『なにか』との接触
~承前
それは、いきなりやって来た『何か』だった。
――――……え?
すっかり遠くなってしまった、初めて降下した日の記憶。
火星の地上で喰らったブービートラップの衝撃を思い出すような一撃だ。
バードは何かに突き飛ばされるように吹っ飛んだ。
重量のある機体が衝撃に蹴り飛ばされ、壁に叩き付けられた。
視界の中に浮かび上がったGセンサーの数値は11Gを記録している。
その大半は壁に叩き付けられたモノだろう。
――――グレネードにしちゃ強力だな……
視界が大量のブロックノイズに埋め尽くされ、その直後にブラックアウトした。
今日はよくブラックアウトするな……などと暢気なことすら考えていた。
『全員大丈夫か! 状況を報告しろ!』
チームのラジオにジャクソンの声が流れる。
回廊にいた全員が強い衝撃をまともに受けたらしい。
『視界が消えてますが意識はあります。再起動中!』
バードはラジオにそう声を流した。
その直後に視界が戻り、ヘルメットの視覚センサーが無事なことを知った。
『ロック。問題無し』『ライアン問題無し』
前線の二人が共に問題無しを報告し、バードは少し疑問を感じた。
自分より前に居た二人が平気だと言うことは、手前で爆発したのだろうか。
強い衝撃を自分が受けたと言う事は、指向性のモノかも知れない。
だが、その直後に聞こえたヴィクティスの声が実態を教えてくれた。
『ヴィクティスです。メインピラーに歪みが出ました。戦闘は継続出来ます。土壇場の映像を記録してましたから見てください』
ヴィクティスが送ってきた映像にはライオンの男達が映っていた。
なにかワンドのようなモノを持っていて、その先端が僅かに光ったようだ。
その直後、こちらに向かって白いモヤ状のモノが襲い掛かってきた。
戦場でなんども見ている強い衝撃波そのものが見えた。
――――これを喰らったの?
ロックとライアンは咄嗟に半身で受け、特にロックは手刀を振り抜いている。
それにどれ程の効果があるのかと思ったのだが、衝撃波は縦に割れていた。
『メカニズムは解らないが、どうやら衝撃波を生み出す兵器のようだな』
ドリーがそう呟くと同時、反撃とばかりに撃ち始めた。
回廊の奥で横一列に並ぶライオンらしき男は5名ほどだ。
その辺りへ一斉に50口径弾が注ぐと、ライオンの男が挽肉に変わった。
丈夫で立派な体躯をしているが、どれほどに強くとも音速の弾丸には無力だ。
『体躯は立派だが比較的低速の平弾頭には脆いらしいな』
ダニーはその肉体を医学的見地で分析した。
直撃を受けて真っ二つになった死体が幾つも転がっていた。
こぼれ落ちた内臓からは便臭が漂い、鮮血は派手に飛び散っている。
だが、引き千切れた肉の生々しい赤々しさに安心感を覚えるのも事実。
――――――血を流すなら殺せる
誰もが知っている一大原則を全員が思い出した。
ならば遠慮は要らないだろう……
『遠慮無く射撃しろ! 力任せで前進する!』
テッド大佐の声が少し不機嫌だ。
最後尾にいたのに衝撃を喰らったのかな?とも思うが、今は前方へ注力だ。
バードは抱えていたS-16を構えて射撃を開始した。
思えばこの銃を撃つのも久しぶりだった。
ここしばらくの活動では生身向けに6ミリ弾の銃が多かった。
『なんだか、たまに撃つと面白いね』
少し脳天気な事を言いつつ、バードはズルズルと前進を開始する。
それに釣られたようにロックとライアンは死体を踏みつけつつ前進した。
会敵距離20メートル以下での収束射撃は凶悪の一言に尽きる。
バードは少しばかりの同情心を覚えたが、射撃は続いていた。
『あーぁ…… こりゃ完全に挽肉だ』
チラリと足元を見たライアンがそんな事を零す。
至近距離で12.7mmの巨大な弾頭に打ち抜かれれば生身はこうなる。
肉を引き裂き骨を砕き、巨大なミートチョッパーに押し潰されるようだ。
『しかし、なんか抵抗が少ないな』
ボソッとそう零したビルは、辺りをキョロキョロと見回している。
何処かに抜け道でもあるんじゃ無いか?と、そんな雰囲気だ。
