理念の激突
~承前
「シリウスシェル!」
ダブがそう叫んだ瞬間、そのケンプファーが彼方に吹き飛んだ。近くにいたシンクに着弾した高速徹甲弾は、その運動エネルギーの全てをシンクの装甲に叩き込んだ。その結果、シンクはまるで綿埃のように吹っ飛び、ピンボールのようにケンプファーも吹っ飛んだのだった。
「ダブ!」
それを叫んだのが誰かは解らなかったが、助けに行く前に全員がシンクの影に入った。戦闘中の常識として、まず自分が助かる事が何よりも大前提だからだ。
ことにサイボーグの場合は自分自身が重量物という面がある。従って被弾救護に人手を割かれるので、チーム全体の戦闘力が大幅に減少してしまう。つまり、死ぬより被弾故障する方が迷惑を振りまく結果になる。
「機能正常! 機体に問題なし! ジャイロに誤差が出てますが戦闘は続行できます! 誤差潰しの再起動かけますので30秒ほどブラックアウトします!」
いつの間にかサイボーグ慣れしてるなと全員が思う中、ダブの機体が一瞬擱座したように動かなくなった。ただ、そんな中でもシリウスシェルは猛然と攻撃を続けていて、40ミリの弾が尽きるまで撃ち続けていた。
(これ、隊長じゃない……)
ブラックウィドウのマークが入ったドラケンを見ながら、バードはそれを確信した。こんな打ち方をするような人ではない。つまり、テッドではなく、本当にブラックウィドウこと、リディアがここに居る可能性を思った。
(……でも、どうやって?)
そんな方法など全く思い浮かばない。しかし、少なくとも目の前のシェルはオーグ関係者を攻撃している。つまりSRA関係者では無い。だが……
「ドリー! どうする!」
スミスはいつの間にか88ミリバズーカをラックに収め25ミリを構えていた。
その向こうに居るビルやペイトンも同じ装備だ。突入直後に25ミリへ持ち替えたバードは、若干タイミングが早かった可能性を思った。
「とりあえずこのシェルがどうするかだ! 仮に大佐たちなら天井を吹っ飛ばしてでも離陸するは――
ドリーの言葉が続いていた時、凄まじい大音響が響いた。そして同時に頭上から大量の瓦礫が降り注いだ。天井が抜けたらしいのだが、普通に考えて、そんなヤワな構造の建物ではない。
つまり、どちらかが攻撃して天井が抜けた公算が高い。少なくともこのホールに柱などが無いのだから、考えられることはひとつ。オーグ側が天井を爆破してシェルを埋めに掛かったのかも知れない。
「全員動けるか!」
ドリーがそう確認すると、メンバー全員が声を上げた。バードも『機体は正常』を返答し、同時に立ち上がれる事を確認した。そして、そこでこの異変の正体を知った。セントゼロの象徴ともいうべきメモリアルタワーが完全に爆破されていた。
「……うそでしょ」
濛々たる砂塵が舞い上がる中、何者かが崩れ去ったタワーの瓦礫を足蹴にしながら笑っていた。狂人の様に身をくねらせ、ゲラゲラと大声を上げて笑っていた。誰が見たってヤバいと思うような姿だった。
「ショウエイだ! ショウエイ・ノギ!」
人物認識に該当したのだろうか。ダニーはそう叫ぶと同時に瓦礫を弾き飛ばして飛び上がっていた。そこで笑っていたのは、あのオーグの首領のひとり。ショウエイ・ノギだった。
「ダニー! 構わずぶち殺せ!」
ドリーの簡潔な指示が飛び、ダニーは88ミリバズーカでは無く50口径機関砲を構えた。生身相手にバズーカでは肉片しか残らないはず。それでは駄目なのだ。間違い無くぶち殺されるシーンが配信される必用がある。
「OK! やるぜボス!」
ダニーが狙いを定めた時、再びもの凄い音が響いた。それと同時、Bチーム全員の足場が崩れ、セントゼロ遺跡の構造物全てが吹き飛ぶように大爆発した。その爆発に巻き込まれたバードは、思わず空中に飛び出すようにジャンプした。
中途半端な量ではここまでの爆発にはならないはず。つまり、SRA関係者は最初からここを吹っ飛ばすつもりで爆薬を仕掛けていた可能性が高い。そこにどんな意志があるのかは解らないが、上空へ飛び上がったバードは飛行モードに入った。
「シェルが離陸する!」
ヴァシリがそう叫び、バードは地上を見ていた。濛々とした砂煙に朝顔状のベクトルフラワーがオーバーレイされた。AIが計算したその大きさはケンプファーの比では無い。
「全員巻き込まれるなよ! 距離を取れ!」
ドリーの声を聞くまでも無く、バードは上空高くに飛び上がっていた。高度は既に7000を越えていて、ケンプファーの運動能力に舌を巻いていた。ただ、今まさにエンジンを点火したシェルは、一瞬で高度1万まで駆け上がれる代物……
「セントゼロが台無しだぜ!」
ロックがそう吐き捨てた時、真っ白な尾を曳いてシェルが飛び上がった。見慣れているオージンとは違い、どちらかと言えば鈍重に見えるデザインのドラケン。しかし、その能力はオージンに引けを取らぬ筈。
そもそも、シェルと呼ばれる兵器はその登場時点で、人類の作り出せる限界性能だった。だから当たり前と言えば当たり前の話だが、ドラケンもオージンも機動限界は同じと言える。
何が違うかと言えば耐久性だとか整備性だとかいうもの。パイロットにすればそんな細々とした取るに足らない違いでしか無い。尤も、それを整備維持運営する側に言わせれば、大きな違いになるのだろうが……
「ところでもう一機いる筈じゃねぇ?」
ビッキーが何かに気が付きそう言った。テッド大佐とヴァルター大佐のふたりが来ているなら、2機存在すると考える方が自然だ。
「って事は、もう一機は埋まってるのか?」
怪訝な声音でペイトンがそう漏らすと、全員が地上を凝視し始めた。離陸したシェルはあっという間に蒼空の彼方へ消えて無くなり、今はもう見えない。だが、今度は崩れ去った瓦礫を弾き飛ばす腕が現れた。
(こっちは……テッド隊長だ!)
