行かないで
~承前
――――……実はシミュレーターかも知れない
10かそこらくらいから先は数えるのをやめた疑念。
バードは先ほどから何百回も同じ事を考え続けている。
今装備しているロボット然とした装備ですら、実はシミュ上かも知れない。
出撃前の何処かで一瞬油断した隙に量子コンピューターに接続された可能性だ。
超高度AIによる仮想現実は、既に現実だと脳が誤認するレベルになった。
幾度か経験した驚異的水準のそれは、寝てる間に接続されれば全く認識不能だ。
それこそ、かつて経験した仮想空間での士官学校がリアル過ぎたように。
誰一人として口にしてはいない。
だが、同じ疑念を全員が持っている筈。
どれ程に安全安心な状況だろうと、部屋のドアを開ける時には罠を疑う。
病的レベルでの猜疑心が無ければ生き残れない世界を生きているのだから。
『ワンド!』
最前列にいたライアンがそう叫び、バードは考える前に投影面積を減らした。
僅かなくぼみ。些細な段差。薄っぺらいドア一枚。それが生死を分ける境目。
幾度も激戦を経験したからこそ、バードは無意識レベルで回避行動を取った。
具体的には、目の前にあったライオン顔の死体横にぺったりと横たわった。
そんなバードの背中辺りを衝撃波が通り過ぎた。
『DAMM! FACK!』
緊張が解けたのか、それとも緊張している余裕すら無いのか。
ライアンは手にしていた銃のマガジンが空になるまで撃っていた。
衝撃波の直撃を躱す遮蔽物が一切無かったらしい。
怒り狂ったライアンの素が出ている状態だ。
『Shit! いってぇ!』
回避する間もなくやって来た衝撃波はライアンの左腕を動作不能にしたらしい。
あり得ない方向に捻れている前腕部を力技で強引にねじり戻している最中だ。
どうやら上手い具合に戻ったらしく、ライアンはシステム再起動させた。
だいぶ不機嫌そうな気配を漂わせつつも、辺りの警戒は怠っていない。
――――油断出来る環境じゃ無い……
敵が居なくなれば反撃は受けない。
ごく当たり前の一大原則を実行し、敵の全てを排除したのだろう。
しかし、上手の手からだって水は漏れるモノ。
見落としや目の錯覚。或いは光学迷彩による欺瞞行動。
魔法なんてモノを信じるほど幼稚では無い。
だが、仮にそれがあるならば、その可能性は排除するべきじゃ無い。
……あり得ない
……不可能だ
……信じられない
そんな感情は単なる思い込みであり、もっと言えば願望に過ぎない。
現実を直視し、その全てを受け入れて対策する。
およそ戦場という所では生命の価値が道ばたの石ころと大して変わらない。
故に兵士は警戒するし注意を払う。何より、命を守るために努力する。
それこそが、それのみが生き残る為に必用なたった1つの真実。
『あの直撃は危険ですね』
ドリーは少し硬い声でそう言った。
その相手がテッド大佐なのは言うまでも無い。
動作機序は全く想像も付かないが、重武装で重装甲のサイボーグでも危ない。
強靱な構造を持つ機体がいとも簡単に戦闘不能になり得るのだ。
『全くだな。少しでも異常を感じる者はシステムチェックしろ』
隊列中央で全てに注意を払っている大佐は声音渋くそう言った。
伏せて回避したはずのバードも背中に異常を感じている。
武器マウントに乗せてあった銃火器などが衝撃波を受けたようだった。
――――よしよし……
――――良い子良い子
マウントしてある銃火器に手を伸ばせば、自動でロックがリリースされる。
それが必要になった時、武装の切り替えに要する僅かな時間が命取りだ。
だからこそ全ての兵士は銃弾の詰まったマガジンにまで気を配るのだが……
『あれ? アナは?』
最初にペイトンが気が付いた。
隊列の何処にもアナスタシアが居ないのだ。
スラブ系特有の細さな彼女とは言え、あの衝撃波を受ければ吹っ飛ぶだろう。
だが、辺りを見回してもアナの姿は無かった。まるで煙の様に消えたのだ。
――――システムエラーでログアウトした?