『というか、これ、おかしくないですか? どう見たってイヌとライオンが戦ってますよ。そのライオンが何でコッチにも攻撃してくるんですか?』
アーネストはそこに疑問を持った。
ここに至るまでに見た戦闘の痕跡は、ライオンとネコの連合軍vsイヌだ。
どうやら良い勝負をしていたようで、武力衝突面の前後に満遍なく死体がある。
それもご丁寧に、双方の陣営を構成する剣士が壮絶な死に方で……だ。
更には、ジャイアントにでも殴られたのが、爆発するような死体すらあった。
と言うことは、双方が遠慮無く相手を殲滅せんと襲い掛かったはずだ……
『よくわからねぇが、状況的に言えばイヌは防衛側だろうな』
ジャクソンは外連味無い声でそう言った。
声音を聞く限り、含みも隠し事もバードには感じられなかった。
『イヌの支援をしてやるか。どう見たってライオンとネコがインベーダーだろうからな。とにかく前進し、ライオン側を殲滅する。その上でここから脱出する手立てを探そう。イヌの側が攻撃してきたら応戦しても良いけどな』
隊長であるドリーがそんな方針を示した。
何か含みがある……とバードは直感するが、そこは黙っておいた。
『どうする? 一部屋ごとシラミ潰しに検めるか?』
先頭を行くライアンがそんな事を言うと、ロックは間髪入れず応えた。
『俺たちゃ斬り込み隊だぜ。横の部屋から飛び出して来るバカヤローは後衛に任せて前進するべきだろ』
少しばかり弾んだ声でそう言ったロック。
それを聞いていたバードは、ロックが再び死にたがりの顔を出したと思った。
しかし、言ってることに一定の説得力もあるのだ。
少なくともここへ降りる前に聞いた話には、こんなシチューションは無かった。
地下から出土した古代遺跡へと突入して、中心部へ行け。それだけだ。
チームの責任者であるドリーやジャクソンは核心を聞いてる可能性がある。
だが、降下にテッド大佐が着いてきた事を考えると……
――――大佐しか聞いてない秘密任務……
バードはそれを直感している。しかも、かなりの確信を持って。
エディは誰よりもテッド大佐を信じているのだろうから間違い無い。
『とにかく前進してライオンを全部蹴散らすのが先決じゃない?』
何となくだがバードはそんな言葉を口にした。
その根拠を言えと言われると、全く説明出来ないのだが。
理由と理屈、そして理論。
戦闘中における直感など感情に振り回されるのだから信用してはならない。
さんざんとそう教育されてきたバードだが、それでも今は直感が優先だ。
『ウチで一番の勘持ちがそう言ってんだ。まずは前進しようぜ』
ペイトンがそんな風に援護射撃し、ドリーは黙って後方を振り返った。
チームの最後尾にいるテッド大佐は前方にいるチームの面々を見てから言った。
『バーディーの言う通りだ。前進する。まずは天辺を目指そう』
大佐の一言で方針が確定した。後は前進するだけだ。
それ広くない回廊に散らばる死体を踏みつけつつ、チームは前進を再開した。
慎重な足取りで進むロックとライアンは、左右の扉にも注意を払っている。
いきなり何かが飛び出してくるのは定番だからだ。だが……
『壁の向こうが心配だな』
心理的な死角に気が付いたのか、ビルはそう呟いた。
回廊の左右にある大きな扉の向こう側。そこに何が潜んでいるか知れない。
誰だってそれを警戒するのは当然だが、それが出来なければ生き残れない。
そしてそんな警戒以上に感じるものもあるのだ。
『なーんか……嫌な感じしますね』
バードの後方にいたヴァシリが左手の大きな扉を指差して言った。
扉の向こうから殺気がこぼれ落ちているのだ。しかも集団で。
10人や20人と言う数ではない、もっと大きな集団。
そこから放たれる威圧感や敵対心を脳のセンサーが捉えていた。
――――これ……絶対ヤバい……
バードの脳内で何かが大声で叫んでいた。
根拠のない直感は魂その物が感じる違和感だ。
バードはスッと右側へそれつつ、銃口をクイクイと振ってみせた。
ヴァシリがドア横にペタリと張り付き、ドア前にはダハブが立った。
