時間減速
~承前
その光景を前にした時、バードは一時的な感情喪失に陥った。
理屈とか理論とかそう言ったものではなく、大いなる何かに触れたのだ。
『嘘みたい』
ラジオの中にそう呟いたバード。
間髪入れずに帰って来た言葉はヴァシリだった。
『事前情報通りですね。単に浮いてるだけですよ』
さんざん実戦を経験した元下士官は、感情と現実を切り離して考える。
痛みなど信号に過ぎない。疲労は単なる錯覚。そんな強さだ。
ただ、少なくとも目の前に有る『それ』を前にすれば感情はマヒするだろう。
グラウンドゼロ。或いはセントゼロと呼ばれるシリウスの聖地。
その中心には地上から分離され空中に浮かんだ何かがあった。
『……城……だな』
闇夜に紛れ空中降下中のBチームだが、ビルは慎重な物言いでそう呟いた。
孤立大陸ヲセカイ上空7000メートル付近を降下する真っ最中に。
それは、地球人類のイメージする如何なる文明圏のモノとも異なるデザイン。
だが、その構造も見た目から受ける印象も、全てが城だと思わせるもの。
戦う為の砦であり、巨大な兵力を涵養する施設であり、そして生活の場。
同時にそこには、人の営みを感じさせる様々なモノがあった。
ただ……
『けど……なんか妙ですね』
ダハブが言う通り、それはだいぶ奇妙な光景だった。
クレーター状地形の中心部に宇宙船レベルの巨石が浮いているのだ。
そしてその巨石から城としか説明のつかない物が生えている。
他にそれを簡潔に説明出来る言葉など無く、まさに生えているのだ。
空中に浮かぶ巨石の底面辺りからぶら下がっている城。
巨石を水平軸で回転させれば、そのまま地面に降ろせる状態でだ。
『……色々言いたい事はあるだろうけど、まずは城が浮いてる事をシュールだと思う位のマトモさは……失いたくないな』
ドリーがそんな事を言うとラジオの中に笑い声が起きた。
その通りだとバードも思う。まず、城が浮いてる事に違和感を持て!だ。
ただ、シリウスに来てから、いや、サイボーグになった時からずっと。
今日ここに至るまで、まともな神経では理解出来ないものを見てきた。
街に生きる普通の人々では想像すら付かないものを沢山見てきた。
だからだろうか。こんな光景にすら違和感が湧かないのだ。
むしろ、だから何?と、どこか感情が乾ききっていた。
――普通に考えればおかしいよね……
自分の意識や認識がすっかり世間とずれてしまっている。
改めてそれを突きつけられた時、バードは率直に思った。
これじゃお嫁に行けないな……と……
――――――2時間ほど時間を遡る
「言いたい事は解っている。だが、これはおそらく現実だ」
モニターを前にして、完全武装のテッド大佐が切り出した。
その隣にはヴァルター大佐が居て、同じように重武装だった。
「大佐。これ……映画か何かですよね?」
流石に信じられない……と言わんばかりのアーネストがそう言う。
その隣に居たヴァシリもまた『ドラマのセットとか』と漏らす。
強襲降下揚陸艦ハンフリーのハンガーデッキ。
人口皮膚を剥がし重武装になったBチームは、降下前最後の打ち合わせ中だ。
使い古した大型モニターに直接ジャックインし、テッドは説明を続けていた。
「いや、映画でもドラマのセットでもない。これは現実の光景だ――」
テッド大佐に代わり声を発したヴァルター大佐。
惑星ニューホライズンを周回する地上観測衛星が捉えた映像。
それは、先の戦闘で大破したセントゼロモニュメントの再建シーンだ。
「――理屈は解らないが、現状はこうなっている。たぶん見えない風船でも付いてるんだろう。色々と経験してきたし、理解不能なシーンだって幾度も見て来た。まぁ、こんなのかわいい方だ」
ヴァルター大佐が笑顔で言うと、隣のテッド大佐が小さくプッと吹き出した。
何故なら、画面の中には巨大な岩が空中に浮き上がっていたから。
オーストラリア大陸にある地球最大の一枚岩、エアーズロック。
あの半分はあろうかというサイズの岩が空中に浮き上がっている。
そしてその巨石の片隅に、なにか建造物がぶら下がっていた。
――――――ここへ突入すんのか?