理屈では無く直感でバードはそう思った。瓦礫を弾き飛ばしはしているが、その行動の何処かに気遣いが見られる。ややあって上半身を露わにしたドラケンは、全身に装備された武装を使って辺りを攻撃し始めた。
「あのシェルを支援する! 地上へ戻るぞ!」
ドリーの指示にバードは『ヤー』を返して一気に地上へ降下した。HALOを遙かに超える限界機動だが、全く恐怖は感じない。精神的な部分で麻痺している訳では無く、ケンプファーが完全な遠隔操作型という部分で油断しているのだろう。
「……って言うか、これ、やばくね?」
ジャクソンが抜けた声でそう言った。地上まであと僅かの所で見えたのは、シェルに向かって一斉に駆け寄るオーグ兵士の姿だ。その数はどう見たって100や200じゃない。まだこんなに居たのか?と驚く数だ。
「遺跡に逃げ込まれるぜ。これじゃ」
ウンザリ気味の声音でスミスが漏らすと、ライアンがいつもの調子で『まぁ、俺達が行く大義名分出来たぜ!』と応えた。本当にアクションが好きなんだと思いつつも、胸中のどこかで面白そうだとバードだって思った。
「手間は減らしておこう。その方が後で楽だ」
ビルが言うそれは、地下突入前提の行動その物だ。ケンプファーが持つ拡散型の兵器は50口径しかないので、バードは上空から射撃を開始しながら着地した。シェルの持つ近接兵器の死角部分はシェル経験じゃないとわからない。
そんな部分の全てをカバーしたBチームが一斉に射撃を開始した時、その後方から地球地上軍のハリケーン軍団が姿を現した。装甲戦闘車輌を使った戦列を構成しつつ、力任せの前進だった。
「おーッ! すんげぇッ! すんげぇッ!」
少しばかりのロシア語訛りを混ぜてヴァシリが叫ぶ。タイフーン軍団による猛烈な掃討射撃は崩落したセントゼロのメモリアルタワー周辺へと注がれた。
身を隠す場所が沢山ある関係で一気に全滅とはいかないだろうが、逆に言えば身動きを封じている状態だ。だが……
「え?」
「なんで?」
思わずそう漏らしたアナとバード。地上軍が一斉に攻撃をやめ、全員が装甲の影に隠れた。その直後『あれか!』とジャクソンが気が付く。全員の意識が空を向いた時、先ほど離陸したシェルが超高速で地表スレスレをフライパスした。
全身を叩く激しい衝撃の後、地上の各所から一斉に鈍いうめき声や断末魔の絶叫が響く。超音速フライパスによるソニックウェーブの一撃が地上を襲い、上空への遮蔽物を持たなかったオーグ側兵士が直撃を受けた。
強烈な衝撃波の恐ろしさは体験するまで解らないもの。外傷がほとんど残らない状況だが、ある者は脳にダメージを受け即死し、ある者は内臓系をやられ七転八倒の苦しみの末に死ぬ。
「そらっ! また来たぜ!」
一気に急上昇したドラケンは、くるりと方向を変えて急降下で高度を下ろした。既に音速を突破し激しい空裂音が響いている。それが心理的な圧力となり、オーグ兵士は混乱し始めた。だが……
「おいっ! あれって例のウォーモンガーじゃないか!」
ペイトンが見つけたその人物は、瓦礫の隙間から這い出て対空兵器を構えてていた。AIがデータベースから名前を見つけ、人物の脇に名前がフロー表示された。
「ジャミルか!」
スミスがその名前を叫ぶと同時、ジャクソンが狙撃仕様の50口径を構えて射撃した。12.7ミリの巨大な弾丸は榴弾で、鋭く伸びていきジャミルの頭蓋骨を完全に破壊したようだ。
頭を失った身体は糸の切れた操り人形の様に崩れ、その直後にその辺りが爆発を起こした。対空兵器が何らかの理由で爆発したのだろうが、そもそもシェル相手にそんな兵器では豆鉄砲も良い所だ。
「けどよぉ……」
「……ったくだぜ」
ロックのボヤキにライアンが応える。
オーグ関係者は死にゆく仲間を放置し、シェルへの対抗戦闘を準備していた。
「もう碌に武器も無いのに……なんでここまでするんだろう」
どこか悲し気に漏らしたアナの言葉。
それに答えたのは、ジャクソンだった。
「理由なんてシンプルなもんさ。嫌なんだよ。死んでも嫌なんだよ。その為に意地を張ってんのさ。嫌う権利と望む権利の激突だとか言うが、突き詰めればどっちかが死ぬことになるってこった」
