた。その都度に失敗を積み重ね、何が足りなかったのかを思案し対策を積み重ねた。気が付けばもう1万年が経過したようだ。その課程で何が足りなかったのか、今やっと解ったよ――」
エディは笑みを浮かべて王の側近を見た。
その眼差しには深い情が滲んでいた。
「――ここだ。ここが最も重要だったのだウォーク。ウォーク・グリーン。君が我が手元におらぬ世界では悉く失敗してきた。幾百の生を受けたが、カリオン・エ・ノーリクル・アージンの側近として存在した君はここが最後だった」
エディがウォークと呼んだコボルド。
真っ黒い体毛を持つ犬の獣人は大きく目を見開いて驚いている。
そして、もう一人のエディであるコボルドの王もだ。
――――何故私の名を?
流石のウォークも声が震えた。
太陽王との会話でウォークの名は知れた筈。
だが、家名たるグリーンの名を知られている筈は無い。
「おいおい。いま言ったばかりじゃないか。私は君が無私の忠誠を捧げる太陽王のなれの果てだと」
エディは両手を広げつつニヤリと笑い、遠慮なく言葉をつづけた。
この辺りの間の取り方は言葉で説明できるものではない。
支配者として生を受けた者だけが身に付ける特殊技能。
そうとしか表現できない技術体系だった。
「マリアは。君の細君たるマリア・クリスティーネはどうしたかね。ボルボン家のご令嬢だ。ちゃんと古都ソティスへ逃がしたか? 女がゾッコンに惚れるというのは何よりの男冥利だぞ?」
エディは一方的に言葉を続けつつ、剣の柄をヒョイヒョイと振った。
コボルドの王に向けて『取れ』と言わんばかりの姿だ。
ただ、そんな振る舞いに納得いかない者も居たようだ。
先ほど激昂して剣を抜きかけたヴァルターなる剣士の表情が強張る。
しかし、そんなものなどエディは一考だにしなかった。
「はっきり言う。我々はここでリリスとウォークを失う。幾度も後悔したが、その都度に可能性を思い付いては思考を積み重ねた。そしてひとつの結論に達した」
その言葉が相当ショッキングだったのか、王の表情がスッと陰った。
リリスって誰?とバードは思ったのだが、すぐにウルフライダーを思い出した。
――――そう言えば……
そう。エディはいつもウルフライダーの長をリリスと呼んでいる。
という事はつまり、こっちのエディではなくあっちのエディの妻だろう。
或いは相棒、相方と言っても良いのかも知れない。
そんな存在と、そして側近を失う。
エディにしてみればそれは本当に辛いのだろうなとバードは思った。
そして、あっちのエディにとっても……だ。
――――……是非聞こうじゃ無いか。どうすれば良い?
不意に声音が硬くなった。
そんな動揺を隠す素振りすら見せず、あっちのエディはそう言った。
コボルドの王がエディを信じたなら、素直にどうするべきか指針を乞うはず。
エディにはそんな度量の広さと深さがある。
バードは従軍経験の中で何度もそれを見て来た。
「ここでヒルダを殺す。完全に殺しきる。その為に100年掛けて戦力を整えた。僅か10名少々だが、何ならル・ガル国軍全てを相手に出来るぞ。遙かな未来の世界だか、100億と100億の兵士が激突する闘争に投入される最精鋭だからな」
エディは遠慮の無い声音でそう言い切った。
それを聞いたバードは、不意にテッドの方を見た。
自分と同じように完全武装しているテッドは身じろぎ一つせず立っていた。
生涯をエディの為に捧げたような男だ。そんな男が今の言葉をどう聞いたのか。
――――この為にサイボーグ部隊を作った
――――この為にシリウスの王まで上り詰めた
――――この為に沢山の協力者を引きこんできた
エディの遠大な目標は、全てこの瞬間に収斂する。
それに気が付いた時、バードは眩暈を覚えた。
自分自身ですらもエディの計画の一部だったのだと気が付いた。
「この場にジョニーが居ないのが残念だが、ヴァルターが居るのは大変良い。この先、幾度も私はヴァルターに助けられる運命だ。そして、今生でも良く働いてくれている。忠臣の誉れ高い騎士だ。」
エディはヴァルターなる剣士を見てからニコリと笑った。
見る者を油断させる、どこか愛嬌のある笑みだ。
ただ、それを信じてしまったら危ない笑みでもある。
バードはODSTの中で何度もそれを経験していた。
「さぁ、屋上へ行こう。そのつもりだったんだろう? 私だってそのつもりで来たんだからな。時間への干渉には限界がある。そろそろ時の賢者が限界だろう。神々の戦いに介入するのだ」
エディは一方的に言いたい事を言うと、遠慮なくスタスタと歩き始めた。
勝手知ったる我が家とでも言いたげなその姿にウォークなる犬が驚いている。
だが、あっちのエディは。コボルドの王もまた何かを確信したらしい。
間違い無く、アレは自分自身だと認識し、淀みない声で指示を出した。
――――ウォーク! 戦力を再編せよ!