過去幾度も突入戦を経験してきたBチームだ。
今更怖いだの気持ち悪いだのなんて寝言を言う訳じゃ無い。
ただ、大佐の説明にチーム全員が揃って最悪レベルの渋い顔だ。
少なくとも、その訳の分からぬ事態の内部へ突入するのが確定した。
テッド大佐に鍛え上げられた面々は、もはや諦めの表情だ。
「心配するな。この中は幼い日のエディが道案内したらしいから、データはあるし道に迷うことも無い。さっさと終わらせて撤収だ」
テッド大佐はモニターに内部構造を表示させた。
パッと見よりも広くて深い構造らしい事が見て取れる。
そして同時にバードはロックを見た。
そのロックもバードに視線をやって怪訝な顔だ。
「ここ……入ったね」
「……あぁ。例の士官総会のコスプレ会場だ」
そう。仮想空間に作られた士官総会会場の城。
あの城その物が表示されているのだ。
――――全部予定通り……
エディが描いた画の通りに事態が進行した。
その深謀遠慮にBチームの古株達が舌を巻く。
こうなることを前提に、エディは前もって城の構造を教えてあったのだ。
それもご丁寧に、遊びの一環的なアトラクションで……だ。
「けど、これさ…… って言うか城って浮くもんか?」
驚きを通り越した声でライアンが言う。
そう。映像にはセントゼロ再建現場で起きている超常現象が示されていた。
「浮いてるんだから仕方が無い。そのまま受け入れるしかない」
ヴァルター大佐が軽い調子でそう言う。
だからと言って飲み込めるものでもない。
「最初からこうだった訳じゃない。順繰りにそうなったらしい」
テッド大佐の説明によればこうだ。
突入作戦の後始末で内部の片づけと犠牲者の遺体収容などが行われた。
その全てが終わった後、ここはシリウス資本により大規模な再建が始まった。
シリウス開拓史において重要な施設故に、シリウス中から参加者があった。
だが、その事件は作戦から1年後。今からおよそ半年前から始まった。
――――――何かがおかしい
作業に当たっていたスタッフから様々な言葉が漏れ始めたのだ。
最初は異常に疲労するというモノで、午後には立てなくなったという。
それこそ、午前中の点呼ではピンピンしてた作業員が、お昼にはやつれていた。
再建委員会は一計を案じ、午前と午後でスタッフを入れ替え始めた。
一時は疲労問題も改善したのだが、今度は翌日も疲れが残ると言い始めた。
対策の為に高カロリー食が支給されたが、全く効果が無かった。
そして最初の事件が起きた。
地下で作業中に迷った作業員が足を滑らせ転倒。
足を痛め蹲っている間に死亡した。
その死因は老衰だった。
死体が発見された時には、まるでミイラのように乾燥しきった老人だった。
まだ28才の若者だった筈なのに……だ。
セントゼロを徹底的に調査した結果、再建委員会は一つの結論に達した。
この場の時間速度は一定ではなく、加速と減速を繰り返している……と。
そして、加速中の段階で人が入れば、命に係わるという事が解った。
時間の流れる速度が5倍近くまで速くなっているらしいのだった。
その原因を探るべく様々な調査が行われたが、理由は全く分からない。
まるですぐ近くにブラックホールでもあるようだ……と誰かがこぼした。
だが、その直後にそれが事実だとデータが出た。
巨大な重力場による空間湾曲と時干渉。
相対性理論で予言されていた強い重力による時間への影響。
ウラシマ効果が直接観測出来るレベルで起きていたのだ。
ただ、その結果として困った事態になり始めた。
加速した時間が減速し始め、今はとんでもない事になっている。
何処かにある巨大重力の影響を受け、セントゼロの地下遺跡が浮き始めたのだ。
「で、俺たちの出番って訳ですか」
呆れ声でそう言ったペイトンは、渋い顔のままだ。
シリウスのローカル政府が出した結論はひとつ。
この遺跡の中に突入して原因を調べてくれ……だった。