人間各々に与えられた自由という権利の激突は、自由と平等を標榜する社会である以上、絶対に避けられない命題だった。誰かの権利を優先するために誰かの権利を制限できるのか?は、絶対に答えのない問題だ。
多くはそれを『マナー』だとか『思いやり』あるいは『譲り合い』と言った言葉でごまかすことになる。だが、そんな事は学者たちにやらせればいい事だ。たとえそれがどれ程現実と乖離したとしても、学者は理想論を出すだろう。それが社会に受け入れられなければ、社会が悪いと人民を呪いながら。
「さてっ! もう一発来るぞ!」
ドリーがどう声を掛けた時、地上側のシェルが猛然と射撃を開始した。30ミリと思われるその攻撃は、殺傷目的ではなく嫌がらせだ。周辺にバリバリと弾丸をばらまき、隠れているオーグ兵士を外へとあぶりだす行為だ。
「ひぇ~ 容赦ねぇな!」
アハハと笑いだしそうな声でペイトンが言う。それが人倫に悖る行為なのは言うまでもないが、ここで重要な戦術目標は『全部殺す』だ。少しでも生き残りを作れば、やがてそれはテロの温床となる。
例えそれが残りひとりになったとしても、生かしておくことは社会的なコストの増大を招くだろう。生き残ったオーグ側にしてみれば、社会へ負担を掛けること自体が報復であり、個人闘争の正当化その物になるのだから。
「来たっ!」
いつの間にか再起動を完了したダブが叫んだ。地上に大量の砂ぼこりを巻き上げながらシェルが通過していった。先ほどより若干高度があるのか、今度はそれほどのダメージが無いらしい。
ミスったのか?と一瞬首を傾げたバードだが、その直後に理由を理解した。恐慌状態になったオーグ側兵士が瓦礫から這い出て姿を現し、両手を上げて投降の意思を示した。
(……あっ これ、ダメな奴だ)
何がどうと簡潔な説明など出来ないが、それでも来る未来だけは見える。あのオーグ陣地の後方で見せしめにぶら下げられた幾多の死体。それと同じことがここでも起きる。
(ほらね……)
半べそ状態で泣き言を喚いていた兵士が後方から仲間に撃たれた。力が抜けて崩れたその死体を、何者かが銃で殴っていた。ただ、その直後に今度はその兵士が別の仲間から撃たれて死んだ。間違いなく即死だろう。
「……始まったね」
何の感情も感じさせないバードの言葉。まるで棒読みの様なその言葉は、いま目の前で繰り広げられている惨劇の感想ではない。この惨劇に至るまでに繰り広げられていた、壮大なわがままの後始末そのもの。
理屈や理念ではなく、純粋な感情論としての『嫌だ』から始まった闘争。それは耳に心地良いだけで実際には歪み切った理想を掲げた子供のわがまま。そんな我が儘が最大公約数に収まってるウチは、どんな団体も上手く事が運ぶもの。
しかし、団結だとか結束だのといった体の良い誤魔化し範囲から漏れた時にこれは起きる。要するに、無条件にお菓子をよこせ。求められた時に満足するまで際限なくと言う子供の我が儘が発露する。
権利と義務は表裏一体の関係なのだが、彼等はその義務を果たす部分を一切拒否しているに過ぎない。そして、義務とは必要なコストであることを理解している者達に、お前は騙されていると嘯き、間違った思想だと糾弾してきた。
その結果がこれだ。肥大しきった権利欲求の膨張が他者を踏みつける事への忌諱感を喪失させる。俺はまだやる気なのに勝手に降伏するな。だから殺す。或いは、もうやめたいのにこいつが邪魔。だから殺す。そして結果的に、全部死ぬ……
「理念の激突の結果さ……自由って言う宗教の激突だ……」
スミスの言葉には実感がこもっていた。長きにわたり本家と元祖で血みどろの闘争を繰り広げてきたアラビアの男は、最終的に至れる悲劇的な結末を良く知っているのだろう。
「宗教闘争か……こうなってくるとアレだな。宗教は毒だって思想にも一定の理解を示したくなる」
「まぁ、それを言ったのが共産主義ってイカレた宗教を盲信した赤い貴族だけどな」
ビルがポツリと漏らすと、ペイトンがそんな言葉を返した。基本的にはインテリな男故に思う事もあるのだろう。ただ、今起きている目の前の惨劇を見ていると、思想こそがすなわち毒なのだと思わざるを得ないのだった……