最初にそんな事を思ったバード。
そんなバードを他所に、彼女の後方に居たジャクソンは壁を凝視していた。
『隠し扉ねぇか?』
ジャクソンはつい先ほど見た壁の隠し扉を思い出したのだ。
これだけの城なのだから緊急脱出用に隠し通路を作るのは当たり前の話だろう。
精密狙撃用のセンサーを使い、ジャクソンは僅かな気流の乱れを探している。
僅かな隙間が有れば空気の流入がある物。それを探せば見つかる筈だった。
『おっ!』
ジャクソンの言葉とほぼ同時、近くにあったどう見てもただの石壁が動いた。
通路側には一切の取っ手らしきものが無い、ただの壁にしか見えない扉だ。
恐らくは秘密通路側からしか開けるギミックが無いのだろう。
そんな所へ重量のある戦闘用サイボーグが吹っ飛んでぶつかった。
となれば、扉が押し開けられて中に転がり込んでもおかしくない。
実際、アナスタシアは見事に吹っ飛び、その扉を蹴り開けたような状態だった。
這いずるように出て来た彼女は、隠し通路の奥を指さしていた。
――――あっ!
考えるより早くバードの身体は動いていた。
通路の中に飛び込んでアナの指差した方向を見たバード。
その眼差しの先には信じられない存在が居た。
――――うそ……
何かを言おうとして言葉にならず飲み込んだバード。
そこに居たのは獣姿の兵士ではなく人間だった。
ふたりともまるでメイドの様な衣装を身にまとっている。
ただ、問題はそこではない。
『パッケージ!』
アナスタシアがそう叫んだ時、バードに続きロックが動き出していた。
バードの向こうに居たアナスタシアが銃を構えていたからだ。
こんな時のアナは氷のように冷静な場合が多い。
まるでコンピューターだとバードはそう評した事もある。
しかし、状況判断と冷徹な決断と言う意味では安定してるとも言えた。
つまり、彼女が銃を構えた以上、そこに居るのは敵だ。
『#$%&*……』
獣人が何かを喋った。それが聞こえたのはアナだけだった。
言葉として認識できないものだったが、どこか感心してるようでもあった。
それは、こちら側の戦闘力を値踏みしているかにも見える姿。
一切の油断が無い立ち姿に、彼女はCQBスペシャリストの印象を持った。
「任せろ!」
あと僅かで隠し扉に飛び込もうとした時、バードはヘルメットを開けていた。
アナスタシアが銃を構えているというのに、顔面が無防備なのだ。
――――バカヤロウ!
自分の事を棚に上げ、ロックは心中で罵倒していた。
ただ、何してやがる!と思った時、バードはロックに左手を差し出した。
掌を見せて『止まれ』の指示。過去幾度も付き合ったレプリ狩りで見た姿だ。
急ブレーキで止まったロックだが、バードはこちらを見ていない。
それどころか大きな声で叫んでいた。
「ちょっと待って! 行かないで!」
思わず『はぁ?』とロックは漏らした。
何を言ってるんだ?と、率直にそう思った。
だが、やたらと慌てているバードの姿に疑念も抱いていた。
『どうしたバーディー』
その姿にドリーも疑念を持っていた。
一体何を見たんだ?と確認したのだ。
『行っちゃった…… ちょっとこれ見て』
バードは自分が見ていた視界を全員に公開した。
そこにはメイド服姿な人間が映っていて、ネコらしき種族もいた。
しかし、問題はそこでは無い。
バードが慌てた理由は音声だった。
「……日本人か?」
音声を聞いたロックは首を傾げながらそう言った。
日本語をネイティブとするバードとロックが驚いた理由。
それは……
『逃げるよ……って言ってるな』
ロックやバード並みに日本語を理解しているビルがポツリと言った。
音声に記録されている女二人の会話は明確に日本語だった。
アナスタシアが銃口を向け、ネコの獣人が戦闘態勢になっている。
その向こうではふたりの女が立っていて、驚愕の表情を浮かべていた。
Bチームを避けようとしていたのは明確で、回避しようとしたのだろう。
二人組のうち最遠方の女がもう一人の女を引っ張っていた。
エプロンの背中あたりを強く引き、テイクダウンした様な形だ。
結果的にそれはアナスタシアの銃口から女ふたりを守った形だ。
散発的な射撃の全てをネコの獣人が交わす間、人間らしき存在が会話したのだ。
『一瞬遅れたけど、あのふたりに話を聞きたかったから』
大幅な省略を挟み、バードは素顔を晒した理由を言った。
同じ人間であると向こうに認識させたかったのだろう。
どんな結果になるかは解らないが、判断としては正しい。
それならば……
「それなら仕方ねぇなぁ…… けど、何度聞いても日本語だ」
ロックは首を傾げるようにしてそう言った。
記録されている音声はネイティブレベルでの発音だ。
姿形はまるで日本人じゃないが、言葉は日本語。
そのギャップにアナは咄嗟に日本語と理解出来なかったのだろう。
『あのふたりを探索して収容を試みては?』
ドリーは少し遠回しにそんな提案をした。
テッド大佐が少し思案してるのを見たからだ。
こんな状況ならばエディはどうするだろう?