「まぁ、生身と違って俺たちは……な」
同じように呆れ声で漏らしたヴィクティスは既に諦め顔だ。
だが、実際の話として言えば、諦めてるのではなく予定通りとも言える。
なぜなら、このBチームに関して言えば、既にその原因を知っているからだ。
「前もってエディから聞いといて良かったぜ……」
ロックが言うそれは、事前に見せられたエディからのビデオレターだ。
もはや脳機能の停止を待つばかりなエディによる遺言めいたメッセージ。
ただしそれは、まともな神経や精神では見ていられない代物だった。
ビギンズと呼ばれた存在が、なぜそうなったのか?と語ったものだから。
「要するに、エディの前世だかその前だか知らないけど、因縁を断ちに行くって事で良いんだよな? 神はそう言う差配をされたんだろうさ」
普段あまり口を開かないダニーがそう言うと、何とも微妙な空気になった。
エディのビデオレターにあったもの。それは、エディの身の上話だった。
――――――私の前世の何処か
――――――私にも理解出来ない何処かでだ
――――――私はこの惑星の住人だった
このニューホライズンに残る旧先史文明の痕跡。
エディはその何処かで王だったと言う。
その話を聞いたバードは、不思議と全く違和感を感じなかった。
――――やっぱり……
そう。ロックやバードの感想は『やっぱりそうか』だ。
テッド大佐がポツリと漏らした王の剣という言葉と共に感じていたのだ。
「その時にあの城の中でなんかやらかした……って事ですよね?」
ヴァシリは何処か事務的な口調でそう言った。
いや、まともな神経で考えれば、あまりにオカルト過ぎて話にならない。
しかしながら、理屈では無く肌感覚で解るモノもある。
間違い無く、エディは王なのだろう。
それも、ただの王では無く圧倒的な支配者としての存在だ。
例えるにしても限度があるが、簡単に言えば神に近い存在レベル。
「まぁ、そう言うことだ。それがある場所までヘカトンケイルの8人を案内してみせて、その場で彼等に言ったそうだ。余はこの世を統べる太陽王であるって」
まじめ腐った顔でそう言ったテッド大佐だが、バードは気付いていた。
それを言うテッドの顔に誇らしげな色が混じっているのを。
いや、誇らしげと言うよりも、もっと大きな何かだ。
幼い子供が父親を頼もしそうに見上げるような、そんな畏怖と憧憬の顔。
太陽王の響きにバードは心の何処かが暖かくなった錯覚だ。
「んで、王様があの中になんかヤベーもんを置いてきた……って事ですよね?」
アーネストはすっかり下士官に戻って現実の確認に勤しんでいる。
そこに口を挟んだのはアナスタシアだ。
「エディ閣下のメッセージでは、時干渉すら行える魔女だったお后様が、今もそこで閣下の到着を待っているから……迎えに行って欲しいとの事でしたが」
そう。それこそがエディの出した最後の命令だ。
セントゼロに何があるのか?では無く、何が待ってるのか?の核心部。
地中に埋まった巨大遺跡を掘り返す為に散々と手を打ってきた。
その課程でシリウスと地球の諸問題を解決し、あわせて独立派を一掃する。
困難を極める作業ではあるが、その全てを上々に仕上げて見せた。
政治的手腕と心の強さと、何よりも、持って産まれた運の良さ。
その全てが異次元で理解不能な領域だ。少なくとも人間技じゃ無い次元で。
「まぁ、行ってみれば解るだろうし、行ってみないと解らない。そんなケースは今までさんざん経験したし、俺だってそうやってさんざんとエディに鍛えられた。行って突入してみたら事前情報と違うなんて事は何度もな」
軽い調子でそう言うテッドだが、その顔は何処か嬉しそうにしている。
相手を信じ、その上で試練を課し、経験を積んで成長して行く。
テッドにはそれが出来ると踏んだからこそ、エディはそうやって来たのだろう。
――――――凪の海は船乗りを鍛えない
