親と子と孫と、そして戦争の行方
~承前
周回軌道上を今日も航行しているハンフリー。
艦内にはどこかだらけた空気が漂い始めていた。
――――もう戦争は終わり
そんな雰囲気に流されれば、どうしたって事故は起きる。死と隣り合わせな宇宙においては、油断と慢心こそが最大の敵。それ故か、地上から帰ってきたジーナの整備でクルーが慌ただしく動いている。
およそ軍隊という組織は、階級的により下の者が苦労する事で機能を維持する仕組みだ。だが、だからと言って上のものが苦労していないのかと言うと、決してそんな事は無い。
――――事故には最大限注意を払え
艦の下士官以下を束ねる最先任上級兵曹長は、艦長から直々の訓示を与えられていて、何処かピリついた空気を漂わせながら艦内の見回りに勤しんでいる。全員無事に地球へと帰る為の努力は、小さなミスを潰す事に注がれていた。
「……んで、なんだって?」
地上から戻ったBチームの面々は、ハンフリーのガンルームで各種報告を行いつつ次の指示を待っていた。真剣な表情で画面の文字を追うバードだが、隣から画面を覗き込んだロックがそう言うと、『今読んでるところ』とバードが返す。
――――……絶対このままじゃ終わらない
そんな確信がチームの中の共通認識として存在している。そしてそれは、一般的に解りやすい命令という形では下されないだろうという事も。軍司令部で『勝手にやらせて貰う』と言い切ったエディの深謀遠慮は、きっとここに繋がっている。
しかし、どんなにそわそわする様な状態であっても、士官階級は悠然泰然としていなければならない。艦を支配しコントロールする層が浮足立てば、下士官以下はその顔色から何かを読み取って緊張のレベルが上がるからだ。
戦闘艦艇である以上、常にベストの状態でいる事が求められている。その為にはまず、階級的に上の者が精神的な苦労を背負い込む事になる。そしてそれを下の者に悟られない様、努力しなければならない……
「まぁ、地上戦力の大半が完全にすり潰されたのは間違いないからな」
アラビアコーヒーを飲みつつ、スミスはタブレットで戦闘詳報を眺めている。そこに出てくる弾薬の使用量だとか消費した燃料の量だとかは、地上で何が行われたのかを雄弁に語るものだった。
「で、問題はどんくらい逃げ込んだか?って奴だな」
スミスの言葉にそう返答したペイトンは、もみ手をしながら窓の外を見ていた。実際にはカメラの捉えた映像が映るだけのモノだが、心理的に窓があるのと無いのでは全く違う。
眼下に見える広大な青い惑星を見れば、それだけで心が躍るもの。何より、使命感だとかヤル気と言ったものを奮い立たせてくれる効果がある。
「えっと、かいつまんで言うと」
バードがそう切り出すと、全員が話を聞く体制に変わった。
全員の視線が集まる状況だが、怖気付く様な事は無い。
「オーグ側資料が無いから正確な数字じゃ無いだろうけど、死亡確定判定の出ていない構成員は423名。それ以外は戦死確定でショウエイ・ノギの死体は収容されたけど、それ以外が見付かってないみたいね。MPによる捜査では死亡の可能性はかなり低いって」
バードの言葉にライアンがニヤリと笑って言った。
「ってこたぁ、まぁ、実際には吹っ飛んじまってカスしか残ってねぇってのも居るだろうから、良いとこ100人くらいか? 地下へ逃げ込んだ野郎は」
遺跡施設を完全に吹っ飛ばしたロクデナシどものうち、地下へと逃げ込んだ者が一定数いる。彼等はその後どうするのだろう?とバードは思ってるのだが、偶然目にした戦闘資料に、そのヒントが載っていた。
「……お誂え向きにセントゼロの構造資料が出て来たよ」
バードがニヤリ笑いを浮かべてそう言うと、『面白くなって来やがったぜ!』とジャクソンが身を乗り出してきた。同じようにビルも自分の席を立ってバードの所へとやって来る。
バードはモニターの角度を変えて全員が見える様にしながら、ヘカトンケイルの名前で用意されているセントゼロの構造図とレポートを読み上げ始めた。
「地下の巨大空洞は流水による鍾乳洞と思われる。その中に旧先史時代の大型住居施設が入り込んでいて、構造的には城塞施設と解釈するのが最も妥当である……」
それは、最初にここを見付けたヘカトンケイルのメンバーが直接潜って調査した非公開資料だった。ニューホライズンと称される惑星へ最初に到着したクルーのうちで、考古学的な知見を持つ者達が調査したものらしい。
だが、バードがそのレポートを読み上げているウチに、段々と聞いている面々の形相が変わり始めた。それは、旧先史文明の遺跡であると同時に戦争遺跡である事が読み取れるからだ。