【 い い で す か ? 】
ダハブがヘルメットをテッド大佐に向けている。
声に出さなくとも意思の疎通は出来ていた。
【 構 わ ず や れ 】
テッドの右手がスイッと振られた。
ダハブはコクリと頷いた後、遠慮なくその扉を蹴り破った。
増加装甲を纏った重量のある戦闘用サイボーグだ。
少々丈夫な構造だろうが、安アパートのドアのように一撃だった。
「Facking! Freeeeeez!! Motherfacker!!」
聞くに堪えないFワードを叫びながらダハブは部屋に飛び込んだ。
次の瞬間、猛烈な射撃音が響き渡り、それと同時にヴァシリも飛び込んだ。
――――やるぅ♪
無邪気に喜んだバードだが、それに続いて飛び込もうとした時に影が横切った。
一瞬なにか起きたか理解出来なかったが、同時に『あぁ……』と思った。
『ッソイ!』
久しぶりにその声を聴いたと誰もが思った。
銃ではなく愛刀を抜いて斬り込んだロックは瞬時に数名を斬り捨てた。
銃弾が盛大に跳弾する中、ヘルメットをオープンにしたままでだ。
室内にはライオンとネコの剣士が居たらしいが、全て一瞬で絶命した。
やはり至近距離での銃撃は相当に凶悪で、それ以上の威力をロックがみせた。
『クリア!』
雄叫びの様なダハブの声にバードは興を削がれたような感覚だった。
ただ、同時にその感覚が危険だとも認識していた。
――――血に飢えた狼じゃあるまいし……
そう。意識の奥底に潜んでいるスリルジャンキーの血が騒ぐのだ。
もうとっくに払拭したと思っていた、サディスティックな面だ。
『前衛は剣士で後衛は……このワンド使いか』
室内に飛び込んだヴァシリはそう分析した。
剣士がざっくり20名ほどで、その後ろには10名程度のワンド持ちが居た。
至近距離で戦うなら剣士の方が面倒なのは言うまでもない。
だが、この待ち構え方には凶悪な意思が見え隠れしている。
前衛の剣士で相手の動きを止め、後方のワンド使いが衝撃波を起こすのだろう。
『狭い所での戦闘ならこれが最適解だろうな』
『銃が無きゃ一頃だったってパターンすね』
ロックは剣士の死体を検めつつ、ぼそりとこぼした。
その言葉にダハブがぼやく様な言葉を返していた。
銃の威力が余りに強すぎて、甲冑や盾が全く意味をなさないレベルだ。
ライオンの側もこれほどの威力とは思っていなかったのだろう。
『まぁいい。次に行こう。後方から蹴り飛ばされるのは歓迎しないな』
ドリーは穏やかな声で次を指示する。
バードは無意識に回廊の奥へ意識を向けていた。
『……全部で28人か』
部屋を出るときに振り返ったロックがそう漏らした。
室内に潜んでいたライオンとネコの男は合計で28人。
そのどれもが驚く程の長刀を装備している。
剣と魔法で武装したゲーム世界の住人にも見える状態だ。
「……面白くなって来やがったぜ」
まだオープンフェイスのロックが小さな声でボソリとそう呟く。
誰にも聞こえない声だったが、全身から放たれる気配をバードは感じていた。
『ロック。落ち着いてね』
すかさず釘を刺す事を忘れないバード。
そんなバードの背をポンと叩き、ロックは再び先頭に立った。
『解ってるさ。けど、楽しいってのは重要だぜ?』
ラジオの中に流れたロックの声が弾んでいる。
それを聞けばチームの誰もがロックの内心を理解した。
バードとは違った角度の死にたがりで、しかも強烈なイノシシ系思考。
おまけにCQBスペシャリストの名を欲しいままにする格闘戦最強ぶり。
その核心に存在するのは重度のスリルジャンキーだ。
『ロック。楽しむのは良いが、女房の手は離すなよ?』
バードと同じくロックへ釘を刺したテッド。
他ならぬ大佐の言葉に、ロックは思わず足を止めた。
『……もちろんです』
振り返ってサムアップしたロック。
大佐の言葉は沸き立っていた興をスーッと醒ましていった。
氷のように冷静で抜き身の剣に例えられるほど冷徹な男。
そんなロックは直後に銃を肩当てで構え、いきなり射撃した。
――――え?