エディが日頃から言っていたフレーズをバードは胸の内で復唱した。
シリウスの地上で牛飼いだった青年は、いつの間にかビギンズの片腕になった。
いや、片腕なんてモノでは無い。最も正しい表現は息子だろう……
「だから大佐が行くんですね」
少し笑ったバードがそう言うと、テッドは笑みを浮かべ『そうだ』と返す。
幾多の困難を乗り越えてきたからこそ解る、圧倒的な信頼と安心感。
その全てを持って、Bチームは事実上最後の降下に挑もうとしていた。
――――――セントゼロ上空3000メートル付近
『って! おい! 聞いてねぇぞ! マジかよ!』
唐突にそう叫んだジャクソンは、空中で明らかに狼狽していた。
空中に浮いている巨石が水平軸で回転を始めたからだ。
『……まるでお膳立てですね』
『全くだぜ。ここに降りろって言われてるみてぇだ』
ヴァシリの言葉にペイトンがそう返答する。
セントゼロに浮かんでいた巨石が天地方向を整えた。
『ここに降りろって行ってるみたいね』
バードは視界の中にレッドポイントを表示した。
降下目標点を仲間に転送したが、どうやら全員同じ事を思っていたらしい。
『バードが示した場所を目指す。あそこなら広そうだ』
テッド大佐がそう指示すると、誰よりも早くドリーが反応した。
ほんの少し前まで、テッドがまだ少佐で隊長だった時代の間合いだ。
『着地点は散開しない方が良さそうだ。微妙なバランスかも知れないし』
その絶妙な掛け合いにバードはヘルメットの中でニヤリと笑った。
まるでVRゴーグルのようなモノが装着された大きなヘルメットだ。
『バード。降りたらエリアサーチしてくれ』
ドリーでは無くテッドがそう指示を出し、バードは『アイサー』を返す。
そしてふと、無様なくらいに緊張してた最初の降下を思い出した。
火星の景色を見る余裕も無く、ダミーモードへ陥るのを必死で食い止めた。
あの時もテッドの渋い声でバードは安心感を得ていた。
――――いっぱい飛んだな……
あれから幾星霜、気が付けば降下は300回を越えた。
生身ならとっくに退役している回数だ。
サイボーグがどれ程強靱なのか痛感する部分でもある。
そして……
『ねぇジャクソン。またクラークケントやってよ!』
あの最初の降下の時、ジャクソンが見せた一発芸でバードは緊張を忘れた。
きっとあれは、線の細いお嬢さんが来たって部分で気を使ったのだろう。
なんだかんだ言って面倒見が良い男で、実は妻子持ちだった面もある。
無邪気で陽気で脳天気。しかし、締めるところはしっかりと。
思えばそのジャクソンにも随分と世話になって居た。
ただ、そんなジャクソンもちょっと狼狽したらしい。
何のことだっけ?と考え、それがバードの初降下だと思い出した。
『もう一発ネタするほど緊張しねーだろ? まぁ、次のお嬢さんが来たらな!』
少し冷たい回答が来て、バードはクスクスと笑った。
自分が成長しているのだと再確認出来たからだ。
そして……
『バルコニーらしき降下点まで残り500』
いつものようにレーザー計測で距離を測ったバード。
だが、そこで初めて違和感に気付いた。
――――あれ?
最初は錯覚だと思ったし、或いはクロックアップモードかとも思った。
だが、その何れとも違うと言うのをバードは視界の時計で確認した。
時間が減速し始めている。衛星から取っているGPS情報に誤差が出ている。
ウラシマ効果を勘案した情報を取っているから誤差が出るはずは無い。
『……恐らく時間減速が始まってます』
バードの声にアナスタシアが応えた。
『無線情報でも周波数が落ちてます。明らかに――
時間減速によるドップラー効果。
それを再確認した時、何かが全身を駆け抜けた。
まるで見えない水面に飛び込んだかのような錯覚だ。
何が起きているのか理解出来ないまま、バードはパラシュートを広げた。
目標点まで、残り100メートルを切っていた……




