助け・・・・て?
~承前
暗闇の中でも視界が確保される。
言葉にすればそれだけだが、人間は外界情報の90%を視界に頼るのだ。
完全な暗闇の中でも物が見えるというのは大きな成果を生むもの。
移動や戦闘の場面では絶大な威力を発揮するのだとバードは知った。
「ミリ波レーダーほんと便利だ」
視界に浮いている線画を見つつ、バードはそう感嘆した。
そもそも薄暗い隠し通路と思しき回廊だが、いまは完全な暗闇の中。
正体不明の存在を追いかけつつ走った別働隊はそこで様子を伺っていた。
「何処まで行ったかな。あの連中」
楽しそうにロックがそう言うと、それはもう猟犬の本能だと皆が思った。
追跡というのは肉食獣の持つ首領本能を刺激するのだろうから。
「少なくともまだ足音が聞こえてますね」
ダハブはヘルメットの脇に手を添えて音を聞く素振りだ。
完全武装な動く金庫状態の面々は、各部のセンサーも機能強化してある。
ダハブはそんな機能を惜しみなく使い、足音を探していた。
「人間終了って感じだけど、これはこれで便利だな」
ダニーが苦笑を噛み殺しつつそう言うと、バードは大袈裟に首肯して見せた。
完全な暗闇の中だが、様々な情報を分析して状況を判断出来る。
その安心感が4人を駆り立てていた。
「けど……さっきの射撃。間違い無く直撃してるよね」
バードの言うそれは、つい数分前に一旦は接触した時の事だ。
暗闇の中、ミリ波レーダーのエコーを頼りにバードは追跡していた。
その視界に浮かび上がったのは、こちらへ向かってくる大柄な獣人だ。
――――え?
立体視が出来ない以上、レーダーエコーが全て。
四方の壁に反射してゴーストが出ているが、それでも状況は掴める。
獣人の前か後ろに小柄な女性が居る。
恐らくは先ほど接触した人間だろう。
『撃ちます!』
ダハブは膝射体勢になってS-16を射撃した。
50口径弾が襲い掛かり、獣人の胴体を貫通した。
そこまでは良かったのだ。
恐慌状態になったのか、人間と思しきエコーが急に反転して走り出した。
その音を拾ったらしく、まだ息の合った獣人も反転して走り出した。
ネコと思しき大男の胸部に背後から幾つか直撃してるはずだ。
一般的な常識として、上部胸腔には生命維持に必用な臓器が集中している。
そこに直撃弾を受ければ、およそ2分で人事不省となり死にいたるはずだ。
「あの直撃じゃサイボーグだって即死だぜ」
呆れるようにロックが言うと、重い感情がガンスモークのように漂った。
あり得ない。あるはずが無い。そんな訳は無い。
先入観念でしか無いのだが、それでも信じられないシーン。
「これも魔法だろうな。そうでなきゃ説明が付かない」
ダニーは呆れるような声でそう言った。
医師の見地としてはあり得ないシーンだからだ。
「背中の腰辺りすかね? ここだと広背筋とか全部やられるから、そもそも立てないと思うんだけどなぁ」
不思議そうに言うダハブは首を傾げたままだ。
どんな手段を使ったか解らないが、少なくともまともな存在じゃ無い。
魔法
そんなモノがあるなら、目の前で見せてくれ。
必ずそのトリックを見破ってやる。
科学の極致から生み出された機体を使うBチームだ。
薄っぺらいトリックなど歓迎しない。
バードは改めて自分の視界情報を再生して確認した。
間違い無く弾丸は貫通していた……
「慌てて声を掛けたけど、やっぱ無視されるよね」
そう。
直撃弾を与えた時、一瞬だけ向こうサイドの者達も足を止めていた。
どうすれば良いか一瞬考えたバードは、咄嗟に声を掛けていた。
――――待って!
――――行かないで!
――――助けるから!