チームの面々はそんな思考に落ち着いている。
そしてそれは、テッド大佐以外では判断が付かないだろう……とも。
『……そうだな』
少しばかり思案した後でそう決断したテッド大佐。そうなれば話は早い。
ロックはチラリとバードを見た後で隠し通路に入った。
「こりゃ俺向きだな」
横幅2メートルも無い細い通路が上に向かって伸びている。
階段等が無くスロープ状になっているのは、緊急避難の為だろう。
「大佐。追っかけても良いですか?」
ロックは銃を背中にマウントし、愛刀に手を伸ばしてそう問うた。
細い通路で銃撃すれば跳弾が一番恐ろしいのは言うまでもないからだ。
接触したら全部切り捨てる
言外にそう言ったロックに対し、テッドは肩を揺すって笑って見せた。
表情が見えない故のボディランゲージは、我が子に接する父親のそれだ。
『ドリー。ロックとバーディーをメインに幾人か追跡させよう。こっちと二手に分かれて階上を目指す。基本的にはライオンとかネコの姿をした連中を全部片付けておいた方が良いだろう。ここがイヌの姿をした連中の城ならば、何処かに責任者がいるだろうから接触したい』
淀みなくそう指示を出したテッド大佐。
その姿にバードは『あッ!』と確信した。
――――これがエディの秘密指令だ!
何の根拠も無いが、バードはそう確信した。
そしてそれは、ある程度まではドリーやジャクソンも把握している。
何かしらの思惑とか狙いがある筈なのだが、今はまだ全体像が見え得ない。
少しばかり気分は悪いモノの、今は目の前の事象に全力投球。
そうしなければ脱出すらままならないかも知れない。
そう。そもそもこの城からどうやって脱出するのかすら解ってないのだから。
『ロック、バード、ダニー、ダハブ。4人でそっちの通路を駆け上がってくれ。さっき見た例のパッケージ収容を優先する。立ちはだかる相手は蹴散らせ。構造上かなり上まで行けるだろうから、隠し通路を出たら上から降りてきてくれ。残存戦力を挟み撃ちする』
シンプルな指示ながら確実な結果を出すであろうドリーの判断。
バードはそこに隠された意図を感じた。
――――ふーん……
根拠は無いが確信は得ている。
この城の中でイヌの姿をした獣人以外を全滅させる為に送り込まれたのだ。
どんな力が働いているのか解らないが、エディは何かしらの工作をしている。
テッド大佐を始め、隊長軍団もそれを理解している。
このシリウスにおける重要な『なにか』を行っているのだろう。
ビギンズと呼ばれた存在がシリウスの為に行うこと。
そう考えれば、導き出す結果はひとつしかない。
完遂
そう。隠されたオーダーを完遂すれば良い。
結果的にそれで丸く収まるだろうし、必用な結果がついてくる。
今までがそうであったように、今回もきっとそうなのだ。
何より、あのエディがそうするのだから。
「了解です。行こうぜ!」
ロックは愛刀を抜き放ち、ニヤリと笑って言った。
その姿を見ていたテッド大佐は重要な文言を忘れなかった。
『ロック。バーディー。ヘルメットは閉めていけ。跳弾が危険だ』
大佐のみせた親心にジャクソンが肩を揺すって見せた。
子供を心配する親の情が透けて見えたのだろう。
バードはニコリと微笑んでからヘルメットを展開して完全閉鎖した。
それを見ていたロックは少し考えてから同じ様にヘルメットをしめた。
『行ってきます』
相変わらずイノシシ系なバードが走り始める。
それに続きロックとダニーが走り、ダハブが慌てて着いていった。
