強制参加
その日の帰り道、俺はネルにシアのことを相談してみることにした。ネルは俺の正体を知っているし、信頼できるだろう。それに、何かいい解決策が思い浮かぶかもしれない。
「なぁ、ネル」
「どうしたの?」
「相談があるんだが」
「……シアさんの件?」
「そうだ。よくわかったな」
ネルは「まぁね」と言って笑った。しかし、なんだかいつもよりも表情が固いように思えた。
「その、シアは俺の正体が魔獣であることを見抜いたらしいんだ。魔眼の力を使ってな」
「えっ! ……そうなんだ。大丈夫なのかな?」
「わからない。ただ、さっきの勉強会のときに『自分を勉強会組に入れないと正体をバラす』と言われたんだ」
「そういうこと? だったら入れてもいいけどさ……かと言って根本的な解決にはなってないよね」
「そうだよぁ……」
そして、しばらく無言で歩いていたが、ネルが足を止めた。そして、反対方向を向いて歩き出す。
「クロード、こういうときはシーナ先生に相談するに限るよ」
「確かに、それしかないよな。やっぱり」
困った時のシーナ先生ほど頼りになるものはない。それに、俺が魔獣であることを知っている三人のうちの一人でもある。これはもう、嫌な顔をされようと構わないから医務室へ行こう。
俺達は、少しだけ早足で医務室へと向かった。もしかすると先生が寝ているかもしれない。いつでも来ていいとは言っていたが、起こしてしまうのは失礼な気がする。
そして、引き返してしばらくしたところにある医務室に着いた。
ネルが扉をノックすると、中からシーナ先生のどうぞという声が聞こえてきた。俺達は中に入り、部屋の奥にいるシーナ先生を見つけた……が、隣にあるベットの上にシアが座っていた。
「あっ、クロードだ」
「白々しいな。待ち伏せなんて趣味が悪いぞ」
「ひどい言われようだなぁ。私はただ、シーナ先生に呪いの治療をしてもらいにきただけなのに」
俺がシーナ先生に、目線で「本当か?」と合図すると、コクコクと頷いて肯定した。どうやら、本当に偶然ここにいたらしい。しかし、今日の昼間、勉強会組の後をつけてきたような奴だ。疑われて当然だろう。
すると、ネルが先ほどの発言に対して疑問に思っていたのか、ポツンとつぶやいた。
「呪いの治療……?」
すると、それにシア自身が答えた。
「そ。魔眼ってのは便利な反面呪いの影響を受けやすくてね。こうやって定期的に治療してもらわないと、大変なことになるんだ」
「大変なこと?」
「そ。私の場合は、魔力に加えて幻覚とかが見え始めたりね。シーナ先生も昔はそいうのがあったんでしょ?」
シーナ先生は頷いて、ため息をついた。
「私は呪いのせいでみんなから嫌われてましたね。懐かしいです」
ネルはそれを聞いて共感したのか、言葉に詰まっている様子だった。呪いというものは、いつも人々を苦しめるな。
そして、シアが続けた。
「ネルはどこまで知ってるの? クロードのこと」
「どこまでって……言われてもな。逆にシアはどこまで知ってるの?」
「いやぁ、対抗心とか燃やさないでよ……私が聞きたいのは、クロードの正体についてだけ」
「それは、うん……知ってるけど」
今、ネルは対抗心を燃やしていたのか? そうは見えなかったが。というか、何に対しての対抗心だったのだろう。気になったのだが、言い出せる雰囲気じゃないまま、二人の会話は続く。
「魔獣だと知ってよく関われるね」
「そんなこと言われても、クロードはクロードだから」
「ま、私も魔獣だからといって差別したりはしないけどね。むしろおもしろそうだと思ったよ。君もそう?」
「クロードをそんな扱いしないよ。私は対等に、人間として関わってるから」
「いいね、そういうのは健気でさ」
シアはニヤリと笑い、ネルは不満そうな顔をした。もしかして、これって遠回しに喧嘩しているのか? だとしたらどうしよう、止めないと……。
すると、二人の話をシーナ先生が遮った。
