表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第19話 オペレーション・ダウンフォール
317/358

絡み合う思惑

~承前




「なぁブラザー……」


 ボソリと漏らしたライアン。その声に『それ以上言わなくて良いぜブラザー』とロックが返した。ペイトンの機体が開いた穴は驚く程に細い。ケンプファーが通るにはギリギリのサイズだった。


「さて……何が出て来るかのお楽しみだな」


 久しぶりに死にたがりの顔が出て来たロック。そんな相方の脇を、バードは遠慮無くド突きたい衝動に駆られていた。だが、ギリギリの所でそれを堪え、辺りを観察する。


 (周囲に異常なし……か…… けど…… 静かすぎ……)


 上空から見た激しい戦闘は、文字通りな人の業にも見えた。勝ち組は燃え盛る炎の如く勢いを増し、全てを焼き尽くそうとする。だが、それに抵抗する側はもはや理念を通り過ぎた所で抵抗を続けていた。


 恐らくは彼等も敗北を解っているだろう。ただ、それとこれとは話が別。如何なる合理的な判断基準をもってしても説明出来ない所に核心がある。嫌なものは嫌だ。絶対嫌だ。死んでも嫌だ。それを飲み込むくらいなら死んだ方がマシだ。


 つまり彼等は死ぬために抵抗している。最終的に生き残れば自分達の勝ちで、負けるにしたって大人しくは負けない。徹底した瀉血戦術・瀉血戦闘の肝はここなのだ。つまり……


 (あぁ…… そういう事か……)


 バードはこれが全て仕組まれた事だと気が付いた。

 勿論それはエディ当たりの差し金だろうと思われた。


「これさ、サクサク行った方が良くない?」


 バードはもうそれを理解していた。彼等は順次後退しつつ、地球側戦力を漸減する戦術なのだろう。そしてその最終段階では遺跡に逃げ込むはずだ。地球側は遺跡に対する攻撃を控えざるを得ないだろうから。


 それ自体がオーグ側の目指す勝利条件への戦術的な要件だ。ただ、残念なことに彼等オーグ兵士はエディを知らない。いや、エディ=ビギンズだという事は知っているだろう。しかしながら、その人格の部分を、ハッキリ言えば意地の悪さを知らない。


 (意地と強がりの皮肉の塊なブリテン人だよ?)


 そんなエディがBチームに突入を許可するなら、これ位の事は平気でするはず。

 むしろ逆に言えば、すんなり招待してくれるなんて考えない方が良い。


「バードが言うとおりだぜ。ちゃっちゃ降りようぜ」


 ロックがそう言いだし、ワイヤーを使って慎重に進入を開始した。

 その細い穴は50メートル近くの縦坑で、その先は完全な暗闇だった。


「これさぁ……」


 漆黒の闇故に赤外の視界をオーバーレイさせたバード。それでも何も見えないので、最後には超短波レーダーのエコーを被せた。返って来たエコーによる空間把握でワイヤーフレームの視界が作られる。


 縦横50メートルはありそうな広大な空間で天井方向も20メートル近い。

 だが、問題はその広さではない。広大な広場の床には膨大な何かがあった。


「こりゃ極めつけにヒデェな」


 ケンプファーの赤外ライトを灯したペイトンが漏らした。

 バードやペイトンの視界に見えているのは、夥しい白骨死体だった。


「昨日今日とか言った次元じゃ無いな」

「あぁ…… こりゃビンテージもんな戦争遺跡だぜ」


 ロックのボヤキにダニーがメディコらしい所見を添えた。

 足の踏み場も無い密度で転がる白骨死体に、バードも閉口した。


 ケンプファーの脚部ユニットサイズを考えれば、踏みつけざるを得ない。

 そして、先ほどの足裏感覚を思い出せば、最悪の触感を味わう事になる。


 (ごめんね……)


 最初にそう謝ったバード。

 だが、だからといって赦されるモノでは無いのだろう。


「余り気乗りはしないが前進する。全員散開陣形だ」


 ドリーはそう指示を出し、バードはいつものように左翼に付いた。

 遠い日、あの吹雪のカナダで降下して以来、バードの持ち場がここだった。


「なぁドリー。何処まで行くんだ?」


 何かを確かめる様にビルがそう切り出す。心と感情を見つめる男は、何かの確信がある時以外にこの手の問いを発さない。つまり、この先にはビルが危惧する飛びきりの何かがある。


 (まぁ……噛み砕くだけか……)


 そんな事を思ったバードは、無意識レベルで震動センサーを起動させた。ブレードランナーの七つ道具にあるひとつだが、真っ暗闇では役に立つ。だが、そんな心配り的な行動は、後悔に直結するモノだった。


 (あちゃぁ……)


 バードが内心でぼやくと同時、漆黒の闇の向こうで何かが起動した。それが何かを確かめる前に、強い打撃が襲ってきた。視界の中にノイズが浮かび、AIが素早く退避行動をとった。


 と言っても遮蔽物一つない環境では全面投影面積を減らす事しかできない。つまり、蹲って左腕にある防循を前に出してセンサー類を護るだけだった。


「全員機能チェック!」


 ドリーがそう叫ぶが、その前にAIが自動でそれを開始していた。随分と気の利く仕組みだなとバードは感心するが、使えるモノは使わなきゃ損。勝手に走ったチェックプログラムは、何処にも異常が無い事を報告してきた。


「バード問題無し!」


 叫ぶように報告を入れると共に、武装の変更を行った。

 88ミリバズーカでは強すぎるので、背中の25ミリ砲に入れ替えたのだ。


 (ここで会ったが100年目って奴ね)


 バードの視界に写っていたのは、あのシスコの沖合に浮かぶ島で見たアイツ。

 吹雪のカナダでも見たAIで動く兵器。思考戦車(シンク)だった。


「くそッ! 本部の連中なんてモン持ち込んでやがる!」


 ジャクソンの声が響くと同時、強烈なマズルフラッシュが闇を照らした。

 スナイパーである彼が持っていたL-47が火を吹いたらしい。


「……こりゃまいったな」


 マズルフラッシュによるスミアが視界から消えた頃、スミスがボソリと漏らす。ロングバレルから放った12.7ミリの強烈な一撃が軽く跳ね返された。そして、それと同時にあの強烈な打撃が、別の角度からやって来た。


 そこに居たシンクは3輌だった。そのどれもが増加装甲を取り付けてある。

 シンクと言えば暴動鎮圧などで使われることも多いが、本来は戦闘用だ。


 (冗談でしょ?)


 強烈なバルカン砲がケンプファーの装甲を強く叩く。その打撃はおそらく20ミリ前後だと思われ、ケンプファーがよろける。容赦の無いその打撃は自重2tの兵器を後退させつつあった。


 (姿勢制御しっかりしなさいよ!)


 内心でそんな文句を言いつつ、バードは無意識に25ミリを構えていた。攻撃軸線上にシンクを捉え、確実にとった!と思った。だが、射撃フェーズに入る直前、そのトリガーを戻していた。


 理屈じゃ無いし、何の確信も無い。

 だが、頭の中の何かが全力で『ちょっと待て!』と叫んでいた。


「ドリー! 撃って良いの!」


 それは確実にバードの成長だった。問答無用で射撃に入らなかっただけマシと言う奴だ。少なくとも友軍兵器なのだから、何かしらの思惑がある筈だ。ただ、そんな感情の向こうにはもう一つの想いがある。


 ドリーだけが知ってる何か重要な情報があるかも知れない。何より、シリウス政府サイドの陣地にAI戦車があるなんて教えられてなかった。


「ちょっと待てッ! こんなの聞いてねぇ!」


 (そら来た!)


 ドリーの叫びに内心でそう毒づいたバード。だが、そんな感情は別の声でかき消された。無線の中に叫んだのはアナで、同時に視界が転送されてきた。無線などの通信関係スペシャリストな彼女は、電波で世界を見ていた。


AI(シンク)じゃなくてコントロール! 何処かに制御人員が居る筈!」


 電波遮断傾向の強いセントゼロ界隈でどうやってコントロールしているのか。

 ふとそんな事を思ったバードだが、同時に見落としていたものに気付いた。


 (地下までケンプファーを持ち込んだのって……これの為?)


 そう。生身相手にケンプファーを使うんじゃ完全にオーバーキルだ。何らかの方法でオーグ側がシンクを手に入れ、何処かで制御して切り札にしようとしている可能性がある。しかし、思考を巡らすウチにハッと気が付いた。


 (あぁ……そういう事か……)


 なんとなく腑に落ちたのは、視界に見えたワンシーンの結果だ。攻撃してくる思考戦車の後方には小さめのゲートがある。どう見てもケンプファーじゃ無理なサイズだ。


 つまり、思考戦車『も』片付けるためだけにケンプファーは送り込まれた。そう考えるのが自然だし、それ以外に目的らしい目的は思い浮かばない。だが、それならそれで、思考戦車相手でもケンプファーじゃオーバーキルだ。


「あの奥が入口って事らしいな」

「つまりアイツはゴールキーパーか?」


 ロックの言葉にライアンがそう応える。

 ただ、迂闊に戦闘すると遺跡の入口を壊しかねない状況だ。


「おぃドリー! どういう事だよこれっ!」

「俺が知るか! 聞いてねぇもんは聞いてねぇ!」


 ジャクソンの言葉にドリーがそう応える。その掛け合いにバードは不信感を持つが、答えは見えない。ただ、複雑に絡み合った疑問と疑惑の答えは、直後に姿を現した。後方で何かが派手に爆発し、暗闇が唐突に明るくなった。


 (……え?)


 思わず後方を見たバードは素直に驚いた。そこにいたのは、あのオーグ側兵士達だった。地球軍の猛攻に耐えかねたのか、逃げ場を求めて内部へと突入してオーグ兵士は遺跡の一部を完全に爆破し強引にエントリーしてきた。


 そこまでするか?と内心ではウンザリだが、逆の見方をすれば地球軍サイドはこのシンクを攻撃する事になる。それで遺跡が壊れれば、地球軍による蛮行と言う事で喧伝できるのだろう。


 つまり、この暗闇にケンプファーが送り込まれた理由は、シリウス人の心の拠り所をオーグ側に破壊()()()シーンの生中継。エディもエグい手を使うなとバードは感心する……


 (鬼ッ! 悪魔ッ! 最低!)


 エディの仕組んだその一手は、オーグ関係者も恐らく慮外だった筈。これで彼等は多くのシリウス人を敵に回す事になる。『さすがね……』とバードがそう呟いた時、思考戦車が唐突に猛烈な攻撃を始めた。

 

 (え?)


 あのシンクはオーグ側じゃ無いのか?と一瞬は混乱したのだが、直後にコントロールだと思い出した。つまり、死人に口なしをするべく皆殺しを選択した可能性が高い……


「とりあえず撃たれるな! 距離を取って遮蔽物を利用しろ! 死ぬなよ!」


 ドリーの指示に『ヤー!』と返答しつつも内心で(酷い連中)ボソリと愚痴をこぼす。ケンプファーはドローンユニットなんだから死ぬわけ無いじゃないかと。しかし、脳に強烈な打撃信号などが送られると、脳が勝手に死ぬ事もある。


 航空機タイヤのパンクなど強烈な衝撃波を受けた時、脳が勝手に死んだと勘違いして機能を停止してしまうのだ。


 (と言ってもさぁ……)


 地下入口前の広場に遮蔽物らしい遮蔽物は無い。シンクの攻撃は強い打撃を伴っていて、直撃を受ければ思わず仰け反る程だ。そして、当然の様に直撃を受けたオーグ兵士は木っ端微塵に消し飛ぶ。


 だが、そんな様子を見るとは無しに見たバードは気が付いた。彼等はみな病的なレベルで痩せ衰えているのだった。


「あいつらも必死だ!」


 珍しい言葉をスミスが叫んだ。あれだけシリウス人を毛嫌いしていた男がだ。オーグ兵士は携帯式の対戦車兵器を構えてぶっ放している。遺跡が目の前にあるのに何をしやがるんだ!とバードは思う。そして、同時に思わず声が出た。


「あ…… なるほど……」


 バードは振り返ってオーグ関係者に向かい、バリバリと25ミリを撃ち始めた。まるで豆腐をバットで殴ったかのように、その身体が木っ端微塵になった。それを見て取ったシンクは、バードへの攻撃を控えた。遠隔操作のパイロットが敵では無いと判断したのだろう。


「要するに! エディにまたやられた訳だな!」


 何処か嬉しそうにロックが叫ぶ。そんな中でもオーグ関係者は遺跡入口を着々と破壊しながら入って来つつある。同時に彼等はシンクやケンプファーに対戦車兵器を使って攻撃を開始していた。


「健気だぜ……」


 ライアンがボソリとこぼす中、Bチーム全員がオーグ側への攻撃を開始した。

 シンクもまた同じように攻撃している。強力なバルカン砲が唸りを上げた。


「何処にも逃げ場がねぇってのは残念なモンだな!」


 スミスは遺跡入口の隔壁付近にいたオーグ兵士の所に88ミリを叩き込んだ。凄まじい爆発が起き、血と肉と絶叫が飛び散った。だが、彼等は続々と中を目指している。まるで巣穴に帰る蟻のようだった。


「とりあえずあいつらをどうにかしよう。足止めするんだ!」


 ドリーがそう指示を出した時、オーグ側のロケット弾がやって来た。強力なRPGの一撃が着弾したシンクは、一瞬で擱座した。同じように凄まじい数のRPGが乱射され、隣のシンクも擱座する。


 ただ、目標をそれた一発がホール奥の第二隔壁へ直撃した。凄まじい爆発に榴弾だったと気が付くのだが、その直後に何かが隔壁を突き破って飛び出してきた。それが何かは解らないが、少なくとも直撃を受けるのは得策じゃ無い。


「高速徹甲弾!」


 ジャクソンが叫ぶモノの、何の対処も出来なかった。強力なリニア駆動の加速器で叩き出されるそれは、音速を遙かに超える速度で撃ち出される兵器だ。そして、バードはその威力を良く知っていた。


 あの、シェルの右腕に付いている40ミリ砲その物が、隔壁をまるで紙のように打ち抜いて襲い掛かってきた。オーグ側に幾多の挽肉状に成り果てた死体を造り出しながら、チーム全員が良く知るアレが姿を現しつつあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