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魔法みたいな日々

 よく晴れた日のことだった。俺は、短剣を腰に携え、街に出ていた。この後、ギルドに行って任務に出発するわけだが、その前に寄るところがある。


 街の片隅にある小さな魔道具店にやってきた俺は、ノックもなしに店内に入った。そして、カウンターに向かって声を上げる。


「サヤ、いるんだろ?」

「いるよ。その声はクロードだね」


 サヤが部屋の奥から顔を出すと、嬉しそうな顔をした。


「何が欲しいの? 情報? それとも特製の魔道具?」

「どっちもだ。今回は大物になるぞ」

「実はね、クロードが例のダンジョンに挑むっていう話しは聞いてたのさ。だから、魔道具も情報もみんなあげちゃう。金貨さえくれればね」

「元魔道具開発部のよしみで安くしてくれたりは?」


 すると、サヤは大きく笑ってから言った。


「君は幽霊部員だったろ?」

「まぁな」


 すると、カウンターの奥からニアが魔道具を持って出てきた。


「ニア、久しぶりだな。で、それは?」

「これが、クロードの求めていた魔道具だよ」

「頼もしいな。もう用意できたのか」

「うちの店を舐めてもらっちゃこまるよ」


 すると、その背後からコダマがやってきて、俺に薬草を手渡した。


「クロードくん、久しぶり。よかったらこの後、これをシアさんに届けてくれる?」

「シアに? あぁ、いつものか」

「そうそう。彼女、ここ最近ずっと研究室にこもりっぱなしだからさ」

「この後、ちょうど近くに用事があるから渡しに行ってくるよ」


 俺は三人に手を振ると、魔道具店を後にした。卒業から三年経った今も、彼女らは変わらないな。魔道具開発は変わらず続けているし、三人の関係も良好なようだ。



 俺はシアがいる研究室までやってきた。部屋の中は散らかっており、そこらじゅうに本が積まれている。見ただけでワクワクする、いい研究室だと思う。


 シアは机の上に突っ伏して眠っていた。


「シア、薬草を持ってきたぞ」

「えっ……あぁ、クロードか。ありがとう」


 俺は薬草を手渡して、言った。


「研究は順調か?」

「さぁね。これが順調か順調じゃないかを私は判断できないよ。ただ、私が言えるのは全力を尽くしているってことだけ」

「うーん……それは、つまりそこそこうまくいってるってことでいいか?」

「まぁね」


 すると、シアはゆっくりと立ち上がった。


「研究費や研究室、さらには本なんかが魔法学園に用意してもらえる環境ってのは随分と楽だよ。たまに、休みの日にシーナ先生が来てくれたりもするんだ。クロードも冒険者なんかやめて研究しない?」

「とか言って、魔法や呪いの研究にやりがいを持ってて、そのうえで一人で研究は寂しいんだろ?」

「はぁ……人の心を読んだフリする癖は治らないんだね。でもまぁ、一割くらいは合ってるよ」


 俺は「また来るよ」と言って、研究室を後にした。


 そうか、またシーナ先生にも会いたいな。旅人だった彼女が、俺を見守るために医務室の先生をしてくれていたことも、記憶が戻ってから知ったことだ。先生への感謝は尽きない。


 シアには、今度差し入れでも持ってきてやろう。毎日頑張っているみたいだしな。



 その後、冒険者ギルドにやってきた俺は、人混みの中からアランを探した。すると、丁度背後から声をかけられた。


「クロードくん?」

「ユアか、久しぶりだな」


 見ると、ギルドのクエストカウンターにユアの姿があった。彼女は卒業後、受付として活躍しているみたいだ。クエストを受けるたびに出会うので、少しだけだが話すことが多い元勉強会組のメンバーの一人だ。


「アランを探してる?」

「まぁ、そういうことだ」

「聞いたよ、あのクエスト受けたんだってね。その時からアランにも手伝ってもらうつもりだったんじゃないかなと思って、一応本人には伝えておいたよ」

「そうか。それは助かる」


 すると、丁度俺の隣のカウンターにやってきた男が、俺に飲み物を差し出した。


「飲むか、クロード」

「俺はいいよ。久しぶりだな、アラン」

「あぁ。しかし、お前は変わらないな。あの時と同じ顔をしている気がする」

「顔? まぁ、もう大人だからな。顔が変わることもないだろ」

「そういうところも変わってないな。顔ってのは表情の話だよ」


 アランはジョッキにはいった飲み物をぐっと飲み干して言った。


「ダンジョン攻略を手伝えって言いに来たんだろ?」

「よくわかってるじゃないか」

「何年お前のライバルをやってると思ってるんだ」

「で、答えは?」

「イエスだ。俺もそのダンジョンには興味があった」


 アランは頼もしい戦力になる。これで、少しは攻略成功の兆しも見えてきたな。あとはそうだな、強力な助っ人があと二人必要だ。


「アラン、レオとシオはどこにいるか知ってるか?」

「丁度街の武器屋に行ってるって話だ。さっき会ったときにそう言っていた」

「そうか。助かる」


 俺は冒険者ギルドを後にすると、街へ向かった。


 アランもユアも、立派な大人になった。あの二人を見ていると、俺も頑張らないとと強く思う。卒業後もこうして勉強会組と関わっていられるということは、とても幸せなことだな。



