最後の降下へ
~承前
……ほぼ人間卒業だ
偽りのない本音を言うなら、バードの結論はこれだった。
キャンプスミスのフィッティングルームにはBチームが結集している。
全員が一糸まとわぬヌード状態で。
ただ、今はある意味、裸よりも酷いかも知れない。
何故なら、本来は人工皮膚で覆われているはずの機体が丸見えだから。
炭素系素材と軽金属で作られた機体が剥き出しの状態。
サイボーグの身体を構成する基礎骨格が丸見えになっていた。
「こうなるとアレだな。つくづく自分が機械なんだって思い知らされるな」
軽い調子でライアンがそう言うが、それは悲嘆の裏返しだ。
元々に辛い人生だった関係か、この男は辛い事ほど明るく言う傾向がある。
多分に人間的な部分での特性なのだろうが、辛い事を辛いと言えない性分だ。
それで大きく損してる部分もあるが、周囲の理解で我が儘キャラになっている。
結局、辛い事を辛いと言えないと、人間は折れてしまうものだから。
「まぁ良いじゃねーか。俺たちゃベッドの上で痛みに呻くなんてねぇからよ」
少々投げやりな言葉でペイトンが返すと、多くの者が力なく笑った。
無いのではなく出来ない。それを強がって言っているだけに過ぎない。
そんな事すら理解できないわけじゃ無い。
ただ、少なくとも現状の『自分』を見れば、全く別の評価も出てくる。
バードを含めた数名は基礎骨格が剥き出しのスケルトン状態だ。
本来なら重要機器が収まるバイタルパートの基礎装甲すら無い。
「なんか凄く……不安感が募るな、これ」
男性型サイボーグの中でも細身のロックがそんな事を漏らす。
パワーより瞬発力を取った現代の人斬りは油圧とバネのハイブリ構造だ。
それ故か、厚めにセッティングされていた基礎装甲を降ろすのが怖いのだろう。
「なんだロック。不安か? けど大丈夫だ、心配するな」
良いタイミングでテッド大佐がフィッティングルームへ来た。
ロックの不安を見て取ったのか、大佐は優しげな声でそう言った。
ある意味、親の愛に飢えていたロックにとって、もう一人の父親であるテッド。
そんな大佐が安心させるように言うのだが、そのテッドはと言うと……
「オヤジのそれ、スゲーな」
ジャクソンすらも驚く姿。基礎骨格部分に直接ボルト留めされた分厚い装甲。
その上から増加装甲を幾つも貼り付けられ、更にオプション武装が付いている。
サイボーグの身体じゃないと出来ない姿。サイボーグにしか出来ない装備。
かつてバードも経験した、Dチーム向け機体の様な姿だ。
「行きつくとこまで行った感じだな。ただ、これはこれで安心感がある」
軽い調子でそんな事を言うテッドは、自分の両腕をしげしげと見ていた。
過去幾度も行われたサイボーグ向け装備の研究で、色々と経験したはずの男だ。
心のどこかには『これ以上は……』と言う思いがあるはず。
人ではなく機械扱いされる事への不快感を幾度も経験してる筈なのだ。
「しかし、こうなると個人の識別がより一層不安になるな」
ボソッと零した長身のビルは、大きな身体に小さな頭でアンバランスだ。
G35系列は基礎フレーム単位で個人向けにパーソナライズされる代物の筈。
だが、少なくとも現状では個人差を認識するものが身長だけになりつつある。
だが、そこへ姿を現したアナスタシアは、遠慮無く口を挟んだ。
すっかりチームに溶け込んでいる彼女は普段よりスレンダーに見える。
「そうでも無いですよ、ほら」
まるでバレリーナの様にくるりとターンした彼女は笑みを添えてそう言った。
人種的な面もあるだろうが、そもそもにアナスタシアは細くて華奢だ。
そんな彼女も装甲をボルト留めしているが、それでも細身に見える。
黒ベースの機体に白系のカバー装甲が付いていて、細い緑のライン入りだ。
ジェンダー的な差異がしっかり残っていて、バードは少し安心した。
ただ、少し不思議なのはアナスタシアの両耳辺りだ。
アンテナ状のものが突き出していて、その後ろはヘルメット状になっている。
――――――通信担当だからかな?