「……旧先史文明を築いた者達による戦闘の痕跡は最下層から最上階層の全てで見られる。多くの遺体が完全に乾燥しきったミイラ状態となってから化石化したと思われ……る」
そこから先の内容は、俄には信じられない物だった。ただ、何が起きても不思議では無いし、実際彼等は光の速度を越えてこのシリウス星系まで旅してきている。それを思えば、魔法のような事態と言えども飲み込むしか無かった。
「んで、エディはどうするんだろうな」
やや離れた所で医療系のレポートを読んでいたダニーがそう言った。セントゼロの戦闘では各所で重傷者の最終的処分が行われたようで、オーグ関係者のうち、もう無理だとダブルブラック判定トリアージされた者をメディコが安楽死させた。
死に掛けに銃弾を撃ち込んでトドメを入れるのと安楽死させるのと、一体どう違うんだ?と言う気もするが戦闘中か否かで話が大きく変わるのだろうと割り切るしか無い。
「さぁな。まだ何も言ってこねぇ……」
ドリーは両手を左右に広げて肩を窄め、解りやすい姿になってお手上げ状態の意志を示した。だが、そんなドリーの姿を見ていた面々は『なんか隠してんだろ?』と疑いの眼差しだった。
ただ、何となく感じているのは、もうこれで終わりと言う空気。逃げ込んだから何なのだ?と言う部分だ。ヘカトンケイルのレポートによれば、地下空洞は水こそ流れているが、最終的にはどこかの地底湖に注がれ地下水脈となって終わり。
つまり、地上への出口はひとつしかなく、その出入り口となる部分は地上軍団がガッチリと封鎖している。つまり、地下に逃げ込んだなら袋のネズミ。後は放置で十分で、やがれ彼らは飢えて死ぬことになる。
「まぁ、やるにしたって――
何かをジャクソンが言いかけた時、ガンルームの扉が開いた。入って来たのはテッド大佐とヴァルター大佐の二人だが、その両手には大きな紙袋があった。
「待たせたな。地上土産を持ってきたぞ」
あくまで宇宙に居た事になっているBチーム故に、そんなジョークがテッド大佐の口から飛び出した。だが、その土産は分厚い資料の束だった。
「なぁオヤジ。例のアレ、どうしたんだ?」
ジャクソンが遠慮なくいったアレとは、シェルの事だと誰もが思っている。シリウス製のシェルをドライブして帰って来た筈なのだが、戦闘詳報やメディアニュースにはシェルの事が一言も触れられていない。
「あぁ。あれは…… まぁ……」
言い淀んでいるテッドを横にヴァルター大佐が応えた。
「博物館行きだろうな。関係者が欲しがってるようだ」
そうスパッと言い放ち、それ以上の情報を出さない。言いにくい事を上手くごまかしつつ、解る人間には解るように伝える。それもまた技術の内なんだと、バードは驚くより他ない。
「……で、だ」
ヴァルターは資料の束を全員に配りつつ、右目横の辺りをトントンと叩いて見せた。それが赤外による通信を指すのは、サイボーグなら常識だった。
【全員聞こえているな? 聞こえていたらサムアップ】
ヴァルター大佐の声が直接脳に響き、バードは小さくサムアップした。
【まず地上だが、各軍団から選抜チームが残って片づけをしている。軍本部の意向は地下に逃げ込んだ連中について一切考慮しない方針となった。シリウス統一政府の要望として、セントゼロにおける戦闘の継続を歓迎しないという事だ】
ヴァルターは室内をぐるりと見まわした後、『質問がある者は手を上げろ』音声を発した。その問いに誰も反応を示さなかったことで、今度はテッド大佐が切り出した。
【まず、セントゼロのモニュメントについて再建を行うとの事だが、その作業前に地下に降りる。501大隊の残存戦力全てが動員される。目的は……言うまでも無いだろう】
テッド大佐の言葉が終わると同時、ヴァルター大佐が言葉を継いだ。
【地下へ逃げた連中を根絶やしにし、合わせてビギンズ最後の胚を回収する。それでこの戦争はおしまいだ。私とテッドは延々と50年を費やしたが、その旅も終わりという事だ】
ヴァルター大佐がちらりとテッド大佐を見た。
そして、ふたりしてニヤリと笑いあって、何かをアイコンタクトしていた。
(……なんか嫌な予感がする)
理屈では説明できない領域でバードは何かを感じ取った。このふたりがエディにとっては手塩にかけた我が子のような存在であり、絶対無二の信頼を置く腹心の部下なのは嫌でも解る。
だが、それはつまりエディの持つ人間性の悪さとか手厳しい部分の全ても継承していると考えていいのだ。そして、何かをアイコンタクトしたという事は、まだ何か重要な事が控えている可能性が…… 可能性が……
(……あッ!)