どう声を掛けて良いか解らず、バードは単刀直入にそう言っていた。
しかし、目の前で50口径弾の直撃を受けたシーンを相手も見ていたはず。
間違い無く恐慌状態だろうし、或いはパニック状態だろう。
「いずれにせよ追跡しましょう。だいぶ足音が小さくなりました」
ダハブは上を見上げながらそう言った。
何処かに階段があるらしく、彼等は上に消えていった。
「そうだな。エディも降りて来たことだし、ぼやぼやしてるとドヤされる」
ロックが軽い調子でそんな事を言うと、小さな笑いが起きた。
ただ、もし降りてきた存在がエディで無い場合は大変な事になる。
――――何が起きているのか?
少なくとも現状ではそれを掴めていない。
戦闘支援情報を受け取れない環境では、古式ゆかしいスタンドアロンな戦闘だ。
「とりあえず行きましょう」
バードはいつものように率先して動き出した。
この4人のメンツを見た時、『猟犬の本能』が一番強いのはバードだ。
レプリを追い詰めるその手順は誰もマネが出来ない次元だった。
「近ぇな」
ロックがぼそりとそう呟いた。
足音を殺して前進する別働隊のセンサーが何かを捉えている。
呼気中のCO2センサーというわけじゃ無いが、生臭さがあるのだ。
――――血の臭い?
バードは一瞬だけそう思った。
しかし、人間の方には直撃していないはず。
ならば血を流しているのは獣人の筈。
だが、床には一滴たりとも血の滴りが無い。
どんな手段を使ったのか全く想像が付かないのだが……
「……居た。アレだな」
通路の奥にそれらは居た。
赤外線の反応は人間と思しき存在2名と、室温に近い何かが1体。
「案外、魔法で出来たサイボーグかもね」
バードはそんな事を漏らした。
ただ、何となくそれが心の奥底にストンと落ちて座りが良い状態だ。
――――まさか……ね……
自分でも軽口のつもりだった思いつき。
しかし、それが正鵠を射ることは多々あるもの。
極限環境で戦闘を繰り返してきた中で、そんな場面は幾つも経験していた。
「いずれにせよ……」
ダハブがなにかを言いかけた時、赤外のエコーがフッと消えた。
一瞬何が起きたのか理解出来なかったが、消えた辺りまで行って理解した。
階段がそこにあり、そこを上がっていったのだろう。
ロックは愛刀を抜いて先頭に立った。
阿吽の呼吸でバードは直後に付き、S-16では無くYackを抜いた。
高速連射の効くマシンピストルならば接近戦ではライフルより有利。
足音を完全に殺して階段を上がりきった時、やや前方にそれらは居た。
「え?」
驚いて少し声を漏らしたダニー。
この辺りの対応が緩いのはいつもの事だ。
――――――何かいやすぜ
驚く程に渋い声音が漏れた。
高感度センサーが拾った音声は、妙に生々しい感じだ。
手を伸ばせば届く距離にも感じるが、それでもまだ15メートルは向こう。
何をしているのかは分からないが、仕草を見れば察しも付く。
回廊の途中に扉があるらしく、そこに耳を当てて扉の向こうを探っている。
――――――獅子の兵士でしょう
……獅子?
はっきりとそう聞こえたバードは首を捻ってロックを見た。
その眼差しの向こうに居るロックは身体を低く構え、今にも飛びかかりそうだ。
だが、そんな刹那にそれは起きた。
――――――駄目!
――――――お嬢!