そんな事を思ったバードだが、男性メンバーはそれに興味がなさそうだ。
「これで共通のヘルメット被っても見分けくらいはつくな」
「男か女かでだいぶマシになるぜ」
ライアンとペイトンがそんな事を言う中、整備中隊がロックとバードを呼んだ。
半ば夫婦の様に扱われていて、最早それについてチーム内でも違和感が無い。
なんとも心地よい状態を味わえるのだが……
「さて……喧嘩装備だぜ」
ロックはまるで抜き身の戦大刀だ。
人工眼球に力がこもっていて、何処かギラギラとしている。
「あんまり入れ込まないでね。少し怖いよ」
「そうか?」
バードの指摘にロックが笑い、見せ付けるなとチームも沸く。
そのまま整備室へと入っていったバードだが、そこには部品が並んでいた。
そして、自分自身に様々な装備が直接ボルト止めされ、流石に表情を変えた。
喧嘩装備と言うより、最早完全な戦闘マシーン化だ。
かつて使ったTー500型より禍々しいオーラを放っていた。
「基礎装甲は撤去しましたがバイタルパートの防御力は向上しています」
整備中隊に所属する技術兵曹のコネロは柔らかい笑みでそう言った。
最近シリウスへと来たらしい彼女は、テック系企業からの出向らしい。
――――――ここはエンジニアには天国ですよ
最初の挨拶で遠慮無くそう言った彼女は、バード専任整備スタッフだ。
サイボーグと言えば男女性差が消失しやすいのだけど、姿形はやはり女性。
重病経験者なバードは男性技官をあまり苦にしないが、それでもやはり……だ。
「こっちはどうなの?」
バードが興味を持ったのは両腕両足の部分だ。
やはり女性的な凹凸を持つ柔らかな曲線の胴体とは異なるデザインだった。
「この辺りの可動部は完全に防護されてまして――」
コネロが指差したのはバードの両足。
長く伸びた細身の両脚は最初から高密度なタングステン系装甲が付いている。
膝や足首部分には可動部をすっぽり覆う装甲がシャッター状に付いていた。
「――隙間無くガードしてあるので50口径弾の直撃にも耐えられるはずです。それ以上の運動エネルギーがあると微妙でしょうけどね」
すっかり装甲をまとう姿になったバードは自分の両手を見ていた。
強靭な構造の高密度金属で構成された五本の指にグローブをはめた状態だ。
「なんか指先感覚がグローブ越しになってるね」
「そこまで補正されてるのは凄いですよ」
フフフと笑ったバード。コネロは最後にカチューシャ状の部品を出した。
今のバードは頭部ユニットの後方に脳殻が丸見え状態だ。
「このヘッドユニットに後頭部の基礎装甲を装着します」
バードの両耳あたりにまるでアンテナ状のもの。
アナスタシアにも付いていたそれは、なんだろうか?
「これ、アナにも付いてたよね?」
「えぇ、そうです。ミリ波レーダーアンテナです」
レーダー!
流石のバードも少し驚いた。しかし、間違いなく便利な装備でもある。
暗がりの中では暗視機能と共にレーダーがあれば便利だ。
過去幾度も漆黒の闇でレプリを逃がしていた。
サイボーグの視力を持ってしても、真っ暗闇と言うのは難敵だからだ。
「……真っ暗闇でも見えるって寸法ね」
「その通りです。視界に地形生成出来ますし、赤外と連携すると凄いですよ」
純粋なエンジニアであるコネロは嬉しそうに説明を続ける。
頭頂部から両耳の辺りにアンテナユニットを装備したバードは少し首を振った。
「重さは……感じないのね」
「その辺りは補正されてますからね」
両耳の辺りでネジ止めされたアンテナ部の後方へ少し大きめのカバーが付いた。
脳殻ユニットを護る防御装甲は分厚くて2重構造だ。
「こっちの方がよほど重く感じるはずです」
「……ほんとだ」
頭部の重量がズシッと首に掛かり、バードはその重量を思った。
ただ、それで首や肩が凝るかと言えば、そんな事は無いのだが。
「つくづく機械ね。今の私は」
「機械じゃなくサイボーグです。中身は人間なんですから」
すかさず否定して見せたコネロ。だが、その手にあるのは電動ドライバーだ。
医療行為で様々な機器を目にしたバードだが、このシーンは些かハードだ。
――――――もはや人間では無い
問答無用でそんな現実を突きつけられている状態だ。
内心に僅かな波風が立つ中、コネロはパーツケースから新しい部品を出した。
それは、貼付式の生体パーツ。頭髪状に髪が植毛されたものだ。