――――ヴァルター! 親衛隊全てをそなたに預ける!
――――国軍兵士諸君! この未曾有の国難を終わらせるぞ!
――――全員良いな!
――――前進!
張りのある言い声だ。覇気に満ちた支配者の声だ。
エディの声は人口声帯が生み出すモノだが、生身ならきっとこんな声だ。
『あっちのエディ。随分やる気だな』
ロックの同時通訳を聞いていたジャクソンがそう漏らした。
そしてそれは、チーム全員の共通認識だと思われた。
『それにしても、少し驚くな』
普段聞き慣れない声音が響き、バードは一瞬だけ誰だか把握出来なかった。
だが、直後に聞き慣れた声が聞こえてきて、消去法的に誰だか解った。
『エディはここにジョニーが居ないって言ったが、俺はここに居るぞ?』
テッド大佐はどこか戯けるようにそう言い笑いを誘った。
それでもう一つの声がヴァルター大佐だと理解したバード
ラジオの中に2人の笑い声が流れ、直後に『あぁ……』と舞台裏も理解した。
テッド大佐はエディが転生者だと知っていたのだ。
そして、こうなることが運命であり、サイボーグ化も予定された展開だった。
『大佐。つまりこうなることはエディの予定通りって事ですよね?』
確認する様にドリーがそう言った。
誰もが自分自身の運命を感じていたのだ。
『そう言うことだ。はっきり言う。これから人智を越えた存在と戦闘する。その為に50年掛けてサイボーグ適性の高い者を集めた。生身の兵士じゃ太刀打ち出来ないンだよ。だが何も心配ない。君らなら全く問題無い。ここで、この戦闘で全てを終わらせる。シリウスに残る絶望の種を片付けるのだ』
エディは相変わらず一方的にそう説明した。
まだまだ理解出来ない事が多いが、それでもバードは何となく解った。
新兵気分が抜けなかった頃、火星での戦闘でPTSDを拗らせた時だ。
深夜の月面基地でエディはバードに語って聞かせていた。
――――君はエンダーだ
――――全てを終らせる者の一人だ
……と。
正直、全く意味が解らないことだった。もっと説明して欲しいと思った。
しかし、そう願ってもエディは教えてくれないと確信していた。
――――人に見えない君の涙が聖杯を満たす時
――――全ての争いは神の御手に委ねられるだろう
――――だから泣くと良い
――――笑うと良い
――――それこそが生命だ
――――素晴らしき生命だ
バードは今すべてを確信した。
自分自身もまた、王の剣の1人だと言う事に。
『その為にここへ来たんだろ?』
気易い言葉でエディの声を掛けたテッド。
エディは柔らかい声音で答えた。
『そうだ。頼りにしているぞ』
……と。