バードもスッと振り返って銃を構えた。
ロックが父と慕うテッドを撃つわけがない。つまり、敵が現れた。
言葉であれこれ説明する前に、後方から現れた一団が挽肉以下になっていた。
『ビル! ペイトン! 後方だ! ロックは前を見ろ!』
ただ1人振り返らなかったドリーが大きな声で指示を出す。
通過してきた遙か後方と前方の両方にライオンの一団が現れたのだ。
『やべぇ! 冗談じゃねぇ! 飛び込め!』
ダニーは隣に居たアナの背中を掴み、クリアした部屋に押し込んだ。
別に女性優先なんて甘っちょろい事では無く、通信担当は重要だからだ。
『挟まれる!』
『解ってらぁ! ガンガン撃て!』
バードの声にロックがそう応えた。
回廊の前後に現れたライオンの大男は銃弾を受けて次々と斃れている。
だが、そんな死体が積み上がった時、それは肉の壁となった。
元々に強靱な体躯だった関係か、正真正銘の壁になっているのだ。
『肉のバリケードとか洒落になんねぇぜ! ぶちかますぞ!』
ペイトンは腰にあったパンツァーファウストを取り出した。
弾頭部に着いてるのは榴弾だ。それを通路奥に向かって構えた。
『やっちまえ!』
ライアンが射撃しつつそう叫んだとき、パンツァーファウストが放たれた。
クルップ式無反動砲その物である兵器だけにバックブラストはもの凄い。
そんなバックブラストの直撃を避ける為に、バードは壁へと背中を預けた。
直撃は免れないが、多少はマシ。そして自分がサイボーグである事に感謝した。
だが……
『ワッ!』
凄まじい音と共に榴弾が炸裂し、それと同時にバードはひっくり返った。
榴弾の爆風が回廊を駆け抜けて行ったが、チームはあまり気にしていない。
完全に装甲で覆われた結果、破片が襲い掛かってきても気にならないのだ。
そして、バードが短い声を上げたのは、爆風の問題では無い。
背中を預けた壁がグルリと回って隠し通路が現れたのだ。
まるで忍者屋敷のように隠しギミックが仕込まれた通路。
その意味する所はひとつだろう。通路の裏を使って人を送り込むのが目的だ。
『これは予想外だな……』
バードの倒れ込んだ隠し扉を見てドリーがぼやいた。
ここにこれがある以上、他にもあると考えた方が良いはずだ。
つまり、ここまで進行してきても、後方は安全と思い込めないと言うこと。
後方からいきなり敵が現れる可能性があるし、回り込まれる可能性もある。
『後方警戒が必用ですね』
ドリーの言葉にアナスタシアが応えた。
死体が残っていた部屋に押し込まれた彼女は、震動センサーで辺りを見ていた。
彼女の頭部ユニットは様々な周波数に対応するセンサーの塊だ。
音響探査で壁の厚みを計った結果、アナの視界に危険箇所が浮かび上がる。
『アナ、通路の向こうに何があるか見えるか?』
テッドは壁に手を触れてそうたずねた。
榴弾の炸裂した辺りには大量の死体が転がっていた。
その中に幾つか死にきっていない者が居て、うめき声が聞こえる。
音響探査のノイズでしか無いその声を無視し、アナは壁の向こうを探査する。
壁越しとは言え、音による探査は驚く程の情報をもたらした。
『大佐。ここにも通路がありますが、そちらの通路とは繋がっていません』
音響探査による空間把握マッピング。
サイボーグゆえの装備だが、その視界を共有できるのは便利だ。
『……そうか』
僅かに沈んだその声音は、テッドの逡巡そのものだ。
それを察してか、ドリーは明るい声で提案した。
『入口まで戻るのは面倒です。後方警戒しつつ前進しましょう』
それは、作戦の当初目標その物だ。
まずはこの城の中心部へと向かう事。それが本義。
占領や敵の排除が目的ではないのだから、余計な労力を払う必要はない。
『そうだな。フォーメーションを堅持しつつ前進しよう。アナは左右の壁向こうを警戒しろ。何が出て来てもいまさら驚かないが、何か未知の兵器を使われると厄介だから何も見落とすな。良いな?』
手堅い対処と簡潔な指示。
テッドが堅持してきたスタイルはまだ有効だ。
『あの良く解らないものが居る屋上まで行けば解るでしょうね』
ジャクソンがそう返答したのだが、何となくバードは胸騒ぎが収まらなかった。
絶対これじゃ終わらない……と、変なところで確信しているのだった。