バードは自分の直感が間違いなく真実だと思った。
そう。根拠のない確信だ。しかし、他に思いつくものが無かった。
「で、何か聞きたい事は?」
テッド大佐がそう言うと、バードは我慢しきれず己の直感をぶつけようとした。だが、その言葉を発する前に、隣にいたロックが口を開いた。予想通りに、予想外の直球で。
「エディも一緒に?」
(……え? あッ! ばかっ!)
思わず内心でそう漏らしたバード。
だが、当のロックはしてやったりの顔になっていた。
それこそ、イタズラ成功で自慢気にする子供のような顔だ。
「おいおい……」
思わず苦笑したテッドとヴァルターだが、ふたりとも『仕方ねぇなぁ』と言わんばかりに笑ってから言った。ある意味では予想通りの質問だが、ここまでの豪速球でストレートな問いが来るとは思わなかったのだろう。
「そうだ。その通り」
「最後は自分の手で行きたいんだろう」
ヴァルター大佐とテッド大佐が順番にそう応え、同時に『いい加減にしろ』と目でロックを叱った。あくまで直球勝負なロックのスタンスは、こんな時には要領の悪さとなって現れる。
だが、当の本人がそれで良いと思っているし、むしろ自分の強みだと勘違いしている節すらあるのだ。一番危険なところに飛び込み、そこで大暴れしてみせる。そんなやり方こそ、ロックの真骨頂でもある。
「何れにせよ、これで終わりだ。最後まで抜かり無くやってくれ。これ以上死人を出したくないからな」
テッド大佐はそれだけ言うとガンルームを後にした。ヴァルター大佐がその後に続き、チームの面々だけが部屋に残された。笑いを噛み殺すようにしていたライアンが最初に吹き出し、古株がみんなで大笑いし出した。
「よっしゃ! 一発噛ましてやったぜ!」
ペイトンがそう言うと、ニューフェイス達が不思議そうにしている。
不思議そうな面々を見てとったバードは、少しだけ小声で説明した。
「この前の降下で私達に断り無しに大佐が行ったでしょ? あれの仕返し」
そんな説明にアナやダブやビッキーがより一層不思議そうに笑っている。ヴァシリに至ってはポカンとした表情でバードを見ていた。だが、そんな新人達に向かいロックが畳み掛けるように言った。
「この飼い犬は飼い主の手だって噛むぞ?ってな。抜け駆けすんじゃネーよって噛み付いてやったのさ」
遠慮無くそう言いきったロックの言葉で、再び面々が大笑いだった。折しも艦内の軍内部向け情報番組では、地上戦における最終戦闘の終了が宣言されていた。
地上軍団を指揮していた将軍達が、荒れ地となった戦場に即席のスピーチ台を作って演説していた。だが、それで終わりなのは生身ばかりで、サイボーグはここからが仕事の時間……
「まぁ、なんだ――」
全員の笑い声が収まりかけたタイミングでドリーが切り出した。
メンバーが一斉に注目し、人懐こい笑みを浮かべたドリーも楽しそうだ。
「――最後はエディの役に立とう。もう本当に限界っぽいからな。最期は安心して貰いたい。ここまで本当にヤバい橋を渡ってきた人生なんだ。後を託すのに心配しなくて良い様にな」
そう。エディはもう限界だ。脳や機体の問題では無く命の炎が燃え尽きようとしているのだ。だからこそ……
「全くだ。俺達は……エディの孫みたいなモンだからな」
ジャクソンがそう言うと、古株連中が全員一斉に首肯した。
様々な困難を経てここまで辿り着いたサイボーグ大隊に残された最後の仕事。
それを全うするだけだとバードは思っていた……
第19話 オペレーション・ダウンフォール
――了――
第20話 オペレーション・トゥームレイダー へ続く
想定以上に話が膨らんでしまい、整合性を取る為に少々時間を要しました
第20話は9月くらいから公開します
もう一度見直しますので、少しばかりお待ちください