それを手にしたコネロは、慎重に場所決めしつつバードの前頭部に貼った。
頭頂部からアンテナ側を挟んでの前側、僅かしかないエリアをカバーしたのだ。
「頭髪があるのね」
「これくらいは許してほしいですよね」
「……そうね」
その毛髪はボブ位の長さがあり、コネロはブラシに持ち替えて髪を梳かした。
頭部ユニットにグレーの髪が伸びていて、その中からアンテナが出ていた。
「……アニメのキャラクターみたい」
「何処かの企業がタイアップしようって言ってきますよ」
その間にも両腕両足部に装甲ユニットが取り付けられ、着々と仕上がっている。
これで武装を持てば、完全にDチーム状態だった。
「出来上がりです」
「やっぱり人間卒業だわ」
もはやそれ自体になんの感慨も無く、バードは鏡の前に立った。
ブラックの基礎構体のホワイト仕上げの装甲が載っている状態だ。
基本的にはアナスタシアと同じで、細くて華奢な構造に見えている。
ところどころに赤い線が細く入っていて、ワンポイントに目立っていた。
「なかなかスタイリッシュね」
それが精一杯の強がりなのは言うまでもない。
この状況を楽しめる位でいないと、言葉にならない絶望に押し潰されそうだ。
だが……
「専門のデザイナーがデザインしてますからね。オートクチュールですよ」
コネロは遠慮なくそんなことを言った。
その姿を一言で言えば、アニメ作品に出てくる大型戦闘ロボットだ。
女性的な膨らみや曲線の上に装甲が乗っている状態だからだ。
基本的な部分における構体構造はそのままに、側だけ変えた姿。
個人の戦闘スタイルを前提に最大限の適正化を図った状態だろう。
「オートクチュールというよりカロッツェリアかしら」
強がりの上乗せでそう返したバード。
内心の忸怩たる思いは噛み砕いて飲み込んだ。
――――――工業製品ね……
人間性の限界を感じていたバード。
その内心をやっと感じ取ったのか、コネロは少し硬い声で返した。
「……そうとも言いますね。けど、中尉専用のドレスですよ」
言いたい事をやっと汲んでくれた。バードはそれだけで少し笑った。
それにつられたのか、コネロも少し固めの笑みを浮かべた。
ふたりしてウフフと笑ったバードとコネロ。
ある意味で自分専用に仕立てられた専用のドレス。
そう考えれば、少し気が楽になる。
――――――高いんだろうな……
普段ならそんな事など1ミリも考えないはずなのだが……
「大事に着なきゃね」
不意に口を突いて出た言葉。
この機体が軽く2億ドルを越える高価な装備なのはバードも知っている。
だが、それに対するコネロの反応は意外なものだった。
「いえ、メーカーとしては遠慮無く着壊してほしいと思いますよ」
思わず『は?』と返したバード。
コネロはコロコロと朗らかに笑って言った。
「だって、限界まで使い倒して壊さないと、どこが弱いか分かりませんし」
……あぁ
バードも流石に反応に困った。
コネロは1ミリの悪気なく、バードの無事よりデータが大事と言い切った。
エンジニアという生き物の宿痾。或いは本能とでも言うのだろうか。
より良いものを。強いものを。少しでも進化したものを。
そう言ったものを本能的に求めてしまうが故の事だった。
「そうね。次にサイボーグになる人の為に……だね」
少し残念そうな表情でそう言ったバード。
コネロはその意味も理由も気が付かず、ただ淡々と作業を進めた。
社会の中には一定の割合でこの手の人が居る。
共感性や心情と言ったものを理解したり慮ったり出来ないタイプの人だ。
「さ、出来ました! カッコいいですね!」
まるで幼い男の子のように目を輝かせるコネロはニコニコとしている。
そんな状態ではあるが、自分の仕事を忘れたわけじゃ無かった。
「そうそう。これが必要ですね」
コネロが取り出したのは、細くて薄い銀のフィルムだ。
そのフィルムをまるでイヤリングのようにバードの側頭部へと取り付けた。
短波レーダーのアンテナ部分に下がるそれは、文字通りな耳飾り状態だ。
「これは?」
「空中放電アースですが、同時に静電検知機能付きです」
なるほど……
隅から隅まで徹底的に考えられているバードの装備。
最近じゃすっかり忘れていたブレードランナーとしての仕事にも便利そうだ。
けど、まだこれからレプリ狩りをすることはあるのだろうか?