『さて、コッチも前進だ』
ジャクソンが場の空気をかき混ぜるようにそう言い放った。
4人ほど抜けた関係でフォーメーションを再整理する必用がある。
『ライアンとヴァシリで先頭に立て。その後ろはペイトンだ。ヴィクティスは真ん中。アーネストはフォロー。後方はアナがやってくれ。じゃぁ行こう』
相変わらず淀みない指示を出したドリー。
広い通路は身を隠すところが無いのだが、それ程問題でもない。
全身を覆う装甲は分厚く、受け身の体勢を取ってからなら衝撃波も平気だ。
ただ、そうは言っても痛いモノは痛いし、動けなくなることもある。
ならば厳重に警戒するしか無いし……
『飛び込むけけど、良いか?』
通路左手にある大きな扉の前でライアンが足を止めた。
ドリーに突入の確認をし、扉の前を抜けてヴァシリも突入に備えた。
『よし、やれ』
ドリーが手短に言うと、ドアを蹴り破ろうとヴァシリが立つ。
その肩にヴィクティスが手を乗せ、待ったを掛けた。
『俺が先に消耗する。擱座したら回収してくれ』
サイボーグだけに即死は無いと踏んだのか。
損傷しているヴィクティスがドアの前に立った。
仮にヴァシリが一撃を受けた場合、足手まといがふたりになる。
ならばそもそも動きの悪いヴィクティスがやれば良い。
合理的と言えば合理的な判断だ。
『OK! やってくれ!』
ヴァシリはS-16を背中に戻すとフルオートショットガンを手に取った。
接近戦では最も凶悪な威力を発揮する代物だ。
首肯したヴィクティスは銃を構えつつ、ドアを蹴ろうとした。
脊椎部分の動きが悪いのか、振る舞いにもぎこちなさが出ている。
ただ、そうは言っても戦闘用サイボーグだ。ヴィクティスが足を構えた。
その時だった。
『グアッ!』
凄まじい音と衝撃が走り、いきなりドアが吹き飛んだ。
ヴィクティスはドアごと反対側の壁に叩き付けられ動かなくなっている。
どうやら小部屋の中にあのライオンの男達が居たらしい。
『SHIT!』
ライアンは中に飛び込む事無く、室内へ手榴弾を放り込んだ。
中に人質がいる可能性を考慮したが、それ以前に衝撃波の連発は歓迎しない。
鈍い音と共に爆発し、その後でヴァシリが部屋に飛び込んだ。
その手に握られたショットガンの威力は凶悪の一言だった。
『オラッ! くたばれ!』
完全フルオートのショットガンが火を噴いた。
毎分300発の発射速度で12番ゲージが荒れ狂う。
一瞬で死に斬らなかったライオンが挽肉に変わり、部屋に静寂が戻る。
至近距離での戦闘ではライフルよりショットガンの方が手強い。
ならば積極的に使うべきだ……と、ヴァシリは自前を持ち込んでいた。
『ヒュー! やっぱそいつは凶悪だぜ!』
威力に歓声をあげつつ室内へと入ったライアン。
ただ、その目はショットガンを全く見ていない。
色々と痛い記憶を持つが故に、ライアンはそれが苦手だ。
そんな仕草を見て取ったペイトンは、ライアンの背をポンと叩いた。
『味方だぜ。気にすんなよブラザー』
短く『OK』とだけ答えたライアン。
ただ、やはりその視線はヴァシリには向けられていなかった。
『所でヴィッキー大丈夫か?』
気を紛らわすように部屋の外を見たライアン。
通路の外では完全に動けなくなっているヴィクティスがいた。
どうやら完全に脊椎を破断したらしい。
『……擱座したようだな』
少しばかり堅い声音でそう言ったペイトン。
アナスタシアがサポートに付き、立ち上がろうと努力している所だった。