緊迫した声音と慌てふためく空気。
次の瞬間、扉が開き薄暗い通路に光が漏れる。
「うそ……」
追跡していたひとりが無造作に扉を開けていた。
その全く無防備な行為にバードは驚いて声を漏らした。
そんな馬鹿な!と思った次の瞬間にはロックが動き始めていた。
扉まではまだ10メートル近くある。その距離が敵だ。
そしてあの扉の向こうには間違いなくライオン人間が居るだろう。
手ぐすねひいて待ち構えているはず。そんな環境へ無造作に入っていった。
そして……
「マジかよ」
ロックからやや遅れて扉へ辿り着いたダニーがそう呟く。
扉の向こうに入った要救護対象が何かを行った。
最も簡単な表現をするなら、それはきっと魔法だ。
それが存在するかどうかなどは、ここでは問題にならない。
今問題なのはあのライオン人間が行ったより数段強力な一撃だ。
「対ショックし――」
最後の『姿勢』をロックが言う前に衝撃波がやって来た。
まだ扉の通路側だというのに、最初の微気圧波をセンサーが拾った。
慌てて身体を折りたたんで小さくなったバードを何かが蹴り飛ばした。
それが衝撃波だと認識した時、ロックは部屋に飛び込んでいた。
手を伸ばせば届く距離での戦闘ならば銃より刃物のほうが有利だからだ。
「ッソイ!」
短い声と共に白刃が室内で煌めいた。
ロックの癖として最初の一振りは下からの振り上げだった。
血飛沫が舞いライオン人間の身体が逆袈裟で真っ二つになった。
一瞬の間。意識の断絶。或いは油断。
斬られた者も、その仲間も、一時的に感情や意識の全てが停止する。
そして、呆然とした表情で何が起きているのかを傍観してしまう。
そんな間にロックの刃が袈裟懸け方向に振り下ろされた。
二人目も一瞬で真っ二つに切り落とされた。
その光景を極限まで圧縮された時間経過の中、バードは眺めていた。
サブコンがクロックアップしていると気が付く前に三人目を斬ったロック。
感情が全てフラットになっている状態でなお、美しいとバードは思った。
「ッセイ!」
新型の機体はこんな動きが出来るのか!とバードは驚きつつ感動した。
生身の身体では出来ない息継ぎ無しの連続動作だが問題はそこではない。
深く沈んだ所からリニア駆動シリンダと圧縮されたバネの進展による加速。
全ての可動部が連動し、肉眼では捉えられない速度での一撃。
横薙ぎに払った白刃の軌跡が視覚センサーに残るほどの煌めきだ。
刹那の後、首を刎ねられたライオン人がふたり、どうと音を立てて倒れた。
バードは無意識にモーションサンプリングを起動し記録していた。
――――残りは!
一瞬だけバードが視線を切った時、再び血飛沫が舞い上がっていた。
室内が血の海だと思った時には8人目を斬っていて、死体がまだ震えている。
ロックは愛刀の刃に残る脂を振り払い、グッと腰を落として低く構えた。
――――あと6人!
ライオン人間が人がどうかは解らない。
だが、バードは普通に6人と数えていた。
ロックは足場を改めつつ、返す刀で再びライオン人を斬った。
一瞬の空白だった呆然たる時が終わり、彼等も防戦体勢になった。
ただ、そんなモノで防げるほど生易しい太刀捌きでは無い。
「ッテイ!」
全てが遅い。遅すぎる。何でこんなにスローモーなんだ?とバードは思う。
自らの感覚がクロックアップにより時間減速している状態だとしても……だ。
ライオン人間が慌てて太刀を持ち上げる前に両腕が切り落とされる。
ポトリと落ちた腕に視線が落ちた直後、その首が刎ねられる。
自分の腕の中に頭が落ちたライオン人間の胴体が再び倒れる。
周囲の者達がそれを呆然と見ている間もロックは止まらずに動き続けた。
手首の反しだけで刃の軌道を変え、踏み込みと連動した勢いで逆袈裟に斬る。
一撃で胴体が真っ二つになったライオン人は、そのまま崩れていた。
――――あっ!