 街で有名な武器屋にやってきた。彼らが来る武器屋といえば、大抵はここである。俺は狭い店内で、すぐさま二人を見つけることができた。

 丁度、レオが大剣を持ち上げて重さを確かめているところだった。


「レオ、大剣でも買うのか?」

「今回のダンジョン攻略に備えてな。どうせ、俺とシオのことも誘うつもりだったんだろ」

「よくわかったな」


 隣りにいたシオが、レオに言う。


「レオさんは寂しがり屋だからね。誘ってくれてありがとう」

「そんなんじゃねぇよ!」

「クロードがしばらくギルドの仕事で忙しかったときも、レオさんはずっと寂しそうにしていたからね」

「それはただ、戦いに飢えていただけだ!」


 この二人も変わってないな。しかし、これで戦力は十分だろう。後はそうだな、腹ごしらえでもするか。


「レオとシオは、もう飯は食ったのか?」

「さっき食っちまったよ。例の店でな。店主がお前に会いたがってたぞ」

「なら、仕方ない。一人で行くか」


 俺は武器屋を後にした。

 レオとシオは、卒業後は不良と呼ばれるような立ちふるまいはしなくなった。冒険者として、徐々に知名度を上げていき、今やかなり有名になっている。元々あの二人は戦闘のスキルが高かったから、それを活かせる場所があってよかった。



 俺は先ほどレオが言っていた店にやってくると、カウンター席に座り、店主を呼んだ。


「お、クロード。珍しいね」

「あぁ。久しぶりだな、リリー」

「もしかして、ジルをクエストに誘いに来た?」

「いや、この店の手伝いが忙しいだろうから今回はやめておくよ」


 すると、厨房から顔を出したジルが言った。


「え、俺も誘われるつもりで準備してたんだが?」

「そうだったのか。なら、一緒に行くか?」

「おう、この店はリリーに任せるぜ」


 リリーは少し嫌そうな顔をして言った。


「その代わり、クエストが終わったら倍働いてもらわないとね」


 ジルは逃げるようにして、また厨房に戻った。俺がいつものメニューを注文すると、リリーが小声で言った。


「クロード、ジルのこと誘ってくれてありがとう。ずっと楽しみにしてたっぽい」

「そうだったのか」


 ならそう言ってくれればいいのに。あいつ、魔法学園にいたときはもっと素直だったような……教科書を貸してくれと言っていた時のジルからは少しだけ成長したのかもしれないな。

 しかし俺としても、親友のあいつと一緒のほうがクエストも捗る気がするな。


 なんだかんだ言って、ジルが俺の世界を広げてくれたのかもな。勉強会を発足したリリーとの関係ができたのもそうだし、ネルに積極的に関わるよう言ってくれたのもジルだったか。


 俺は厨房に向かい、言った。


「ジル、ありがとな」

「なんだよ急に」


 返ってきた声は、少し照れくさそうだった。


 よし、メンバーは揃った。なら、クエストに行く前に一度、家に帰るとするか。



 俺が家の扉を開けると、ネルが出迎えてくれた。俺の顔を見るなり、笑顔で言う。


「おかえり、クロード!」

「ただいま、ネル」


 ネルの家族が失踪した日、ディアンタが咄嗟についた嘘が学園まで広がり、彼女は呪われた家の娘の呪われた少女だと言われるようになった。

 しかし今はもう、誰もその話しをしなくなった。


「今からクエストだよね。準備は済んでるよ」

「そうか。助かる。みんな誘っておいたから、この後ギルドで集合することになっている」

「久々に勉強会組って感じのメンバーだよね」


 彼女の言う通り、久々の勉強会組と会ってきたが、みんな変わったようで変わらないな。あの、図書館の一室で、試験に向けて必死に駆け抜けていた日々。卒業しても、それぞれの個性や思いがあって、努力している。


「そういえばネル、今朝魔獣だった頃の夢を見たんだ。俺がクロって呼ばれてた頃の」

「な、懐かしいね……あの頃の私は結構暗かったな。それに今思うと、クロードと同じ布団で毎日一緒に寝ていたんだから、すごいと思う」

「すごいのか?」

「うん、すごい……」


 俺はふと、あることを思い出した。


「俺とネルの記憶が一時的に消えた日、ネルはペンダントをくれたよな? あれ……その、記憶を取り戻すために魔道具の依代になったんだ……申し訳ない」

「ああ、あのペンダントね。似たようなものを学園にいるときにあげたことがあったよね。あれは、私の手作りだからいくらでも作れるし大丈夫。それに……」

「それに?」

「私からあげられるものは、これからも沢山あるからね!」


 俺は彼女の眩しすぎる笑顔に、また胸が締め付けられる感覚をおぼえた。しかし、俺は知っている。これは、病気でも呪いでもなく、好きだという気持ちが引き起こすものだということを。


「俺からも、沢山あげるよ」

「それはその、全部とか?」

「あぁ、全部だ。食べられたっていい」

「はは、懐かしいけどちょっと恥ずかしい……」


 ネルはカバンを背負うと、俺に言った。


「じゃあ、出発しよっか」

「あぁ、でも……その前に」

「うん?」

「ほら、いつものあれを……いいか?」

「そうだね!」


 ネルは俺の近くまで駆け寄って、目を瞑った。そして、ぐっと背伸びをする。ふわりと揺れる金の髪、ほんのりと香る甘い匂い。


 俺は彼女に向かい、優しくキスをした。



 ネルには、まだ教えてもらうことが沢山ある。人間になってから三年経っても、やはり面白い生き物だと思う。


 時に、手を取り合ったりする。


 時に、傷つけあったりする。


 時に、嫌いになって、好きになる。



 人間のもつ優しい心は、時に魔法よりも大きな力となることを、元魔獣の俺はよく知っている。

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