そんな事が気になったバードの意識を聞き覚えのある声が現実へ呼び戻した。
「バーディ」
すっかり出来上がったバードの所へロックがやって来た。
それ程広くない作業室が少し手狭になった。
「ロックも終わったんだ」
「あぁ。すっかり人間卒業だぜ」
「……ほんとね」
少しばかり沈んだ声でそう返答したバードだが、内心は爆発しそうだった。
バードと同じく細身で軽量の機体は、各所が細く長く設えられている。
中肉中背な姿格好だが、力の必用な箇所にはしっかり手当てが入っていた。
いわゆる細マッチョ体型を突き詰めると、こうなるのだろうなと言う体型だ。
――――――格好いい!
一瞬だけ胸が高鳴った物の、それ以上に気になる物もある。
身体は機械かも知れないけど、心の芯は乙女が同居しているのだから。
「ロック。どう?」
惚れた男の前でクルッとターンしたバード。
ロックはニヤッと笑ってからバードを抱き寄せた。
「良いじゃん。良いね。似合ってる」
バードと同じく黒ベースの機体なロックは増加装甲も黒締めされている。
ポイントポイントに細い赤線が入っているロックは、より細い印象だ。
「良かった」
満足そうにそんな言葉を返したバード。
そんなふたりを見ていたコネロは黙って笑みを浮かべている。
「つーか見せ付けてんじゃねーよ! チキショウ!」
憎まれ口を叩きつつ姿を現したライアンもまた、ロックと同じスタイルだ。
ただ、ライアンの場合はポイントラインが赤ではなくオレンジになっている。
「これで個人認識出来るね」
バードの指がロックとライアンの身体にある線をなぞった。
ロックが赤でライアンがオレンジ。じゃ、他のメンバーはどうだろう?
あれこれと気になる事も多いが、それより作戦が重要だ。
「うるせぇ! 行くぞレッドセット!」
ロックとバードに当てられてライアンは少々お冠モードだ。
ただ、そこで初めてバードは気が付いた。
――――――あ……
機体に入れられたワンポイントのライン。
自分とロックは赤のラインでお揃いだ。
「ロック……これ」
バードは自分の機体に入っている線を指差した。
朴念仁でぶっきらぼうの極みなロックも、それには柔らかく笑みを返す。
「……何処に居ても見失わくて便利だぜ」
お揃いだね!とでも言って欲しかったバードだが、解っている。
ロックなりの照れ隠しで、しかも相当嬉しい事だと言う事に。
「早くしろよ!」
相変わらずなライアンに『いま行く-!』と返しつつバードは笑った。
フンッ!と鼻を鳴らして先に部屋を出たライアン。
その後ろ姿をふたりで見送った後、ロックはバードを抱き寄せた。
「ここはオリジナルの機体そのまんま?」
そんな言葉と共にロックの指が触れたのは、バードの顔だった。
今更何処を触られても怒らないし、むしろ嬉しいまである。
バードは嬉しそうにニコリと笑った。
心底惚れた男にだけ女が見せる笑顔だ。
「そうです。G35系列のヘッドユニットです」
コネロはデータシートを見てそう言った。
短く『そうか』と返したロックはバードの耳飾りに触れた。
「これ、似合ってて良いな」
「そう?」
嬉しそうに反応したバード。
ロックは『あぁ』とだけ返答し、そのままバードの頭を引き寄せた。
「ここの柔らかさも変わってねぇ」
いきなり抱き寄せられてキスされたバード。
コネロだけじゃなく、他のスタッフも居たのだが……
「……バカ」
口じゃそんな事をいうが、まんざらでも無いバード。
ただ、その直後にロックの表情が変わった。
「さて、最後の降下に行こうぜ。これでしめーだ」
惚れた女にだけ見せていた男の顔がスッと消えた。
そこに残っていたのは、まるで剥き出しになった戦大刀その物だった。