ロックの華麗な太刀捌きに一瞬見とれていたバードは自分の仕事を思い出した。
室内に居る3人組な要救護者のチェックだ。
どう見たってただのメイドとは思えない豪華な仕立ての衣装がふたり。
間違い無く女性型生物だと確信する胸の膨らみと体型が透けて見える。
表情を見れば驚いているのは間違い無いが、少し様子が変だ。
ただ、問題はそこでは無い。
つい今し方、直撃を与えたはずのネコと思しき大男が無傷なのだ。
――――なんで?
率直にそう思ったバードだが、その前に身体が動き始めていた。
ヘルメットを開け、素顔を晒して相手に近付く作戦だ。
だが、そのプランを実行する前に要救護対象が動き始めていた。
メイド衣装と言うよりドレスだなと思うような服を着た女が走り出した。
『お嬢!』
おじょう?
それが日本語だと確信した時、その女は隠し通路の方へ走っていた。
バードは逃がすまいと進路を塞ぎに行こうとしたが間に合いそうに無い。
そんなバードのすぐ背の辺りに何かが居た。
後方センサーがネコと思しき大男だと教えてくれた。
そして……
――――あっ!
バードがそれを認識して声を出す前にロックが一刀で斬り捨てていた。
ライオン人間全てを斬り殺した後、最後の返しで……だ。
胸の辺りから完全に切り離された胴体。その状態でまだネコ人間が動いている。
ダニーが『待てッ!』と叫ぶ中、ダハブは銃を向けていた。
本能レベルでの一撃はもはや避けられない兵士の本能だ。
――――撃っちゃ駄目!
バードがそう叫ぼうとした直前、ダハブが引き金を退いていた。
12.7ミリの巨大な弾頭がネコ人間の頭部を撃ち抜いた。
音速を遙かに超える弾速はそれ自体がひとつの凶器だ。
直撃した弾丸が頭蓋を完全に砕き、様々な破片が四方へ飛び散った。
ただ、その破片には液体類が一切無かった。
「あちゃぁ……」
ボソリと呟いたバードはダハブの方を見た。
ヘルメットに包まれた表情は見えぬが、やっちまったと全身から滲み出ている。
「バカ! パッケージだぞ!」
ダニーが珍しく手厳しい言葉を吐いた時、ダハブと共にロックがションボリだ。
「面目ねぇ…… 咄嗟だった」
一瞬の沈黙が痛い。どうするべきかバードも逡巡した。
だがその時、もう一人いたメイドの女が唐突に言った。
「あ、あなた……ヒトなの?」
……あっ
ヘルメットを完全オープンにしていたバードはそれを忘れていた。
装甲仕様な姿に違和感が無く、今の自分がどんな姿すら忘れていた。
「そうよ? すこし変だけどそれは気にしないで。それより――」
バードが現状の説明を求めようとした時、その女は一気に話し始めた。
「私達の王国を助けて! 今はあの獅子の男達に攻められているの! 城の屋上には凄い敵が居てどうにもならないの! 私達だけじゃもうどうにもならない! こんな事をお願いするのはおかしいけど、でも!」
一瞬だけ口籠もってから更に何かを言いかけ、その女は黙った。
静かな口調で『いいから続けて』と言おうとしたバード。
だが、そんな言葉を吐く前に、小部屋の扉が開いた。
扉の向こうにはライオン人間が何人も居て、剣を抜いていた。
――――……あっ
ドレスの女がヒッ!と小さく悲鳴を上げた。
バードが内心で小さく零すと同時の小さな悲鳴。
同じタイミングでダハブとダニーが収束射撃を加えた。
すぐさまバードも参加し、2丁のYackが猛然と火を吹いた。
「まだまだ居るな」
ロックがヘルメットの内側でニヤリと笑った時、バードが気が付いた。
「……逃げられた」
「え?」
相方の一言に驚いて振り返ったロック。
その眼差しの先に居たバードは少し呆れた様子で立っていた。
一方的に言いたい事を言ったメイド衣装の女が何処かへ消えていたのだった。