「シア、あまりネルさんをからかわないであげてください。次から治療しませんよ」
「……わかったよ。ただ、ちょっと気になったんだよね」
「何をですか?」
「〝呪い〟について。少し不平等だと思ったよ」
シアはネルの方を見て言った。
「君は呪われていないのに〝呪われた子〟として、みんなから白い目で見られるようになったよね。逆に、私は呪われているのにのうのうと学園生活を送ってる……なんなら、呪いを言い訳に何度も授業をサボってるんだ」
それを聞いてシーナ先生がムッとした表情を浮かべるが、シアはそれを気にしていない様子だった。そして、今度は俺の方を見るとそのまま続けた。
「クロードは魔獣なのに、学園生活を謳歌しているみたいだね。ネルだっているし、勉強会だってある。これだけ聞くと、ネルさんが負け組で、私とクロードが勝ち組みたいに聞こえるでしょ? でもそんなことはないんだ」
「何が言いたい? 俺には難しいぞ」
「まぁ、結論から言うと一番の負け組は私ってことだよ。呪いの症状におびえながら生きていて、こんな性格だからかな。誰も相手にしてくれないしさ」
「ほう」
「だから、自分より特異な……おもしろい人間を探していたんだよ」
俺は彼女の言っていることがあまり理解できなかった。結局何が言いたいのか、何を伝えたがっているのか……しかし、隣にいたネルはそれが少しわかったようだった。
「シア、それってさ」
「うん?」
「つまり友達が欲しいってこと?」
「なっ!?」
シアは珍しく、動揺した様子だった。
「だってさ、クロードと決闘してまで私と関わろうとしたり、クロードを脅してまで勉強会組に入りたがったりしたよね」
「それは、その……」
「そんな方法とらなくてもさ、友達にくらいにはなるよ?」
「べ、別に必要ないよ、そういうのはさ。元気な生徒たちでやってればいいんじゃない?」
「じゃあ友達にはならないってこと?」
「それは……えっと」
ネルは追い打ちをかけるように問いただした。
「さっきからさ、呪いとか関係なく、寂しいって言ってるように聞こえるんだけど?」
「それはさ……」
「うん」
「……寂しいよ。私だって人間だ。華々しい学園生活が待ってるのかなと思って入学したんだから」
「そうだよね」
「今まで呪われた魔眼のせいで誰とも……家族すらもろくに関わってくれなかった私はさ、どうやって友達をつくればいいかなんて知るわけないじゃん」
シアは今にも泣きそうな表情を浮かべた。こんな顔する奴だったんだな。知らなかったよ。それに、言っていることにも少し共感できる。俺も魔獣として生きていたからか、ずっと孤独だったしな。それで寂しいとは思っていなかったが、またあの生活に戻るなんて考えられないよ。仲間がいるというのは、とても良いことだから。
そして、ネルが優しく言った。
「シアが勉強会組でいいって言うなら、入れば?」
「えっ……?」
「入りたかったんでしょ」
「そ、それはクロードという人間がおもしろくて……!」
「本音は?」
「……な、仲間が欲しくて」
ネルは微笑んだ。
「なら、次の勉強会は明日の放課後だから。来たかった来てね」
「い、いいの……?」
「あ、まずはお試しで参加ね。変なことしだしたら辞めてもらうから」
「そんなことしないよ!」
「じゃあ歓迎するね」
シアは半泣きで、信じられないくらいの小声で「ありがとう」と言うと、立ち上がった。
「そ、そろそろ帰るから!」
「また明日?」
「そうだね……また、明日」
「うん。おやすみ」
俺も続けて、シアに言った。
「また食堂にも行くぞ、これは強制参加だ」
「わ、わかった……」
ネルはそれを聞いてふふっと笑った。そして、小さく「クロードの必殺技だ」と言っていた。何度も言うが、そんな技はない。
シアはいそいそと保健室の扉の前に立つと、シーナ先生に軽く礼を言ってから出ていってしまった。




